連日お付き合い下さり、ありがとうございました。
―――七耀暦1206年7月15日 帝都ヘイムダル
side ギリアス・オズボーン
「ヴァンダール流双剣術秘奥義『破邪顕正』。これが俺の最後の一撃だ‥‥‥‥行くぞ。ウオオオオオオオオオ!!!! 帰ってこい!
自身に迫る一閃を私は見ていた。
イシュメルガの力に手を出し、己が染め上げられる中、友の声が聞こえた。
自分自身を失いかける程の負の激流に流される中、友の声が聞こえた。
指一本動かせない戒めの中、友の声が聞こえた。
どれ程の闇の中であっても、友の声が聞こえた。
「俺は今度こそ約束を果たす。お前を守護する『ヴァンダール』としての責務ではなく、ドライケルスの友『ロラン・ヴァンダール』として、ギリアス・オズボーンの友『ネット・ワーク』として、お前を護ってみせる!!!」
友の声が聞こえた。
いつだって、どんな時だって、お前が隣にいてくれたから、苦難を乗り越えられた。
だから‥‥‥‥友を喪った時、私はもう終わりにしたかった。
私一人では、立てなかった。
友が居たから、立ち上がれた。
私は弱い男だった。
そんな私の前に、リアンヌが現れ、私を支えてくれた。
だから、かつての私は獅子戦役を終わらせられた。
しかし、結果としてリアンヌさえ失い、私はもう立てなくなった。
そんな頃にイシュメルガの声が届いてしまった。
だが、私はその声に応えなかった。
それは私が跳ね除けたのではない。ただ、もう動くことをしたくなかったからだ。
もし、私がイシュメルガを排除しようと考えれば、ロゼを頼ったことだろう。
人の世界のことだ、などと強がりなどせず、必要とあれば助けを請うた。
だが、私は動かなかった。もう、何もしたくなかった。動き、誰かを支えに立ち上がれば、私はまた喪ってしまう。それを嫌い、動くことをしなかった。
‥‥だが、アレは失態だった。
自身の命が尽きる寸前、リアンヌが現れた。かつて喪った私の半身。
彼女の存在が、私に再び戦う意志を取り戻させた。しかし‥‥もう、体は動かなかった。
そんな私の行動が彼女を縛り付けた。
最後まで動かなければ、彼女が今の様に縛られることはなかった。最初から動いていれば、今の様になっていなかったかもしれなかった。
結局は全て私の行動が招いたことだった。
ならば、責任を果たすしかあるまい‥‥
友は、死して尚、私のために戦ってくれている。
彼女も、死して尚、私のために戦ってくれている。
私は‥‥応えなければならない。友のために、彼女のために‥‥何より、帝国の未来のために‥‥私は立ち上がる。
「さあ、返してもらうぞ、イシュメルガ!!」
闇の中に一条だけ灯る光に手を伸ばす。
□
「‥‥‥‥帰ってきたのか‥‥」
自身の目の前には練武場の天井が見えた。背中には冷たく、ゴツゴツした感触がある。
そこで初めて自身が倒れ、天を仰いでいることに気付いた。
倒れたなら、立ち上がらなければならない。
体を起こす、手を付き、足に力を入れ、体を立ち上がらせた。
重い体だ、実に、重い。ドライケルスの時の様に今わの際ではないとは言え、多くを背負ってきた身だ、軽くはない、と思っていた。
だが、重いな‥‥‥‥
「ほら、立てよ」
手が差し伸べられた。
「‥‥すまん」
私はその手を取って、立ち上がった。
「‥‥帰ってこれたか」
「‥‥ああ、迷惑をかけた」
「いいさ、これくらい。‥‥‥‥それに、これが‥‥本当の最後だからな」
友の存在が希薄になっていく。
ああ、そうか、これが‥‥‥‥最後なんだな。
「本当なら、こんな言葉さえ交わすことが出来ないと思っていた。俺の最後の一撃は文字通り、俺の魂全てを燃やし尽くして放った。だが、ソーシャルがな、俺の分を少し肩代わりしてくれた。だから、最後にこうして話が出来る」
「‥‥‥‥そうか、彼女も、居たのだな」
「ああ、俺達の戦いを何も言わずただ見ていてくれたさ、最後に俺達に時間までくれた。‥‥俺には過ぎた妻だったよ」
「‥‥ああ、お前には過ぎた女だと思うさ」
こんな状況でも互いに気安く軽口を叩き合える友、そんな友にもう生涯会えることが無いのだと実感していく。
言葉が出ない、何を言えばいい、消えゆく友に対し掛ける言葉が浮かばない。
「ありがとう」
「何故、お前がそれを言う?」
友が私に礼を言う意味が分からない。むしろ、私が言うべき言葉ではないか。
「お前には、俺の子供を立派に育ててくれた。昔も、今も、二度に渡って育ててくれた。感謝している、心から、本当に‥‥ありがとう」
「何を言う。私はお前の子供から父を奪った男だ。昔も、今も、奪ってきた」
私が指示を下し、それによって友は死んだ。私が殺したようなものではないか。
「いや、そんな事はない。昔も、今も、俺にしか出来ないから、お前は俺に託してくれた。お前は俺だから成せると信じてくれた。その信頼に応えたかった、今も、昔も、その気持ちに変わりはない」
「‥‥‥‥どうして、お前はそこまで私に尽くしてくれる。私はお前に、何も返せていないのに‥‥‥‥」
「今更、そんな水臭いことを言うな。‥‥‥‥友のために力を尽くしたかった、ただそれだけさ」
「こんな時でも、お前は私を‥‥俺を‥‥友と呼んでくれるのか?」
「当然さ。かつても、今も、俺とお前は出会い、友となった。きっと俺とお前の出会いは運命なのさ。いや‥‥腐れ縁、と言うのかな」
フフフ、と笑う友につられ、思わず笑ってしまった。
「フッ、運命なんて高尚なものではなかろう。どんな立場であっても、俺と共に肩を並べて立つ男など、古今東西二人といない。生まれ変わっても斬れやしない縁、奇妙な縁だ。腐れ縁こそ俺達には相応しいな」
「ああ、違いない」
そうさ、俺達の出会いが女神が定めたものであるわけがない。俺と友が歩んだ道は、俺達が決めて歩んだんだ。運命、なんて薄っぺらいモノであるわけがない。
「‥‥‥‥どうやら、ここまで、のようだ」
「ネット‥‥」
ネットが膝を付く。
「‥‥ギリアス、俺はいつもお前を最後まで支えられないな。でも、それでいい。友として、臣下として、お前の道を切り開く、その役目を果たせた事に俺は満足している。だから、もう、俺はお前を心配しない。だって、お前はいつも俺の期待を超えてくれた。生まれ変わったこの世界で、お前が皇帝に―――『獅子心皇帝』と呼ばれていたことを知って、心底嬉しかった。あの時は自分がロランだと分かる前だったのに、誇らしかった。歴代の皇帝の側近たちに言いたかった。『どうだ、俺が支えた男こそ歴代一の皇帝だ』、って言いたかった。そんなお前に対して、ずっと叶えたかった願い――――剣を競い合うという願いを叶えられた。心底楽しかった。もう‥‥悔いはない」
「‥‥‥‥ありがとう、友よ。こんな私を支えてくれて、死して尚、追いかけてきてくれた我が友よ。ここに誓おう、私が必ず未来を創る。だから‥‥‥‥もう休んでくれ。友よ」
「フフ‥‥イエス・ユア・マジェスティ」
その声を最後に、友は女神の下に逝った。
体を支配していたネットの魂が離れたことで、ハードの体は力を失い、倒れ伏そうとしていた。私は、ハードの体が地に倒れ込む前に抱き留めた。すると、ハードの手から剣が零れ落ちる。黒く染まった剣身は手から離れた時に元の色に戻り、地に落ちた時に砕け散った。その様はまるで、役目を終えた、と言わんばかりだった。
「‥‥zzz‥‥zzz」
ハードから穏やかな寝息が聞こえてきた。深く眠りについているようだ。‥‥‥‥どうやら相当消耗しているようだ。
ハードの体に自身と異なる魂を宿し、無理矢理戦わせたのだ、疲弊して当然だ。ハード自身の成長速度がこちらの想定以上だったことに考慮しても、魂の『インストール』を行うには些か早すぎた。だが、そのおかげで、私もネットも、報われたことには感謝の言葉も出ない。
しかし、事ここに至っては彼に全てを教えなくてはならない。自身が生まれた意味を、知らねばならない。もう彼は‥‥‥‥子供ではないのだから。
私はハードを運び、練武場の扉をくぐり、外に出た。
「っ!‥‥」
朝日が目に染みた。久方ぶりに、光を浴びた気がした。
side out
私は夢を見ていた。
私が誘拐されることなく、父さんと母さんが生きていてくれて、一緒に暮らしている。そんなあり得たかもしれない夢だった。
父さんがいて、母さんがいて、私がいて、そんなごく普通のありふれた生活をしていた。代わり映えすることなく、日々の出来事に一喜一憂する、生活を繰り返すだけだった。
子供だった私も成長していき、父さんと母さんも老けていった。母さんよりも大きくなり、父さんよりも力強くなるまで成長していた。
ああ‥‥夢の様な、夢だった。私が今の私くらいまで成長したとき、その夢は終わりを迎える。そのことを理解した。
夢の中の父さんと母さんが誘拐される日に見た、あの時の姿に変わっていた。なのに、私は子供の姿ではなく、今の私の姿のまま。
「父さん、母さん‥‥‥‥行っちゃうの?」
体は大きくなっているのに、言葉遣いは子供の頃のままだった。
「ああ、もう行くよ」
「十分に、貴方の成長が見れました」
二人は穏やかに笑う。
私は声を上げようとした‥‥‥‥だが、止めた。
父さんと母さんと十分に言葉を交わした。もう‥‥‥‥十分じゃないか。例え夢でも、叶えたかった夢は叶った。だから、最後に思いの丈をぶつけよう。
「‥‥ありがとう、父さん、母さん。俺を二人の子にしてくれて」
「っ‥‥、礼を言うのは、俺達の方さ。ありがとう、俺とソーシャルを親にしてくれて」
言いたいことは同じだった。‥‥‥‥やっぱり、親子なんだな、私達は。なら、もう言葉はいらないかな。
「父さん、母さん。‥‥‥‥行ってきます!!!」
「「行ってらっしゃい!!」」
笑って送り出してくれた二人に背を向け、走り出す。前に、前に、ひたすら前に、走っていく。
もう、後ろを振り返ることはない。ただ前だけ見て走っていく。
これ以上言葉はもういらない。十分に話したし、それだけの時があった。むしろ、これ以上私が動かなければ、その方が二人を苦しめる。
だから、私から、先に動いたんだ。もう、二人の背に守られる子供ではないのだから、自分の決めた道を歩いていける大人なのだから、自ら決めたことを成すために、動くんだ。
走り続けた道の先が光で見えない。だが、それでも前に進んでいく。
先の見えない道、何があるのか分からない道、それこそが私が行くべき道なのだから‥‥‥‥
□
「‥‥ここ、は‥‥‥‥ああ、戻ってきたのか」
私は自宅の自室のベッドの上で目を覚ました。記憶を辿ってみると、最後の記憶がギリアスさんとの手合わせの最中だった。そして、そこから今に至るまでの記憶が抜け落ちていた。確か、ギリアスさんの一撃で壁に衝突し、頭をぶつけた、そこまでは記憶があった。そこまでは‥‥‥‥私自身の記憶だった。
だが、
「‥‥‥‥なんだ、これ!?」
自身の覚えの無い記憶が溢れてくる。
双剣を持った私がギリアスさんと戦っている記憶だった。いや、この記憶の中の私は‥‥‥‥父さんだ。
「うっ!?」
頭に強烈な違和感が襲ってきた。痛み、ではない。違和感だ。自分自身の記憶領域に無理矢理他の記憶を押し付けてきたような、まるで自身の存在が同時期に二つあるような感覚。それでいて、全く違う人格を有しているから、自身の存在が別の何かになってしまったかのような、奇妙な錯覚を覚えた。
とりあえず、ゆっくりと、落ち着いて、少しずつ記憶を紐解いていった。
記憶の中には、父さんの双剣術、戦いへの心構え、ギリアスさん‥‥いや、ドライケルス大帝に対する積年の思い、それらが全て、記憶として残されていた。だから‥‥‥‥
「‥‥‥‥ふぅ、どうやら本当に使えるようだ」
目を瞑り、イメージトレーニングをしただけで、使えると判断できた。
足の運び、体重の移動、肩肘の可動、腰の回転‥‥‥‥全てを知っている。斬った時の手に伝わる感触さえ、知っている。本来ならあり得ない。使ったことのない術技だ、想像がつく、位は分かったとしても、知っているわけがない。これは紛れもなく父さんの記憶を私が得たことに起因している。
故に、私は父さんと同じ双剣術が‥‥‥‥使える。ロラン・ヴァンダールの双剣、ネット・ワークの双剣を私は完全に習得した。これまでの見様見真似での再現ではなく、完全に自身ではない誰かの技術の複製だ。
一体何がどうして、こうなったのか、想像することは出来ても確信はない。
ソフトさんがかつて、俺がホムンクルスだと教えてくれた。何かしらの目的を持って作られた、と言う事も教えてくれた。そして、夢の中で父さんと母さんが別れて以降、自身の胸の中にぽっかりと空いた感覚さえあった。
「‥‥‥‥そうか、あれは、夢ではなかったのか」
胸の中にあった父さんと母さんの魂を、もう感じない。
だが、最後の別れは既に出来た。だから‥‥‥‥もう、前を向こう。
私はもう、子供ではない。いい加減、前に向かって進んでいかないといけない。
「さあ、やるぞ!」
勢いよく、ベッドを飛び起きると‥‥‥‥バサァッ、という音が聞こえた。
「ん?」
音の出所に目をやると、そこには一冊のファイルがあった。
そこそこの分厚さがあるファイルを手に取ってみた。
「ん? H‥‥A‥‥R‥‥D‥‥プロジェクト? なんだこれは? ギリアスさんの忘れ物かな?」
読むか、読まざるべきか、少し悩んだ結果、好奇心に負け、少しだけと自分に言い訳をしつつ、パラパラとファイルを開き、中を見始めた。
読了ありがとうございました。
不定期更新となりますが、今後とも宜しくお願い致します。