【完結】姫さまと宮廷料理人。ちょくちょく騎士副団長。あとから暗殺者   作:おかぴ1129

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7. チョコレートのテリーヌ(ビター)

 ジョージアが『あなたをひっくり返したくて旅団』を壊滅させて、一ヶ月が経とうとしていた。あの日、ジョージアは旅団のメンバー全員を生け捕りにするという人間離れの偉業を成し遂げ、無事にデイジー姫より、恩赦と、ここで料理人として働く許可を得た。そのため、ジョージアは今もアサクラの助手として働いている。

 

 とはいえ、人間にあるまじきぶきっちょのため、未だに料理はおろか包丁すら握らせてもらえない日々が続いているが。

 

「……なぁアサクラ」

「んー?」

「貴公は一体何を作っているのだ」

「テリーヌだ」

「テリーヌ……」

 

 見学中のジョージアの目の前でアサクラが真剣に作っているのは、チョコレートのテリーヌ。長方形の金属の型をひっくり返して中から皿にポトリと落ちたそれは、ビターチョコの苦味が効いた、大人向けのデザートだ。

 

 型から外れたテリーヌに、アサクラはココアパウダーをパラパラと振りかける。王専用の先割れスプーンを準備して、無事にテリーヌは完成した。

 

「しかしアサクラよ」

「ん?」

「こんな美味そうなもの……また姫につまみ食いをされるのではないか?」

「心配はいらん。今回あいつはつまみ食いは出来ん」

「なぜだ」

「見ていれば分かる」

 

 そんな会話が終わるやいなや、待ってましたとばかりにドカンとドアが開いた。

 

「アサクラっ!!!」

「!?」

「……」

 

 ドアの向こう側にいたのはデイジー姫だ。相変わらずのシルクのドレスに身を包み、湖のように美しく澄んだ眼差しを凶悪に歪ませ、二チャリと笑みを浮かべながら厨房へと足を踏み入れる。

 

「クックックッ……」

「ひ、姫ッ」

「頭を下げずともよいのですよジョージア。クックックッ……」

「また何かイタズラして逃げてきたのか?」

「正解ですアサクラ。さすが我が許嫁ですねぇ……」

「……否定するのも煩わしい……で? 今回はどんなイタズラだ?」

 

 別に興味もクソも湧いてないアサクラの質問に、デイジー姫は得意げに顎をクイッと上げながら答えた。なんでも今日は、バル太の儀礼用の鎧を純金製のそれにすり替えておいたのだとか……

 

「純金製なんて戦では何の役も立たんだろう……重いわ柔らかいわで、身に付けないほうが良い戦働きが出来るレベルで無用の長物だ」

「しかしアサクラ、あれだけの純金を集めるのには苦労したんですよ?」

「そんな苦労などわざわざ喜んでしょいこむものではない」

「純金加工この道50年のベテラン職人に作らせたのに……」

「だから熟練の技術の無駄遣いはやめろといったはずだぞ!!!」

「だって思いついたらチャレンジしなければ、人間としての成長は見込めませんよ!?」

「順調に成長してるのはお前の心の中に巣食う邪悪な部分だけだろうがッ!!!」

 

 おかげでバル太は着るのも一苦労、動くのも一苦労と、なにをするにしても通常時の10倍ぐらいのエネルギーが必要になってしまった。疲労困憊になったバル太は、先程疲れ切った様子で自室に戻っていったそうな。

 

「そうかー……バル太さまは今日は来られないのか……」

「ほらそこー。意気消沈せずにちゃんと私の調理を見学しろ」

「……」

 

 デイジー姫ががっくりと肩を落とすジョージアの隣にやってきて、優しくポンポンと肩を叩いていた。

 

「仕方ありません……今日は来ずとも、明日はきっとバル太もここにやってきます」

「ああ……姫、慰めていただけるのか……」

「ええ。なんせあなたも、大切なおも……げふん。仲間ですからね」

 

 そう言ってジョージアを優しく励ますデイジー姫だが、その間も凶悪な笑みは止まらない。

 

「ニチャア……」

「……」

 

 その様子を見て、アサクラのこめかみ辺りがズキンと響いた。この国に来てもう数年になるが、偏頭痛の持病など自分は患ってなかったはずだ……とアサクラは、自分の記憶を必死にたどっていった。

 

「どうしましたアサクラ? ニチャア……」

「いや……」

 

 ジョージアもジョージアだ。そもそもバル太がここに来ない原因は、他ならぬデイジー姫本人だ。それなのに、ちょっと優しい言葉で慰められただけで、もうデイジーへの警戒を解いてしまっている。

 

「姫……あなたは優しいな……」

「いえ。あなたがそんな言葉をかけるに値する、素晴らしい仲間だからですよ」

「姫……ッ!」

「ニチャア……」

「……」

 

 そんな二人の不毛なやりとりを見ながら、アサクラは思う。

 

「そろそろ薬師に頭痛薬を調合してもらう頃合いかもしれん……」

「どうした? 大丈夫か貴公?」

「頭は怖いですから気をつけてくださいよ?」

「十中八九お前らのせいだけどな」

「「?」」

 

 ひとしきりジョージアの肩をポンポンと叩き終わったデイジー姫が、調理台の上を見た。視線の先には、つい先程までアサクラが仕上げていたチョコテリーヌが置いてある。デイジー姫は右手を伸ばし、中指を突き刺そうとして……顔をしかめて止めた。

 

「?」

「う……っ」

「姫? どうされた?」

 

 肩のポンポンが終わったことに気付いたジョージアが、デイジー姫の変化に気付いた。

 

「今日はつまみ食いはなさらないのか?」

「だってこれ、チョコ……ですよね?」

 

 デイジー姫の額には、冷や汗がダラダラと垂れている。悔しそうに歯ぎしりをするその姿は、ジョージアの前では今まで見せたことがない。

 

「チョコが何か問題あるのか」

「私チョコ苦手なんですよねー。ちょっと苦いでしょ」

「ほら見ろ。今日のこいつはつまみ食いが出来ん」

「!? さてはアサクラ!! こうなることを見越してチョコのテリーヌを作ったんですか!?」

「いや王のご命令だ。『今日はビターチョコのおやつが食べたいよぅアサクラぁ』とおっしゃってな」

「もはや人とは思えないぐらいに似てませんよアサクラ」

「だな。嫌悪感を抱くレベルで似てないな。貴公、恥を知れ」

「いや別にモノマネをしたわけではないんだが」

「まったく……やるからには本人になったつもりでやりなさいよ。アサクラには幻滅しましたわ……」

「料理人が聞いて呆れる。そんなことでよく生きてこられたな貴公は」

「お前ら本気で斬り捨てるぞ」

「王族を亡き者にする罪は重いですよアサクラ?」

「……ッ!!」

 

 思いの外キツいダメ出しを受けたアサクラの頭が、心臓の鼓動に合わせてズキンズキンと痛む。このとき、アサクラは本気で今日の仕事のあとで薬師の元に頭痛薬を貰いに行こうと決めた。

 

 そうこうしているうちに、再び入り口ドアがガチャリと開く。この時間に厨房に訪れるのは、ただ一人。

 

「姫っ……! またしてもここに、いらっしゃったんですかッ!?」

「ぶぉ!? バル太ッ!?」「バル太さま!?」

 

 バル太が顔を見せるなり、二人の女性の対照的な声が厨房に響き、アサクラの鼓膜と頭痛に、致命的なダメージを与えた。純金製の鎧のせいで大層疲れが溜まっていたはずだが、今は顔色もよく、疲労の後は見えない。自分から無くなってしまった若さの威力を、アサクラは垣間見た。

 

「バル太さまっ!!」

「おおジョージアさん。どうです? 見習い調理師は順調ですか?」

「順調だ! アサクラにも大変よくしていただいている!!」

「そ、そうですか……なら、なにより……です」

「ああ! これも貴公らのおかげだ!!!」

 

 バル太に駆け寄り彼を見つめるジョージアの眼差しは、うるうるとうるおい、キラキラと輝いている。それは、確実に恋する乙女の眼差しだ。

 

「キラキラ……」

 

 バル太とジョージアの様子を見守るアサクラの瞳が呆れて白く濁っていくほどに、恋する乙女の眼差しである。

 

「……? おや?」

 

 バル太がテリーヌに気がついたようだ。まとわりついてくるジョージアを適当にあしらい、テリーヌを指差しながらアサクラに問いかけた。

 

「これ、今日の王のおやつですか?」

「……あ、ああ。今日はビターなチョコのテリーヌをご所望でな」

「姫は今日はつまみぐいはしてないのですか」

「そうなんですよ〜。ただでさえ苦いチョコのテリーヌなのに、ビターチョコなんかで作るものだから、私もつまみ食いが出来ないんです」

「仕方ないだろ王からのご命令なんだから」

「そこで『こんな苦いものなど作れませぬッ!!』て断ればいいでしょ」

「断る理由がない」

「あなたそれでも私の許嫁ですかッ!!?」

「違うぞ。断じて違う」

「まぁそれはそれとして……誰しも苦手なものはありますからね。俺も青臭くて苦いピーマンが食べられませんし……」

「なんだバル太はピーマンが苦手なのか」

「はい」

 

 バル太の『ピーマン苦くて食べられない』発言を受けて、ジョージアの瞳がキランと輝いた。

 

「私も苦手だ!!! ピーマンって、あの、さわやかで夏っぽいスッキリとした苦味がクセになって嫌だよな!?」

「は、はぁ……」

 

 そういいながらバル太に食らいついていくジョージア。その、どう聞いてもピーマン大好きのセリフにしか聞き取れない言葉は、傍で見ているアサクラの精神をさらに深みへといざなっていった。

 

「ところで、アサクラには苦手な食べ物はあるんですか?」

 

 デイジーも苦手な食べ物談義へと参戦してきた。いつも『苦いものが苦手だ』とアサクラにからかわれ、煮え湯を飲まされているからだろうか。

 

 今でこそ料理人として活躍しているアサクラなのだが、実は、そんな彼にも苦手で食べられない食べ物というものがある。

 

 アサクラは、味覚が完全に構築された大人になって、この国へと来た。この国には、アサクラの故郷であるヒノモトにはない食物もたくさんある。そういった、アサクラにとって慣れ親しんでいない食べ物は、実はアサクラはあまり得意ではない。

 

 そんなアサクラが苦手なものはセロリである。その香りの強さを『鼻がツイストする臭い』『あれは香りではない。警告だ』といい切るほど苦手である。

 

「言ったことなかったか? 私はセロリが食べられん」

「そういえば、アサクラが作る食事ってセロリが使われることは無いですね」

「だろう?」

「父もセロリが苦手ですから、その辺は父にとっては朗報ですね」

「その辺はありがたいな。おかげで王からのクレームもなく、毎日のびのびと仕事をさせていただいている」

「しかし……ぶふっ……」

「?」

 

 アサクラは自身の苦手なものを、至極真面目に話しているつもりだった。そのため、目の前にいる魔の災害生命体デイジー姫が、なぜ卑猥な眼差しでこちらを見つめながら、口を押さえて必死に笑いを押し殺しているのか、さっぱり理解が出来ない。

 

「ぶひゅぅっ……おふっ……」

「どうした?」

「いえ……いつもいつも私のことをお子様とかいって揶揄しているくせに、自分はセロリが食べられないんですか」

「ああ。他のものはたいてい大丈夫だが、セロリだけはな」

「いやーないわー。料理人ともあろう者が、他のものならまだしもセロリが苦手で食べられないとは……ないですわーアサクラぁ〜。あなたホントに料理人なんですか?」

「そういうふうに私をバカにするならお前の今晩の晩飯はビターチョコのフルコースだ」

「なっ!? 卑怯ですよアサクラっ!!! 食べ物を人質にとるとはッ!!!」

「それもこれもお前の食事の献立を握っている私に楯突くのが悪い。前菜はビターチョコで作った八寸とビターチョコのマリネ、メインディッシュはローストビターチョコのビターチョコソースがけ、飲み物はホットビターチョコ、極めつけのデザートにはビターチョコのソルベにビターチョコソフトクリームにしてやろう」

「……ひ、ひっ!?」

「喜べ。今日一日の食事で一生分のカカオを摂取出来るぞ」

「……大変申し訳ございませんでしたアサクラ。ですからビターチョコオンリーのディナーは勘弁してください許して下さいおねがいします」

「カッカッカッ」

 

 かくして、厨房はいつもどおりの喧騒がやいのやいのと鳴り響くこととなった。おかげで、アサクラ渾身のビターチョコのテリーヌが王の元に届けられたのは、おやつの時間を一時間ほど過ぎた時間帯になってしまっていた。アサクラが謁見の間に急いでテリーヌを運んだその時、王は、涙で玉座のアームレストをぐっしょりと濡らして嗚咽していた。

 

「アサクラ……予はね? ……ぐすっ……ずっと、待ってたんだよ……?」

「た、大変申し訳ございません……」

 

 そしてこれは余談だが、王が食べ残したテリーヌをデイジー姫が食べてみたところ、彼女はそれはそれは苦しそうな表情を浮かべ、悶えながら食べた……という情報を、アサクラはその日の夜、バル太から聞いた。

 

「ぐあッ……や、やはりこれは……食べられませんッ!?」

「ひ、姫ッ!? 大丈夫ですか!?」

 

 それでも自分が『食べる』とせしめた分は、デイジー姫はキチンと完食したそうな。普段の彼女なら『まずい! 食べられません!!!』といいそうなものだが、不思議と彼女は、自分が食べると言ったものに関しては、キチンと全部食べる。その点だけは、アサクラも評価していた。

 

「ヒー……ヒー……にがっ……もう、無理……ッ!?」

「姫もそんなに苦痛なら、食べずに残せばいいのに……」

「バカを言ってはいけませんよバル太……それでは、この国の姫としての威厳が……ガフッ!?」

「姫ぇえ!?」

 

 そんなふうに涙目で苦悶の表情を浮かべながらテリーヌを食べていたのなら、自分も見に行けば行けばよかった……そうすれば、あの災害レベルの問題女がむせび泣きながらテリーヌを食べるという前代未聞の光景を眺めることが出来たのに……アサクラはそう思った。

 

 


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