精霊術師の異世界旅 更新休止   作:孤独なバカ

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変態竜見参

〝ぬ、抜いてたもぉ~、お尻のそれ抜いてたもぉ~〟

 

北の山脈地帯の中腹、薙ぎ倒された木々と荒れ果てた川原に、何とも情けない声が響いていた。声質は女だ。直接声を出しているわけではなく、広域版の念話の様に響いている。

 

「竜人族か。そういや勇者の情報を得るために偵察に出すって紫が言っていたなぁ。すでに街中に潜んで帰っていると思っていたけど。」

〝む? いかにも。妾は誇り高き竜人族の一人じゃ。偉いんじゃぞ? 凄いんじゃぞ? だからの、いい加減お尻のそれ抜いて欲しいんじゃが……そろそろ魔力が切れそうなのじゃ。この状態で元に戻ったら……大変なことになるのじゃ……妾のお尻が〟

「自業自得って言葉しっているか?」

 

俺はため息を吐くと

 

「とりあえず情報を吐いてもらうぞ。このままじゃ何も進まないからな。」

 

ハジメがそういうと黒竜がなにがあったのかを話し始めたが

 

〝妾は、操られておったのじゃ。お主等を襲ったのも本意ではない。仮初の主、あの男にそこの青年と仲間達を見つけて殺せと命じられたのじゃ〟

 

すると竜人族はことの点末について話し始めたのだが

全ての予想が的中していた

そして全てが話し終えた後

 

「……ふざけるな」

 

事情説明を終えた黒竜に、そんな激情を必死に押し殺したような震える声が発せられた。皆が、その人物に目を向ける。拳を握り締め、怒りを宿した瞳で黒竜を睨んでいるのはウィルだった。

 

「……操られていたから…ゲイルさんを、ナバルさんを、レントさんを、ワスリーさんをクルトさんを! 殺したのは仕方ないとでも言うつもりかっ!」

〝……〟

 

対する黒竜は、反論の一切をしなかった。ただ、静かな瞳でウィルの言葉の全てを受け止めるよう真っ直ぐ見つめている。

 

「大体、今の話だって、本当かどうかなんてわからないだろう! 大方、死にたくなくて適当にでっち上げたに決まってる!」

〝……今話したのは真実じゃ。竜人族の誇りにかけて嘘偽りではない〟

 

なお、言い募ろうとするウィル。それに口を挟んだのはユエだ。

 

「……きっと、嘘じゃない」

「っ、一体何の根拠があってそんな事を……」

 

 食ってかかるウィルを一瞥すると、ユエは黒竜を見つめながらぽつぽつと語る。

 

「……竜人族は高潔で清廉。私は皆よりずっと昔を生きた。竜人族の伝説も、より身近なもの。彼女は〝己の誇りにかけて〟と言った。なら、きっと嘘じゃない。それに……嘘つきの目がどういうものか私はよく知っている」

「俺も口を挟むけど、嘘ではないと思う。元々竜人族は無抵抗のものを攻撃するのは掟破りの大罪にあたることだ。それを犯すことになったならそれは他の竜人族を相手にすることと同意義だ。」

 

俺も紫から聞いたことを含め意見をいう

 

〝ふむ、この時代にも竜人族のあり方を知るものが未だいたとは……いや、昔と言ったかの?〟

 

竜人族という存在のあり方を未だ語り継ぐものでもいるのかと、若干嬉しそうな声音の黒竜。

 

「……ん。私は、吸血鬼族の生き残り。三百年前は、よく王族のあり方の見本に竜人族の話を聞かされた」

〝何と、吸血鬼族の……しかも三百年とは……なるほど死んだと聞いていたが、主がかつての吸血姫か。確か名は……〟

 

どうやら、この黒竜はユエと同等以上に生きているらしい。しかも、口振りからして世界情勢にも全く疎いというわけではないようだ。今回の様に、時々正体を隠して世情の調査をしているのかもしれない。その黒竜にして吸血姫の生存は驚いたようだ。周囲の、ウィルや愛子達も驚愕の目でユエを見ている。

 

「ユエ……それが私の名前。大切な人に貰った大切な名前。そう呼んで欲しい」

ユエが、薄らと頬を染めながら両手で何かを抱きしめるような仕草をする。ユエにとって竜人族とは、正しく見本のような存在だったのだろう。話す言葉の端々に敬意が含まれている気がする。ウィルの罵倒を止めたのも、その辺りの心情が絡んでいるのかもしれない。

”そしてそこの若いのは。〟

「あぁ、俺はちと事情があってな。まぁ簡潔にいうなら。」

 

俺は笑い

 

「世界樹の苗を受け取ったっていえばいいか?」

”……ほう。お主が〟

 

すると納得したらしい

 

「……それでも、殺した事に変わりないじゃないですか……どうしようもなかったってわかってはいますけど……それでもっ! ゲイルさんは、この仕事が終わったらプロポーズするんだって……彼らの無念はどうすれば……」

 

頭では黒竜の言葉が嘘でないと分かっている。しかし、だからと言って責めずにはいられない。心が納得しない。

 

「……パパ。これがフラグを立てるってこと?」

「……」

 

俺は周囲からの目線から目を逸らす。そういえば言っていたなぁと心に思いながら

 

「ウィル、ゲイルってやつの持ち物か?」

 

そう言って、取り出したロケットペンダントをウィルに放り投げた。ウィルはそれを受け取ると、マジマジと見つめ嬉しそうに相好を崩す。

 

「これ、僕のロケットじゃないですか! 失くしたと思ってたのに、拾ってくれてたんですね。ありがとうございます!」

「あれ? お前の?」

「はい、ママの写真が入っているので間違いありません!」

「マ、ママ?」

 

予想が見事に外れた挙句、斜め上を行く答えが返ってきて思わず頬が引き攣るハジメ。

写真の女性は二十代前半と言ったところなので、疑問に思いその旨を聞くと、「せっかくのママの写真なのですから若い頃の一番写りのいいものがいいじゃないですか」と、まるで自然の摂理を説くが如く素で答えられた。その場の全員が「ああ、マザコンか」と物凄く微妙な表情をした。女性陣はドン引きしていたが……

 

〝操られていたとはいえ、妾が罪なき人々の尊き命を摘み取ってしまったのは事実。償えというなら、大人しく裁きを受けよう。だが、それには今しばらく猶予をくれまいか。せめて、あの危険な男を止めるまで。あの男は、魔物の大群を作ろうとしておる。竜人族は大陸の運命に干渉せぬと掟を立てたが、今回は妾の責任もある。放置はできんのじゃ……勝手は重々承知しておる。だが、どうかこの場は見逃してくれんか〟

「……一つだけ聞かせろ。」

 

俺は一言だけ低い声をだす。ここで残酷なことを聞くだろうけど

 

「その男は勇者。または先生って言っていなかったか?」

 

すると黒竜は頷く

 

”うむ、「これで自分は勇者より上だ」と口にしていたからのう。随分と勇者に対して妬みがあるようだったじゃのう。〟

「……確定だな。ハジメ。こいつ使えるから助けようぜ。」

「「「は?」」」

 

俺はあっさりいうとするとハジメも他の奴らも驚いたように俺を見る

 

「というよりも催眠が解けたから俺たちに敵意を浮かべていない。根本的に殺し合いをしたのは俺たちだけど全部はウィルを殺すのを邪魔してただろ?」

「……そうだな。」

「それに有益な情報がいくつか手に入った。それだけでも逃す理由になる。それに清水が黒って分かったから敵は清水になる。それに生憎竜人族を殺して報復して来たりする可能性や俺とハジメはほぼ確実に異端者扱いになる。教会が敵になるのに竜人族まで敵に回したら迷宮攻略に支障が出る可能性があるだろ?」

「……それに自分に課した大切なルールに妥協すれば、人はそれだけ壊れていく。黒竜を殺すことは本当にルールに反しない?」

 

ユエも殺すことには反対らしく俺の援護をしてくれる

その言葉も確かに頷ける

……後からお礼言っとこ。

俺も少しそこは反省点だな

 

〝いい雰囲気のところ申し訳ないのじゃがな、迷いがあるなら、取り敢えずお尻の杭だけでも抜いてくれんかの? このままでは妾、どっちにしろ死んでしまうのじゃ〟

「ん? どういうことだ?」

〝竜化状態で受けた外的要因は、元に戻ったとき、そのまま肉体に反映されるのじゃ。想像してみるのじゃ。女の尻にその杭が刺さっている光景を……妾が生きていられると思うかの?〟

「うわぁ。」

 

つい俺は声に漏れてしまう。特に女性陣はお尻を押さえて青ざめている。

 

〝でじゃ、その竜化は魔力で維持しておるんじゃが、もう魔力が尽きる。あと一分ももたないのじゃ……新しい世界が開けたのは悪くないのじゃが、流石にそんな方法で死ぬのは許して欲しいのじゃ。後生じゃから抜いてたもぉ〟

 

……ん?今何て言った?

俺は少し疑問を覚えたがハジメはそういうことを気にしない

ハジメは、片腕にユエを抱いたまま、空いている方の手で黒竜の尻に刺さっている杭に手をかけた。そして、力を込めて引き抜いていく。

 

〝はぁあん! ゆ、ゆっくり頼むのじゃ。まだ慣れておらっあふぅうん。やっ、激しいのじゃ! こんな、ああんっ! きちゃうう、何かきちゃうのじゃ~〟

 

みっちり刺さっているので、何度か捻りを加えたり、上下左右にぐりぐりしながら力を相当込めて引き抜いていくと、何故か黒竜が物凄く艶のある声音で喘ぎ始めた。ハジメは、その声の一切を無視して容赦なく抉るように引き抜く。

ズボッ!!

 

〝あひぃいーーー!! す、すごいのじゃ……優しくってお願いしたのに、容赦のかけらもなかったのじゃ……こんなの初めて……〟

「……。」

「パパどうしたの。なんで私を抱きしめるの?」

 

これは絶対にハナに見せてはいけない。聞かせてもならない

 

「……渋谷くんもうすっかり父親なんだね。」

 

ほろりと同級生の一人が涙を流す

俺が目を戻すと

黒き魔力が晴れたその場には、両足を揃えて崩れ落ち、片手で体を支えながら、もう片手でお尻を押さえて、うっとりと頬を染める黒髪金眼の美女がいた。腰まである長く艶やかなストレートの黒髪が薄らと紅く染まった頬に張り付き、ハァハァと荒い息を吐いて恍惚の表情を浮かべている。

……やっぱりこいつ変態か。

 

「なんてこった。こいつは凶悪だ。」

「これがふぁんたずぃ〜か〜」

「くそ、起きてくれ、起きてくれよ。俺のスマホ。」

「……あの、ハナいるから控えてくれないか?」

 

俺は冷たい目で男子を見る

 

「……ごめん。少し渋谷くんのこと誤解していたみたい。」

「ちゃんと子育てしているんだね。」

 

そしてなぜか女子からの好感度が少し上がった

 

「ハァハァ、うむぅ、助かったのじゃ……まだお尻に違和感があるが……それより全身あちこち痛いのじゃ……ハァハァ……痛みというものがここまで甘美なものとは……」

 

何やら危ない表情で危ない発言をしている黒竜は、気を取り直して座り直し背筋をまっすぐに伸ばすと凛とした雰囲気で自己紹介を始めた。まだ、若干、ハァハァしているので色々台無しだったが……

 

「面倒をかけた。本当に、申し訳ない。妾の名はティオ・クラルス。最後の竜人族クラルス族の一人じゃ」

 

俺はその名前に聞き覚えがあった

こいつ竜人族の姫じゃねーか

ティオ・クラルスと名乗った黒竜は、次いで、黒ローブの男が、魔物を洗脳して大群を作り出し町を襲う気であると語った。その数は、既に三千から四千に届く程の数だという。何でも、二つ目の山脈の向こう側から、魔物の群れの主にのみ洗脳を施すことで、効率よく群れを配下に置いているのだとか。

と、そこでハジメが突如、遠くを見る目をして「おお、これはまた……」などと呟きを漏らした。聞けば、ティオの話を聞いてから、無人探査機を回して魔物の群れや黒ローブの男を探していたらしい。

そして、遂に無人探査機の一機がとある場所に集合する魔物の大群を発見した。その数は……

 

「こりゃあ、三、四千ってレベルじゃないぞ? 桁が一つ追加されるレベルだ」

「……」

 

ハジメの報告に全員が目を見開く。しかも、どうやら既に進軍を開始しているようだ。方角は間違いなくウルの町がある方向。このまま行けば、半日もしない内に山を下り、一日あれば町に到達するだろう。

 

「は、早く町に知らせないと! 避難させて、王都から救援を呼んで……それから、それから……」

 

事態の深刻さに、先生が混乱しながらも必死にすべきことを言葉に出して整理しようとする。いくら何でも数万の魔物の群れが相手では、チートスペックとは言えトラウマ抱えた生徒達と戦闘経験がほとんどない先生、駆け出し冒険者のウィルに、魔力が枯渇したティオでは相手どころか障害物にもならない。なので、先生の言う通り、一刻も早く町に危急を知らせて、王都から救援が来るまで逃げ延びるのが最善だ。

と、皆が動揺している中、ふとウィルが呟くように尋ねた。

 

「あの、ハジメ殿なら何とか出来るのでは……」

 

その言葉で、全員が一斉にハジメの方を見る。その瞳は、もしかしたらという期待の色に染まっていた。ハジメは、それらの視線を鬱陶しそうに手で振り払う素振りを見せると、投げやり気味に返答する。

 

「そんな目で見るなよ。俺の仕事は、ウィルをフューレンまで連れて行く事なんだ。保護対象連れて戦争なんてしてられるか。いいからお前等も、さっさと町に戻って報告しとけって」

 

ハジメのやる気なさげな態度に反感を覚えたような表情をする生徒達やウィル。そんな中、思いつめたような表情の愛子がハジメに問い掛けた。

 

「南雲君、黒いローブの男というのは見つかりませんか?」

「ん? いや、さっきから群れをチェックしているんだが、それらしき人影はないな」

「というよりもこのままここにいたら俺たちやばいだろうな。とりあえずは車に乗って街に急ぐことが先決だろうな。たとえ黒ローブの男が清水だとしても。」

 

俺も冷静に判断する。このような事態を引き起こしたのが自分の生徒なら愛子先生は放って置くことなどできないのだろう。

 

「そんな南雲くんや渋谷くんではなんとかなりませんか?」

「さっきも言ったが、俺の仕事はウィルの保護だ。保護対象連れて、大群と戦争なんかやってられない。仮に殺るとしても、こんな起伏が激しい上に障害物だらけのところで殲滅戦なんてやりにくくてしょうがない。真っ平御免被るよ。それに、仮に大群と戦う、あるいは黒ローブの正体を確かめるって事をするとして、じゃあ誰が町に報告するんだ? 万一、俺達が全滅した場合、町は大群の不意打ちを食らうことになるんだぞ? ちなみに、魔力駆動二輪は俺じゃないと動かせない構造だから、俺に戦わせて他の奴等が先に戻るとか無理だからな?」

「俺もここでは無理だな。俺はこっちがメインだから殲滅戦には参加するだろうけど。さすがにここで戦おうとするのは愚策でしかないからな。」

「まぁ、ご主じ……コホンッ、彼らの言う通りじゃな。妾も魔力が枯渇している以上、何とかしたくても何もできん。まずは町に危急を知らせるのが最優先じゃろ。妾も一日あれば、だいぶ回復するはずじゃしの」

 

…今不穏な言葉が流れたのは俺はスルーするのだが、間違えはないだろう

結局俺たちは街への知らせと今、傍にいる生徒達の安全の確保を優先することにして山を降り始める

決してハジメに引きずられてティオが恍惚の表情を浮かべていたことにドン引きしたのは仕方ないことだろう


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