【完結】姫さまと宮廷料理人。ちょくちょく騎士副団長。あとから暗殺者   作:おかぴ1129

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4. 肉じゃが

 複数の追撃者からの追撃をなんとか振り切った朝倉は、傷だらけの身体を引きずり、誰かの住居と思われる建物の残骸の壁にもたれかかって腰を下ろした。先程からぽつりぽつりと降っていた雨は次第に本降りとなって、朝倉の身体から体温を奪い始めていた。

 

 腰を下ろすことでやっと身体を休めることが出来た朝倉は、息も絶え絶えで自分の身体の状態を確認する。複数人の手練の追撃者との戦闘を繰り返した朝倉の身体は、今や満身創痍だ。剣による切り傷や打撲傷、擦過傷といったありとあらゆる傷が朝倉の身体に刻み込まれている。出血もひどく、腹部の切り傷からは、血がとめどなく流れ出ていた。

 

 朝倉は、自分の命がここで尽きるということを覚悟した。

 

 故郷を捨てて大陸に渡った朝倉。大切な人を守ることが出来ず、親友からは裏切られ、自身が忠誠を誓った主君は討死し国そのものがなくなったその次の日、朝倉は、故郷を棄てた。

 

 故郷から旅立った朝倉は、その足で大陸に渡った。幼い頃から剣術に明け暮れ戦うことしか知らなかったため、彼は生きるために傭兵となった。故郷から持ってきた刀を駆使し、その日必要な端金のために、何人もの命を奪った。戦場に出て襲い来る敵兵士たちをことごとく斬り捨てた。闇夜に紛れ暗殺もした。方々から命を狙われる要人の警護について、襲いかかる刺客たちをことごとく斬り捨てたこともある。とにかくこの大陸に渡ったあと、朝倉は、金のために何人もの命を奪っていった。

 

 そんな朝倉だが、まさか自分が命を狙われる側になるとは思ってもみなかった。この日、朝倉は正体不明の集団に襲われ、そのうちの半数を、たくさんの傷と引き換えに斬り殺した。その後は脱兎のごとく逃げ回り、今こうして、やっと追跡者たちをふりきったところである。

 

「まさかこの私が、戦ではなくこんなところで果てることになるとはな……」

 

 うずくまり、ポツリとつぶやいた。その時、朝倉の胸に去来していたのは、ある種の虚しさだった。戦に疲れ故郷をあとにした朝倉を待っていたのは、華ともいえる戦場から遠く離れた、日陰で、じめじめと泥臭く、寂しくて寒い、異国の萎びた地。

 

 でも、それもいいかもしれない。本来、戦場での死を誉れとする故郷の国で生まれた朝倉。それなのに、戦に嫌気が差し故郷を棄てた自分には、この名誉も何もない、ある意味では恥辱ともいえる死を迎えることは、必然なのかもしれない。朝倉は次第に遠のいていく意識に抗わず、重くなっていく瞼を、静かに、ゆっくりと閉じていった。

 

 その時だ。

 

「ぁあ〜……おなかすいたなぁ……」

 

 自身の右隣に、得体のしれない人物が座り込んでいることに気付いた。

 

「まいったなぁ〜……みんなとはぐれちゃったし……大丈夫かなぁ……予はちゃんと帰れるかなぁ……おなかすいたなぁ……」

 

 自身の隣に、得体のしれない人物がいるという事実は、朝倉の意識を再び覚醒させるには充分な脅威だった。朝倉は瞬時に目を開き、腰の刀を血だらけの右手で抜き放って、隣に腰掛ける壮年の男性の首元へと、その刃を突き立てた。

 

「貴様!! 何者だッ!!!」

 

 朝倉の刀は、隣の男性の喉元に正確に突き立てられた。男性が少しでも不穏な動きを見せれば、朝倉は即座に彼の喉を掻き斬ることが出来る。この、えらく上等な服装の割に自信無さげな八の字眉毛と、金色のカイゼル髭が目を引く壮年の男性の命は、まさに朝倉に握られている。

 

 だが……

 

「おおっ! 貴公!! 元気だったの!?」

「は?」

「いやぁー、息はしてるから生きてるとは思ったけど、ひどい怪我を負ってるから、予は心配したんだよ?」

「はぁ……」

「それに、予も一人だと心細くてさ……誰かと一緒にいたくてね。だから隣で一緒にいようかと思ったんだけど……」

「……」

「すまんねぇ。もうちょっと一緒にいさせて?」

 

 とこんな具合で、喉元に刃を突き立てられていることも気にせず、涙目で朝倉に話しかけてきた。その表情は嘘をついているようには見えず、この男性は、本当に朝倉のことを心配しており、そしてこの状況で朝倉の元気さに安心しているように見えた。

 

「……勝手にしろッ」

「ありがと。ところで貴公、名前はなんていうの?」

「私は一介の傭兵だ。名前など聞いてどうする」

「ここで一緒にいる以上、貴公と予は友達同士!! ならば、貴公の名を教えてもらわないと、友達とはいえないよ!!」

「……」

「だから教えてよ。ね?」

「……小田家家臣団が一人、朝倉兵庫だ」

「変わった名だねぇ貴公。アサクラ・ヒョウゴかぁ~」

「出身が極東でな。お前の名は何という?」

「予は……」

 

 そう言って、男性が名乗ろうとした、その時である。

 

「ぐぅ〜……」

 

 腹の虫の声が聞こえた。朝倉の腹ではない。朝倉はつい先程まで生きるか死ぬかの戦闘を行っていた。故に空腹は感じない。ということは……

 

「うう……」

「……お前の腹の虫か」

「う、うん……なんせ、お城で朝ごはん食べてから、まだ何も食べてないから……」

「腹が減ったのか?」

「家来たちには秘密にしといてよ? そんなこと知られたら、予は恥ずかしい……」

 

 そう言ってはにかむこの男性を見て、朝倉の警戒心が少しずつ薄くなっていく。この男性は、少なくとも自分にとって脅威ではないようだ。肩をすくませ、両手の人差し指を突き合わせて『腹が減った』と恥ずかしそうに口にするこの男が、自分を殺そうとするとは思えない。仮に襲いかかってきても、この男なら、難なく対処ができる……そう判断した朝倉は、刀を鞘に収め、再び腰を下ろした。

 

 ふと、腰の袋の中に、空腹時に食べようと思って作っておいたおはぎが入っていることを思い出した。

 

 本来、朝倉は料理などしない男である。だが今は亡き故郷の幼馴染がよく作っていたこのおはぎだけは作り方を熟知しており、自分で作ることが出来た。今日は、ふとそのおはぎが食べたくなった。それで宿屋の厨房を借り、代替の材料を仕入れ、出発前に作った……そんな、彼にとって思い出深いお菓子。それが、今、朝倉が持っているおはぎである。

 

「……もし私が作ったもので良いなら、食い物はあるぞ」

「ホント!? 予に食べさせてくれるの!?」

「あ、ああ……ただし、甘いものだ」

「大好き! 予は甘いもの大好きだよ!!!」

「で、では……ちょっと待ってくれるか」

「待つ!! いくらでも待つよアサクラ!!!」

 

 朝倉が『食べるか?』と聞くなり、男性は前のめりになった。目はキラキラと輝き、口からはすでに涎が垂れている。この、本人の情けなさと着込んでいる服の豪華さがアンバランスでおかしな態度のこの男性に、朝倉は次第に安心を感じるようになっていた。体中の緊張が抜け、全身がリラックスしはじめていることを、敏感に感じ取っていた。

 

 身体がリラックスすると、傷が痛み始める。朝倉は全身を襲う痛みに耐えながら、腰の袋から苦労しておはぎを取り出し、それを男性に見せた。

 

「? これは何?」

「これは……ック……おはぎという」

「オハギ?」

「ああ。私の、故郷の……甘味だ」

「てことは、貴公が作ったお菓子!?」

「あ、ああ……」

「てことは貴公、料理人!?」

「いや、そういうわけでは……」

 

 手のひらの上のおはぎの説明を、キラキラと輝く眼差しで熱心に聞く男性。その男性は、朝倉からおはぎを受け取った後、それを実に美味しそうにガツガツと食べていた。

 

 それから数十分後、かけつけた数人の衛兵たちによって、朝倉は、この男性が国王オルレアン三世であることを知らされた。その事実を知ったとき、朝倉は王に対してずいぶんと無礼な態度を取っていたことを王に対して謝罪したが……王はそんな朝倉の必死の陳謝を、ただ一笑に付すだけだった。

 

「いいのいいの。それよりさぁアサクラぁ」

「は、な、なんでごさいましょうか……?」

「お礼したいから、予の城に来てくれる? 治療もしなきゃいけないし」

「き、恐縮です……」

「あとね? もしよかったらー……」

「はい」

「えっとー……もし、よかったらでいいんだけど、予の城で働かない?」

「それは……兵士として、でしょうか……?」

「んーん。違うよ」

「で、では、どのような仕事を……」

「料理人」

「……は?」

「オハギだっけ? あんなに美味しいお菓子を作れるアサクラにはぴったりの仕事でしょ? 予も美味しいお菓子は毎日食べたいし」

「……」

「どうかな?」

「……御意」

「やった! ニシシ……」

 

……

 

…………

 

………………

 

 季節は夏が近づきつつある、ある天気の良い日。この日、アサクラはほとほと困り果てていた。

 

 厨房にはアサクラと、一人の女性の姿があった。二人は部屋の中央の調理台を挟んで、差し向かいに座っている。女性はアサクラをまっすぐに見据え、一方のアサクラは困ったように八の字眉毛を浮かべていた。

 

 この女性、背はそこまで高いわけではなくデイジー姫とどっこいどっこい。髪はデイジー姫よりもやや濃い色をした金髪。緑がかったブルーの眼差しは、デイジー姫のそれよりもさらにするどい印象だ。腰には剣を携えているから、元々は戦士なのかもしれない。

 

 この女性は名前をジョージアと言って、今回、調理師見習いとしてアサクラの厨房に配属された新人である。かねてから王は、一人で働くアサクラに助手をつけたいと言っており、ちょうど仕事を探しにこの城を訪れたジョージアが雇用された。つまり今、アサクラの目の前に佇むこの女性ジョージアは、アサクラの調理の助手となる。いわばアサクラの部下となる女性である。

 

 だが……

 

「では、えーと……ジョージア。いくつか質問をしたい」

「構わん。いくらでも気になることを聞くがいい」

「まず、得意料理があれば聞きたい」

「そんなものはない」

「では何が得意だ」

「これといって得意なものはないな。命令があれば、それを確実に遂行するのが私だ」

「……今までやってきた仕事内容は?」

「戦場での切り込み隊長や撤退戦のしんがり……他にも要人の護衛や公にできないことなどだな」

「……」

 

 こんな具合で、質問すること質問すること、いちいち的外れな返答が返ってくる。その上、受け答えがいちいち血生臭く、物騒な返答しかない。

 

 ジョージアに質問をするたびに、アサクラは自身の頭が頭痛を患い、そしてそれが酷くなっていくことを自覚した。頭の重量が加速度的に増していき、心臓の鼓動を頭の中で感じるほど、深刻化していく……

 

「? どうした貴公」

「いや……では次の質問だ。料理はしないということだが……今まで扱ったことがある道具を教えてくれ。その中でも扱うのが得意なものがあれば、教えて欲しい」

「得意なものは剣とランスだ。他には徒手空拳やハンマーなんかも心得があるが……やはり刃物の方が使い慣れている」

「……」

「……どうかしたか? 私は何か変なことを言っただろうか」

「いや……」

「?」

 

 『不審なことしか言ってないだろ』と叫びたくなる気持ちを、アサクラはグッとこらえた。

 

 しかし、(不審人物ではあるが)それでも彼女は新しい仲間であり、アサクラの調理を手伝ってくれる部下であることに変わりはない。であれば、部下の力量を正確に把握しておくことは、上司であるアサクラの義務である。故郷では部隊長として幾人かの兵士たちを束ねる立場にあったアサクラは、その辺のことの理解はある。

 

 なのでアサクラは、ジョージアの料理の腕前を正確に把握することから始めることに決めた。まず手始めに、今晩の夕食の献立である、肉じゃがの調理を手伝ってもらうことにした。

 

「ではジョージア。早速仕事に取り掛かってもらうぞ」

「承知した。私は何をすればいい? 切り込み隊長か? それとも偵察か? アンブッシュか?」

「……いや、皮むきだ」

「生皮を剥ぐ……そんな残虐な拷問はしたことがないが」

「勘違いのないよう言っておくが、皮をむいてほしいのはじゃがいもだ」

「じゃがいもの生皮をか」

「生皮って言うな血なまぐさい」

「承知した。全力で剥かせていただこう」

「……」

 

 この瞬間、アサクラは、目の前のジョージアを『やはりこの女はおかしい』と思った。

 

 かくして、新人ジョージアの実務を兼ねた実技テストが幕を開けた。のだが……

 

「よっ。ほっ」

「……」

 

 あろうことかジョージアは、腰に携えた剣を抜き放ち、それでじゃがいもの皮を剥き始めた。剥き終わったじゃがいもは決してキレイとはいえず、剥き残しの皮が至るところに残っている、残念な仕上がりとなっている。

 

「今日は調子がいいな。貴公もそう思わないか?」

「そうか……それで調子がいいのか……」

「ふっふーん……」

「……」

 

 そういって鼻歌を歌うほどに上機嫌なジョージアだが、アサクラから見て、その上機嫌には結果が伴ってはいない。さらにいえば、処置済みのじゃがいもはすべて芽がそのままの状態だ。じゃがいもは調理時には皮を剥く以上に芽をくりぬくことが重要だ。でなければ、残ったじゃがいもの芽によって中毒を起こす危険性がある。

 

「……芽を取れ芽を」

「やはり拷問をお望みとは……任務とあらば行うが、正直、目をえぐるなぞ気乗りがせんぞ」

「さっきも言ったが、取って欲しいのはじゃがいもの芽だ。瞳ではなくて芽だ」

「なるほど。私はてっきり捕虜の拷問でもやれと言ったのかと」

「違う。くぼみがあるだろう。そこが芽だ。そこをえぐれ」

「承知した」

 

 言われるままに剣の切っ先を使ってじゃがいもの芽をえぐり取るジョージア。しかし得物が包丁ではなくサーベルのため、芽を取ろうと切っ先でえぐると、そのままじゃがいもの大半をえぐり取ってしまう。

 

 芽の部分を必要以上にえぐり取ったじゃがいもの残骸を、ジョージアは誇らしげにアサクラに差し出した。

 

「これでいいか」

「……」

 

 そしてそれは、アサクラの頭痛を、より酷く悪化させた。

 

 そうして、ジョージアによるじゃがいもの皮むきが最悪の結果を招いていた、その時である。

 

「アサクラっ!!!」

「!?」

「んー……?」

 

 いつもの絶叫が厨房内にこだまし、ドアがドバンと開いた。アサクラはいつもの何の感情も乗っていない無表情で、まだ慣れていないジョージアは殺気を帯びたするどい眼差しでドアを睨む。そこにいたのは、いつものシルクのドレスに身を包んだデイジー姫だ。

 

「!? 姫ッ!?」

「またおまえか……」

「またとは何ですかアサクラっ!! いい加減丁寧に扱ってくれないと、私は悲しくてむせび泣きますよッ!!!」

「そんな殊勝な性格ではないだろうがお前は……」

「許嫁を乱雑に扱うだなんてっ!!」

「その妄言をそろそろ命がけで止めるべき時なのかもしれん」

 

 そんなふうにいつもの軽口を叩きあう二人。そんなアサクラの隣では、じゃがいもの皮むきを中断したジョージアが、片膝をついて跪いている。なるほどこれが本来の姫への接し方なんだなぁと、アサクラは軽い郷愁を胸にいだいた。

 

 いつものごとく鼻息の荒いデイジー姫いわく……今日も姫は騎士副団長バル太にいたずらを仕掛け、彼の逆鱗に触れてしまったそうだ。バル太は今、鬼の形相で城内を徘徊しており、その目から逃れるため、デイジー姫は自身の許嫁であるアサクラの領域、この厨房まで逃げてきたらしい。

 

「ちなみにどんな悪戯をしでかしたんだ」

「城下町の大広場に、『嫁を募集中!! 騎士副団長バル太!!!』て刺繍した戦旗を掲揚してきました」

「アホ……」

「しかし私にはですね? そろそろバル太にも年齢的に恋人を作ってやらなければならないという、この国の姫としての責務が」

「そんな責務なぞ知らん! 好いた惚れたは本人に任せろ!!」

「バカな!? それではあの蓼食う虫すら食わないレベルのバル太は、永遠に結婚出来ませんよ!?」

「そんなわけあるか!! 自分の好みではないというだけで、アイツのことを貶めるのはやめろッ!!!」

「そもそもこの道40年のベテラン刺繍職人に縫わせた渾身の刺繍ですよ!?」

「そんなところで熟練の技術を無駄遣いさせるのはやめるんだッ!!!」

 

 そんなふうに、いつもの如くやいのやいのと言い合いをはじめる二人。その時、ジョージアの眼差しがほんの少し鋭くなったことに、アサクラはまだ気付いていない。

 

 言い合いの最中、アサクラは自身の袖口がちょいちょいと引っ張られていることに気がついた。気になって見下ろすと、跪いているジョージアが手を伸ばし、アサクラの袖をちょんちょんと引っ張っている。

 

「……ちょっと良いか」

「?」

「その、『バル太』とはどのようなお方だ」

 

 じゃがいもの生皮を剣で剥くという非常識な一面にとらわれていたが、ジョージアは本来、まだこの城で働き始めたばかりの新人である。そんな彼女だから、バル太のことを知らずともおかしくはない……そんな当たり前のことを、アサクラは今しがたやっと思い出した。

 

 ジョージアの眼差しは、先程と同じく、任務に従事する戦士のそれのように鋭い。アサクラはその時はじめて、ジョージアのその眼差しに気がついた。

 

「あ、ああ。騎士団の副団長だ。まだ若いがな」

「なるほど。さぞや名のある方とお見受けする」

「そうではないが、腕は確かだ」

「そういや、前にアサクラとバル太って、剣術の試合でやりあったことがありますよね」

「また古い話を持ち出してきたな」

「まぁ結果は私の許嫁の完勝でしたけどね」

「いい加減に私の将来を勝手に約束するのはやめろッ!!」

「だって30になったら結婚しようねって約束したじゃないですかアサクラッ!!!」

「お前が勝手に口走っただけだろうがッ!!!」

「私の乙女心を弄んだというのですかアサクラッ!!!」

「弄ばれる乙女心なぞお前には存在せぬわッ!!!」

 

 と余計なところでデイジー姫が口をはさみ、軽口の押収が続行されてしまうのだが……その間も、ジョージアの眼差しが相変わらず随分と鋭いことに、気が付かないアサクラではない。

 

「ということは、かなりの規模の騎士団を持っているのだなこの国は」

「そうでもないですよ?」

「千人規模の五つの独立部隊で騎士団は構成されている。それらを統括するのが騎士団長と、副団長のバルタザール……通称バル太だ」

「それぞれの独立部隊の戦力は?」

「ばらつきはあるが、部隊長はいずれも精鋭揃いだな。それらを統括する副団長バル太の腕前も相当だ」

「私の許嫁には叶いませんけどね」

「うるさい黙れ。既成事実にするな」

「なるほど……」

 

 ひざまずくジョージアの眼差しが、一層するどく光り輝いた。その眼差しに、アサクラは覚えがあった。

 

――朝倉……お主は純粋すぎる……その真っ直ぐな心が、時に羨ましい

 

「……アサクラ?」

 

 不思議そうに顔を覗き込んでくるデイジー姫のつぶやきに、アサクラはフと我を取り戻した。どうやら過去の苦い思い出を思い出していたらしい。

 

「……いや、何でもない」

「? 変なアサクラですねぇ」

 

 アサクラが気を持ち直し、得体のしれない女ジョージアを再び見下ろした、その直後だ。

 

「姫ッ!!!」

 

 再びドアがバタンと開いた。その音は、この厨房にいる全員の注意をひいた。開かれたドアの向こう側にいたのは、騎士副団長バル太。今日は実戦用の鎧を着込んでいる。その格好でここまで走ってきたのだろう。激しい息切れと頬を伝う汗が、彼の疲労を伝えていた。

 

 全員の注意が、バル太に注がれた。

 

 デイジー姫もバル太を見た。その途端に顔を歪ませ、おでこに冷や汗がダラダラと浮かび始めた。

 

「ぐえッ!? バル太、もう嗅ぎつけたのですか!?」

 

 アサクラもバル太を見た。

 

「ぉおアサクラ様」

「バル太。早くこいつを連行してくれ」

「わかっております。今回もお騒がせして申し訳ございません」

「構わん。これも平和のためだ」

「アサクラの裏切り者ぉおおッ!!?」

 

 そして。

 

「ん? そちらのご婦人は?」

「ずぎゅぅぅうううん」

 

 もちろんジョージアも、バル太を見た。その瞬間、厨房内に季節外れの春風が吹いたことを、アサクラの直感が感じ取った。

 

「わ、私は!! 本日より! ここではたらたらたらくことになった、じ、ジョージアという者だッ!!!」

「は、はぁ。騎士副団長、バルタザールです」

「き、騎士副団長さま殿においては、ご、ご機嫌、うるわひゅ!!!」

「あ、あの……」

「ハッ!!! な、何だ!!? わ、私の副団長、さま!!?」

「いやあの……新しい料理人の方、ですか」

「はっ!!」

「では、顔をあわせる機会も多いと、思うので……よ、よろしく」

「は、ははぁッ!? よろしくお願い、もうしあげまっし!!!」

「あの、舌めちゃくちゃ噛んでますけど、大丈夫ですか……?」

「も、もったいなきお言葉!!! き、きょーえつ、し、しごく!!!」

 

 呆れるアサクラの目の前で、ジョージアは硬直してしまった身体で立ち上がり、バル太に敬礼を向ける。カチンコチンに固まった身体をカタカタと不自然にゆらし、ほっぺたをほんのりと赤く染めるジョージアは、まるで操り人形のように口をカクカクと開いて、バル太への謝辞を述べていた。

 

 そんな様子を見てドン引きし、後退りしたアサクラの隣に、デイジー姫がこっそりと近づいた。

 

「恋ですね」

 

 ぽそりとそう口ずさみ、デイジー姫がほくそ笑む。その醜く歪んだ笑顔は、アサクラに、幼少の頃に見た『オニ』と呼ばれる化け物の絵巻を思い出させた。

 

「やめろ……お前が食いついたら面倒事になる……」

 

 アサクラの頭痛に拍車がかかる。心臓の鼓動のたびにズキンズキンと痛む頭を抱え、アサクラは、自身の眉間に地割れのような深いシワが刻み込まれていく感触を覚えた。

 

「き、騎士副団長殿さま!!」

「な、なんでしょ?」

「あなたの剣は、獅子のように勇猛かつ鈴蘭のように可憐で、何者にも勝ると聞いた!?」

「誰がそんなこと言った誰が……可憐な剣って何だ……」

「きっと彼女の愛が、そのような幻聴を聞かせたんですよ……クックックッ……」

「い、いつか……いつの日か!!! 私にも、お見せいただきたくッ!!」

「いやしかし……剣術ならアサクラ様の方が一枚も二枚もウワテですが……?」

「いや私は!! あなたの剣が、見たいのだ……ッ!!!」

 

 そんなふうに、バル太に意味不明な迫り方を見せるジョージアを見ながら、アサクラは冷や汗を垂らし、後の混乱を覚悟していた。隣でほくそ笑む悪魔、デイジー姫によってもたらされる災厄は、一体いかほどのものか……考えただけでも恐ろしい……

 

 そして、アサクラの胸には、もう一つの疑念が浮かんでいる。

 

 あの、思い出したくない忌まわしい過去……故郷の裏切り者と同じ眼差しをしたジョージアという女、一体何者なのだろうか……と。

 

「わ、私も、あなたと一試合、やりあってみたい……ッ!!?」

「いやちょっと……ジョージアさん、落ち着いて……」

「これは新しいおもちゃの予感ですよ……クックックッ……」

「いいからお前はおとなしくしてろ……姫なんだから……」

 

 

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