マユリ様になりきれない!   作:小森朔

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モブ隊員と修多羅さんと娘。

卒論がもう修羅場なので一月まで更新できません。悪しからず。


閑話

「なぁ、あれ絶対怪しいだろ」

「何が」

「十二番隊の涅隊長、いつもすげぇ美人連れてるじゃん。次の実験台とかか? 勿体ねぇ~」

 最近入隊したばかりで他の隊員でも話題になっている淑やかな美女に視線を送っているが、そのうちコイツ燃やすか実験台にされそうだな。

「お前、知らないのかよ。あの人、涅隊長の養女だぞ。涅桜さん」

 えっ嘘だろ!?などというダチのわめき声を聞き流して、頬杖をついたままあの人の後ろ姿を見送った。よくよく見ると、髪の毛の色の系統もよく似てんだよなぁ、桜さんと涅隊長。桜さんの方はまるで、少しだけ夕焼けを混ぜたみてぇな紫色をしている。

 

 いつだったかに《空気のように軽くて拠り所のないことでも、嫉妬する相手には聖書ほど確実な証拠になりえる》、そんなことをこちらを振り向きもせず、手も止めず言われたのを反芻する。よくわからねぇけど、なんかの本から引っ張ってきた台詞らしい。

 きっと本当に人体実験や解剖が得意なんだろうし、やるだろうけど、それでもあの隊長は美女侍らしてるわりにはあまりに淡々としすぎてる。研究室でやり取りしたときは直後に実験が成功したらしくてむちゃくちゃ興奮してたんだけど。たぶんあれ、実験台目的じゃないだろ。もしそうなら器具片手に技術開発局に 引きこもって普通に玩具で遊ぶ子供と大差ねぇことしてると思う。

「お前がどう思ってるかは知ってるけどさ、俺は涅隊長って悪人だけど思ってたほど露骨に悪ィ人じゃねぇと思うぞ」

「は? 正気か?」

 ぎょっとされたけど、俺だって実際のところあの人は得意じゃない。ただ、オレはこいつよりひとつだけ他の顔を多く知っている。研究者としてのヤバい顔だ。ぶっちゃけ美女侍らせて歩いてる今の無表情より、開発局で見た、研究成果に悦に入る顔の方がガチだ。それだけは絶対間違ってねぇと思う。

 だからあの人はヤバい。あの人を敵に回したり、下手なことをしたりしないように気を付けねぇと狩られる。

 

 

 

 

 急かされるように有給を消化しようと連休にしたのだが、次世代の培養個体を放っておくわけにもいかず、結局休日も開発局へ出ていくことになってしまった。

 楽しいから良いのだが、暫くオーバーワーク気味だったのだし、明日からは流石に休もう。ちょうど雀部副隊長から貰った茶葉もあるのだし、分野外の研究レポートも読みたい気分だ。

 

 培養槽の調整をしていると、チリ、とうなじに嫌な感覚が走る。違和感までに霊圧を感じる間もなかったということは、恐らく。

「涅は居るか」

 背後で鈴のような澄んだ声がした。

「居るか、と言いつつ不法侵入するのは如何なものかと思うが……配慮に欠けるんじゃないかネ、修多羅」

 

 不法侵入してきた死神、修多羅千手丸は艶然と笑った。からくりの多腕は相変わらず器用らしい。

 知らぬ仲でもないのに取り繕われた表情に背筋が粟立つが、きっと修多羅なりの友好の示し方なのだろう。不法侵入してきてそんなことを宣われたら正直叩き出してやりたくなるのだが。

「なに、ここの鍵が緩すぎるのが悪い」

「……」

 土産もあるぞ、と洋菓子の箱を見せられては、茶を出さないわけにもいかなかった。

 

「嫌がらせか?」

 ビーカーとガスバーナーで湯を沸かしていると微妙な顔をしたが、別に嫌がらせというわけではない。紅茶を淹れるのは随分と久しぶりで温度を計りやすくしたかっただけのことだ。

 あとは、単純に笑えるかと思ったのだが。

「まさか、お前は戯れにも真目に返すのかネ」

「戯れとな」

 それでもやはりつまらなさそうな顔をしているので、殿上の勤めはこれとは比べ物にならないほど刺激的で面白いのだろうか。技能を最大限まで活かせるとはいえ、下らないことにも笑えなくなるような職場なら私は願い下げなのだが。奇特な奴だ。

「本題に移った方が良さそうだネ。修多羅、お前は何をしに来た」

「お主は浦原喜助の居場所を知っておるかと思うての」

 なんだ、まだ余談を続けたいのか。真名呼和尚が把握していないでもないだろうに態々私の前でその話を出すあたり、融通の効かない死神でもからかって遊びたいのか。色々と思い出す前の私なら、名前を出されても不愉快さを隠さずに彼女を叩き出そうとしただろう。それがわかっていて話題に出しているだろうしな。

 良い具合に湯が沸いてきたのをティーポットに注ぐと、水流に煽られて茶葉が舞う。3分くらいなら勘でだいたい問題ない。

「知らんネ。ああ、だが最近現世に派遣される死神は粒揃いだ。彼方に逃げていれば近々見つかるだろう」

 正直なところ、責任丸投げして行った奴のことは考えたくない。思い出すたびに引き継ぎの悪夢で米神が痛むからな。

 

「お主から見て、あの男はどのような死神であった?」

「あれは、卯月の空のような男だったよ。個人の所感だがね。殿上よりも市井に馴染む性質だ、召し上げても裸足で逃げ出すだろう」

 笑ったり泣いたりと(せわ)しい男だった。だが、これが愉快で仕方なかった。渦中にいると騒がしさばかり目立っていたが、それはそれ、奴は悪人ではなかっただろう。

 あれならどうせ現世でも上手くやっている。キャラクターではないただの人格であろうと、あの男のしぶとさと前向きさは、まあそれなりには知っているんだよ。嫌々とはいえ引きずり出されて百年も部下やってたんだからな。阿近が寂しがるほどには人徳もあって面倒見がよかったから当然といえば当然だと思うが。

 ところで、阿近は彼自身浦原を慕っていたことと彼がいないのを寂しがっていることに気づいているんだろうか? 淡白な接し方でも、かなりなついていたのだ。あのときは相当にショックだっただろうが、それでも気丈に振る舞えているだけあの子は大人だ。だが、感情の動きには疎い。十二番隊の死神は感情を疎かにしがちな人材ばかり来るのだが、これはどうにかならないのだろうか。他者に自らの感情を投影せずに、自分自身で折り合いをつけて認めてしまえなければ進めないというのに。……まあ、阿近なら言わずともそのうち折り合いはつけられるだろうから余計なことは言わないが。

「そうかえ。しかし汝、あやつを気に入っておったろう」

「……やはり貴女はごまかしきれないネ。そうだヨ、私はあれを妬ましく、同時に好ましく思っていた。私よりずっと才気溢れる若人だろう?」

 可能性というものは人を愚かにする。同時に、それがなければ誰であれ生きていくことは難しい。あの洞穴で、あの可能性の塊のような相手にであってしまったのだから、私はつくづく運が悪い。どうして私にはなくてあれにはあるのだろうかと腹を立てそうにもなった。だが、その可能性の光がこちらに差し込むことで私にしか発見できないものを見つけたいとも、同時に思ってしまった。つくづく、馬鹿らしい。そんなことより一人で考え込み続けていた方が、まだ無害で無益であれたというのに。

 そろそろ3分経ったか。白色の茶器に注いで差し出すと、きちんと取っ手を摘まんでバランスを取った。少なくとも、曳舟元隊長が召し上げられたときから下界茶の文化のことは大概把握しているのだろうな。それか真名呼和尚経由か。

「才は妬ましい。だが、護延を旨とする剣客である我々は秩序のためにはその才を守らねばならない。そうだろう?」

 でなければ、なぜ私が組織に組み込まれて、人の世のために働くものか。秩序立った世界なくして研究など行えるはずもない。より良い成果を出す天才だけで世が成り立つわけでもない。凡百でも積み上げられたものにこそ糸口が存在することだってよくあるのだ。私は、自分の知らない物事をよりつぶさに知りたい。それ以上に目立った欲求はないのだ。

「可能性に心を惹かれるのもむべなるかな、というところじゃのう」

「嗚呼、本当に。こんな厄介な事はないヨ」

 音を立てないように紅茶を啜る。苦味が少なくて、旨味が強い。良い茶葉だ。水色も美しい。流石は雀部の見立てだと感嘆しつつ、視線を修多羅へ戻した。あまり放っておくと何を言われるか判りはしないのが面倒なのだが、古馴染みは減るばかりなので無下にも出来ない。立場が弱いというのも勿論あるのだが。

「ところでそなた、そのように忠義に厚い男だったかえ? 神をも恐れぬと思うておったが」

「私は道徳心溢れる紳士だヨ。昔からそうだろう?」

「……やれやれ」

 殿上人の修多羅なら、役目が終わるまではきっと死ぬまい。私が先に死ぬか、彼女が先に死ぬかわからないが、それなりに交流を持つのは悪いことではないだろう。

 

 

 

 修多羅はそれなりに茶を楽しんだらしく、お代わりまで要求して飲み食いして帰っていった。判りきったことを確認したりふざけた返しをするだけのやりとりだったので、暫くは来ないだろう。未来のことでない限り、知りたいと思ったことを彼ら殿上人が知る術を持たない筈がない。

 帰宅する頃にはすっかり日も暮れてしまっていた。

 夕飯にはまだ早く、ネム達は女性死神協会の会員と夕食をとって宿泊するようだし、やることはない。自分だけならコーヒーとトーストだけでも問題はないだろう。味気はないが、ハムとチーズなら常備しているからそれなりにはなる。

「そろそろネムを独り立ちさせるか……」

「お父様、つらくないんですかぁ?」

「っ?! 二人とも帰っていたのか」

「いいえ、私だけです。メンテナンスの都合で泊まりには行けないので」

 なるほど、自分でメンテナンス出来るようにしたが機材は持ち出していなかった。ネムが行くと行ったのだからこれまでの行動と同じようにこの娘も着いていくと思っていたのだが、違うらしい。

「それで、いいんですかお父様。あれだけ育てるのには苦労したでしょうに」

「楽しんでやる苦労は、苦痛を癒すものだ」

 

 ネムがここまで成長した以上、あまり過保護に、特権的に接するわけにもいかない。研究者の背中を見て育ったのだから、あとは技術さえ身に付ければ一端の隊員としてやっていけるだろう。もうあとは放任でいい気がする。一から十まで決めていたわけでもないし、折檻で私の意思を優先するように躾たわけでもない。あの娘が自由に物を考えると頭を育てるよう、理解できないなりに努力したつもりだ。

「それで、お前はどうするんだ、(BB)

 涅桜という名称で登録して正式に試験もパスしたBBこと桜は、無事にそのやらかしぶりからお咎めを受けつつも入隊し、人事異動で四番隊員になった。やらかしとはいっても、時折脳筋の阿呆にちょっかい掛けて、掛かった相手に比較的安全な睡眠薬嗅がせて眠らせる程度だけどな。腐っても医療用AIとしての側面を強く持つ桜は薬品の扱いが得意だ。そんな桜が相手なものだから、オモチャにされた気の毒な誰かは一時間もしないうちに起きる。私のやらかしと対比すると可愛く見えるというだけだが、時代が時代だったら私同様に地下牢行きだっただろう。そして引っ掛けていた相手は軒並み血気盛んな若者だったために十一番隊員へ。……よくこちらに割り振られなかったものだな。ちょっかい出してる十一番隊員との相性の悪さとしても、やってることにしても、十二番隊に来そうだと思っていたのだが。

「私ですか? 私はまぁ、……合歓(ネム)姉さんのサポートでもしよっかなって。楽しそうなオモチャも見つかってませんし」

 最近は十一番隊員をオモチャに、逃亡劇を繰り広げたり演武をしているらしいが、一体この娘はどこに向かおうとしているのだろうか。ただ、当人に恋心がない以上は「先輩」が設定されることもなく、このまま折り合いを付けながらやっていくだろう。

 当の桜は不満げに頬を膨らませているが、そのわりにはどこか満足げだ。彼女は歳のわりに子どもじみた仕草が多い。ネムと反対とまではいかないが、個性はかなり異なっているだろう。

 それにしても、よくもここまで育ってくれたものだ。それなりに綿密にプログラムしたが、ネム同様に順調に成長している。AIベースの被造死神ならバックアップをとっておけば一度本体が壊れても改造しやすい。ネムはネムで生物として最良になるよう設計しているが、AIベースは利点が違う。これから増やしてみたいところだ。

「そうかネ、まあ、ならいい。ただ、あまり羽目を外し過ぎるんじゃないヨ」

「はぁい!」

 

 嬉しそうにニタァ、などとでも効果音が付きそうな悪い笑顔を浮かべて笑う実娘の様子を見て、なぜか腹の底から笑いたくなった。

 それはきっと、私は色々なことを間違っていて、同時に間違ってはいないのだろうと信じたいだけなのだろうが、ここまでの行いは無駄ではないのだ。




 最後の感想を貰ったあとに書いていて、同系統の話しか書けないと改めて思いました。好みの同系統の小説がアップされたらこの連載消すと思います。ただの自己満足なので。

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