感想をいただいて、マユリさんは軽いノリの方が読みやすいよなと思ったのですが、やっぱり頑張ってもこういう話を予定通りいれたいなと思って割合だけ変えることにしました。クソ重い話も軽い話も入り乱れます。これは多分軽い方。
最近何故か夢見が悪い。起き抜けに目元がやけに湿気っていて、たぶん眠りながら泣いていたのだろうと思う。覚えてはいないが、妙な夢を見たのだろう──
夢を見た。あまりにも昔の、幸せな頃の夢だった。私も家族と一緒に過ごしていた、そんな夢だった。
両親はいつも通りに家を出て、私はこっそり冷蔵庫のプリンをひとつ取り出して食べた。兄弟たちも大学や高校があるので早々に出て行っていて、私一人で音楽を流しながらのんびりと本を読んだ。本のタイトルは、なんだったっけ。転生がどうとか、命を懸けることの尊さがどうとか、そういう下らない内容だっただろう。死んだらおしまいだ。そんなことを優先する義理などない。そんな面白くもなかった本を意地で読みきって、本を鞄に突っ込んで外に出た。ひとつ目の信号を曲がろうとしたとき、そこから景色は途切れている。
夢を見た。学校にいて、友達と一緒にいる夢だった。○○さんは委員会の仕事があるからと先に鞄を持って教室を出ていってしまったけど、他の残った友人達と漫画の話を延々と続けていた。だれそれが格好いい、だれそれが可愛いなどと下らない話をしているうちに、教室が急に真っ赤に照らされて私一人が取り残された。
教室の赤々とした光は、どこから来ているのか分からなかった。ただ、均一に明るくて、机の天板から上はどこもかしこも照らされている。友人達以外にも人が居たはずなのに、私以外は誰もいなくなっていた。いや、違う。居たはずの人数分、壁に人のような鍵穴のような影が張り付いている。人は私一人だっただけだ。ドアを引こうとしても空かなくて、固くて重くてどうしようもない。開けようとしてガタガタと鳴らして格闘しているうちに、どんどん赤光は毒々しくなってきた。とうとうその恐ろしさに焦れた私は、窓から身を乗り出して、そのまま下へ飛び降りた。教室の外に出ればいいと思っていたのにそこにはなにもなくて、地面にぶつかることもなく、私はただただ暗い奈落に吸い込まれていった。
夢を見た。強制収容された後のことで、そのときには私はどうして自分がここにいるのか分からなかった。ただ、研究をすることがどうして悪かったのだろう。滅却師のやることをそのままにしてはおけないと、皆一様に駆逐することを求めていた。ならばと一処に集めて薬剤耐性や実験を行わせた。皆、必要だとわかっていたのに、実行を行わせたのは私一人だった。やりたがらないなら、余計にやらなくてはならない。だが、それでも捕虜の人権は相応に守っていたつもりだ。無理はさせず、死なせず、苦痛も最小限に。死体は解剖したが、微量の電流でどの部分がどのように動くかを確認したり、器官が異なっていないか確認する程度だった。死体は、きちんと弔った。いったい、それのどこが、私のやったことの何がいけなかったのだろう。
夢を見た。昔々に千手さんたちとも交流していた頃の夢だった。大織守として召し上げられる前の、凄腕の仕立て屋であり剣士である人と、ただ単に茶を飲むだけの夢だ。一体、何を話していたのだったか。酷く哀れまれたことだけは覚えている。
夢を見た。私が女になる夢だ。本質的には変わらないのに、それだけで周りの態度が違うのが、とても座りの悪いことに思えた。
「涅」
誰だろう、これは。懐かしい気がするのに、その声がどうだったか、誰の声か思い出せない。
「涅さん」
誰だ。私を呼ぶ人は、あまり多くなかったのに。私を私として受け入れてくれる人も、ここしばらくはいなかったのに。
「涅先生」
嗚呼、そうか。あれはもう随分前に変わっていった獄卒たちだった。私を名前で呼ぶ者も、
先生と呼んで慕ったものも、皆一様に早々と死んでいった。隠密と結び付きが強いとはいえ、彼らもただの隊士。もっと長生きできるように、采配を振るって欲しかった。最後の少年は、どうしていただろうか。私が勧めた戯作は面白かったと、笑ってくれていたのに。
そうだった。女であればと、そう思ったのだ。男が泣くことは社会規範ではあり得ないとされていたから、いっそ女になりたいと思ったのだ。だって、彼らはあまりにも若すぎた。命を散らすには早すぎて、まだ可能性の欠片すら見せていなかったのに。もっと長生きすれば、さらに成長できただろうに。
夢を見た。
夢を見ている。私はまだ、夢を見続けているのだろう。いい加減、起きたいというのに。
夢を見た。丸い艶やかな肌のうつくしい女性が、私の膝に頭を載せて、今にも死にそうな息をしていた。
「待っていて、くださいますか」
「嗚呼、良いだろう」
「百年後にでも、構いませんか」
「くどい。待つと言ったんだ。信じなさい」
彼女は私の顔を見上げて、ふぅっと笑った。とても穏やかそうな笑みで、それきり息が止まってしまったらしかった。感傷もなにもなく、自分の感情が抜け落ちている気がする。ただ、言葉を交わした通りにしなくてはと思って、どこかで見たことがあるようなその人を、私は抱えて庭に降りた。毒草ばかりのその中庭は、十二番隊で私が特にこころを傾けていたものだったけれど、彼女のために掘り起こした。スコップなど見当たらなくて、そこらに落ちていた貝殻で、少しずつ穴を掘る。
ようやく人ひとり入りそうな穴を作って彼女を埋め、私はそこに水を撒いた。土は固くなって、しばらくはずっとそこにいただろう。どれほどいたかわからないが、ずっと昼だったので何日経ったかわかりはしなかった。私が埋まっているのか、彼女を埋めたのか、どちらかわからなくなった頃に鈴の音を聞いた。
「マユリさま」
幼子の声がした。待ち望んだ声だと思ったとき、涙が溢れてきた。私は君を知っているし、君を待っている。いつでもいい、気長に待つから、ちゃんと五体満足で生まれてきてくれ、──
「涅サン、大丈夫ですか?」
ハッと周りを確認すると、いつも通りの研究室にいる。掛けた覚えのないブランケットは、確か阿近が管理してくれていたはずのものだ。頼んだ薬剤と一緒に持ってきてくれたのだろう。本当に出来た部下だ。
「……何がだネ」
「何か凄く寝苦しそうでしたけど」
今までは夢見が悪いにもほどがあったが、この夢はさほど悪いものでもないだろう。
それより、この男は目の下にとんでもない黒ずみがあるが、一体何徹している? ここ二、三日は顔を合わせなかった気がするのだが、まさか仮眠もそこそこに研究ばかりだったのではあるまいか。
「そりゃあ、こんな寝心地の悪いところで仮眠を取ったからだヨ。我ながら、よくもまあこんな環境で仮眠をする気になれたものだネ」
あまりにも体の痛みがひどくて伸びをすると、凄まじい音がした。……駄目だ、やっぱり椅子で仮眠すると体に堪える。私は気にしないが、そういえばいくらか仮眠室は気が滅入るということを言う奴も居たな。カーテンくらいは引けるように猿柿さんに掛け合ってみるか。
「なんの夢を見ていたんです?」
「これ以上ないほど、幸福な夢だよ」
浦原に答えてから、庭に降りる。真ん中にポツリと一輪だけ、真っ白な百合が生えてきていた。
私は君に会えるのを楽しみにしてるよ。だから、ゆっくりおいで、眠七號。
感想、意見その他何でもお待ちしてます。話の重さについての異論は認めます。