人間、人と話せないとなるとメンタルブレッブレになるはずだよな、とは思います。確かそんな研究もあったはず。エビデンスは行方不明ですが。
浦原が来なくなった。そろそろ死んだのだろうか。気に入っていたのに、やはりここの看守が死ぬのは比較的早い。弔いのひとつもできないのが残念だった。
カサカサと草履の擦れる音がしてきたので耳をそばだてると、どうやら今日は二人の死神が来ているらしい。これはまた、珍しいこと。
書籍を片付けて寝床に座って待っていれば、彼らはすぐに姿が見える距離に来た。
浦原だった。しかも白羽織である。生きてたんかワレ。
「……浦原喜助か。何の用かネ?こんな処に」
「あなたに用があって来たんスよ。涅マユリさん」
よくよく考えてみるとこの男が来なくなって三ヶ月くらいだったか。どこかで死んで新しい看守が選定されていると思ったのだが、そうではなかったらしい。私としても喜ばしいことだ。これで図書の差し入れの一時停止を食らわなくて済む。看守が変わるごとに警戒心MAXで本を入れてくれなくなるのだ。しばらく話をしていると私との会話が嫌になって差し入れを許可するようになるのだが、手間は手間。
「ボクと一緒に──ここを出ちゃくれませんかね?」
いや、キメ顔で言われても私にそんな権限は無い。出方を見るなら宣言だけではなく具体的に状況を言え、状況を。
ちらともう一人の方に目を向ける。少年なのか少女なのか分かりにくい子供の姿の死神は、ちゃんと説明してくれるような人材なのだろうか。
「な、何や……こいつ……!」
そんなこと言われても私も困る。というか駄目だこれは。どっちもどっちで伝達がきちんとできないタイプではないか。
とは思うものの、口に出して言える雰囲気ではないので内心頭を抱えて黙る他ない。だが、露骨に嫌そうな顔をして私をまじまじと見るその死神に腹が立った。正直は美徳だが、ここまで顔や言葉に出すのはどうなのだ。言葉使いをもう少しどうにかできないのか。そもそも、ここにつれてくるということは部下なのだろう。浦原はもう少し部下をしっかり教育すべきでないだろうか。生憎と現在は組織維持に関係する立場ではないのでこれまた嘴を挟めないことだけどな。
「……ホウ、初対面の相手にこいつとは、随分とマァ躾のなっていない小僧だネ」
「誰が小僧やゴラァ! ウチは女の子や! おっぱい見せたろうかこの妖怪白玉団子ォ!」
お嬢ちゃん、なんかめちゃくちゃ口悪いな?
妖怪白玉団子……ここには自殺防止のために鏡がないからよくわからないけれど、そこまで血色が悪いだろうか。色が白いのは確かだが、久しく自分の顔など見てないので覚えていない。
というか、年頃の女性にそこまで言わせてしまうとは、さすがに私の発言もまずかったのだろうな。それと、私も私で結構傷つくんだぞ。何だ、妖怪白玉団子って。ハゲではないぞ。むしろ原作より髪は伸びてる方だ。それでも自分の髪の毛で首を括れないように括れるほど長くはないのだが。
「……少なくとも私の子や孫にあたる世代よりは若いと思って言っただけなのだがネ。そこまで不快に思われるなら謝ろう」
「な……なんや薄気味の悪い」
……顔だけ見て言わないでもらえないだろうか。
いくら見た目が気味悪かろうが、一人だけ隔離されていようが、これでもまだ理性ゼロの狂人になりきってはいないはずなのだ。少なくとも、他者の感情を推し量るだけの知能と人間性は残っている。
「性別に関する悪意とだけは取られたくないのでネ。そうした問題に関する悪意は膨れ上がりやすく、想像以上に威厳を傷つけるのは不本意極まりない。私の骨は礼節で出来ているのだヨ」
この時代がどうであろうが、嫌がられたら怨恨が膨れない内に謝って終わらせてしまうのが一番だ。私としても改めるべき点がわかり今後のコミュニケーションが円滑にでき、相手も不快な思いはしない。そういう風にしないと、職場関係なんてやってられない。
「彼女はボクの副隊長っス」
「君、昇進したのかね……御目出度う」
やっぱり看守は変わるんだろう。その前に書籍はしこたま差し入れてほしい。
「どうも。それはそうと、さっきの答えを聞かせてほしいんですが」
「フム、なかなか面白い意見だと思うが」
殺人鬼相手に堂々と脱獄していいよ、と言うようなものである。相変わらずのクソ度胸だ。だから見ていて楽しいし、看守にしては嫌な感じはしないのだが。
「それなら!」
「だが断る」
「えっ!?そこは頷く所でしょう?!」
いや、セオリーでしょ。こんな言いやすい状況を作ったお前が悪いぞ浦原喜助。某漫画は血液に流れるタイプの濃い内容なのだ。一度読んだ瞬間に静脈注射されている。細部は忘れがちだが名言のいくつかは忘れたりしないし、何かしらの隙さえあれば捩じ込むのも辞さない。
「君の部下だなんてお断りだヨ。それに、」
「それに?」
「やっと狂えそうだったんだ。このまま朽ちる予定だったのたから邪魔されたくないネ」
ぱたん、と音が余計に大きく響く。結局のところ、ハムレットも、リア王も、それ以外も、文学は決して私を慰めてくれなかった。話をすることでしか自我を保てなかった。私は危険因子だ。仮に出所できても、他者との会話は基本的には許されまい。外に今更出たところで前科はついて回る。近代社会はそんなものだし、そもそも日本人ばかりのような死後世界はそうした大衆意識の煮こごりも強く残っている。嫌なもんだ。たぶん排斥されるのが関の山だろう。
要はまともに話せない状況で出されても困るってことだ。特に研究について議論できる人間がいるところでないとやってられっか。
しばらく俯きがちだった浦原は急に顔をあげた。何故か目が爛々と輝いている。何だこいつ。
「なら!」
がっ、といきなり勢いよく手を伸ばし、ぐっ、と力を込めて檻の鉄格子に掴み掛かって、
「ボクが! あなたを狂わせません!」
全力で叫ぶように宣言された。
浦原があまりにも力強く宣言したのでぎょっとする。多分バレてると思うが、驚きすぎて跳ねたし、ちょっとだけ体が浮いた。看守になったばかりのときにはおっかなびっくりこちらを窺ったり、いかにもだるそうに世間話をしていたものだから、彼がこんな表情もできるとは知らなかった。なんか凄く主人公っぽい。別の漫画になってないか、これ。
……しかし見るからに必死そうな顔だ。どうせ私がいなくてもいい感じに代替品も上位互換も捕まえられるだろうに。一人だけ隔離されてる囚人引きずり込んだらスムーズに事が運ぶから必死なのだろう。でも、それでも必死に来いと言われると、それはそれで心に刺さる。まるで呪いにでもなりそうな言葉だ。言っている本人はそれが死地で生きろと言われるのと同義の恐ろしい言葉だと知らないのだろうけど、言われた方は堪ったもんじゃない。心が弱っている人間やそんな存在には最高の殺し文句だろうな。……そう考えられる思考が残ってるだけ、私はまだ長持ちしそうだ。よかった。あとの不都合はあとで考えればいいか。
「はは、そうか……」
喉がひりひりと痛む。少し笑っただけでもこれだ。しばらくなにも考えず、飲み食いしないとすぐに体なんてガタガタになる。思ったよりも弱い。ハンガーストライキの真似事なんてすべきでなかったな。食欲がなかったのは確かだが、何かしら流し込んでいたらここまでひどくはなっていなかった気がする。出所したら人間的な生活をしなくてはならないなぁ。
「随分と大きく出るものだネ。いいだろう、出来るならやってみ給えよ」
正直、私は自分がどんな思想で捕まったかなんて覚えちゃいないし、たぶんこの男とは相性があんまりよろしくない。だが、ここまで少年漫画の主人公が言いそうなことを言われしまったら、応えないわけにはいかないだろう。
何せ、私にも少年の心があって、人の心があって、だからあなたたちの物語を心から好きでいたのだから。
「ところで、出所についてきちんと許可は取ったのかネ」
「あ、」
嘘だろ○太郎。
このマユリさんは生前にSBRまでは読んでる。たぶん。