マユリ様になりきれない!   作:小森朔

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(年内)初投稿です。


 書けなくなっていることを自覚せざるを得ないのってしんどいですね。エタるのは嫌だ……


断片

 私達は、きっと幸福に死んだ者だけを幸福だと考えるべきだ。仮にそれが捕虜としてであったり、洗脳や事情によって四肢の自由が効かない状態で迎えた死であったとしても。

 少なくとも、私のもとで死ぬ者はそういった意味で幸福になれることは滅多にない。この男も、また不幸な一人だろう。

ただ、この男はここ数百年間のうちに死んだその他大勢とは異なって、身体能力と所属が多少特殊な人間なのだが。

 

「この被験者、長くは保ちませんでしたね」

「アレは元々老齢だったからネ。イエ制度が残っているとすれば次の世代の滅却師がいる筈だヨ。生き延びているなら、だがネ」

 

 石田宗玄が技術開発局内で死んだ。他でもない私が殺した。これ以上は保たないと思ったからだ。老齢で、留めておいても研究することなど限られていて益はない。むしろ、貴族連中の追及や古株の死神連中の文句と敵意をかわすのも面倒で、費用が嵩むこともあり損だった。

 

 死体は原形を留めていない。脳も剥き出して、眼球は死後に筋肉と骨を切開したものだから零れ出ている。本体も死後硬直が始まったと同時に各部位を確認したせいでぐちゃぐちゃだ。血塗れの手術着はとっとと脱ぎ捨ててしまいたいが、まだ片付けが残っている。肉の一片も残さず、余さず使いきらなくてはいけないのだから、面倒でも処理をしてからでなくてはならない。彼らはほぼ絶滅した。生きたまま実験できるのは、次は百年以上先になる。

 ここまで散々実験し尽くすのは、死神を含めても久々だったような気がする。少なくとも、実験台の上とはいえ献体が穏やかに死ぬのを看取ってから切開するのは暫くぶりだ。抵抗されなかったのは、そういえば、これが初めてだったように思う。

 

 医薬品の実験が中心になったが、なかなか有意義な実験だった。死神に使う薬品の一部は滅却師には毒になるようだが、不思議なことに虚に効くものではない。これについては詳しく研究しなくては。やはり薬は奥が深い。成分ごとに試してみたかったものだが、あまり毒物になりそうなものを与えすぎるのも良くなかっただろう。まァ、これでいい。

 

 肉の塊になった彼は、生きていたときはどんな人物だったか。多少の会話はあったのだが、死体を切り刻んだ今では記憶が薄れている。人格者のような、そうでなかったような。どうにもそういった他人に関する記憶はすぐに出てこない。紐付けした単語や記憶から思い出せるには出せるが、そんなことをする必要は特にない。……どうせ振り返るのはこの肉塊のことだから、人間性についての記憶など、実験に関わりもしないのでどうでもいいか。

 

「映像記録はしっかり残しておき給えヨ、後で薬物実験をする際に参照しなければならないからネ」

「はい! ……しかしこれ、もう少し生かしておけば良かったのでは」

「必要ない。それよりこれまでの滅却師のデータから近い個体を培養して利用した方が遥かにマシだヨ。これ以上の成果を出せそうもない老化の進んだ個体を態々残しておくつもりかネ?」

「はい、いいえ! すみませんでした!」

「フン、判れば良いんだヨ」

 

 本当は殺すのは得策ではなかったのだが、半端な協調など碌なことにならないので止めた。敵対意識が抜けないのは、私も含めて何人もいるのだ。それこそ、この社会の構造上どうしようもない。

 

 あれを生かしておけばストレスに負けてほぼ確実に精神を病んでいた。死神の滅却師への敵意と殺意は消せるものでもない。それらは脈々と引き継がれており、教導院で教え込まれるからだ。今のところ、教本をどうにかする必要はない。そのうち帝国の軍勢も来るなら、滅却師に寝返られないよう削っておくに越したことはない。

 

 仮にこちら側について戦うことを表明したとして、足手纒いの味方は戦場では邪魔になるだけの存在だ。無理やり四肢を動かす人間が耐えうるとは到底思えない。人間爆弾を仕掛けた方が奇襲としてはまだマシだ。その点、新人の死神を爆弾にしたマユリ様は合理的だった。狂人は途中の犠牲を気にしない合理主義だというが、彼は全くその通りだろう。自分の命もベット出来るようにならなくては。私にはやはり涅マユリは務まらないのだろう。

 

 それなりに前に藍染は隊長になり、志波一心は姿を消し、志波海燕は頭角を表し始めた。全ては変わらず進んでいる。私には代替案がないから止めるつもりはなかった。此処で止めてしまって、後々必要になる人材をどうにかできるとは、思っていない。「花籠」が完成しても、おそらくは帝国に対抗しきれないだろう。完全流体やエナジードレイン、圧縮に魔眼、無限の成長、蟲籠。やはり鬼道の研究をしても難しい物は多い。どうにか目処を立てなくてはと躍起になってはいるが、完成には程遠い。

 

 隊長に就任し、ネムと桜を作ってからは何か変えられることはないかと気を揉んでいたが、この頃には自分では下手に変えるべきではないと結論を出してからは心穏やかだった。原作終了時にはなんとか終わらせたとはいえ、黒崎一護は最終局面まで勝利が確定していない。ならば、駒を揃えるためにも下手に筋書きを弄らない方がいい。

 やっていることはあまり変わらないし、私はほとんど手出しをしていないのだ。予定調和に始まって、終わればそれでいい。簡単に言えば、諦めた。私は浦原喜助がどのように崩玉を隠したか知らない。どのような経路で逃亡したかも知らない。現世での地位をどのように築いたかについては、まあ何となくは想像がつくがそのあとの生活はわからない。研究はしているだろうが、私の知っている筋書きの通りに進んでいるなら、いっそ帝国に侵攻される前までは下手に変えないのが一番犠牲が少なく済む。平隊員が殉職するのは仕方がないことだ。この組織はそのために新規入隊者を募っている。

 滅却師連中との正面衝突については決まっていないのだし、その半ばのことについても私は何一つわかっていないのだからやることは多い。いくら準備しても奴らには隠し通せるとは思えない。涅マユリではない私自身は凡人なのだから、ただひとつの準備だけに構っていられない。石田を味方につけようという考えは端から捨てた。

 

 石田宗玄の死蝋のようになった体表は実に興味深い。どの成分がこのような効果をもたらしたのだろうか。虚に近い物だろうと当たりはついているが、これから素体を培養して再現することを考えると心が踊る。

 僅かばかり残っている良心が咎めたせいで、石田宗玄を実験時以外は捕虜として丁重に扱う程度のことはした。だが、やったことは変わらない。奴に見せつける記録は原作のそれとあまり変わらんだろう。もう何度も薬剤を投与し解剖したのだから、今更同じことを行うのに躊躇うことなどなかった。その他の備えなどに気力や労力を注いでいたら、あっという間に筋書きの始まりにたどり着いてしまっていた。

 

 あの少年は、やはり私を恨むだろう。それもまた良い。どうせ、人も死神も変わらないのだ。恨みを買うのには、もう慣れた。

 

 

 

 

 

 何度目かになる量産品の被験体を廃棄した。それらのデータを積み上げて、人間の感情に関するデータと関連させ、悪性情報として認識できるものを抽出する。

 これを植え付けられればいいが、桜がこれを飲み下すかは別だ。強制的に植え付けてもいいが、BB誕生の経緯の再現をした方が定着するのではないかと思っている。生まれも育ちも異なる個体を似せるのだから、そんなことにこだわる必要もないだろうが、まじない程度の効果はあるのではないだろうか。やっていることは蟲爺のそれとあまり変わらないだろう胸糞悪さだが、必要ならやるだけだ。今の桜ではあまり戦力にならない。

 

「惨めに生まれてしまうくらいなら、生まれてしまわないのがよっぽどいい。惨めに思われる生き方なら、死んでしまった方が余程よかっただろう」

 

 それは、親が持つ自然な欲求で、子への願いだ。不倶の子を哀れんで子返しを行うなど、昔はよくあったのだ。そして、惨めな生にすがり付くなら、生きていることを放棄した方がいいことだってある。私が以前産み出した人間と思えぬ化物のように、自我を保ったまま異形になることは苦痛でしかないだろう。収監以前は、そんなことを一切気にしたことなどなかったが。

 

「私の作った物はそうでもないのだがネ」

 

 まぁ、だいたい感性の問題だ。あの異形でも使い道はあったのだから良いだろう。少なからず被造物に愛着を持っているせいで、少し感傷的になってしまった。今回の素体は異形になったとはいえ、きちんと器官も発達していたのだ。早く息の根を止めてしまわねばならないと思うほどではなかったといってもいい。廃棄した今考えても、さほど出来は悪くなかったろう。何せ、私が作ったのだ。

 第一、失敗だったと口にしてしまえば事実になってしまう。それは許されない。

 

 

 素体の方を片付けていると、隣で機材の片付けをさせていた青白い顔の研究員から声を掛けられた。大方、グロい被造被験体か血の臭いの濃さに気分が悪くなったのだろう。

「涅隊長」

「何だネ」

 彼の名前は何と言ったか。ああ、壺府だったか。今、機嫌は悪くない。個人的な質問だとしても答えられる範囲で答えよう。

「悲しくはないのですか」

「ないヨ」

「苦しくもないのですか」

「ないヨ」

「悲しいときは、ないのですか」

「実験が凍結されると、悲しいし悔しいネ」

 つまらない質問だ。だが、なるほどそれらしい感情は見えにくいらしい。情緒のない相手を信用するのは難しいのだろう。

「あなたは人間ですか」

「いいや、私は死神だヨ」

 姿や仕組みが似ているだけで、我々は人間とは違う。長寿であるだけに、精神構造は人間とは異なっている。

「貴方はそれでいいのですか」

「私の意義は、総てを明らかにすることだけだ。私はこの尸魂界に二人といない天才なのだからネ!」

 そうあれかしとされ、私もそれを良しとしている。ならばどこに不満があろうか。マユリ様ほどの実力はないとはいえ、確かに私には積み上げてきたものがある。才能とは、積み上げ、磨きあげられた知だ。凡人よりは成果を挙げてきた。私は私の功績を認めているし、卑下する気はない。それをするのは、あまりに愚かだ。過小評価も過大評価も毒にしかならない。

 

 

 

 実験レポートを書き終え、ファイリングしたところで、壺府の質問が脳裏を過った。悲しみ、苦しむことは蛆虫の巣の中以外ではなかったような気がする。

 

「本当の悲しみは、苦しんだとき支えてくれる杖になる」

 それらを忘れてしまったとき、私はきっと怪物以外の何者でもなくなるのだろう。

 本当の悲しみは、裏切られることではない。判りきった離別でも、唐突な死別でもない。それは、魂が底を割って枯れ尽きるような、突然の悟りだ。天命か、あるいは絶望と言ってもよい。己が何物でもなく、己の目指した偶像になれないことを天に突きつけられたときの、その明瞭な啓示とそれに向き合った経験だ。

 それを経た人は、その後には迷い苦しんだときの標を見失わない。私は、蛆虫の巣でそれを得た。あの頃を忘れたら、きっと私は前進することを忘れてしまう。考えたくはないが、考えることをやめてしまっては実際にそうなったとき最悪の事態に陥りかねない。考えることをやめてしまうきっかけにでもなれば、技術開発局は瓦解する。

 

 私は、涅マユリであってもそれには成り切れない。ただ固有名詞が同一であるだけの別物だ。だが、本来の彼はおらず、その役目を与えられた個体の私は、確かに此処で生かされている。死は許されることなく、死に向き合うこと、この死後社会の進歩への寄与を求められている。私もまだ死ぬつもりはない。ならば、それに応えることにこそ価値がある。

 

 そう自覚することでしか、私は私を保つ術を知らないというだけの、そんなつまらない理由で私は今日も役割を果たしている。

 ただ、あの阿呆を引き留めておけばこれほどの面倒を背負い込まなくてよかったのかと思うと、少しだけ頭が痛かった。

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