―――七耀暦1206年7月15日 帝都ヘイムダル
「じゃあ、いってらっしゃい♪」
いい笑顔で見送るレクターさんと見送られる私。そんな私達を見て、反応に困っているリィン達一行。
赤いアロハシャツ、背にウクレレ、腰にレイピア―――レクターさんから借りた剣を差している大男が同行するのだから、困惑するのも仕方がない。
むしろ断ってもらった方がいいくらいだ。‥‥‥‥お互いのためにも。
だが、そこは口八丁手八丁を尽くしたレクターさんの弁舌の前にリィンが太刀打ちできる訳もなく、私を連れて行く羽目になった。‥‥‥‥どうしてこうなった!?
‥‥‥‥はあ、仕方がない。出来る限りひっそりと、目立たず、騒がず、手を出さずについて行こう。
そもそもリィン達は、つい先日戦った相手だ。リィン達は知らないが私は彼らの敵だ。明確に袂を別っている。そのことはレクターさんも重々承知している。だというのに、態々私を競馬場に連れて行き、リィン達が来ることを知っていて、引き合わせたのは、あの人のいたずらか、それとも嫌がらせか、判断に困る。
「ハード」
リィンが私を呼んでいた。
無視するのも悪目立ちするし、敵対しているとは言え、リィンは私が執行者だと言う事は知らない。ならば、今後のお互いのためにも、付かず離れずの距離間を保つべきだろう。
「なんだ?」
「これからの事なんだが‥‥」
「そちらに全て任せる。私はついて行くだけだ」
「‥‥そうか」
リィンに対して素気無い対応を行った。
あちらも私の事を扱い兼ねている。何しろの突然の飛び入り参加だ。予定に無い上、同僚とは到底言い難い間柄。まあ、そのことを知っているのは私だけだが‥‥
ともかく、リィン達の後に付いて行った。
トールズ士官学院教官と生徒とアロハシャツの大男の異色の組み合わせで、競馬場の支配人と会い依頼事項を確認していた。だが、私は決して発言しない。
黙して語らず、ジッと支配人の表情、リィン達の表情を全て視界に収められるように端の席に座り動向を観察していた。
依頼内容は地下道の探索。地下から異音が聞こえるなどの異常が確認されているとのことだ。
なるほど‥‥確かに、何かはいるようだ。霊的な波動を感じ取れる私だから分かることだが、他の人間に言っても分からないだろう。魔女であるローゼリア様ならすぐに分かるだろうが、リィン達では無理だろう。
ここよりも更に下、床の更に下からだから微かに感じ取れる。‥‥どうやら以前よりも霊的能力が向上しているようだ。
「みんな、地下道探索になるが問題ないな?」
リィンが全員に問いかけると生徒達は即座に承知した。
「ハードもいいか?」
「構わない。そちらの指示に従う」
私はリィンが先頭を歩き、地下道に向かう最中、最後尾からついて行った。
しばらく歩くと、地下への扉に行きついた。リィンは預かった鍵を使い、扉を開いた。
すると、リィンのARCUSに着信が入った。
『やっほー、リィン! いま、大丈夫?』
発信者はミリアムだった。
『ニシシ、みんな大丈夫だって! 今夜7時、ヴェスタ通りのギルド支部に集合ってことで』
「そうか、あそこも再開されるんだな。分かった、遅れるかも知れないけど必ず行けるようにする」
どうやら、何かしらの集まりがあるようだ。集まる場所のギルド支部か。ギリアスさんが閉鎖させていたはずだが、何時の間に閉鎖が解除されたんだ?
状況が把握しきれていない、情報が不足しているな。自身の知らぬ間に情勢は刻一刻と変化している。だが‥‥もう、どうでもいいかな。先を予測するために、情報収集は必要だった。だが、先が確定した今、もう不要だろう。
「そうだ、ミリアム少し待ってくれ‥‥ハード!」
「ん?」
リィンが私の名を呼んで、歩いてきた。そして、ARCUSを私の前にかざすとそこにはおよそ一月振りに見たミリアムの顔が映し出されていた。
『え、ハード!? あれぇ、どうしたの!? 何でリィンと一緒にいるの!』
ミリアムの驚きの表情と共に矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
「ああ、理由は‥‥‥‥『レクターさん』だ」
一々事細かに説明するよりも、一言で分かりやすい理由を伝えたほうがいい。
それにこれほど分かりやすい理由もないだろう。
『あ、そうなんだ』
すんなり通った。流石、信頼と実績のレクターさんだ。
『そうだ、ハードもいるんだし、今日午後7時、予定開いている?』
「さっきリィンと話していた件か。何かあるのか?」
『うん! Ⅶ組のみんなで集まるんだ。ハードも来るよね!!』
「‥‥‥‥いや、私は行かない」
『え、どうして?』
「いや、どうしてって‥‥‥‥私はⅦ組ではなかったからな」
行く理由がない。同窓会だと言われても、Ⅶ組限定だと私が参加するのは憚られる。大体私はⅢ組だったんだから。と言う訳で、断りを入れてリィンにARCUSを返す。
「‥‥返すぞ」
「‥‥ああ」
リィンもその後、ミリアムと会話した後ARCUSの通信は終了した。
「ハード、本当に今日は来れないのか? みんな集まるんだ、かつてのⅦ組全員。お前だって‥‥」
「私はⅦ組ではなく、Ⅲ組だった。学年全体での同窓会ならともかく、クラス単位での集まりに部外者が行くのもな‥‥‥‥」
「だが‥‥」
「話は終わりだ。さっさと終わらせよう」
私は話を切り上げ、一足先に地下への道に足を踏み入れた。
これ以上、話をしていても変わることはない。私はⅦ組‥‥いや、リィンの味方ではないのだから。
□□□
地下に入ると周囲は薄暗く、水の音が聞こえる程度で静か、それでいて広い空間が広がっていた。目視では特に異常は見つからない。だが、感覚を研ぎ澄ませると‥‥魔獣の気配を感じるが、それと同時に霊的な力も感じた。
なるほど、この感じで行けば、何処かにプレロマ草が生えているのだろう。状況はそこまで進んでいたか。時期的にはそろそろだったし、計画通りのようだ。
「‥‥‥‥さて、どうするリィン?」
「何がだ?」
「この先だ。先は見えない。だが‥‥この先には確かに戦いが待っている。さあ、リィンどうする?」
「なら、戦うしかない。そのために力を付けてきた」
「フッ、そうか。‥‥ならば、進もうか」
リィンが先を進み、その後を学生が続く。私は彼らの最後尾をついて行く。
先程の問答、噛み合っていなかったな。
私はこの先―――時間軸の話をしていたが、リィンが見ていた先は空間軸だった。この食い違いがどうなるか‥‥‥‥それは私にも分からない。だが、きっと‥‥‥‥いずれぶつかるだろうな。
side ユウナ・クロフォード
「ハアッ!!」
地下道に現れた魔物を倒していく私達に、同行者が付いてきている。
ハード・ワークさん。リィン教官の同級生で、昨年の生徒会長。それも、主席卒業。つまり、リィン教官よりも強かった人。
Ⅶ組の人達にはこれまでも会ってきた。だけど、この人はⅦ組ではないと言っていた。
私が会ってきた先輩達はみんな、リィン教官を助ける側に立ってくれた。だけど、この人は‥‥違うんじゃないかな、って思った。
レクター・アランドール少佐と一緒にいたところを見たからなのか、それとも他の要因からなのか、どうしてもこの人には警戒心を抱いてしまう。
今も最後尾からゆっくりと付いてきている。赤いアロハシャツにウクレレを背負って、腰に剣を差している姿には警戒心を抱きにくいのに、どうしても気になった。
「‥‥伏せろ!」
背後から、急に声が響き、思わず伏せてしまった。
ドガンッ! という衝撃音が響いた直後に、直ぐに大きな塊が飛んで行った。
「グギャ!?」
空から飛来する何かに大きな塊が直撃し、そのまま壁に叩きつけられ、絶命した。
「アレは‥‥‥‥石?」
大きな塊はただの石だった。だけど、結構な大きさの石だ。そんな物、これまで通って来た道には無かったはず‥‥‥‥
私はハードさんの方を見ると、石畳が割れていた。通った時には無かったはずなのに‥‥
自身が通った道に無かったものが突然できていた。そのことに疑問符が浮かんでいると、ハードさんが口を開いた。
「上から来ているのが見えたのでな。飛ばせるものを探したが、手ごろなモノがなかった。だから、石畳を蹴り砕いて、出来た破片を蹴り飛ばした」
「‥‥えぇ!?」
思わず驚きの声が出た。
「オイオイ、普通そんな事考えるかよ!? てか、この石畳、蹴り砕けるのかよ‥‥」
アッシュは石畳を何度も踏みしめるが、到底砕ける様子はなかった。
「そんな軽い蹴りじゃ、何度やっても無理だな。‥‥こうやるんだ、フンッ!」
足を振り上げて下ろすのではなく、足を石畳に置いたまま力を入れた。それだけで、石畳が簡単に砕けた。
「東方カルバートに伝わる武術、泰斗流だ。自身の気を足に集中させることで、破壊力を上げた。多少の手ほどきを受けたことがあるのでね。この程度は造作もない。‥‥理解できたかね、アッシュ・カーバイド君?」
「お、おう‥‥‥‥てか、このパイセンの方がよっぽど理解できねぇ‥‥」
アッシュの言葉にアタシは深く同意した。
泰斗流はアタシも知っている。クロスベルではカルバートから来た人たちもいたし、この間の戦いで助けてもらったアンゼリカさんも使っていた武術だ。自身の気に流れを操作して、破壊力を上げたりなんかは行っていた。
だけど、この人、気の操作が恐ろしく早かった。
足を勢いよく叩きつけるでもなく、ただ、気の操作だけで、足を起点に爆発の様な衝撃が起こって、石畳が粉砕された。
熟練者だからなのか、それとも天才なのかは分からない。ただどちらにしろ分かったことは‥‥‥‥とんでもなく強い、と言う事だけは分かった。
‥‥リィン教官並みに得体の知れない人、と言うのが私の感想だった。
「ふむ‥‥‥‥リィン」
ハードさんがリィン教官に声を掛けた。
「なんだ、ハード?」
「部外者の私が口を挟むのもなんだが‥‥‥‥この編成では索敵に難があるな」
「さっきのヤツの事か」
「いや、それ以前からだ。ここは視界が悪い。だからどうしても後手になりやすいのは理解するが、些か後手に回り過ぎだ。もう少し先手を打つ方法を模索するべきだろう」
「それは‥‥‥‥」
リィン教官は言葉に詰まった。
「じゃあ、どうすればいいんですか! こんな視界が悪い中で‥‥」
アタシは思わず、現状の不満をぶつけるように口を開いた。周囲にはアタシの声が響き渡った。
すると、ハードさんは闇の中を見つめた。
「‥‥‥‥今ので、敵の位置が分かった。敵は‥‥3! 距離‥‥15!」
ハードさんはその場にしゃがみ、砕けた石畳の破片を掴むと、闇の中に投げつける。
あまりにも早い動作に、何をどれだけ投げつけたのか、まるで分からなかった。だが、
「「「グエェ!?」」」
闇の中で音が聞こえた。その数は三つ。
「‥‥‥‥確認に行こう」
リィン教官の言葉に従い、アタシ達は道を進む。すると、確かに魔獣が倒れていた。それも三体‥‥全部頭がピンポイントに貫かれている。
「これ‥‥どうやって‥‥」
「‥‥音だ」
アタシの独り言にハードさんが答えてくれた。
「音、なんてさっき聞こえなかったんじゃあ‥‥」
「君の声が響いたな、それは覚えているか?」
「え、ええ‥‥」
先程の剣幕を思い出して思わず恥ずかしくなった。ハードさんはその剣幕を指摘しているのではなく、響いたことを言っていることは分かった。
「音が響いたから、周囲の情報を精査出来た。音は響く、何かにぶつかれば、跳ね返る。それで位置と形を割り出した」
「位置と形?」
「まあ、いきなりそこまでは出来ないだろう。だが、こういう閉ざされた空間であれば、目で見るよりも耳の方がよほど役に立つ。音の反響、何処から音が跳ね返ってくるのか。または、早くに返ってきたのか。それが分かれば、ここの地形がどういったのか判断がつく。これは結構使えるスキルだ」
「いえ、でもそう簡単に身に付くものじゃないんじゃ‥‥」
言っていることは分かるけど、そんな事すぐに出来るわけがない。
「まあ、人によって向き不向きがある。必要に駆られなければ、覚えようとも、出来るようになろうとも思わない。‥‥私もかつて、闇の中に居たから、覚えざるを得なかった」
「‥‥闇の、中‥‥」
「‥‥いや、私の事はいい。とりあえず、暗闇の中でも出来る方法はある、と言う事だけでも知っておくと良い。知識は力だ、昨日よりも、今日よりも、知ることで明日はもっと強くなれる。知る、と言うことは、強くなるのに、必要なことで、最も簡単であり、最も難しい事だ。精進したまえ」
「は、はい!」
ハードさんの言葉には実感と重さがあった。そして、ストンと心の中に落ちた。
「さて、言い出した手前、多少の見本は見せるとしよう」
ハードさんは背中のウクレレを構え、弦を弾いた。ポーンッ、と周囲に弦楽器の特有の音が響いた。
一度音が響き渡った後に、もう一度、弦を弾いた。もう一度、はなかった。
「‥‥索敵完了」
小さい声だったが、確かに終わった、と言った。
たった2度で何が分かると言うのか、と思わず声に出そうになった。
「まずは、近いのから潰すか。よし、リィン。3時の方向、距離15、敵2体」
「分かった! 『緋空斬!』」
リィン教官はハードさんの指示に即座に反応し、剣を放った。
「ギギィ!?」
魔獣の悲鳴が聞こえた。まさか、本当に!?
アタシは思わず、音の発生源に確認に走った。すると、そこには確かに魔獣が二体倒れていた。
信じられない‥‥だって、この暗闇の中で、的確に敵の位置を見つけ出したなんて、到底信じられなかった。だが、今目の前でそれを成されては、信じるしかなかった。
「流石だな、ハード。見事な索敵だ」
「大したことではない。この程度造作もないことだ。さて、先を行くぞ」
「ああ。皆、ここからはハードの指示に従うんだ。そうすれば‥‥何も問題ないさ」
リィン教官の言葉に従い、アタシたちはハードさんを先頭に進んでいった。
先が暗く見えない中でも、ウクレレの音が聞こえ何処にいるのか良く分かる。アタシたちにとって進むべき道しるべに思えたが、それは同時に敵にとっても目印だった。
「12時の方向、距離30、敵三体。こちらに向かっている」
「分かった、なら‥‥」
「ユウナ君、急ぎ前に立ち散弾をばらまけ。狙いは構わない」
「え‥‥」
リィン教官よりも先に、ハードさんが指示を出してきた。アタシはその指示に従うべきなのか、判断に迷った。
「急ぎなさい。クルト君、9時の方向距離5移動、アッシュ君は3時の方向から同じくだ。双方ともその後、12時の方向に進み敵の背後を付け。ミュゼ君、アルティナ君は敵が視認出来たと同時に射撃を開始。リィンは射撃を回避したのを潰せ」
「了解だ! みんな急げ!」
「は、はい!」
ハードさんの指示を受け入れたリィン教官と戸惑いながらも指示された通りにアタシたちは動いた。
「くらえぇぇ!!!」
暗闇に向かって攻撃したけど、当たっているのかは分からない。だけど、
「へっ、来やがったか! オラァ!!」
「参る!」
クルト君とアッシュの声が聞こえた。その様子も見えていないけど、どうやら敵と戦っているみたい。
「ギギィ!!」
魔獣の声が聞こえた。こっちに向かってきているのかな‥‥
「一体、クルト君が撃破を確認。敵は残り二体。射撃用意‥‥」
ハードさんの言葉に従い、ミュゼは銃を構え、アルはクラウソラスにエネルギーを充填している。そして‥‥
「放てぇ!」
まだ敵は見えていない。だけど、ハードさんは放てと指示を出した。その指示に従い、二人が攻撃を放った瞬間、魔獣の姿が視界に入った。数は2体、だが、直ぐに銃撃に晒され、1体が倒れた。残ったもう一体は‥‥‥‥
「シャア!!」
攻撃は確かに魔獣にダメージを与えていた。だが、致命傷には至っていない。攻撃を掻い潜って、最小限の損傷で切り抜けた。
その残り一体はアタシたちを飛び越えて、ハードさんに向かって攻撃を仕掛けてくる。
ここからでは、アタシたちは追いつかない。だけど‥‥‥‥ハードさんは微動だにしない。今だに、ウクレレをかき鳴らして、周囲の索敵をしている。
「あ、あぶない!!」
思わず叫んだ。だけど‥‥‥‥
「二の型『疾風』」
リィン教官が一刀の下に魔獣を切り伏せた。
ハードさんの指示通り、リィン教官はミュゼとアルの撃ち漏らしに備えていた。だからハードさんはまるで動揺することはなかった。
結局、暗闇の中での魔獣との戦闘は誰一人として怪我を負う事もなく、完勝に終わった。
「やったね、みんな!」
「はい、私たちの勝利です」
喜び合う私たちを他所に‥‥‥‥リィン教官とハードさんが話をしていた。
互いに明るい感じではなく、何処か納得がいかない様子だった。
「うーん‥‥‥‥私の目算では、お前の出番はないはずだったんだがな。些か指示が悪かったかな?」
「いや‥‥お前の指示は完璧だった。だが‥‥」
「まあいい、いきなり部外者が指示を出せば、困惑するのは当然だ。それに私も彼らの能力を正確に測り切れているわけではないので、齟齬は出る。次はもう少しうまくやるさ」
「‥‥すまない」
「謝るな、レクターさんがねじ込んだとは言え、手伝いは手伝いだ。最低限の事はするつもりだった。そちらが求める最低限に索敵と戦闘指揮が含まれると判断したのは私の判断だ。流石に出しゃばり過ぎるのは気が引けるからな、手は出さん。その代わり、口は出そう」
「そうか‥‥正直助かる。俺一人ならともかく、生徒達を含めてこの暗闇で集団戦の指揮を執るのは難しいとは思っていた」
「ならば良し。では引き続き、私が索敵と指揮を続行するが、構わないか?」
「ああ、むしろありがたい。よろしく頼む」
「ああ、頼まれた」
リィン教官とハードさんが拳を合わせたのが見えた。
□□□
ハードさんが先頭を歩き、一定の間隔でウクレレをかき鳴らす。
戦闘を繰り返す事、数度。最初は戸惑ったけど、ハードさんの指示に慣れてきた。
「11時の方向、距離30、敵1体。ミュゼ、狙撃体勢」
「はい。よいしょ‥‥」
ミュゼはその場で銃を構えて、ハードさんの指示通りの方向の、闇に向かって狙いを定める。
「角度上方2度、右1度射角変更」
「はい」
「そこでストップだ」
「はい、撃ちます。バキュン!」
あざとらしいミュゼの狙撃が終わると、ハードさんはウクレレを鳴らした。
「‥‥ターゲット撃破確認。よくやった、ミュゼ」
「ありがとうございます。ハード先輩♡」
「‥‥次が見つかった。2時の方向、距離90、敵は4体だ。行くぞ」
「あーん、無視なんてヒドイですわ!」
ミュゼを軽くあしらい、次の魔獣の下に足を進める。
さっきから、この調子だ。ミュゼは随分とハードさんに懐いている。だが、全てハードさんに袖にされている。リィン教官とは違う、と思わず思ってしまった。
ハードさんも、アタシたちを呼び捨てで呼ぶようにしてもらった。先輩だし、それに指揮するときに言葉数を減らせるし、そういう意味でも君付けは止めてもらった。
ある程度打ち解けられたかな、と思った。とりわけミュゼは随分とハードさんと距離を詰めようとしている。あの娘はもう‥‥‥‥
同級生の所業に頭を痛めていた。だけど、ハードさんはミュゼを軽くあしらう、どころかさして興味すら抱いていない。まあ、デレデレしないところは評価できるけど、流石に素っ気無さ過ぎる気もするけど‥‥‥‥
まあ、ミュゼのことは置いておいて、戦闘面でも暗闇の中で魔獣の奇襲に気を配らないといけない先程までとは明らかに違った。
ハードさんが索敵を担ってくれるようになって、魔獣に対して先制攻撃を行えている。ミュゼの狙撃で、アウトレンジから仕留めれるので、アタシはさっきから生きている魔獣を目にしていない。
それにハードさんは音で敵の距離と共に、アタシたちの向いている方向さえ分かってしまう。その結果、ミュゼの狙撃から着弾点を割り出しているみたいで、その補正指示まで行われた。結果、さっきから百発百中で見えているときよりも余程命中していると思ったほどだ。
「全員止まれ。敵がこちらに迫ってきている。3時の方向、接敵まで10秒。アルティナ、3時の方向からに備えガード、クルトはアルティナの後ろに待機。ミュゼ、アッシュは12時の方向、距離10前進、その後3時の方向に5移動。ユウナ、リィン、その場で待機、アルティナ接敵後にユウナは右方に、リィンは背後に回り込め」
矢継ぎ早に指示が飛ばされる。
かなり早口で僅か数秒で全てを伝え終わっている。
「はい。クラウソラス」
アルが敵とぶつかった。
指示開始からジャスト10秒だった。そして、戦況も非常に優位に立っていた。
ミュゼとアッシュは指示通りの位置についていて、アタシとリィン教官も同じく指示された場所に走った。
魔獣の前にはアルとクルト君が立ち塞がり、左側からアッシュとミュゼが、右側はアタシが、背後からリィン教官が、それぞれ攻撃を行える位置取りだった。
「包囲完了。攻撃開始!」
「「「「「「応!!」」」」」」
アタシたちはハードさんの指示に従い、一斉攻撃を仕掛けた。全方位から包囲された状態で攻撃を受けた魔獣たちは成すすべなく、倒された。
楽勝だった。まあ、流石にあそこまで優位な位置取りだったら、そりゃそうだよね。ここまで怪我らしい怪我もないし、疲れらしい疲れもない。その全てはハードさんの指示が齎したものだ。‥‥‥‥本当に凄いな。
アタシは最初に抱いた疑念とか、すっかり忘れて、ハードさんの凄さにただただ尊敬していた。
「ふむ‥‥‥‥もう周囲には魔獣はいないようだな」
「本当ですか!?」
「ああ、皆の頑張りの成果だな。よくやった」
「はいっ!!」
ハードさんの言葉にアタシは喜んでいた。ハードさんの言葉少ない褒め言葉に思わず歓喜の気持ちが溢れてきた。認められた、のかな、この凄い人に。
「あの‥‥聞いてもいいですか?」
「なにかな、アルティナ?」
珍しくアルからハードさんに話し掛けた。
ハードさんは、少し腰を折り、アルに目線を合わせた。
「‥‥どう聞けばいいのか、良く分からないのですが、纏めると‥‥『どうして助けてくれたんですか?』」
「ふむ、『どうして』、か」
「ええ、貴方はレクターさんと一緒にいました。なら貴方は‥‥‥‥オズボーン宰相寄りの人かと」
「‥‥ぁ」
そうだ、色々あって忘れていたけど、ハードさん、レクター・アランドール少佐と一緒に居たんだった。その辺りも気になって、さっきまでは信用できないと思っていた。だけど、だからこそ敢えてアルは聞いたんだ、『どうして』と。
「そうだな、とりあえず助けた理由から話そうか。‥‥まあ、見るに見かねて、と言うのかな」
「見るに見かねて?」
「最初は、手を出すつもりはなかった。この任務は君たちの成すべきことだ。私はあくまで外部の人間であり、精々つながりとしてはトールズのOB、君たちの先輩だ。君達の成長のために自重するつもりだった。最初から私一人であれば、この程度の暗闇、この程度の魔獣、苦も無く滅ぼせた。私にはそれだけの力があると自負している。だが、それでは人は育たない。君たちの仕事を横取りをすれば、後につながらない。だから、君たちの行動を見るだけで、手を出すつもりは無かった。だが、暗闇で敵の存在を認識出来ず、不意打ちを許しそうになった。流石に目の前でトールズの後輩が命を落とすのは憚られる。後輩の指導は先輩の務め、後輩のミスをカバーするのも先輩の務めだ。失敗することは別にいい。だが、失敗で終わってはいかんのだ。それを次に繋げて、初めて失敗に価値がある。だから、命を落とし、次に繋げられない様な事は先輩として防ぐ必要があった。だから、助けた。そして、君たちを守るために、周囲の索敵と君たちでも対応可能な作戦指揮を行い、君たちの力で魔獣を倒せるようにお膳立てをした。私はあくまで、今ここでは、『トールズ士官学院卒業生』のハード・ワークとして参加している。故に先輩として後輩を助けた、ということだ。理解できたかね?」
「はい‥‥所々、ちょっとムッとしましたが、理解できました」
アルはちょっと口をとがらせていた。アタシもちょっと‥‥同じことを思った。
未熟だと、お膳立てをされなければ戦えないヒヨッコ扱いされた。それは事実だ、結果がそれを表している。ハードさんが索敵や指揮をする前と後では疲労などが段違いだ。それにハードさんが戦っているところは見てはいないけど、足で石畳を砕ける衝撃と暗闇でも敵を見つける力があるんだから、言ってることは確かだろう。
何も間違ったことは言っていないけど、それでも、受け入れにくいのはアタシたちが、子供だからなのかな‥‥
「そうか。なら、それを次に活かせばいい。先程も言ったが、失敗はいいが失敗で終わってはいかんのだ。今日出来なかったなら、明日出来ればいい。それでいいんだ。君たちには『先』があるんだからな」
ハードさんは笑みを浮かべ、アルの頭を撫でた。自然にいつくしむ様に、優しく撫でた。アルもさして嫌がることなく受け入れていた。
アタシがしたら、子供扱いするな、と反発されそうだけど、ハードさんには言えなかったんだろう。大人と子供、それくらいの差がはっきりとあったからだろう。
「さて、もう少し言葉を交わすのもいいが‥‥‥‥そろそろ終点だ」
ハードさんがまた歩き出したので、アタシたちは後に付いて行った。
すると、その先には真っ赤な花が咲いていた。
ありがとうございました。
黎の軌跡、まだやってないんですよね。
やりたいけど‥‥暇がない(泣)