秘密結社ごっこやってたら本当に秘密結社のボスに祭り上げられた話 作:コンソメ
「失礼します、第一部隊所属の時雨です」
時雨は上司からの呼び出しに答え、部屋に入る。その部屋の一番奥に一人の女性が座って立派な机に肘をついていた。
「待っていたわ」
座る女性が時雨に微笑み掛ける。時雨はその机の前まで歩き寄り、欠伸を噛み殺し聞いた。
「何の用ですか?藤松隊長」
異能特務省。それは国内の異能者を統括し管理する組織である。似たような組織は世界中に存在している。しかし、実際のところ上の人間たちはお飾りの人間が多く、ほとんどの権限は実働部隊である『異能犯罪対策特務室』が所持している。その仕事は主に、国内の異能者の統括と異能犯罪の取り締まりだ。特務室はいくつかの部隊に分けられており、全五部隊だ。階級的には各部隊の隊長の上に、副室長、室長がいる。つまり、時雨の目の前にいるこの女性は特務室において三番目に権限を持った人間なのだ。
「あら?最近寝てないのかしら?」
「ええ、まあ」
ここ数日地下組織『ヴェクター』の調査でほとんど寝れていない時雨は、突然の呼び出しに機嫌を悪くしていたのだが、目の前の上司を見て機嫌を少し直した。夜空のように透き通った不思議な輝きを持つ黒髪。さらさらのロングヘア。曇りのない黒曜色の瞳。妖艶な唇。それらのパーツが全て揃った素晴らしい美女が、目の保養になったからだ。
「先日、第三部隊所属の藤沢海藤くんが『R』の構成員と交戦。負傷したうえ、敵を逃がしたわ」
「藤沢さんが負けたんですか!?」
時雨は、藤松の口から発せられた驚愕の事実に思わず食いついた。藤沢は第三のエースであり、特務室の中でもその実力は上位に食い込む。
「痛み分けといったところかしら。藤沢くんは右腕を粉砕骨折、他数か所を骨折したのに対し相手も少なくとも左腕は使い物にならない状態らしいから」
「…そもそも、どうして第三の藤沢さんが『R』の構成員と戦闘になったんですか?『R』の調査は我々第一と第二の氷川の管轄のはずでは?」
「彼らが『R』の構成員と交戦したのは単なる偶然でしょう。向こうにしても予想外だったはずよ?あなたは、『R』の用心深さをよく知っているでしょう?そう簡単に尻尾を掴ませてはくれない」
そう、時雨はそのことをよく知っていた。2年間もの間『R』を追い続けているのだ。何百人もの人間があの組織を追い、敗れていった。確認できている構成員は7人。全体の構成人数は不明。目的も不明。分かっていることといえば、構成員は何かしらの面をかぶっていること。尋常ではない練度を誇っていること…そして、裏社会においてかなり警戒され、恐れられていることだけだ。
「君と氷川さんが『R』のボスらしき人物と交戦して以来、あの組織に執着しているのは分かるけど、我々の目的は日本の能力者の統括、そして治安の維持なの」
「ま、待ってください!」
何を言われようとしているのか敏感に察した時雨は、声を荒げ遮ろうとする。
「『R』の捜査は大幅に人数を削減して行うことが決定したわ。時雨隊員、君はまだ16歳。優れた才を認められ特例で、ここにいるものの本来は高校生であることを忘れてはいけない。少し働き過ぎだと判断するわ。休む必要がある」
「待ってください!自分はまだやれます!」
「さっき、寝てないのだと自分で言っていたじゃない?」
時雨は臍を噛む。この展開を読んでいたからこそ、藤松は自分にそんな質問をしたのだと気づいたからだ。
「……自分は藤沢さんのように負けたりしません」
「驕りが過ぎるぞ、少年」
なおも食って掛かる時雨に、藤松は物腰柔らかな口調から一転、厳しい口調に変え時雨を諫めた。決して、怒鳴ったわけでもない。声が通ったわけでもない。しかし、明確に言葉に含まれた圧を感じ取り、時雨は一瞬ひるんでしまった。
「……」
「弁えなさい、時雨隊員。子供に危険な任務を課している今の制度がそもそも間違っているの。学生は学生らしく、学校に行くこと。いいわね?」
「……それが命令でなんでしたら」
渋々といった様子で時雨は頷く。
「よろしい、時期が来たらまた呼び戻します。それまでは大人しくしていること。あなたの特務室の一員としての権限はなくなってはいないけど、乱用はしないこと。良いですね?」
「はい…」
肺が上下に掻き回される。
空気が喉の隙間につまり、脳みそから酸素を奪っていく。頬の表面に、熱が集まり恐怖にも似た感情がじわりじわりと足の裏を蝕んでいる。
唇に食い込んだ犬歯の跡。そこに残るじくじくとした感覚を反芻しながら、俺はただひたすらに屋上へ向かう。
早朝ということもあり、人気のない廊下に、靴の底が擦れる音が響く。階段を上り屋上へ続く扉を開く。まだ外は薄暗い。
俺は僅かに目を細めて、内に溜まった感情を吐き出すかのように、屋上の壁を蹴りつけた。
「クソ!!!」
目をつむっても思い出せる。2年前のあれを、忘れられるわけがない。
燃え盛る炎の中、積み重ねっている何人もの死体の山。その中に立つ一人の仮面の少年。年は同じくらいに見えた。奴の全身は血にまみれており、狐の面は血を滴らせながら炎に照らされていた。体温が失われていく姉を抱えながら、俺は必死に吠える。
「お前が!お前が姉さんを…みんなを殺したのか!?」
「………姉の思いは汲んでやるべきだ。今のお前には何もできないし、何も救えないのだから」
奴はそう言い残し、俺の目の前から消えた。あの時の言葉、今ならわかる。あいつはこう言いたかったんだ。
『姉の願いだからお前は生かしておいてやる』っと。
「泣かないで…しぐれ」
か細い声で言葉を紡ぐ姉さんに必死に声をかける。
「だ、大丈夫だ!すぐに治療する。もうすぐ、警察も救急車も、ECCOも来る。だからがんばって、姉さん!!!」
「わたし・・・私はもう……ダメ、だから」
「何言ってるんだよ!!!」
声が震える。
「しぐれには………普通に生きてほしいの…。だから…」
「姉さん!」
「何もしてあげられなくてごめんね…。お母さんたちにもごめんねって伝えておいてほしいの」
炎の赤い光に照らされてなお姉さんの体は青白い。
「もうしゃべるな!!!」
「せめて………しぐれにはこれを…」
なおもしゃべるのをやめない姉さん。もう限界なのはみてわかる。頭では分かっていた。だけど
「受け…とって」
姉さんは俺の腕にかみつく。それはもう、甘噛みなんてレベルのものではなく血が噴き出すぐらい思い切りだ。痛みに顔をしかめ困惑する俺を置いて、状況はめまぐるしく変化する。淡くあたたかな光る球体が姉さんの中から飛び出し、俺の中に入ってくる。一瞬の苦しさと、不思議な安心感に包まれ、俺は意識を手放した。
記憶に残っているのはここまで。救助隊の話では、炎はなぜか沈下し建物は今にも倒壊しそうな状態だったが、不自然に保たれていたらしい。
後に俺は、ECCOの職員に『R』のリーダーと思われる男が自分の見た仮面の少年だと聞かされた。姉さんが所属していたこともあり俺は姉さんと同じ『未成年特別処置法』でECCOに入り、今に至る。
あの男は必ず俺が捕まえるんだ!