マユリ様になりきれない!   作:小森朔

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書けない。


軒の先にて

 結論から言おう、薬剤の効果は虚によるものだった。ぬか喜びにもほどがある。既にくたばっているが、もう一度息を吹き返してくたばれ。

 

 

 

 ネムと桜ファイブを再現する被造死神製作計画、通称「花籠」計画の進行は順調だ。

 ネムと桜の第一世代はそれぞれ別の手法で被造死神を完成させた点で目標を達成している。メルトリリスとパッションリップの第二世代はそれぞれが脚力、腕力に特化した個体として実験に成功者、ヴァイオレッドとカズラドロップの第三世代は鬼道でも捕道でもない特殊な能力を保持している。キングプロテアが最後になってしまったのは無限の成長をいかに再現するかがネックになっているせいだ。だが、どうしても成立させたい。成立させたいがあの巨体で彼女が傷つくのは忍びない。精神が未熟なままというわけにもいかないし、そもそも人為的にそんな精神の子供を作るのはリスクが大きい。

 

 桜は、私が上澄みだけをしっかり取り上げて熟成させた悪性情報を飲み込んだ。物分かりが良いのは助かるが、本当に良かったのだろうかと疑問が鎌首をもたげてくるのでこれ以上は考えないことにした。彼女は黒泥を使いこなしている。制作者の圧力でなく、ただ彼女は自分で意思決定したのだ。それがバイアスにまみれた私の認識だとしても、少なくとも無理強いはしていない。

 

「私は、  を越えたんだな」

 いかん、喉が不調だ。自分の体で実験をしたり、体を組み替えるとこういうことがよく起こる。最近寒くなったせいだろうか。

 これじゃあまるで、「  」の存在がこちらの世界にもあるようじゃないか。ややこしいから存在しないことを願おう。今のところ、観測機にそうした反応は無い。サーヴァントも魔術師も、それらしき反応は存在し得ないのだ。

 

 

 

 

 ときに。メルトリリスとパッションリップは正式には死神ではない。技術開発局の職員として登録しており、ちょっとした取引で彼女らは入隊後に休隊という形で瀞霊廷を闊歩している。主に身体の不都合の問題である。

 作った私がそう言うのも難ではあるのだが、この娘二人は危険すぎるのだ。

 メルトリリスの切れ味の良い足はカバーで覆うことでセーブできるが、やはり代わりに触覚が鈍い。実力はあるが未だに手書きが多い十三隊の書類作成は難しいのだ。それにフットカバーやアームカバーも消耗品である以上はうっかり仲間の隊員を怪我させかねない。

 パッションリップも、虐待を誘発するほどではないが感覚が鋭く、ちょっとした刺激であっても過敏に反応する。あと、敏感肌で肌の手入れが大変な上に花粉症もひどい。薬品は都度調合しているが、正直こんな体質にしてしまったことに多少負い目を感じている。アレルギーやアトピー性皮膚炎がなかったから、まあ許容範囲内だろう。アレルギー持ちの局員が、今年は遂にバラ科の植物を受け付けなくなったせいで苺やローズヒップ、桜餅を諦めざるを得ないと嘆いていた。アトピー性皮膚炎はひたすらにつらいだろう。戦闘面でも連携を取りづらく、消耗品に頼らざるを得ない面で困難がある。戦闘訓練を続けられるかといえば、やはり難しいだろう。

 

 ……というのは建前であり、彼女らの真骨頂は集団戦闘においては現時点で完全にゴミなのだ。敵味方問わずであるのは平子のそれと近いとも言える。舞台を整える(NPチャージの)必要こそあれ、敵味方一纏めに溶かせるメルトリリスと空間ごと圧縮できるパッションリップ。怖いとすれば、反抗期が来ることだろうか。まあ、力技でどうにかすればよい。が、少々手こずるだろう。

 

 

「やぁ、涅隊長」

 目の前の空いた椅子が許可なしに引かれた。簪を二本差した風来坊然とした男が一人、何が楽しいのか笑みを浮かべて座った。

「私は長居する邪魔な客だった様だネ」

「待って待って待って」

 冗談でなく本気で帰るつもりなのが伝わったのか、京楽が慌てて本気で引き留めにかかってきた。おいやめろ、隊長羽織は高価なんだぞ。破れたらどうしてくれる。

「……何の用だ」

「いやぁ、久々に落ち着いて雑談できそうな涅隊長を見かけてつい」

 大人しく止まって手を引き剥がすと、随分と疲れたような顔をした。休養を取っていたのに仕事の話を出されたせいで私もげんなりしているんだが?

「与太話はいい、本題を早く言い給え」

「あ、店員さん、団子一つお願いね。ええと、単刀直入に聞きたいんだけど」

 団子の先にとすぐ運ばれてきたお茶を飲んで、京楽は少し頬を緩めた。余程聴きづらいのか、その話題というのは。

「百合ちゃんに葛ちゃん、菫ちゃん、待雪ちゃん。彼女たちをどうするつもりだい? あんなに子沢山なだけでも凄く意外なんだけど、あんな人材をわざわざ遊ばせてるなんて」

 

 百合はメルトリリス、葛はパッションリップ、菫はヴァイオレッド、待雪はカズラドロップの戸籍名だ。局員は普通にカタカナの方で呼ぶが、それでも一応登録上の名前はある。

「どうするもこうするも、決まっているだろう。実験だヨ。あれらは産まれたことにこそ意義があったが、それ以上に十分に役立つ能力を備えているヨ。特にネムと桜以外の個体はまだ未成熟である以上、経過を記録する必要がある」

 サンマ……は、無いな。仕方がない、鯖で手打ちにするか。

「彼女たちを信じてないわけじゃないんだけど、ちょっと過保護すぎないかい?」

「……逆だヨ」

「どういうことかな」

「あの小娘共は些か出来過ぎなほどでネ、下手に反抗してきたら私も手を焼くんだヨ」

 仮定の話だが、束になってかかってくることになれば確実に苦戦するだろう。とはいえ、私にはあの娘達にCCCを仕込んだというアドバンテージがある。ネム以外の被造死神シリーズはAIが基盤であるという共通点をもっている。肉体こそネムと同様に作ったが、その過程で念入りに概念を混ぜ、固定し、人体を形作ったのだ。そのときに処理コードは書き込んでいるので、不具合でもない限りは大丈夫だろう。裏切らせないマネジメントが何より大事なので休隊させている。

「京楽、お前にあれらを使えるか」

 

「メルト……百合と葛は鞘のない刃だヨ。納められる運命(主人公)が現れるまで、周りを斬るしか能がない」

「それは、躾が足りないんじゃないかな」

「躾はしたとも。ただ、あれは周囲を格下だと舐めているネ。納めたければ腕ずくでやればいいヨ、命の保証はしないがネ」

 原作通り、メルトリリスは苛烈な娘である。パッションリップも興味のない者に対して容赦がない。時折犠牲になる局員がいるので彼女ら以降の教育は諦めて外注しようかとは思う。

「……涅隊長はボクと彼女達が戦ったとして、どっちが勝つと思う?」

 

 京楽は力の抜けた笑みを湛えながら言う。何か腹に据えかねることでもあったか。いや、そうではなく危険視しているのか。それとも、十二番隊への抑止力になるつもりがあるのか。

 

 正直に答えてもいいが、どちらにせよあまり変わるまい。何かあれば仲間でもきちんと止めを刺すのが我々の仕事なのだから、ならねばなるように変化するだけだ。

「あれらだろう。卍解で五分五分、あの小娘共が斬魄刀を今より上手く扱えるようになれば負けに傾く」

 

 僅かに瞠目し、またすぐに穏やかな笑みに戻る。……やはりこの小僧は苦手だ。

 これで、あの娘たちを道連れにできないことはわかったろう。そも、あれらが斬魄刀を持っていない状態で暫く経っているのだ。勘を取り戻し、戦闘スタイルに合わせて振るえるようになればさらに押さえるのが面倒になる。

 

「えぇー……なんて教育してるのさ、涅隊長。山じいじゃないんだから……」

「私も山本も教育に向いてないからネ。私の方がよっぽどマシだヨ」

 教育ではないが邪魔をされても困るからと手慰みに教材を与えていた。実際に教えることは殆どなかったが、山本よりはマシだと思っている。

「自覚、あるんだ」

「当然だろう、私は研究者だヨ」

 技術開発局を潰されては困る。花籠計画にしても、ここまででやっと半分終わった程度だ。これから生殖や能力の変化についての調査などが必要なのだから気を抜いて失敗などできやしない。

 失敗はそもそも想定すべきではないが、トラブルシューティングのシミュレートは必要だ。一つでも多く不安要素を排除するのが私の仕事なのだから精を出すのは当然。

 

 

「せいぜい、努力し給えヨ」

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