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―――七耀暦1206年7月15日 帝都ヘイムダル
side ハード・ワーク(ネット・ワーク)
「お前が‥‥‥‥リィンのために‥‥‥‥障害となるモノ全てを持って逝こうとしていることだ」
俺の言葉に、ギリアスは驚きの表情を露わにしたが、目を瞑った。
「フッ‥‥ああ、その通りだ」
ギリアスは笑みを浮かべ、頷いた。
その顔は、冷酷なる『鉄血宰相』としての顔でなく、かつての『リィン・オズボーンの父』としての顔だった。
「‥‥そうか。そうなんだな、ギリアス‥‥」
友は全てを受け入れている。
首謀者に対する怒りや憎しみ、どれほどの負の感情を抱えているか、俺には想像がつかない。
だが、息子の未来のために、己の全てを賭けたことは理解できた。
己の命を賭けている。‥‥‥‥いや、命など既にないのだったな。では、賭けているのは‥‥‥‥己の魂か。
リィンが全てを、ギリアスの行動の真意を知れば、ギリアスの深い愛を知るだろう。だが、ギリアスは決してそれを語ることはないのだろう。伝えることも決してないだろう。むしろ、ギリアスは自身を憎ませようと、嫌わせようと、仕向けているようにも見える。
きっと、ギリアスはリィンに討たれることを望んでいる。己を礎にして、リィンを強く、大きく育てるつもりのようだ。
ならば、俺には何もできない。親子の間に割って入るなど、野暮は出来ない。ましてや、俺は死人だ。もうすぐ消える。ならば、俺に出来ることは‥‥‥‥
「ギリアス、お前の覚悟は理解した。だから‥‥‥‥俺はお前の礎になろう」
「‥‥‥‥どういうことだ?」
ギリアスは俺の言葉の真意が量れず、訝しんでいる。
「ギリアス、お前には鬼の力、その力の源泉がお前を苦しめているんだろ?」
「‥‥‥‥ああ」
ギリアスは表情も変えずに返事を返した。
その表情は怒りや悲しみという負の感情すら、まるで浮かんでいない。最早、そんなモノなど超越したナニカに至っているようだ。
敢えて聞くまでもなかったな、無駄な問いかけだったと浅慮を恥じた。
「ギリアス、お前は今、どこまで自身の意志で戦える?」
「全力を出せる‥‥‥‥とは、言い切れんな。出せて半分、それ以上出せば、いや、思考を残さねば、私の意志が呑み込まれかねない」
「やっぱりか‥‥」
ギリアスの告白に得心がいった。
ギリアスの剣には一切の油断も慢心もなかった。かつての良く知るギリアスの剣だった。だが、どうにもしっくりこなかった。力も技もかつてのものだった、だが心だけは全力を出せなかった。
心技体、その全てが揃わなければ真なる力は出し切れない。だから、ギリアスはハードに、俺に、後れを取った。何とか踏みこたえようとしたが、小手先の技術ではどうにもできなかったのだ。そんなものでどうにかなるほど、俺も、ハードも弱くない。
‥‥‥‥ギリアスはどう思ったのだろうか、俺達に後れを取ったことを、内心で憎々しく思ったのではないだろうか。ギリアスが全力を、真なる全力を振るえさえいれば、俺にも、ハードにも膝を付かされることなどないというのに、そのことが俺には分かるから‥‥‥‥
「力を使え、ギリアス。そして、その力を従えろ。お前が描く未来への不安要素を全て吐き出せ」
「どういう意味だ。何故そんな事を‥‥」
「お前は、その力を使ったことがあるか?」
「‥‥‥‥ない。一度使えば、私の意志で戻ってこれない可能性が高い。故に‥‥」
「戻ってこれる、俺がお前を必ず戻してやる!」
ああ、そうさ、今この時、この場所に俺がいるのはこのためだ。このために、俺はこの世にしがみついた。
「お前がリィンに、自分の息子に相対するのに、そんな不安定な状態で挑むのか。その不安定な力は何時かお前を食い破る。そうなった時、お前はお前でなくなる。お前が向き合うべき場に、お前以外のモノが立つのか。そんなことは許さない、俺が決して許さない!!」
ギリアスはリィンを捨てた。例え、どんな状況であっても、息子を守るためであっても、自分の息子を捨てた、その事実は変わらない。だからリィンには、『リィン・シュバルツァー』には、ギリアスに言う権利がある。『ギリアス・オズボーン』にはその言葉を受け止める責務がある。
だから、その場に『ギリアス・オズボーン』が居なければならない。でなければ、俺が許さない。
リィンの事も、ギリアスの事も、ハードを通して見てきた。見せられ続けてきた。
苦しかった、悲しかった、どうして、と叫びたかった。
リィンを授かった時の喜んだ顔も、父となることに対する不安げな顔も、生まれた時の感極まる俺を見て冷静になる顔も、リィンを肩車して笑う親子の顔も、俺は知っている。
だから、どうしてあんなに仲が良かった親子が戦わなければいかないのか、そのことがあまりに辛すぎる。
「お前が戦うべき者は、お前が全力を出さずに勝てる程弱いのか。俺はそうは思わない。リィンは強いぞ、何故なら‥‥‥‥お前の息子だ。そして、俺の息子のライバルだ!」
ギリアスの息子、ハードの友、それだけじゃない。カーシャが産んで、ソーシャルが助産し、俺が喜んだ。それだけじゃない、シュバルツァー家も、学院の仲間達、多くの人達に支えられている。
そんなリィンは強いさ。かつてのお前の様にな。
「フフフ‥‥そうか‥‥リィンは、それほどまでに強いか‥‥‥‥」
ギリアスは笑う。実に嬉しそうに笑う。
「ならば、私が逃げる訳にはいかんな‥‥」
ギリアスの圧が増す。周囲がビリビリと震える。
ギリアスは覚悟を決めたようだ。ならば、俺も己の決意を示す。
「ギリアス‥‥‥‥俺を頼れ。俺がお前の礎になる、お前の意志が呑まれるなら俺が取り戻す。何度でも、何度でもだ。俺がお前を引き戻してやる。ギリアス‥‥‥‥俺を頼れ」
言うべき言葉は出し尽くした。
「‥‥‥‥頼む」
「ああ、任せろ!」
俺は笑みを浮かべ、親指を立てる。
「フッ‥‥」
ギリアスは笑みを浮かべた。そして‥‥
「『イシュメルガ!!』、キサマの力を使うときが来た。さあ、私にお前の力を寄越せ!!!」
虚空に向かってギリアスは吠えた。
俺には分からないナニカに向かって命じた。
ギリアスの内から、尋常ならざる力が溢れてきた。
どす黒いソレは、ギリアスを纏わりつき、呑み込もうとしている。
ギリアスは逃げることなく、黒いソレを受け止める。呑み込まれる寸前までギリアスの視線は俺を捉え、離さない。
「ああ、任せろギリアス。俺はそのために、今ここにいる!!」
ハード、すまない。お前の体だというのに勝手をさせてもらう。だがな、ハードをここまで育ててくれたもう一人の父のためなら、お前は許してくれると信じてる。
そして、俺の最後の戦いを見ていてくれ、ハード。
ギリアスは持っていた剣を捨て、虚空に手を伸ばす。
すると、虚空から異形の剣が現れ、ギリアスの手に収まる。
「‥‥‥‥ゥゥゥ‥‥」
ギリアスの目は正気を失っているようだ。力に呑まれたか‥‥‥‥なら、任せろ。
「さあ、来い。わが友よ!!」
「ハアアアアッ!!」
ギリアスは全力で斬りかかってくる。俺はその場で迎え撃つ。
ギリアスを正気に戻すために、俺は逃げる訳にはいかない。
振り下ろされる大剣の一撃、それを双剣で受け止める。
「グッ!?」
重い一撃だ。受け止めただけで、地に衝撃が走る。
だが、一撃目は防いだ。
俺は受け止めた大剣は押し返すのではなく、地に下ろすように刃を滑らせる。そして、己自身の体を回転させ、ギリアスに反撃を放つ。
「ハアッ!」
斬撃はギリアスを捉え、鮮血が舞う。
ギリアスは‥‥‥‥正気には戻っていない。斬りつけた傷もすぐに塞がる。
ギリアスは再び大剣を振り上げ、俺に斬りかかる。
「チィッ!」
現状の変化の無さに思わず舌打ちが出た。
だが、ギリアスの攻撃は単調だ。大剣を振り回すだけで、知恵が回っていない。ギリアス自身が培った剣技も活かせていない。
「ふざけるな!!!」
単調な攻撃に苛立ち、怒声と共に連撃を放つ。
「ふざけるな! ふざけるな!! ふざけるな!!! イシュメルガァァァ!!!!」
上に下に左に右に、縦横無尽に動き、ギリアスの体に無数の斬撃を刻み込む。血が飛ぶ、傷が出来る、だがすぐに塞がる。
ギリアスの体が放つ斬撃を時にカウンターに、時に放つ起点を潰し、攻撃を放つ。
絶えず攻撃を放ち続けた。怒りに満ちた攻撃を放ち続けた。
「イシュメルガァァァ!! そんな無様に戦いをするために、ギリアスを、ギリアスの家族を奪ったのか!!!」
武人であるギリアスの体を使い、粗末な剣技を見せられた。そんな粗末なものを見せるために、友の生涯が踏みにじられた。怒りしか湧いてこなかった。
「ウオオオオオオオオオ!!!」
俺の言葉に反応したのか、更に力が増していく。
だが、それでもただ少し速くなっただけだ。
「ハアアアアッ!!!」
斬撃を滑らせるように受け流し、交差する一瞬で無数の斬撃を放つ。
「どうした、この程度か?」
「アアアアッ!!!!」
「遅い」
振り向き攻撃してくるギリアスの攻撃を待たず、もう一度交差し一撃を放つ。
「ギリアスは‥‥‥‥もっと強い」
言葉と共に剣を振るう。
「ギリアスは‥‥‥‥もっと上手い」
反撃を躱し、剣を振るい足を斬る。
「ギリアスは‥‥‥‥もっと頭がいい」
足を斬られ、体勢が崩れたギリアスの頭を蹴り飛ばし、無様に地に倒れ伏す。
「‥‥‥‥どうした、イシュメルガ? ギリアスなら、こんな無様は晒さないぞ」
傷は治る。斬りつけた傷跡はすぐに塞がる。だが‥‥‥‥治らないモノもあるようだ。
「オノレ、ニンゲンゴトキガ!!!!」
傷つけられたプライドだけは治らないようだ。
「人間を舐めるな!!!」
教えてやろう、イシュメルガ。人間の力をな!!
□
俺とイシュメルガの戦いは夜明け間近まで続く。
「アアアアアアアアアアッ!!! ニンゲンゴトキガァァァ!!!!」
イシュメルガの斬撃はただの一撃でも当たれば、相手に致命傷を与える程に強力なものだ。
だが、当たらなければどうということはない。
「うるさい!!」
攻撃をいなし、反撃の一撃を放つ。
またも、イシュメルガの攻撃は不発となり、俺の斬撃が体に傷を付ける。だが、すぐに傷は塞がり、また同じことを繰り返す。
どれ程の時間戦っているのか、分からなくなってきた。
だが、体は問題ない。今だ体力に余裕がある。問題があるとすれば‥‥‥‥心、俺の残り時間の問題か。
さっきから、体を動かすのにタイムラグが出てきた。ほんの僅かな間、思考から体への命令が遅れるような感覚だ。日常生活であればさして支障の出ない範囲だろう。だが、戦闘の最中であれば大いなる支障となる。
「ッ!?」
イシュメルガの刃がわずかに顔を掠めた。
体の動きの遅れが目立ちだした。
このまま続ければ、俺の魂の焔は燃え尽きる。そうなれば、俺に待つのは完全な無だ。
そうなれば、輪廻を繰り返すことはもうない。俺が今、こうしているように、再びアイツの前に立つことも未来永劫ない。
「だとしても、俺には逃げる事など出来ない!!」
俺を信じたギリアスのために、俺は取り戻さなければならない。
俺が使っているハードの体を、俺は返さなければならない。
何よりも、俺自身のためにギリアスを、大事な友を取り戻さなければならない。
「ハアアアアッ!!!」
「ッ!?」
イシュメルガの力任せに振り回した一撃は俺を簡単に跳ね飛ばす。
咄嗟に防御したが、それでも足が地を離れ、壁に叩きつけられる。
「ウオオオオオオオオオ!!!」
壁に叩きつけられた俺を追い、飛び掛かってくるイシュメルガ。
俺は体を起こし、攻撃を躱し、体勢を整える。
だが、イシュメルガの剣戟を幾重にも剣で受け止め続け、その結果‥‥‥‥
「っ!?」
双剣にヒビが入った。
かろうじて受け流しが間に合い、双剣が砕けはしなかったが、次の攻撃を受ければ‥‥‥‥
「アアアアッ!!!」
ギリアスが更に踏み込み、水平に斬りかかる。
まずい、この一撃は躱せない。頭は酷く冷静に、冷徹に己の末路が見えた。双剣が砕け、受けきれなかった刃が‥‥‥‥この身を斬り裂く。
無意識で体に届く刃に対し、防御の姿勢を取っていた。
すまない‥‥‥‥ギリアス、ハード、俺は‥‥‥‥また守れなかった‥‥‥‥
心の中で懺悔した。
だが‥‥‥‥刃がこの身に届くことはなかった。
「!? これはっ!!」
双剣の刀身が黒いモノで覆われていた。
「お前か‥‥‥‥ハード」
その存在は良く知っていた。息子が持つ、息子と同じ名を持つモノ『ハード・ワーク』だった。
『ハード・ワーク』が形を変え、双剣の刃に纏われその形を守った。刀身を保護し、その本懐を成すために支えてくれていた。
「すまんな、無様を晒した」
息子が見ている。その息子の前で、俺は一度諦めた。生きることを、救うことを、守ることを諦めた。
そんな俺を諦めなかったのは息子だ。やはり、俺には過ぎた息子だ。ならば、俺もお前に恥じない父親として、振舞わねばならないな。
「はああああああああ!!!!」
己の魂全てを燃やし、自身の闘気を全て解放する。
これをしくじれば、いやしくじらなくても、これが俺の最後だ。だから、最後に言葉を交わそう。
「聞こえるか、ギリアス。いい加減起きろよな」
「‥‥‥‥」
「やれやれ、ここまでやっても今だ戻ってこないか。俺が言い出したことだが、お前だったら何とかなると思ってたんだがな。‥‥‥‥なあ、最後に懺悔をしていいか」
ギリアスは答えない。聞こえていないのか、それとももう聞けないのか、ただどちらでもいい。今のアイツが攻撃してこないなら、このまま最後の言葉を吐き出そう。
「俺は‥‥‥‥お前を追ってここまできた。お前を最後まで守ることが出来なかった、その無念が俺を縛り続けていた。最初は驚いたさ、まさか250年の時が経っていたなんてさ。あの時、終わった俺が今再び自分の意志で動けたことを喜んだ。あの後にお前が終わらせてくれたことを喜んだ。そして‥‥‥‥お前と再び会えたことを喜んだ。なあ、聞こえてるか‥‥‥‥ギリアス‥‥‥‥いや‥‥‥‥
「!?」
ギリアスの表情が変わる。だが、アレはギリアスか、それともイシュメルガか、判断がつかない。
「俺は約束を果たしに、この場所に、この時に転生してきた。お前を守る、その約束を果たすために、俺は今、立っている。俺の今生の名はネット・ワーク。かつての名は『ロラン・ヴァンダール』。獅子心皇帝『ドライケルス・アルノール』を守護するヴァンダールの剣士だ」
「ロ、ラ、ン‥‥‥‥」
ギリアスの口から漏れ出るように名を呼ばれた。懐かしいな、アイツの口から名を呼ばれたのは‥‥‥‥
「俺は今度こそ約束を果たす。お前を守護する『ヴァンダール』としての責務ではなく、ドライケルスの友『ロラン・ヴァンダール』として、ギリアス・オズボーンの友『ネット・ワーク』として、お前を護ってみせる!!!」
言葉は出し尽くした。もう、語るべき言葉はない。‥‥‥‥さよならだ。
「ヴァンダール流双剣術秘奥義『破邪顕正』。これが俺の最後の一撃だ‥‥‥‥行くぞ。ウオオオオオオオオオ!!!! 帰ってこい!
帝国の闇を晴らすなんて、そんな大役、俺には分不相応だ。だから、俺は俺に出来る事を成す。俺に出来る事、それは友を救うこと、ただそれだけだ。
次もすぐに上げます。