これ、もしかして平成の記憶があったら衝動的に義骸と義魂を造り始めるんじゃなかろうか。
かねがね浦原という男はいけすかないと思っていたが、まあ別に構うまいと考えていたのだ。いたのだが、やはり鬱陶しいものは変わらない。この男、しばらく通ってきているのである。鬱陶しい。久方ぶりの会話の相手がこれだと思うと微妙な気分だ。それに、言葉の端々に悪意が混ぜられているのが気にくわない。いちいち細かな棘を混ぜなくとも、堂々と杭を喉元に刺してしまえばいいものを。
「アナタ、本当に普通に見えますよね」
「キミの目が節穴だということはその一言でよくわかるネ」
椅子に妙な座り方をする浦原に一瞥くれてやるが、やはり腹の立つ顔をしていたので本に視線を戻した。
外見などいくらでも誤魔化せる。体なんて好きなだけ改造する良い材料だ。望めば性別を変えることも出来る。面倒なのでやらないが。これから補肉剤を携帯すればすぐに肉体を変化させられる。戦いの幅が増えるだろう。これから義骸や義魂の開発ができるなら更なりだ。補肉剤については、収監前にもう少し改善出来ればよかったのだが、収監されてしまってからは研究が滞っている。もっとコストを落としたいところだ。
「しっかし、ここは良いっスねぇ。研究なんかとは無縁だ」
「……」
腹が立つが、まだ堪忍袋の緒が切れて怒鳴るほどではない。怒らせて楽しむための嫌味なら、もう少し上手いことが言えないのか。……否、私の性格が少し変化したのだろう。臓器移植をすると性格が変じるという研究もあったはずだ。それに近いのだろう。……記憶の移植か。もし脱獄なり何なりが可能ならば研究してみたいものだ。
そう、記憶といえば。思い出したついでに興味深いものが頭の片隅にいる。
「研究ができるなら、サクラを作りたいものだがネ」
「桜?」
声色があからさまに変わった。植物か、それとも特定の人物かのどちらかと考え──人物だと仮定した筈だ。しかし、浦原の読んだ資料に恐らくその名前はなく、心当たりはないだろう。そうであるからこそ、余計に訝しんでいる。誰も知らないだろう少女に酷く惑わされてしまえば良い。
当の私の脳裏に浮かんだのは紫髪の少女型AI達だ。あれはAIという設定である以上、プログラムである義魂と相性が良さそうなものである。元気にBBチャンネルを流されれば、流石のこの男も黙るだろう。
……いや、よく考えたら駄目だ。BBを作るにしても自発的な行動が難しいというのは扱いづらい。メルトリリスの嗜虐趣味はどこかで浦原とぶつかる可能性がある。パッションリップは組織維持が困難になり瓦解しかねない。キングプロテアの渇愛は私の手に負えない。カズラドロップはわからないが、仕方ないな。一番扱いやすそうなのはヴァイオレッドか。似たり寄ったりの正確になるが、あまり気にすることではないのだろう。有用か否かで決めなくては。「涅マユリ」はそういう死神なのだから。
「いや、こっちの話だヨ。気にするんじゃない」
ひらひらと手を振るって言葉を取り消せば、釈然としない顔をして私を見た。信用がないのはわかるが、酷いのではないか。
「桜なら、見に行けば良いじゃないっスか」
「……それは囚人に対して言う言葉かネ」
あまりにあまりな言葉に胡乱な目を向けてしまうが、私に非はない。まるで私がいつでも出られると言いたげな言葉を今の段階で投げ掛けるこの男が悪いのだ。あるいは、私を近々引きずり出す心積もりか。
「桜の意味を貴様は知らないからだヨ」
あの愉快なキャラクター達を。桜という厄災を。それから、遠い過去に縋り付こうなどという私の魂胆も。最後のそれは、まあ見えずとも良いのだが。しかしあの個体達の再現が出来ればこれ以上ない成果になることは確かであるし、私の慰めにもなるだろう。……友人らも同じゲームを心から愛していたのだ。また会いたいと思ってしまうのは仕方ないだろうよ。それに、近い人間か死神が居れば私に気付くはずだ。生き餌としても機能するならそれで良い。無駄になるか、厄介事を持ってくるならそのときはそのときだろうが。
桜、
「涅サンは花が好きなんですね。意外~」
「研究のためだヨ、馬鹿者」
そういえば、絵の練習をしたことはなかったか。図解を出来るに越したことはない。読書ばかりではなく、今度練習してみるべきだろうか。
「でも、桜、お好きなんでしょう?」
「嗚呼、」
ふわりと笑うCGを思い出す。友人たちと共に尊いと拝んだものだが、やはり印象がぼんやりしている。もう良い年だから仕方ないのだろうか、いや、まだだろう。肉体的な制限は掛かっていない程度だ。どちらかといえば、この記憶は普段不要なものとしてしまい込まれている。
「彼女は、美しかったからネ」
メモを取るため作った手製本を撫でる手が、いつもより優しくなるように。所作に気を付けたのはいつぶりだろう。
どうせつくるのならば、広い一間を鳥籠にして、快活にいられる様な娘を作り出す方が張り合いがあるだろう。そう、私と真反対な、健康的な顔色の。
ネム。私の夢になる娘。本当に、私に出来るのだろうか。やってみせたいが、それよりも不安の方がひどい。私は、私の成果を出すだけの実力かあるのだろうか。臆病な本心を隠して生きるのには慣れたものだが、それでもなお足りない。浦原という死神の前では、特にだ。この男は易々と私のすべてを飛び越えていく。成果も、人徳も、すべて持っている。腹立たしく、恨めしく、……どうしようもなく、羨ましい。
「涅マユリ」で居なければならないのなら、私がサクラを作ることはない。そんなことをしてしまえば予測不能なほど狂ってしまうのが目に見えている。十分に対策を立てられれば問題はないだろうが、後手に回るのは確実。ならば、手を出してはいけない。だが、同時に、科学者としての性が鎌首をもたげる。造ってしまえ、欲に忠実であれと。後先考えない衝動は、私の中に確かに息づいている。
「お前には判るまいヨ」
わかって、たまるものか。
サクラファイブは果たして参加するのか……?