なんか、認識のズレがあるだろうと思って書いているとドツボにはまってきてしまった気がします。あと出奔した側とされた側に圧倒的な認識のズレがありますね、きっと。
追記:口調にミス見つけたので修正しました。
そのときは、突然来た。
「皆早く来い!」
転げ込むように駆けてきた阿近さんが叫ぶ。いつもは徹夜でダウンしていそうな時間だったのに、その声で一気に思考が冴え渡って、同時にいてもたってもいられなくなって勢いよく立ち上がった。
「七號が成功した! 生まれたぞ!」
「「「「「「うおおおおおおお!」」」」」」
いたるところから、噴き出すように歓声が上がる。丸三日掛かりで準備をし製造された赤子、長年の私たちの夢、被造死神計画がようやく成功したのだ。
50年前、眠五號が死んで、それから造られた六號でも、被造死神計画は伸び悩んでいた。強制成長加速器官は体にかなりの負荷を掛けるから、産まれた彼女たちを生き延びさせてやることは難しかった。六號は結局歪な老化に苛まれて五號よりも早死にしている。そのときは、涅隊長自ら苦しむ六號を安楽死させて葬ったから、この開発局の中で一番忸怩たる思いをしていたのは、きっと隊長だっただろう。
だから私たちは、きっと今日のことを忘れない。皆で彼女を祝い、これからもずっと祝い続けよう。もうすぐ夢の始まりはここで、すぐそこだ。
そうして皆して涅隊長のラボに押し寄せて全員正座で説教を食らったのは随分前のことだったのに、昨日のことのように思い出せる。すくすくと育つ眠七號は、もう生後100日も、一年も過ぎ、普通の流魂街の子供と変わらない成長を見せていた。でも、それにしてはいやいや期は壮絶で、かなり大人しい子供だけどはっきりと意志を持っているので局員全員が悩まされた。隊長の前では借りてきた猫みたいだし、今はそうでもないけれど。手間がかからないのはいいことだ。私たちも安心して研究ができる。
そういえば、ネムちゃんは今、何をしているんだろう。そう思って探しにいくと、やはりと言うべきか局長のすぐそばにいた。しかも、抱えあげられている。
「世界とわたし あめつちの間」
そのとき初めて、私は涅隊長が歌ってるのを見た。
男性にしては高くて、女性にしては低い声。腕のなかにすっぽり収まった眠七號は目を開けたまま聞いていた。
「日は昇る 日は沈む
愛しきもの 喜びのうた」
穏やかな顔は、相手が眠だから見せるんだろう。彼女は隊長にとって、起きたまま見る夢だから。蛆虫の巣から解放されて今までずっと、心血を注いで研究し続けてきたものの結晶。果てない可能性の欠片だったから。
「慈しみ深き さざ波のように」
眠七號が堪えきれずに瞼を閉じた。目を瞑った姿は、随分前に見た涅隊長によく似ていた。
「探している 未知を 夢を」
ぞわり、と背筋に冷たいものが走る。眠七號を見る目はひどく穏やかで、そこにはなにもなかった。空っぽだった。それくらい疲れきった、がらんどうの目。よく考えると、隊長が隊長らしくなったのは、研究をしつつ書類をすべてこなすために不摂生をし始めたのはいつだったっけ。前は、成果を上げるために長時間の作業を厭っていたのに、いったい、いつから。
「ここにいる いつまでも」
誰も気づけなかった。誰も、そんなことを知らなかった。知らなくて良いと思っていた。知りたくないとすら、もしかしたら思っていたのかもしれない。
浦原局長、貴方はどうして、この人を省みなかったんですか。どうして私は気づかなかったんだろう。
もう、きっと涅隊長は限界なんだ。十二番隊はワンマン部隊──そういわれて久しいし、私たちもいつの間にかそれを不思議だと思わなくなってきていた。だって、隊長がいるから。隊長は少し実務時間が伸びたくらいで、それ以外はいつも通り、ずっと研究をしているから大丈夫だと楽観していたんだ。涅隊長は自分がいなくなっても暫くは問題ないよう、全部済ませてから仕事に取りかかっていたから。少し休んだとしても普通に仕事は回るし、皆対応できるように慣れさせられていたから。皆が、私が、涅隊長なら大丈夫だと思っていたから。あのとき、この人は浦原局長がいなくても立っていられると思ったから。どこで間違えてしまったんだろう。私は、私たちはどうすれば良いんだろう。
自分で自分を追い込んでいる気がする。いや、ネムはかなり手のかからない子だと思うんだが、少し大人しすぎやしないだろうか。いやいや期もなく、控えめすぎてお父さん心配だよ。むしろもっと活発でも良いくらいだ。子供は風の子ぐらいじゃないとむしろ心配だし、格好いい棒とかに気持ちを引かれて良いんだ。初代白黒少女魔法戦士の変身シーンに心惹かれてもそれが普通。
もしかして……私の子育ては圧倒的に間違ってないだろうか。手の空いた研究員たちに相手をさせて出来る限り色々な死神に触れあうようにさせているが、これがいけないのか? 引っ込み思案で嫌なんじゃないか。というか原作と同じように私の遺伝子情報を流用したのがまずかったんだろうか。性格と学習能力は遺伝子情報である程度は決定されるため、そこまで問題ないと踏んで実行したのだが。
「阿近……
「いや、難しいとか言いつつかなり適切じゃないっすか? 正しいのがどんなやり方かは知りませんけど」
ネムの相手をして疲弊したのか、あ゛ー、と唸り声を上げながらソファに凭れて天を仰ぐ阿近を尻目に、ネムの健康診断のデータを見直す。がんばれお義兄ちゃん、白衣の裾にネムが掴んだ皺がしっかり残ってるぞ。……結果だけ見れば精神も安定してるし、数値も正常。発達段階も普通の子供と大差ない。これぐらいなら個体差で済ませられる程度だ。
いやしかし、男二人で頭抱えてるって相当やばいのでは? 経産婦の研究員をどうにかして雇えないだろうか……。
しかし三時間後──ネムが微妙にぐすったので研究は中断した。娘はかわいい。子煩悩爆発してるが贔屓目に見なくても私の娘かわいい。やっぱり開発局全体で育てるなら組織改革した方が良さそうだ。それに私もいい加減に過労死するぞ。浦原あの野郎、本当に何であいつ全部そのままにして出奔しやがったんだ。引き継ぎ出来ないにしろ自分の書類はきちんと畳んでいけ。
ただでさえうちの局員全員やることが多いのに、末端の席官にしろ無駄に派遣して現世駐在員の面倒なんぞ見てられるか。技術者を大切にしろ。私も休む、というかもっと休みたい。休みを寄越せ、休みを。
「雨、ジン太?」
表でなにやら話していたらしい子供たちに声を掛けると、二人ともが駆け寄ってきた。
「どうかしたんスか?」
「雨が知らねぇオッサンからアレ貰ったって」
アレ、と指差したのは雨の側頭部。遠目にはいつも通りに見えていたが、近付くと違っていたと判った。
珍しく、雨が髪飾りをつけているのだ。見慣れないそれは、水引を加工して作られているらしい。桃色と黄色、水色で幾らかの花を作り、花束のように集めた髪留めだった。手の込んだそれは、単体としてなにか贈答品に添えられるような決して派手すぎない鮮やかさの品だ。ぽんと渡すものとは思えないために冷や汗が出る。もし、それが悪質な不審者で、自分達が気付くのが遅れていたら。そう考えて、雨に何もなくてよかったと密かに胸を撫で下ろす。
「……さっき、紺色の髪のおじさんに道を伝えたら、これをくれて」
紺色、と聞いて思わず門の向こうを見てしまう。真っ先に思い浮かんだのは、100年前に全てを託してきた相手だ。
彼の霊圧は、それどころかこのあたりでそんな反応は無かった。なかったから、有り得ないとは判っている。しかし胸のざわめきは簡単に消えはしない。いいや、彼だとまだ決まったわけではない。
「その人は、どこに行こうとしてたんスか?」
「えっと、特には決めてなくて、お土産を売ってそうなところって」
「へぇ。でも、今度から知らない人に声を掛けられたら、まずボクか鉄裁サンに言ってくださいね、雨サン」
「はい。でも、その人──涅さんも、お店の人に声を掛ける方がいいって、言ってくれたので」
「っ!?」
大丈夫かなって、と雨が続けるのもそこそこに、門へ走る。当然だが、誰も通ってなどいないし、姿もなかった。紺の髪に、涅姓。そんな人間も死神も、早々に居る筈がない。彼だ、きっと、何か起こったのだろう。それならばなぜこちらで観測できなかったのか。施設を整えて何か起こった際にはすぐに観測できるようにしているはずだというのに。
「浦原さん」
「……スミマセン、古い知り合いだったかもしれないもので」
なぜ彼がいるのか。いや、そもそも彼ならどうして此処に。隊長が出てくるほどの有事を観測できない理由は何か。答えが出ない以上やめるべきだと知りつつも、そんなことばかりがぐるぐると答えもなく脳内に渦巻く。隊長クラスの虚は出現していなかったはずだ。これは確認済みの事項で、消去していい。次に死神の魂魄の消失の可能性。これも、そもそも、時折やって来る駐在員の死神は誰一人欠けていないから有り得ない。やはり彼がやって来る必要はどこにもないだろう。
「ケンカでもしたのかよ、店長」
「ハハ、……きっと、ボクはあの人を怒らせちゃったんですよ」
「後悔してんなら謝った方がいいんじゃねぇの?」
確かにそうだ。でも、そうしたいのは一言謝れた方が気が楽になるからで、今そんなことをすればもう二度と信頼関係は取り戻せない。それに、わざと一発だけ殴られれば、それで十分帳消しに出来るんじゃないかと思ってしまった。これはボク自身が、彼らを置いてきた罪悪感から逃げたいだけだ。
「きっと、取り合ってくれませんからねェ。それに、ちょーっとばかり大人の事情があって会いに行けません」
仮に本人であったとしても、会えるわけがない。免罪とはいえ、ボクの立場は尸魂界を追われた罪人であり、彼は技術開発局を率いる十二番隊隊長だ。そう結論付けられている以上、迂闊に接触できはしない。彼の立場も、ボクも危ういのだから。事情を伝える時間もなく開発局を託した手前、ボクの挙動で残してきたものを壊すような真似は出来ない。
「ふーん……オッサンのことはわかんねぇけど、そいつ、怒ってるかわかんねぇだろ。もしかしたら、雨みてぇな泣き虫かもしれねぇし、気にしてないかもしれないんじゃね?」
……ああ、だからこういうとき、子供の方がすんなりと謝ったり、関係を修復できるんだろう。あれこれと考えることなく、立場もなく、悪いと思ったら渋々でもすぐに頭を下げられる。
「機会があれば、そうしてみますよ」
願わくは、そんな機会がすぐにでも訪れるように。ただ、それは同時に危機を呼ぶのだと知っているのだが、そう願わずにはいられなかった。
うまく書けていなくて分かりにくいですが、現世派遣はネムさん製造と育児からだいぶ(50年くらい)経ってからです。
勘違い書くの楽しいいい!ってやってると割と重くなるなと思いました。出来る限り軽いマユリさん視点パート突っ込んでいきます。