マユリ様になりきれない!   作:小森朔

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 マユリ様になったことに気づいた人の話。元は女性。

 きちんと読み直していないのに衝動で書いたので齟齬があるかもしれません。近いうちに読み直して書くかと。


前世の記憶と白鳥湖

 私の記憶で一番古いものは、平成の世で学生だった頃のものかもしれない。気がつけば、酷く後退した文化の中で、いつのまにやら科学者を志し、死神になり、そして捕らえられている。今世もまた、ありふれた、くだらない一生になろうとしていた。

 研究は好きだったのだ。人間の、死神の、魂魄の実存する体を切り開くことは楽しかった。それをつぶさに記し、再現できるか試し、自らの体を切り貼りして試すことも面白かった。新たな研究を知れば心躍り、科学の可能性に揺さぶられた。もっと、もっともっともっと知りたいと思った。ただ、私にはそれだけしかなかったのだ。その結果がこれだ。研究は許されず、監視され、殆ど何も出来ない。腹立たしいが、それ以上にやることがあまりないのがつまらなかった。

 ああ、だがしかしこの環境は悪くない。確かに研究が出来ないのは腹立たしく、看守を爆破出来ないか妄想するのが癖になりつつある。しかし、書き物読み物について制限されているが、本は読めるしメモも取れるのだ。確認されるにせよ、ごく普通のメモでしかない。知識を手にいれることは問題なく行えた。思想と行動に難ありとされて以来、ここ暫くは検閲され、許された人文学についての書籍ばかり読んでいる。

 それこそ、童話や純文学も読んでいるし、地学と地理学、修字学、言語学、神学に現世の書物は言わずもがなだ。日がな一日、本ばかり読めるとはいい環境だ。働かずとも生きていけるなんて夢のようだ。これで研究も自由に出きれば文句はないのだが。

 図書寮の新刊案内まで差し込まれるようになった。もういっそ、批評家として筆名のみで生きていく道などはないだろうか。別段、どうしても死神でいる必要はなく、困りはしないのだから。

 

「なんだネ、騒がしいヨ」

 喉がひりつく。何やら大声で問答をしていたようだが、まさかこちらには来るまい。蛆虫の巣に収監されてからは人一人来ないのだ。霊力を使わないために食事は要らず、ここ何十年かは水しか口にしていない。

「ああ、アナタが涅サンっスね!」

 何だこの能天気そうな男は。

 

 

 

 新しく管理者になったらしいその能天気男、確か浦原と言っていたか。それはよく来るようになっていた。何かしら話をし、それからふらりと帰っていく。隊員が暇でもあるまいに、よくやるものだ。

 今日の差し入れ本は、『ロビンソン・クルーソー』だった。そういえば、私が私になる前に読んだ記憶がある。前回の『海底二万里』も読んだことがあった。これまた、懐かしい本だ。

「涅サンは読書家っスねぇ」

「やることがないからだヨ。あとに出来ることといえば最低限のトレーニングくらいだネ」

 筋力を落とさない程度の最低限の筋トレなど、娯楽のうちにも入らない。謀反でも起こしていると思われるのも面倒で簡単なものを100回程度しかしないのだから体はすっかり慣れている。さほど時間もかからないのだから暇潰しにすらならなくて困る。

「オススメは何かありますか? アタシも何かオススメを読んでみたいんですけど」

「『白鳥の湖』でも読んでい給えよ」

「涅サン、アタシを子供だと思ってません?」

「さあ、どうだかネ」

 口振りから察するに、『白鳥湖』は絵本版のものも出回っているのか。しかも、かなり前に。本も積み上がる訳だ。

「でも、よく考えたらあんまり知らない話でした。どんな内容なんです?」

「王子の不貞のせいで女が王子共々湖に沈む話だヨ」

 初演の『白鳥湖』は確かそうだったはずだ。そのあとも王子とオデットが沈むのは変わりない。子供扱いしているわけではなく、あれは教訓だ。あからさまに厄介な案件に手を出してはいけない。特に、我々には信仰の救いなど存在しないのだから。

「なんでそんな話勧めるんスか!?」

「恐らくキミには縁遠い話じゃないかネ。だからだヨ」

 これも嘘ではなかった。少なくとも、蹴落とし合いと謀略にまみれていようが、この男には関係しないだろう。そのあたりで踏み外す性分でもあるまい。要は、遠い不幸話を楽しめればそれでいいと思ったのだ。

「アナタが何を考えてるかわからなくなりそうだ」

「そうかネ。そのまま煙に巻かれておいてくれ給え」

 私は私が出ていくべきではないと知っている。有用だと証明したいが、同時に私自身が毒物でしかないことは百も承知だ。ならば仕方がない。本は無限にあり、私はここで本を待っていても良い。穀潰しは長生きできないが、一応は生かされている。それだけで十分だろう。そのままヤレヤレと言いたげに立ち上がり場を辞した男の背を見送り、暫し妙に引っ掛かった単語に思いを馳せる。

 はて、オデット、オディールか。思い出せないほど昔にどこかの歌で、聞いたことがあったような。

 

 

 

 さあ、踊りましょう。と。遠い記憶の彼方でかわいらしい声がした気がした。

 

 

 手繰り寄せられるように記憶が浮かぶ。女であった人間の記憶。学生だった記憶、愛していた本。読んでいた漫画。特に、私も友達も好んで読んでいた『BLEACH』という漫画。

「、あ」

 やっと思い出した。芋づる式とはよく言ったものだ。こんなときに限って。嗚呼、そうだ、そうだとも。私は「涅マユリ」だ。そうやって、生きて、生き延びねばならない人間だった。まさかあの男に勧めたお蔭でこんなに思い出すとは。この蛆虫の巣で思い出すとは。

 なんて、間抜けな記憶力なのか! もっと多く、有用な知識を仕入れておけばよかったのに。もっと研究を積み重ねておけば、これからうまく役を演じられたのに!

 でも、もうどうにもならない。石は転がり始めた。坂を下りだした。あとは下に辿り着くまで、転がって転がって、加速して落ちるだけだ。私は偽物なりに、彼の役を演じないといけない。

 いっそ、気付かなければよかった。




 気が向いたら続きも書きます。
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