―――七耀暦1206年7月15日 帝都ヘイムダル
side リィン・シュバルツァー
「俺と同じ、だと!?」
アッシュの顔が驚愕に歪む。だが、それは俺も同じだ。混乱している中、尚もハードの言葉は止まらない。
「君と同じく、天涯孤独の身。百日戦役の折に、とある軍人の夫婦に拾われた。君と同じく本当の親を知らない、いや忘れた存在だ。おまけに、育ての親を亡くしている。‥‥‥‥君とは大分境遇が似ていると思わないか?」
さっき話していた時にも親を亡くしたのは聞いたが、その親が義理の‥‥育ての親に引き取られたなんて言ってはいなかった。それも百日戦役の際に、自身の過去を失っている、それは‥‥俺とも共通していることだった。
今、そのことは気にはなるが、それ以上にアッシュの事を妙に知り過ぎている方が気になった。
「テメエ、どうして俺の事を‥‥」
「別におかしなこともあるまい。さっき、アッシュ自身がレクター・アランドールとの関係を聞いた様に、私とあの人はそれなりに長い付き合いだ。君の事も知っていても可笑しくはなかろう?」
「‥‥あの野郎」
アッシュは拳を強く握り、怒りの表情を浮かべている。
「だが‥‥‥‥私が君を知っているのは、別にあの人からではない。私が調べたからだ、今年度の入学者全員、本校分校問わず全員、全てを調べ尽くしたからだ」
「はあぁ!?」
ハードの発言に驚き、アッシュから驚愕の声が漏れた。俺も驚いたが、尚もハードの言葉は続く。
「別におかしなことではないだろう、私は昨年の生徒会長だった。なら、今年度の入学者がどういう経歴、生い立ち、背景を持っているのか、全てを調べなければならなかった。なぜなら‥‥‥‥今年の入学者にセドリック皇太子がいたからだ」
「っ‥‥そういうことかよ‥‥」
「そういうことだ、理解が早くて助かる。先の内戦しかり、現在の帝国、いや世界は激動の時代を迎えている。そんな中、セドリック皇太子殿下に万一があってはならないのでな、色々と手を打つことになった。おかげで、当時学生だった私まで駆り出されて、機密情報局が集めてきた情報を精査し、入学させて問題ないか、裏を取ることになった。一学生に任せるには過ぎた案件だったが、まあ、養父の筋から手を回されて手伝わざるを得なかった。おかげで、3日ほどは徹夜が続いたな。だが、幸いなことに当時はテスト期間だ。通常の授業で居眠りは不味いが、素早く解き終わり、残り時間を睡眠に回すのは、多少は大目に見てもらえた。‥‥まあ、私の話はともかく、その結果、アッシュを含めて、現在の分校生徒全員の身辺情報は私の頭に入っている。ノーザンブリア、ジュライと言った併合した土地の出身者、アッシュを含めた極一部の経歴詐称者、訳アリの入学者はよくよく印象に残っている」
俺はハードの話を聞いて、そう言えば一時期、政府関係者が頻繁にハードの下を訪れていたことを思い出した。
俺も気になって、ハードに聞いたが、来年度の準備で忙しいと言われた。確かに、来年度―――つまり、今年度に影響しているが、まさか入学者の身辺調査までしていたとは思わなかった。
「オイオイ‥‥俺にそんなこと言っていいのかよ?」
「‥‥さて、どうだろうな。まあ、好きにすればいい。‥‥今の分校が壊れて無くなってもいいなら、その口を開けばいい。アッシュやノーザンブリアの出身者ならともかく、ジュライの出身者と名を偽った者、そう言った人間は今の分校からいなくなる、そうすれば今より風通しが良くなることだろう。だが、それを望まないならば、黙っていてくれる方をおススメしよう」
「‥‥チィ‥‥とことん喰えねえ野郎だな、アンタ」
ハードはアッシュの言葉を受け、ニヤリと笑った。
その姿には妙な雰囲気があった。人を手玉に取って、高みから見下ろしているその姿が、誰かの姿と重なったように見えた。
「さて、私が何故、名前と歳と出身地を先の様に曖昧に応えざるを得なかったのか、理解してはもらえたかね?」
「ああ、そう言えば、そんな話だったな。アンタのぶっ飛んだ話のせいで、忘れてたぜ‥‥」
「ただの思い出話の一つだ。他にもリクエストがあれば受けるぞ、何がいいだろうか。男子生徒ならば武勇伝の様なものの方がウケがいいだろうか。‥‥ならば、ノルド高原で共和国のガンシップを相手に大立ち回りを繰り広げ、最後には岩を投げつけて撃墜した話や、盗んだ機甲兵で貴族連合の機甲兵一個中隊を撃破した話、後はジュノー海上要塞を単騎攻略した話、等々学生時代の思い出話は事欠かないが‥‥」
「もういいわ‥‥アンタと話すと疲れるわ‥‥」
アッシュは酷くげんなりした表情でハードの話を打ち切った。
俺としては、いくつか気になる話があるから聞いてみたくはなった。だが、俺よりも先に口を開いた者がいた。
「フフフ、何やら楽しそうにお話されていますわね」
「ミュゼ‥‥」
ミュゼが歩くスピードを落として、俺達の会話に加わった。
「そうかね、まあ君にも関係がない話でもないからね、裏事情を知れて、どんな気分かな?」
「あらあら、何の事でしょう?」
ミュゼはわざとらしく、あざとく、知らない風を装っているが、それが単なるポーズにしか見えなかった。
ハードの口ぶりからして、彼女も何かしら裏が有った、と言う事か。
「まあいい、君に関しては‥‥過去の事も知っていたので、直ぐに察しはついた。
「フフフ、何の事でしょうか? 生憎、見当付きませんわ。ですが‥‥お礼は申しておきますわ」
「フフフ、それは重畳‥‥」
二人が薄気味悪い笑いを浮かべている。
「どっちも喰えねえ奴らだ」
「‥‥そうだな」
俺はアッシュのつぶやきに同意していた。
「ん! まずい!!」
ハードが突然、走り出した。向かう先は前を行く三人の方向だ。
「なんだ、一体!?」
「分からない、だが急ぐぞ!」
ハードの突然の行動に俺達は困惑するが、急ぎ後に続いた。
「三人とも伏せろ!!」
ハードが走りながら声を上げる。その最中、剣を引き抜くと、走りながら投げつけた。
「え!? わっ!!」
三人がハードの声でその場にしゃがみ込んだところ、剣が頭上を飛んで行った。
「グッ!?」
ここにいないナニカの呻き声が聞こえ、剣が何かに突き刺さった様で、宙に浮かんでいた。
「えっ、一体何が‥‥」
ユウナが困惑気に宙に浮いた剣を見つめつつ、手を伸ばそうとすると‥‥
「下がれ!!」
またもハードの声が響く。すると、その場から三人が勢いよくバックステップで下がると、三人の場所に銃撃が走る。
「え、何が起こってるの!?」
「気を付けろ、何かいるぞ‥‥」
俺が三人の前に立ち、剣を抜き、周囲を警戒をした。
すると‥‥‥‥
「ハアッ!」
「グッ!?」
ハードが自身の左側の虚空に向かって拳を振るうと、またも呻き声が聞こえ、壁にぶつかった音が響いた。
だが、それでハードの行動は終わらず、今度はぶつかった音がした壁に向かって走りかかると、虚空に手を伸ばす。すると、ハードの手にはマシンガンが現れ、俺達の方に銃口を向けた。
「伏せていろ!」
ハードの言葉に俺達は思わずその場に伏せると、ハードは引き金を引いた。
銃弾は俺達の頭上を越えていき‥‥
「ガァッ!?」
三度呻き声が聞こえた。だが、その場に銃弾が落ちるが、その場には何も見えなかった。
「一体何が‥‥」
「原因は‥‥コレか」
ハードが右手にマシンガンを、左手には‥‥何も持っていない様に見えた。だが、ハードの左手には何かを握っている様な形だった。
俺達の近くまでハードが歩みよると、今度は左手を何かを放る様な仕草をすると、ドサッという音と衝撃が走った。そして、ハードは虚空に手を伸ばすと、ハードの手が消えた。
「なっ!?」
驚きの声を上げるが、ハードは特に気にすることなく、そのまま手を伸ばしていた。そして少し時間が経ってから腕を引き抜いた。その間、ハードの表情は特に変わらなかった。
引き抜かれたハードの手には何かが握られていて、その何かが現れたとき、また別の何かが姿を現した。
「な‥‥人、か!?」
突然現れたのはオレンジの戦闘服の上から黒色の装備一式を纏った人型の何かだった。最初は人形兵器か何かかと思ったが、よくよく見れば息をしていた。つまりこれは生きていて、人間と言う事だ。
俺達が驚きながらその存在に注目している最中、ハードが一人、また一人とその場に運び、見えない状態を解除していく。
「‥‥ぁ‥‥」
「‥‥っ‥‥」
後から現れた二人は痛みの余り、声が漏れていた。
一人は銃弾で、もう一人は剣で貫かれていた。
「おい、ぼうっとしているな。さっさとコイツらを拘束しろ」
「! あ、ああ‥‥だが‥‥」
拘束しろと言われても、三人の内に二人は怪我をしていて、それも結構な重傷だ。早く手当てをしなくてはならない。それに、もう一人は気絶しているようで、動く気配はない。
「今は、拘束よりも怪我の手当の方が優先だろ?」
俺の提案に生徒達は気づいて、治療の道具を用意し始めた。
全員が意識の共有が出来て、いざ始めようとしたとき‥‥‥‥
「必要か、そんなの?」
「え?」
ハードの表情がキョトンとしていた。まるで想定外の事を言われた、という表情だった。
「いや、だが‥‥このまま放っておけば、命を落とすぞ!」
「‥‥?」
今度は首を傾げだした。
「‥‥うーん、もしかしてだけど、そいつらが何なのか、分かっていないのか?」
「何って‥‥」
現在の帝国の状況、見えないナニカが現れ、その正体が統一された装備を持ったとある一団。
ハードは確信しているようだが、俺には確信はなかった。だが、俺の脳裏に浮かんだ選択肢の中で最も有力だったのは‥‥‥‥
「‥‥‥‥共和国のスパイか」
「そうだ」
ハードは俺の答えをアッサリと肯定した。
「だから、治療する必要はない。彼らは共和国のスパイだ。なら‥‥
「っ!?」
ハードの言葉に威圧された。
「無駄な事をするな、そのスパイはいずれ
「な!? ハ、ハード‥‥お前、本気で言っているんじゃないよな?」
「何を言っている。本気以外の何事がある」
「人命優先、という考えが‥‥」
「それは帝国人に対して優先される考えだ。敵対国に用いる考えではない」
俺の言葉にハードは全てバッサリと切り捨てる。生徒達はどうしていいのか分からず、困惑している。
その現状を見て、ハードは溜息をつきつつ、口を開いた。
「彼らは共和国のスパイだ。根拠はいくつかあるが、最大の決め手はコレだ」
ハードが手に持つのは『ARCUS』の様なデバイスだ。そこには『RAMDA』と書かれていた。
「この様な新技術を用いているんだ。おそらく共和国の最精鋭だ。カルバード共和国政府中央情報省―――CID所属『ハーキュリーズ』と見て間違いない。そうだとすれば、彼らは真っ当な方法で帝国に入国してはいない。ただ捕まえただけでは意味がない。彼らの事を共和国に正規ルートで抗議したとしても、知らぬ存ぜぬとなることは目に見えている。ロックスミス大統領なら、それくらいの腹芸はやってのける。ならば、帝国が行うことは、情報引き出し、その後‥‥‥‥
「しょ、処分って‥‥」
「別におかしなことはないだろう。彼らを牢に入れたとしても、食わせていくのは帝国人の税金で賄われる。そんな無駄なことに国民の血税を使っては、申し訳ないだろう。犯罪者ならば更生の機会を設けられるが、敵国のスパイであればそれを期待するのは些か軽率だ。彼らは共和国に生まれ、成長した。彼らの血肉は共和国のモノだ。獅子身中の虫を飼うのは、後顧の憂いとなる。ならば、必要事項を吐かせた後、処分した方が後腐れはない」
「だが‥‥‥‥」
俺はハードの言葉があまりに非人道的であったため、ハードの意見に食い下がろうと、口を開いた瞬間、突如ハードが頭を上に上げて、呟きだした。
「‥‥ぁ‥‥そうか‥‥うんうん‥‥あー、それは見落としてましたね‥‥」
まるで見えないナニカと対話している様で、宙を見上げたハードは‥‥‥‥大きなため息をついて、頭を下ろした。
「はぁ―――、やらかした。盛大にやらかした。いや、まだやらかしてはいないか‥‥うんうん、まだセーフだな、となると‥‥一手打つ必要があるか‥‥‥‥よし、ではこの方法で行きましょう。これなら、及第点はもらえるでしょう」
ハードが盛大に独り言を言い終えると、先程までとは打って変わり、笑みを浮かべ始めた。
「‥‥ハード、一体どうし―――」
俺がハードに問いかけようとした瞬間、ハードは自身の持つマシンガンを左腕に当てると‥‥‥‥躊躇いなく引き金を引いた。
『ダァン!!』という銃声が響き、ハードの左腕が衝撃で跳ね上がり、その腕から血が飛び散った。
「イヤァァァ!!」
「な!?」
「はあぁ!?」
「え‥‥?」
「‥‥‥‥な、なにを‥‥いえ‥‥」
生徒達の口から出る悲鳴や困惑の叫びが木霊する。俺も今目の前で行われたことが理解できずにいる中‥‥‥‥ただ一人冷静だったのが、
「
自分自身の腕を撃ったハード当人だけだった。
ありがとうございました。
先週から、黎の軌跡、始めました。
メガネに不信感を覚えます‥‥今更か。