マユリ様になりきれない!   作:小森朔

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 人皮の完成とすれ違いが加速する話。

 マユリさんの人間らしさが徐々に戻っていくようにと思って書いているので、少し一人称文が軽くなってきています。一人だけ隔離されてたら精神が死にますよね。


 2020.02.12 誤字のご指摘をいただき、訂正しました。




裏表と研究

「本当に、完成した……」

「フン、まぁ、私の才覚を以てすれば当然の結果だヨ」

「いや、義骸の基礎自体はボクが作ったんスけどね」

「細胞増殖の為の薬剤は私が調合したものだが? ……まあ、貴様の技術力の高さは認めるが、まさか末端小粒まで確認するのを怠るとは」

「むしろきちんとそこまで研究した死神は涅サン位だと思いますよ」

 まあ、この時代にまだテロメア研究はされていなかったからな。私も思い出すのに時間はかかった。それにしても、一言二言ヒントを伝えただけで増殖が伸び悩んだ原因を発見したこの男はかなりの化け物だ。ジャズがないのにそれらしいものは成立している辺り謎は多いが、まあ、ご都合主義とはそういうものだろう。

 

 

 さて、改めて。技術開発局創設から約二年後の今日、やっと霊骸人皮は一応の体裁としては完成した。これであとは他人の体に植え付けても機能するかどうかだ。それが何とかなれば、義骸の技術はさらに発展するだろう。長かったような、そうでもないような気がするが、他の開発中の薬剤に比べれば開発期間は圧倒的に短い。特に、蛆虫の巣から出てからは収容以前と比べどの研究も早く仮の完成を迎えていたのだが。それも横で要らん口を利く奴が居るせいだと思うと、腹立たしいものの助かっているとは感じている。まあ、私だってやろうとしたら一人でもできるがな!!

 

「おーおー、これで終わりか。で、どないするねん、このカワは」

 副隊長の猿柿さんは物珍しそうに、おっかなびっくり人皮をつついている。別にただの皮膚状組織で絆創膏や全身タイツのようなものだからそこまで警戒しなくても良いのだが、言ったら怒りそうだから言わないでおく。

「何を言っているのやら。猿柿、ここで終わるはずがないだろう? 今までの被験者は私だったが、これからは他者に定着するか経過を観察してから次の段階に進むんだヨ」

 そこまでいけば、あとは調整だけになる。そもそも私が被験者になっていたのは囚人だったからで、何かあって死にかけても上が文句を言うことはないと踏んだからだ。そうでなければ進んで協力などしてやらなかったし、そもそも改造しまくった私の体だと再現性がない可能性もあるから本当は嫌だったんだよ。だが、それもここまで。仮に上から治験を止められても、ここまで結果が安定していれば資金を獲得できるだろう。

 私は諦めないことには自信がある。当然、成功させるまで根気強く実験し続けるとも。ただ、普通なら研究は成果が出るまで時間がかかるのだが、今回は予想よりずっと早く成功してくれた。……正直に言えば、私が薬品研究をして浦原の研究に手を貸さなくても、遠からず成功していただろう。

 これで原作の頃には「彼女」に造形を似せたものを作ることができると考えると喜ばしい。詳しくは覚えていないが、名前とおおよその要素さえ合っていればそれで構わないということにしよう。研究の非公式な発表については、妥協も重要だ。特に、相手が旅禍であるのだし。

 

 そう、これでやっと安全な案内役を作れる。だから生存率が高くなるだろう。私には役目が残されていて、死ぬわけにはいかないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やめた。休憩」

 ストレスが溜まる。いや、研究がうまくいかないのはいつも通りなので気にしてはいけないが、なんとなく気が散る。

 誰かに当たり散らすのもまずかろうと、研究室の札をひっくり返して不在にし、給湯室に立て籠った。どうせ昼過ぎで全員研究に没頭しているのだ、誰も気には留めまい。

 給湯室には軽食も作れるように多少の食材や調理器具もある。冷蔵庫を開けると卵があったので、ありがたく使わせてもらうことにした。

 

 

 

「……やり過ぎたな」

 いい加減イライラして腕力の限りメレンゲを泡立てたのはいいが、苦肉の策で消費するためにシフォンケーキを焼いたのは間違いだったかもしれない。というか、なぜ金型があったのか。私一人ではあまり食べないし、足が早いから食べきるまでにカビが生えそうだ。休憩時間でやることでもなかった。仮眠をとっていた方がまだ有意義だっただろう。

「おいハゲ、言われた材料持ってきたったぞ」

「それはどうも。ああ、そういえば猿柿副隊長、よければそこの菓子を持っていくと良い」

「なんやそれ。……って、お前菓子なんて作れたんかハゲ!?」

 部屋で冷まして切っておいたそれを差せば、確認してぎょっとしていた。材料は……間違ってないな。前は違うものを持ってこられて、確認しそびれ使いかけてヒヤリとしたが今回は問題はない。良かった。

「本なら図書寮にあるだろう。作ろうと思えば可能だヨ」

 作業の合間に摘まむために傍に置いておいたのを一切れ食べるが、あまりぱっとしない味であるような気がした。瓶が見当たらないのでバニラエッセンスは使わなかったからだろうか。それなりの味で食べたければジャムを添えた方がいいだろう。

 ぼんやりと考えながら猿柿さんをほったらかしてもそもそ食べていると、足音がひとつ向かってきているのが聞こえた。

「涅サン、どうしたんですかソレ」

「実験だヨ」

 目の前にはシフォンケーキが。

「……料理出来たんですね」

「料理は苦手だが製菓ならある程度はできる。材料の具体的な分量は決まっているからネ」

 料理より調剤に近いから楽だと思う。

 

 

 

 パタパタと軽い足音が遠ざかるのを聞きながら、そこに居座っている男に意識と視線とを向ける。

 当初と変わらずヘラヘラと、椅子に逆向きに座るのも止めない。隊長としては十分な実力者だが、ひどくだらしがない。あげくに生活力もない。猿柿さんにはよく蹴り倒されている。なんでこの男はめげないのだろう。

「ボクには涅サンのことが、良く判りません」

 じっと眺めたせいだろうか、それとも彼女が十分に遠ざかったからだろうか。浦原は急に真面目な顔をして私に向き合った。心臓に悪いから急に態度を真面目にしないでほしい。一瞬処されるかと思った。あと、その言い方は返しに困るからやめてほしい。

「判って堪るか」

 思わず低い地声で返してしまった。でも、こればかりは仕方がない。自分ですら判じにくいんだぞ、私の内面なんて。他人に簡単にバレたりしたら堪ったものではない。

 確かに精一杯外面だけでもマユリ様に近付けようと必死になっているせいか、態度と性格の乖離は激しい。でも、本心でいても、浦原喜助という死神を警戒をしていないわけでもないのだ、私は。油断も隙もなく、気を抜けば付け入られそうな所は、マユリ様ではなく私個人が苦手な所だ。底知れないのが怖い。

 しかし奴は笑みを深めるだけだった。ニコニコと、心底嬉しそうに見える笑み。……これはたぶん嘘ではない。

「初めて本音を聞いた気がします」

 なぜかそこで嬉しそうにする浦原に納得がいかないが、他人の気持ちなど気にしすぎても仕方ない。

 

 彼はその嬉しそうな顔のまま、私が焼いたシフォンケーキを一つ、千切って食べる。

 その仕草が下品に見えないのは気を遣っているのか、それとも無意識か。どこかで徹底してマナーを叩き込まれているんだろうか。本当に所作だけは美しいんだな。いや、そう言うことを気にする場合ではないが。

 

「本音なんか気にしてどうするつもりかネ」

「涅サンと仲良くなれたら、たぶんもっと研究の幅が広がると思うんです」

 あ、こいつ、これについては本音を言う気がないな。

 ニコニコと嬉しそうに笑いながら言うが、その笑顔の自然そうに見えること。だが、胡散臭さがどうしても抜けていない。眦がさっきよりも不自然だ。相手の態度を軟化させたいなら、もう少し四楓院の令嬢を相手にするように眦をごく自然に下げれば良いものを。

 当人は気づいてないだろうが、私がこの男の目に気付いていないと思っているのだろうか。人皮を被って癒着が起こるか試していたときのあの目は、明らかに嘲りのそれだった。それ以外は巧妙に隠していたが、あれ以来特にこの男を信じられないという気持ちは強まった。

 ……浦原からすれば、私はそうしたものにも頓着しないと思っているんだろう。侮蔑にも嘲笑にも心を微塵も動かさないと。残念ながら生身なので内心めちゃくちゃ腹が立っているが。お前には教えてやらねぇよざまぁみろ。

「なら、本音を一つ教えてやろう。私はお前が大嫌いだ」

 だから、私も本音は言うまい。それを求められているのだから当然だ。

 ……先のことを薄らと知っているだけに、私はこの男が私の知る以上に有能で、信用に足る人物であることを知っている。それに、上司として従うのもやぶさかではない程度に良い死神だとも思っている。研究者然とした格好を崩さなければ、それでいい。

「嘘ですね」

「……なぜ、そう思うのかネ?」

 何故そんなにすぐ否定するのか。バレてないと思っていたのだが。私の本心としては割と本当に彼を気に入り始めていたんだが。そういうところだぞ十二番隊長。

「涅サンは、生きることに執着していません」

 おっとこれは予想外。そしてお前はどこに目をつけているのだ浦原喜助。下手に死ぬような真似はしていないか我が身を振り替えって日々ヒヤヒヤしながら生きているというのに。まあ、ハリボテの中身が浦原にバレたら色々な意味でお終いなのだが。

 作業があと少しで終わるのでそのまま顔を上げずにその先を聴く。まさか、ここで終わりだとは思わない。相対するのは大の大人、沈黙に耐えきれなくなれば続きなり理由なり言えるだろう。

「実を言うと、ひよ里さんと蛆虫の巣に行ったとき、涅さんの独り言はきちんと聞こえていたんです。……涅さんが副局長になって、やっとわかりました」

 はて。一体、何を言ったんだったか。あれからそれなりに時間も経っている上に研究が面白くてそんなこと気にしていなかった。死にかけの心が戻ってきていたのだ。気に留める暇もなかったという方が正しいのだが。それにしてもそんな前のことをばか正直に、いや真正面から屈折させて受け止めるとは。

「……馬鹿馬鹿しい」

 ナイスジョークとでも言おうかと顔を上げると、目があった。穏やかで、しかし意思の強い目をしている。

 

 ……この男、頭が良いとは思っていたが、まさか一度思い込んだら一直線なんて落ちがつくんじゃないだろうな?

「ボクはアナタが生きていたら良いと、思ったんです。生きていてくれたらいいと心底思いました」

 ……本当にそんな落ちがついてしまった。間違った推理もほどほどにしてくれ。あんた知性派キャラだったはずだろ。

 

 情けない顔だ。今にも泣きそうな迷子のそれと同じである。いつからここは迷子センターになったのだ。阿近の方がまだ大人らしく見えるんじゃないか。しかし、それよりも驚きの方が心を占めるのは何故だろう。私は、無意識にでもこの男に出来ないことも見通せないこともないと思ってしまっていただろうか。

 ……馬鹿馬鹿しいことを考えているのは私の方か。私の目の前にいるのはただの生身の生き物だ。この場にいる私が私という一個人であるように、この彼も作り上げられたキャラクターではない。死神とはいえ、人に近しい感性を持って、喜怒哀楽に揺り動かされながら日々を過ごす、ただの生き物だと、私は直に触れて知っている。研究に熱中しすぎてしょっちゅう睡眠不足になり、見かねて作業を遮ると文句を言う。理知的な青年というよりも図体の大きなただの少年のような奴だ。山本隊長だけでも面倒なのに似た者が増えては困るが……当人からしたら困惑するだろうし、面と向かってこれは言えないな。

「生きることへの絶望なしに、生きることへの愛はない。私は、生きていたいんだヨ。無様な生ならば要らないがネ」

 それらしい言葉を並べておけば、混乱して真意を知ろうと必死になるだろう。せいぜい踊らされていればいい。よく覚えていないので出典通りではないし、うろ覚えのそれらしい格言以上の意味もない私には縁遠い名言なので真意を聞かれても困るがな。

「誰の言葉ですか」

「さてネ、気になるなら探してみ給えヨ」

 相手に相互理解をする気がないなら、私もそうするだけだ。どうせ、この男も私にとっては通り過ぎていく存在に他ならないのだから。

 

 

 あ、労働時間を逼迫しすぎた。そろそろ仕込んだ培養皿の菌の観察をしないと結果が乱れる。

「マァせいぜい頑張り給えヨ、浦原」




 ボーイズラブタグをつけてはいるものの、本当にそうなるか不安になってきました。
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