社畜の軌跡   作:あさまえいじ

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これでストック分はラストです。
連日お付き合い下さり、ありがとうございました。


第四十六話 皇帝の帰還

 ―――七耀暦1206年7月15日 帝都ヘイムダル

 

 side ギリアス・オズボーン

 

 「ヴァンダール流双剣術秘奥義『破邪顕正』。これが俺の最後の一撃だ‥‥‥‥行くぞ。ウオオオオオオオオオ!!!! 帰ってこい! ギリアス(ドライケルス)!!!」

 自身に迫る一閃を私は見ていた。

 

 イシュメルガの力に手を出し、己が染め上げられる中、友の声が聞こえた。

 自分自身を失いかける程の負の激流に流される中、友の声が聞こえた。

 指一本動かせない戒めの中、友の声が聞こえた。

 どれ程の闇の中であっても、友の声が聞こえた。

 

「俺は今度こそ約束を果たす。お前を守護する『ヴァンダール』としての責務ではなく、ドライケルスの友『ロラン・ヴァンダール』として、ギリアス・オズボーンの友『ネット・ワーク』として、お前を護ってみせる!!!」

 

 友の声が聞こえた。

 いつだって、どんな時だって、お前が隣にいてくれたから、苦難を乗り越えられた。

 だから‥‥‥‥友を喪った時、私はもう終わりにしたかった。

 

 私一人では、立てなかった。

 友が居たから、立ち上がれた。

 私は弱い男だった。 

 そんな私の前に、リアンヌが現れ、私を支えてくれた。

 だから、かつての私は獅子戦役を終わらせられた。

 しかし、結果としてリアンヌさえ失い、私はもう立てなくなった。

 

 そんな頃にイシュメルガの声が届いてしまった。

 だが、私はその声に応えなかった。

 それは私が跳ね除けたのではない。ただ、もう動くことをしたくなかったからだ。

 

 もし、私がイシュメルガを排除しようと考えれば、ロゼを頼ったことだろう。

 人の世界のことだ、などと強がりなどせず、必要とあれば助けを請うた。

 だが、私は動かなかった。もう、何もしたくなかった。動き、誰かを支えに立ち上がれば、私はまた喪ってしまう。それを嫌い、動くことをしなかった。

 

 ‥‥だが、アレは失態だった。

 自身の命が尽きる寸前、リアンヌが現れた。かつて喪った私の半身。

 彼女の存在が、私に再び戦う意志を取り戻させた。しかし‥‥もう、体は動かなかった。

 そんな私の行動が彼女を縛り付けた。

 最後まで動かなければ、彼女が今の様に縛られることはなかった。最初から動いていれば、今の様になっていなかったかもしれなかった。

 結局は全て私の行動が招いたことだった。

 

 ならば、責任を果たすしかあるまい‥‥

 友は、死して尚、私のために戦ってくれている。

 彼女も、死して尚、私のために戦ってくれている。

 私は‥‥応えなければならない。友のために、彼女のために‥‥何より、帝国の未来のために‥‥私は立ち上がる。

 

「さあ、返してもらうぞ、イシュメルガ!!」

 

 闇の中に一条だけ灯る光に手を伸ばす。

 

 

 

 

「‥‥‥‥帰ってきたのか‥‥」

 

 自身の目の前には練武場の天井が見えた。背中には冷たく、ゴツゴツした感触がある。

 そこで初めて自身が倒れ、天を仰いでいることに気付いた。

 

 倒れたなら、立ち上がらなければならない。

 体を起こす、手を付き、足に力を入れ、体を立ち上がらせた。

 重い体だ、実に、重い。ドライケルスの時の様に今わの際ではないとは言え、多くを背負ってきた身だ、軽くはない、と思っていた。

 だが、重いな‥‥‥‥

 

「ほら、立てよ」

 

 手が差し伸べられた。

 

「‥‥すまん」

 

 私はその手を取って、立ち上がった。

 

「‥‥帰ってこれたか」

「‥‥ああ、迷惑をかけた」

「いいさ、これくらい。‥‥‥‥それに、これが‥‥本当の最後だからな」

 

 友の存在が希薄になっていく。

 ああ、そうか、これが‥‥‥‥最後なんだな。

 

「本当なら、こんな言葉さえ交わすことが出来ないと思っていた。俺の最後の一撃は文字通り、俺の魂全てを燃やし尽くして放った。だが、ソーシャルがな、俺の分を少し肩代わりしてくれた。だから、最後にこうして話が出来る」

「‥‥‥‥そうか、彼女も、居たのだな」

「ああ、俺達の戦いを何も言わずただ見ていてくれたさ、最後に俺達に時間までくれた。‥‥俺には過ぎた妻だったよ」

「‥‥ああ、お前には過ぎた女だと思うさ」

 

 こんな状況でも互いに気安く軽口を叩き合える友、そんな友にもう生涯会えることが無いのだと実感していく。

 言葉が出ない、何を言えばいい、消えゆく友に対し掛ける言葉が浮かばない。

 

「ありがとう」

「何故、お前がそれを言う?」

 

 友が私に礼を言う意味が分からない。むしろ、私が言うべき言葉ではないか。

 

「お前には、俺の子供を立派に育ててくれた。昔も、今も、二度に渡って育ててくれた。感謝している、心から、本当に‥‥ありがとう」

「何を言う。私はお前の子供から父を奪った男だ。昔も、今も、奪ってきた」

 

 私が指示を下し、それによって友は死んだ。私が殺したようなものではないか。

 

「いや、そんな事はない。昔も、今も、俺にしか出来ないから、お前は俺に託してくれた。お前は俺だから成せると信じてくれた。その信頼に応えたかった、今も、昔も、その気持ちに変わりはない」

「‥‥‥‥どうして、お前はそこまで私に尽くしてくれる。私はお前に、何も返せていないのに‥‥‥‥」

「今更、そんな水臭いことを言うな。‥‥‥‥友のために力を尽くしたかった、ただそれだけさ」

「こんな時でも、お前は私を‥‥俺を‥‥友と呼んでくれるのか?」

「当然さ。かつても、今も、俺とお前は出会い、友となった。きっと俺とお前の出会いは運命なのさ。いや‥‥腐れ縁、と言うのかな」

 

 フフフ、と笑う友につられ、思わず笑ってしまった。

 

「フッ、運命なんて高尚なものではなかろう。どんな立場であっても、俺と共に肩を並べて立つ男など、古今東西二人といない。生まれ変わっても斬れやしない縁、奇妙な縁だ。腐れ縁こそ俺達には相応しいな」

「ああ、違いない」

 

 そうさ、俺達の出会いが女神が定めたものであるわけがない。俺と友が歩んだ道は、俺達が決めて歩んだんだ。運命、なんて薄っぺらいモノであるわけがない。

 

「‥‥‥‥どうやら、ここまで、のようだ」

「ネット‥‥」

 

 ネットが膝を付く。

 

「‥‥ギリアス、俺はいつもお前を最後まで支えられないな。でも、それでいい。友として、臣下として、お前の道を切り開く、その役目を果たせた事に俺は満足している。だから、もう、俺はお前を心配しない。だって、お前はいつも俺の期待を超えてくれた。生まれ変わったこの世界で、お前が皇帝に―――『獅子心皇帝』と呼ばれていたことを知って、心底嬉しかった。あの時は自分がロランだと分かる前だったのに、誇らしかった。歴代の皇帝の側近たちに言いたかった。『どうだ、俺が支えた男こそ歴代一の皇帝だ』、って言いたかった。そんなお前に対して、ずっと叶えたかった願い――――剣を競い合うという願いを叶えられた。心底楽しかった。もう‥‥悔いはない」

「‥‥‥‥ありがとう、友よ。こんな私を支えてくれて、死して尚、追いかけてきてくれた我が友よ。ここに誓おう、私が必ず未来を創る。だから‥‥‥‥もう休んでくれ。友よ」

「フフ‥‥イエス・ユア・マジェスティ」

 

 その声を最後に、友は女神の下に逝った。

 体を支配していたネットの魂が離れたことで、ハードの体は力を失い、倒れ伏そうとしていた。私は、ハードの体が地に倒れ込む前に抱き留めた。すると、ハードの手から剣が零れ落ちる。黒く染まった剣身は手から離れた時に元の色に戻り、地に落ちた時に砕け散った。その様はまるで、役目を終えた、と言わんばかりだった。

 

「‥‥zzz‥‥zzz」

 

 ハードから穏やかな寝息が聞こえてきた。深く眠りについているようだ。‥‥‥‥どうやら相当消耗しているようだ。

 ハードの体に自身と異なる魂を宿し、無理矢理戦わせたのだ、疲弊して当然だ。ハード自身の成長速度がこちらの想定以上だったことに考慮しても、魂の『インストール』を行うには些か早すぎた。だが、そのおかげで、私もネットも、報われたことには感謝の言葉も出ない。

 しかし、事ここに至っては彼に全てを教えなくてはならない。自身が生まれた意味を、知らねばならない。もう彼は‥‥‥‥子供ではないのだから。

 

 私はハードを運び、練武場の扉をくぐり、外に出た。

 

「っ!‥‥」

 

 朝日が目に染みた。久方ぶりに、光を浴びた気がした。

 

 

 

side out

 

 

 

 私は夢を見ていた。

 私が誘拐されることなく、父さんと母さんが生きていてくれて、一緒に暮らしている。そんなあり得たかもしれない夢だった。

 父さんがいて、母さんがいて、私がいて、そんなごく普通のありふれた生活をしていた。代わり映えすることなく、日々の出来事に一喜一憂する、生活を繰り返すだけだった。

 子供だった私も成長していき、父さんと母さんも老けていった。母さんよりも大きくなり、父さんよりも力強くなるまで成長していた。

 ああ‥‥夢の様な、夢だった。私が今の私くらいまで成長したとき、その夢は終わりを迎える。そのことを理解した。

 夢の中の父さんと母さんが誘拐される日に見た、あの時の姿に変わっていた。なのに、私は子供の姿ではなく、今の私の姿のまま。

 

「父さん、母さん‥‥‥‥行っちゃうの?」

 

 体は大きくなっているのに、言葉遣いは子供の頃のままだった。

 

「ああ、もう行くよ」  

「十分に、貴方の成長が見れました」

 

 二人は穏やかに笑う。

 私は声を上げようとした‥‥‥‥だが、止めた。

 父さんと母さんと十分に言葉を交わした。もう‥‥‥‥十分じゃないか。例え夢でも、叶えたかった夢は叶った。だから、最後に思いの丈をぶつけよう。

 

「‥‥ありがとう、父さん、母さん。俺を二人の子にしてくれて」

「っ‥‥、礼を言うのは、俺達の方さ。ありがとう、俺とソーシャルを親にしてくれて」

 

 言いたいことは同じだった。‥‥‥‥やっぱり、親子なんだな、私達は。なら、もう言葉はいらないかな。

 

「父さん、母さん。‥‥‥‥行ってきます!!!」

「「行ってらっしゃい!!」」

 

 笑って送り出してくれた二人に背を向け、走り出す。前に、前に、ひたすら前に、走っていく。

 もう、後ろを振り返ることはない。ただ前だけ見て走っていく。

 これ以上言葉はもういらない。十分に話したし、それだけの時があった。むしろ、これ以上私が動かなければ、その方が二人を苦しめる。

 だから、私から、先に動いたんだ。もう、二人の背に守られる子供ではないのだから、自分の決めた道を歩いていける大人なのだから、自ら決めたことを成すために、動くんだ。

 

 走り続けた道の先が光で見えない。だが、それでも前に進んでいく。

 先の見えない道、何があるのか分からない道、それこそが私が行くべき道なのだから‥‥‥‥

 

 

 

 

 

「‥‥ここ、は‥‥‥‥ああ、戻ってきたのか」

 

 私は自宅の自室のベッドの上で目を覚ました。記憶を辿ってみると、最後の記憶がギリアスさんとの手合わせの最中だった。そして、そこから今に至るまでの記憶が抜け落ちていた。確か、ギリアスさんの一撃で壁に衝突し、頭をぶつけた、そこまでは記憶があった。そこまでは‥‥‥‥私自身の記憶だった。

 だが、

 

「‥‥‥‥なんだ、これ!?」

 

 

 自身の覚えの無い記憶が溢れてくる。

 双剣を持った私がギリアスさんと戦っている記憶だった。いや、この記憶の中の私は‥‥‥‥父さんだ。

 

「うっ!?」

 

 頭に強烈な違和感が襲ってきた。痛み、ではない。違和感だ。自分自身の記憶領域に無理矢理他の記憶を押し付けてきたような、まるで自身の存在が同時期に二つあるような感覚。それでいて、全く違う人格を有しているから、自身の存在が別の何かになってしまったかのような、奇妙な錯覚を覚えた。

 とりあえず、ゆっくりと、落ち着いて、少しずつ記憶を紐解いていった。

 記憶の中には、父さんの双剣術、戦いへの心構え、ギリアスさん‥‥いや、ドライケルス大帝に対する積年の思い、それらが全て、記憶として残されていた。だから‥‥‥‥

 

「‥‥‥‥ふぅ、どうやら本当に使えるようだ」

 

 目を瞑り、イメージトレーニングをしただけで、使えると判断できた。

 足の運び、体重の移動、肩肘の可動、腰の回転‥‥‥‥全てを知っている。斬った時の手に伝わる感触さえ、知っている。本来ならあり得ない。使ったことのない術技だ、想像がつく、位は分かったとしても、知っているわけがない。これは紛れもなく父さんの記憶を私が得たことに起因している。

 故に、私は父さんと同じ双剣術が‥‥‥‥使える。ロラン・ヴァンダールの双剣、ネット・ワークの双剣を私は完全に習得した。これまでの見様見真似での再現ではなく、完全に自身ではない誰かの技術の複製だ。

 一体何がどうして、こうなったのか、想像することは出来ても確信はない。

 ソフトさんがかつて、俺がホムンクルスだと教えてくれた。何かしらの目的を持って作られた、と言う事も教えてくれた。そして、夢の中で父さんと母さんが別れて以降、自身の胸の中にぽっかりと空いた感覚さえあった。

 

「‥‥‥‥そうか、あれは、夢ではなかったのか」

 

 胸の中にあった父さんと母さんの魂を、もう感じない。

 だが、最後の別れは既に出来た。だから‥‥‥‥もう、前を向こう。

 私はもう、子供ではない。いい加減、前に向かって進んでいかないといけない。

 

「さあ、やるぞ!」

 

 勢いよく、ベッドを飛び起きると‥‥‥‥バサァッ、という音が聞こえた。

 

「ん?」

 

 音の出所に目をやると、そこには一冊のファイルがあった。

 そこそこの分厚さがあるファイルを手に取ってみた。

 

「ん? H‥‥A‥‥R‥‥D‥‥プロジェクト? なんだこれは? ギリアスさんの忘れ物かな?」

 

 読むか、読まざるべきか、少し悩んだ結果、好奇心に負け、少しだけと自分に言い訳をしつつ、パラパラとファイルを開き、中を見始めた。

 




読了ありがとうございました。
不定期更新となりますが、今後とも宜しくお願い致します。
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