あるいは前任者のやらかしに腹を立てる話。
お久しぶりです。生きています。
卒論は無事に提出できました。新生活にコロナに度重なるスランプや繁忙期で死にそうですが、出来るときに少しずつ執筆をしていこうと思っています。なおやはり支離滅裂で亀。
自分が剣客商売なんぞという明日も知れぬ生業だからか、どうせなら、静かに死ぬことができたらいいとふと思うことがある。だが、自分が願う静かさの前に苦しみのあるのは恐ろしい。
だからこそ、研究を愛好し真理の探求に没頭するのだが、それにも限度がある。そして休憩しなくては十分に頭を働かせることはできない。ここ最近では、どうしても仕事が多くなるときや厄介な壁にぶつかったときには甘味を摂るようになった。
今日も、山のように積み上がった十二番隊隊長としてこなすべき書類を終わらせたので少々休憩を取るつもりで食堂へ来た。以前よりも糖類を取りやすい品書きになったのが有り難い。
やはり氷砂糖の常備では味気ないし、昔のように苛立ちをぶつけるために製菓ができるほど余力がない。綿棒で滅多打ちにするのはかなり心が楽になるのだが、仕事が終わると『花籠』のメンテナンスがあるためにそれどころではない。やりたいこととやるべきことのバランスがあまりにも悪い。せめて全部やった上でもう少し休みたい。
「そういえば、十二番隊の元隊長だった浦原喜助ってどんな方なんですか」
「チッ」
私が居たからだろうか。新入りの隊士が奴の居た頃から在席しているらしい死神に尋ているのが聞こえた。
思わず舌打ちをしてあんみつの残りを口に放り込み、擂り潰すように咀嚼して飲み込んでから先ほどの発言をした隊員の背後に立つ。
「……貴様、今浦原と言ったか」
「ヒッ……は、はい」
「検体にされたくなければ二度とあの男の話をするんじゃないヨ」
「は、はひ!!」
強めの霊圧を掛けたせいで顔色を悪くしながら肯定するのを見て、満足する。よし、これで厄介事の芽は摘めた筈だ。
ここ数百年で、どうも私は気難し屋の狂人という認識をされているようなのでこれぐらいで良いだろう。余程の変態でない限り自分から同じ話の種を囀ずることはないだろうから、最早どの顔だったかも覚えていなくても問題はない。
生きる気力を無くした元死神や廃人になって始末がしづらいからという理由以外で検体が増えるのは、まあ有り難いといえば有り難い。健康体の死神なら治験で毒の致死量も確認できるし、いざとなれば回道や外科手術で元に戻せるからだ。
だがしかし、諸手を上げて歓迎できるほど良いかと言えば、実際のところそうでもないのだ。今のところ検体は十分ストックがあり、これ以上増えても検体の収容場所に困るだけでしかない。もっとわかりやすく言えば生身のままの保存は金と物資が必要になるから資金を逼迫して困るのだ。それに、あまり積極的に死神の検体を使わない方が科研費をもぎ取りやすいので止めておきたいところである。
プレゼン相手の貴族に倫理があると大変厄介なので、回避策を取っておくに越したことはない。隊員の躾も同時にしておくことが大事だ。
「で、あれ、どういう意味なんだ?」
隊長同士での印鑑のやり取りが必要な書類を届けに来たついでに毒気のない笑顔で訊ねる浮竹に、見られていたのも気づかなかった自分を殺したい衝動に駆られた上で、頭を抱えたくなった。
睨んでみてもこの男には通じない。というより、その程度の威嚇が通じる方がおかしいのだが、睨んでいる理由を察することもしなかった。どうも、答えないと動かなさそうだ。
「……あの外道に憧れられて同じ轍を踏まれては“技術開発局”がとばっちりを食らうんだヨ」
単純なことだ。前任者のポカとしか言い様のない研究に手を出されたりしたら、何かあったときに技術開発局が的にされる。
考えてもみるといい。あの馬鹿もとい浦原が作ったものには飛躍的に活動が便利になる製品が多い。
だが同時に、我々は常に考えなくてはならないのだ。凡人がそれを作るまでにどれほどの時間がかかり、かつ犠牲を払わねばならないのかということを。
治療薬であれば、効果がないことも失敗だが、同様に過剰回復も酷い肉体的損傷を与えるため失敗として扱われる。そのために、適切な回復をする鬼道が開発されるまでに犠牲者は大勢居たのだ。
そんなことなど、ここ500年ほどで入隊してきた隊員達は知らないだろう。だからこそあの馬鹿に憧れさせてはならないのだ。死人が出て「だって、私もああなりたくて」なんて宣ってみろ、アレが前任だったせいでこっちにまで責任問題がなどという話が降って沸く。ふざけるなと怒鳴りもしたくなるわ、こんなもん。
だが──オリジナル回道や一時的に人体に働きかける製品を作るくらいならまだましだろう。というか、そこ止まりであれば山のような始末書に検証に説明行脚で事足りるのだ。それだけなら、まだ腹を立てて怒鳴る程度で終われる。
(アレの作ったモノで最も厄介なのは崩玉だ)
浦原が追われる原因になった発明品、崩玉。仮に浦原を知る者があれを作ろうとしたならば、今度こそ技術開発局は釈明の暇すら与えられず一瞬のうちに取り潰しになるだろう。
何故ならば、あれを作るのには技術だけではなく倫理の喪失が必要だからだ。倫理観と多少考えるだけの頭がある者なら、おいそれと手を出したりはしない。
崩玉は、知っている側からすれば万能の願望器と呼ぶに相応しい代物だ。だが、それを作るのに何が必要か。藍染は流魂街から魂を削り、纏めたものを崩玉に出来ないかと実験を繰り返していたが、完成品と比較して紛い物程度のものにしかならず失敗している。
──つまり簡単に言ってしまえば、それ以上に高エネルギーでなくてはならず、簡単に破損しないだけの素材の強度が必要ということだ。
そんな出鱈目な出力で自律性を獲得し、願望器たりえるものを構成出来るのは、ある程度まとまった分量の「霊子を操る性質を持つ霊子」以外には思い付かない。
その場にいる者の願望を叶えるために願いを読み取ることが出来るならば、そこには霊子の塊同士の共鳴あるいは読み取りの能力があり、かつ叶えるために霊子・器子問わず世界全体にまで働きかけることが可能でなくてはならないからだ。
また、願望を成就させるだけのリソースがあり、滅却師のように霊子を操ることが出来る性質を持つということは、霊王の欠片をひそかに回収し、いくらか取り込んでいるか──或いはそれに近い性質の霊子だけを精製する技術を確立し、それらを固めて作ったのだろうと私は予想している。
もし後者であれば、頭を抱えるまもなくすぐ持ち回りの仕事を全部精算し、職務上は後腐れなく見える状態にしてからとっとと牢獄に舞い戻って悠々自適な読書生活を送りたいところだ。その後は娑婆になんぞ絶対に出てやらん。
霊王から別たれた霊子の精製なんて、誰がどう見たって厄ネタ極まりないものを実際にやる馬鹿が一体どこの世界にいるというのだ。多分私の元上司たるあの馬鹿がその実例なのだが、だから本当にあの男のやったことについては何も考えたくない。
だからこそ、あの考えなしの唐変木もとい浦原が出奔した直後には技術開発局の存続だけを目的に努力したものだが、隊首職に慣れてくるにつけ益々前任者への殺意が増してきた。
朽木ルキア処刑事件が一段落したら、全部バレた上で処罰されて本当にどこか知らない遠いところで死ぬか、あるいは全責任被った上で責任者に戻って以前のように副隊長以下の地位に降格して欲しい。給料が減るのはこの際問題ではないのだ。
「判ったならさっさと隊舎に戻り給えヨ」
「……ああ、そうだな。すまなかった、涅隊長」
出ていく銀髪のかかった背を見送り、脱力して椅子に背を預ける。私ばかりが処罰されるなど冗談ではないし、いい加減休ませろ。原作通りならこんな人間の出来損ないではなく頭脳派で頼りになる隊長が造作もなく行うものだったはずなのに。
どうして……なぜ手に負えないあの外道の積み残しの後始末を私がしているんだ。
責任を取らされることも、まあそれはそれで構わない。
だが、死ぬ前にまるで馬車馬のように働かされることや、高みの見物を決め込まれて見世物のように扱われたり、願望器にくべる材料扱いされるのは心底御免だ。特に後者二つのようなことになるならば、私なら舌を噛み千切ってとっとと此岸に別れを告げようとする。
尸魂界は死後だが、生前の記憶がない我々死に神にとっては紛うことなくこの彼岸こそが現世だ。きっと苛立ちのままに自らの死を選ぶもためらわない程の屈辱であろうとは想像できる。
あの男が掴んだものが干からびた猿の前足ならまだ自爆で済むであろうからマシだ。だが、隊長格の死神をひたすら燃料としてくべ続けて作らねばならないような代物なら、やはり浦原は念入りに刺さねばなるまい。
だが、今の自分にあの男のような事が起こったら、自分はどうするだろうということもまた、なぜか考えてしまう。
私はかつて、我欲と求められる成果を満たせるよう、出来るだけのことをしようとした。
仮にアレと同じような状況に陥れば、どうしてこうもうまく行かないのだろうと後悔するだろうか。それか、嘆きながらの自死を選ぶだろうか。
──それとも、怨嗟の叫びや無理解への怒りを地の底で魂が朽ち果てるまで吐き続けるのだろうか。
そう思うと自分の腕が枯れていくような、そんな錯覚に襲われて、馬鹿な考えを続けることを放棄した。
今考えれば提出締め切り一ヶ月前にこれを書き始めたのは狂気の沙汰でした。文章のブレからはっきりわかりますね。
次は原作突入でバトル回に、したいな……