気がつくと俺は、ざわざわと騒いでいる無数の気配を感じながら、ゆっくりと周囲を呆然と見渡す。
俺は急に体の感覚が研ぎ澄まされた様に感じそして何かにお祈りしている人が目の前に見える
「異世界召喚か。」
俺はポツリと呟く。ライトノベル好きの俺にとってこの展開は見覚えがあるんだけど巻き込まれるとはな
みんなはまだ何が起こったのかわかってないみたいだし
とりあえず
「二人とも大丈夫か?」
俺の目の前にいる谷口と八重樫に話しかける
「えっ……ここって……。」
「……多分異世界。それも召喚系。」
八重樫にそう伝えると、息を飲んだのが分かった
「そんな……!」
谷口も状況を理解したのか、いつもの笑顔はない。
そして俺が状況をまとめようとしたその時だった。
とある老人が手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らしながら、外見によく合う深みのある落ち着いた声音で俺たちに話しかけた。
「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」
俺たちは先ほどとは違う大広間に通された。10mくらいある食卓があることから、会合に使う場所なのだろうか。
おそらく、晩餐会などをする場所なのではないだろうか。上座に近い方に畑山愛子先生と天之河、白崎、坂上、八重樫の4人組に加えなぜか俺まで座ることになった。
「なんで俺まで。」
「渋谷くんが一番客観的で現実向きな話ができるでしょ?それに私がいて学級委員長がいないってことも変でしょ?」
ぶーたら文句をいうと八重樫が真剣にそういう
「と言ってもほとんど八重樫が表向きの仕事はやっているだろ?」
「表向きはね。渋谷くん人が嫌がる仕事をしてくれるでしょ?愛ちゃんが褒めてたわよ。」
「女子に重い荷物をもたせたり溝掃除させありするほど腐っているわけじゃないんだけど。」
「それが愛ちゃんでも?」
「あの人に仕事をさせたら俺の仕事が増えるから。」
「……あぁ。そういう。」
ドジっ子先生はマジで勘弁してほしい
「ちょっと何言っているんですか!!」
すると俺たちは笑顔を取り戻した。
こういった場面ではまず落ち着かせることが重要。それが一番効率的なのは笑うってことだ。
そして全員に飲み物が配られた後に、聖教教会とやらの教皇であるイシュタルさんからの説明が始まった。
簡単にまとめると、最初に言っていたようにこの世界はトータスと呼ばれ、主に人間族、魔人族、亜人族がいるという。生息域としては、人間族が北一帯、魔人族が南一帯、亜人族が東にある巨大な樹海の中でひっそりと暮らしているという。
現在はその中でも人間族と魔人族が何百年も戦争をしており、人間族は数で、魔人族は個々の実力で優れており、今まではその勢力は拮抗していた。だが、ある時、突然その拮抗は破られることになった。魔人族が魔物を使役し始めたのだという。
魔物とは通常の野生動物が魔力を取り込んで変異した異形の存在で、それぞれの種族で強力な魔法が使えるらしい。魔物は本来なら人間、魔人に関係なく襲い、使役できても1,2体が限度だったのだが、その常識が覆された。
結果、人間族は数の有利を失い、窮地に立たされてしまった。
この状況を打破するために、聖教教会の唯一神であるエヒトが勇者を召喚するという神託を出し、現在に至る、ということだ。
ちなみに、召喚された俺たちはこの世界の人間に比べて上位の力を秘めているらしい。
「あなた方を召喚したのは〝エヒト様〟です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という〝救い〟を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、〝エヒト様〟の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」
「……」
テンプレすぎて何も言いようがない。言いようはないのだが
「……」
この世界は歪だな。
宗教がこの世界ではほぼ一つに制定されていて、そして神の意志を優先している。
ただでさえ宗教が一つということは、この世界は教会が何よりも力があると言っても過言ではないだろう。
「……どう思う?」
小さな声で八重樫か聞いてくる
「とりあえず従っておくことが大切だと思う。未だ自分の力やこの世界の常識が分からない中で世間に出たら分からないしな。戦争に参加することは置いておいてな。最悪奴隷にされる可能性もあるし。」
「……そうね。」
「……怖いか。」
俺の言葉に驚いたようにしていたが小さく頷く。小さく服を掴んでくる。
こいつもやっぱり女子なんだよな。
正直なところ八重樫はしっかりとしたお姉様タイプだと思ったんだけどそれが全く違うことが理解できた
「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」
ぷりぷりと怒る愛子先生。彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で非常に人気がある。百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒のためにとあくせく走り回る姿はなんとも微笑ましく、そのいつでも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さ。そして大抵俺に被害がくるのはお約束になっている。
「愛子先生。多分無理っすよ。」
俺はすぐさま否定する
「聞いていた話によると召喚したのはエヒトっていう神様だ。異世界に干渉する。つまり空間を歪めるほどの大きな力が作用しているってことになる。さすがにこいつらがそんだけ大きな力を持っているとは思えないしな。」
すると少し教会サイドからの大きな視線を感じる。八重樫もちょっとと言っているが俺も結構キレているの、で大きく挑発させてもらった。
「えぇ。あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」
「そ、そんな……」
愛子先生が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。
「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」
「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」
「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」
「なんで、なんで、なんで……」
最悪のパターンではなかったまでもどっちにしろ危険なのは間違いはない
これで戦争に参加するのをなるべく少ない生徒にできれば成功だ。
俺は取引を仕掛けようとした時に天之河が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にビクッとなり注目する生徒達。
「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」
「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」
するとかすかに頰を緩ませたのがわかった
「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」
「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」
「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」
同時に、彼のカリスマは遺憾なく効果を発揮した。絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。天之河を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。
「……こりゃ、無理だな。」
俺は少し言おうとしたことを諦める。せめて女子や戦争に参加したくない人を排除したかったんだけど。
「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」
「龍太郎……」
「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」
「雫……」
「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」
「香織……」
……仕方ないか。
この雰囲気を崩したらさすがに教会側がどんなアクションをしてくるのか分からない以上従うほかない
ハジメと目が合う。するとほとんど同じことを考えているだろう
……油断したら死ぬ
そう思わざるを得なかった