ちょっと時系列が飛びます。書きたいところから書いているので。
ボクは知っている。彼が酷く臆病な死神だということを。
ボタボタと水滴を滴らせている姿にぎょっとして、久しぶりのその姿をまじまじと見てしまった。手術痕だらけの生白い皮膚、肉がなく静脈も浮いて不健全な手足。成人男性の裸体など興味はないが、これは別だ。──数ヶ月着用しているわりに、着脱には問題がなかったらしい。段階的に数ヶ月にまで伸ばしたのだから当然だろうが、それでも素晴らしい成果だ。これは癒着が起きない、優れた素材と加工の証しに他ならないのだから。
「何をしている、邪魔だヨ」
脱ぎ捨てられ草臥れた女の皮はグロテスクだが、嫌悪感はない。死体ではなく、そもそも生物になる予定もなかった代物に、そんな感情は湧かない。
珍しく霊骸素材の皮膚を脱いで素の彼を見せるのは、ボクの前くらいなものだろう。当然だ、その皮膚の共同開発者はボクで、彼の仮の肉体のメンテナンスも担当しているのだから。
涅サンは、その霊骸モデルのことをサクラと名付けて複数体用意していたが、未だにその真意は図りかねている。培養槽に浸かった彼女の体をいとおしげに見つめていた姿は、研究以外に興味がないと思っていたボクの幻想を見事に木っ端微塵にしてくれた。
彼の身代の保証をする際の資料に無い名前は、やっとのことで整えた彼を引きずり出す準備が無駄になる危機感を募らせた。
ボクが知らない、資料にも載っていないほど昔に、彼はサクラという女性を愛したのだろう。彼に生前があったのかは知らない。けれど、彼が愛した女性は、少なくとも尸魂界には存在していない。そうであるならばと考え、何故だか非常に安堵を感じて首を捻る。彼がありふれた人格を持っていたことに、そう感じたのだろうか。僅かばかりの違和感は残るが、きっと気にする必要はない。
その皮膚を被るということは、死別したのか。あるいは、報われずに終わったために同化願望でもあったのだろうか。
……そういえば、彼の本当の声を聞いたのは久しぶりだ。念入りに作られた皮膚には変声機能も付いている。お蔭で低かった声は落ち着いた大人の女性の声へと変わり、きっと彼の知るサクラの声をしているのだ。
彼はボクの思考に気づくことはなく、布切れを巻くだけ巻いてそのまま自分の着ていた皮衣を検分している。呼吸に合わせて、薄く腹が動くのが見える。目の前の不自然な生き物は、確かにボクの同僚として生きている。
「ああ、どうせなら腕にも何か仕込みたいネ」
「……涅サン、アナタって人は」
この人は放っておくとすぐに自傷行為に走る。この前なんか生身の体の方の足に爆弾を植え込んでいた。機嫌を損ねるのはわかりきっているのでやめろとは言わないが、そこまでする必要はないだろう。彼は弱くはない。一般的な席次ほどの実力はあるのだからそこまでする必要はないはずだ。それでも、彼が自らを作り替えることをやめることはない。
正気だとは思わない。ただ、ここまで徹底してサクラというその人の姿形を追い求める彼が恐ろしく、どこにでもいる哀れな男に見えた。そして同時に、それと反してどこまでも機能を求め、研究に没頭する姿が幼子のようで、ひどく笑いを誘った。
(やっと、やっとだ! ついに完成目前!)
霊骸はなんとかなったが、難航していた義魂技術の方もやっと目処がつきそうだ。ああ、涙が出る。此処にたどり着くまでに義魂が何度コミカルな爆発をしたか。そのたびに霊骸皮膚組織に付随させた紫のサラサラストレートが大仏パーマになった。皮膚自体のメンテナンスはめちゃくちゃ面倒だった。しかし腐っても鋼の強度を保つ完成版BB霊骸スーツ、髪の毛はしばらくしたら元に戻った。髪の毛も身体損傷に当たるのか、修復に霊力を食われて空腹はひどかったが。
装着のために薄い皮に本体をねじ込むのはわりと大変だが、霊骸のお蔭であまり周りからの視線が気にならなくなったのは思わぬ収穫だった。感覚としては全身タイツみたいなものである。だが、密度の高い親霊力素材であるためにそれなりの防御力はあり、本体との接続もしやすい。
大方、私も
正直なところ、機能が思った以上に上手く出来すぎて持て余しているのだ。この分だと劣化版になるが「黄金の杯」まで興味本意で再現しかねない。なにしろ、私の斬魄刀は毒に関するもの、私の血を毒の素にしているのだから毒に関するものは可能になったとしてもおかしくない。いつだって刀は携行しているのだから。
もし、仮に別の霊骸皮膚を造るとき、殺生院キアラが再現できたとしたら。それこそこの世の終わりが来てしまう。
有無を言わさぬ殺生院は嫌だ。中の人にも絶対になりたくなんかない。
フラグではない、はず。
存外気に入ってくださるかたがいらしてとても嬉しいです。就活終わらないせいで不定期連載になるため、気長にお待ちください。