救助訓練。
13号先生の指導のもと人命救助のイロハを学ぶ時間――そのはずだった。
「――ご清聴、ありがとうございました」
少し小言じみたスピーチが終わり、相澤先生が指示を出そうとした時だった。
私は殺気を感じ、広場の中央に目をやる。
黒い渦が生じ、体中に手を付けた人物が現れた。
「全員一丸となって動くなッ!」
相澤先生が焦ったように叫ぶ。
しかしみんな演出だと思っているようで、呑気にそれを見守っていた。
「あれは――
その一言に戦慄が走る。
先日記者が侵入して大騒ぎになったおかげか、雄英のセキュリティは大幅に強化されたはずだ。それを易々と突破して、しかも警報が機能していない。
どうして?
目的は何?
こんな大掛かりなことをしてどうするつもり?
「13号、生徒の避難誘導! あと上鳴と四楓院は個性使って通信を試せ!」
「う、ウス!」
「っはい!」
パニックになりそうだった頭が落ち着く。先生のお陰で冷静さが取り戻せた。確かに天挺空羅を使えば電波妨害を受けずに外へ通信ができる。
「――黒白の
詠唱をしようとした瞬間、左肩に痛みが走る。
「アサヒちゃん!!」
全身を包帯で覆っている男が私に短筒を向けていた。そして私の肩には針のようなものが突き刺さっていた。
「っ……二十二の橋梁、六十六の冠帯、
痛みをこらえて詠唱をしたものの、術が発動できない。
霊圧が安定しなくて、体の力が入らなくなる。
描く紋章を間違えた? いや、そんなことは無い。教えられたとおりにできたはず。
ということは――鬼道を封じられた。
背筋に悪寒が走る。
脳裏にあの邪悪な――にせオールマイトの笑顔が浮かぶ。
もう昔の弱い私じゃない。あの偽物にだって――でも力が使えないと。
『悪事を見られたならすることはただひとつ――口・封・じ』
目の前が真っ暗になった。
「――伏せろ四楓院っ!」
気が付くと暴風の真っただ中だった。
言われるがままに私はかがんでおく。
(さっきまで中央広場だったのに……)
横殴りの雨が激しく、視界がままならない。
「――ヒャッハーっ! 一人で守り切れると思うなよ!」
異形型の
「っ! 破道の四“白雷”!」
迎撃のために鬼道を使おうとしたけど、やっぱり上手くいかない。
上手くいかないことなんて知らないせいか、警戒して向こうは様子を見ている。
ここは――
「な、なんだよ……やっぱガキだな」
「――行け
『アイヨ!』
黒の影が敵を薙ぎ払った。
続けざまに着物の帯を引かれる。
「(こっちだ)」
建物の内部に引き込まれる。短時間しか大荒れの天気の中にいなかったというのに服が水を吸い過ぎていて重い。
「虚構の災害とはいえ、よく再現されているな」
助けてくれたのは常闇くんだった。びしょ濡れになった頭の水を払っている。どんな構造になっているんだろう……。
他の人たちは見当たらなかった。
ここにいるのは私たち二人だけのようだ。
「……他の皆は?」
「どうやら散り散りに飛ばされたらしい。このゾーンに飛ばされたのは俺たちだけのようだ」
突風で窓ガラスが大きく揺れる。
「先程撃たれていたが、傷は大丈夫か?」
「多分、大丈夫……でも個性が上手く使えない」
「!? あのかっこい……あの術か?」
何で言い直したんだろう?
「個性がなくなったとかじゃないから、多分そういう類の薬品ではないと思う」
もし個性を消す、とか止める、とかなら斬魄刀も無くなるはずだ。それに霊圧を感知することすらできなくなっていてもおかしくはない。
「ごめん、なさい……私、足手まとい、だと思う」
「そんなことは無い。あの詠唱を聞けないのは残念……お前にはまだ剣術があるだろう。戦闘訓練での殺陣は爆豪相手に善戦をしていた」
常闇くんはフォローをしてくれたけど、そう言う問題じゃない。
もっと根本的な部分。
現に
「違う……怖いの」
体の震えが止まらない。腰が抜けて立つことすらままならない。
頭にあの偽物の顔がちらついて離れない。
「私、小学生の頃、
それを聞いた彼は目を丸くし、悔しそうに唇をかみしめた。
「……っ済まない。お前がそんな心境だったことを知らず、俺はまたあの格好いい詠唱を生で聞くことができるのではないかと期待をし、気分を高揚させていた」
え、格好いい?
鬼道の詠唱なんて正直恥ずかしい以外の何物でもないのに。
「もう案ずることは無い! 今はこの俺が傍にいる。そうでなくても必ず俺たちが助ける!」
常闇くんはコスチュームの下からネックレスを取り出す。
十字架に龍が絡みついた、あのお土産屋さんとかでよく売ってそうなデザインの物だった。
「これをお前に託そう。お守りの代わりに持っていてくれ」
それを握らせてくれる。ちょっと恥ずかしいけど、不思議と安心できる。
気付けば体の震えも止まっていた。
「ありがとう……少しだけ、勇気をもらえた」
もう、恐怖で怯えていたあの日の私じゃない。
私には助けてくれる人がいる。何より――まだ
窓ガラスにひびが入った。
それは強風の為でなく、鈍器で叩かれたからだ。
「見つかったか」
敵達はガラスを破壊して強引に侵入してくる。
「常闇くん、時間稼いで!」
「っ? ああ、分かった!」
今の私は起動を使えない。
でも十分はったりになるはず。
「……滲みだす混濁の紋章、不遜なる狂気の器」
敵達は何かの詠唱をしている私を止めようと躍起になり、そのせいで常闇くんへの注意が疎かにし、その隙を彼につかれている。
「――湧き上がり・否定し、痺れ・瞬き 眠りを妨げる、爬行する鉄の王女、絶えず自壊する泥の人形 」
「クソッ! あのガキを止めろぉっ!」
リーダー格の男が叫んでいる。
わざわざ使えないことを白状しなければ向こうが勝手に警戒してくれる。
「――結合せよ、反発せよ、地に満ち己の無力を知れっ!」
ビビった敵は一目散に逃げだし、そうでない者は腕を交差させて防御姿勢を取った。
「破道の九十“黒棺”ッ!」
もちろん何も出るわけがない。
一瞬の隙を作れるだけだ。
(ごめんなさい! 貴女はこういうことに使われるのが嫌だろうけど――)
私は瞬歩で距離を詰め、リーダー格の男を居合の要領で斬り伏せた。
残りも常闇くんが気絶させていた。
「ふむ……今日も冴えているな」
心なしか彼の目が輝いているように思えた。
「あの、気を悪くしないでほしいんだけど……もしかして、常闇くん中二病?」
「!」
梅雨ちゃんのように思ったことを口走ってしまい、彼は慌てたように否定し始める。
「っそれはお互いさまだろう!? あんなに格好いい詠唱をする人間には言われたくないッ!」
「わっ私だってやりたくて詠唱してるんじゃないって! そういう仕様だから仕方なく――」
私たちは知らない。
まだ本物の悪が待ち構えていることを。
『申し訳ありません死柄木 弔。生徒を一人逃がしてしまいました』
報告された瞬間、手だらけの男、死柄木はすぐさま個性を発動させようと手を伸ばす。
「駄目ですよぉ弔くぅん」
しかしそれは大鎌の柄が阻止した。
武器の持ち主は穏やかに微笑みながらも、細身の女性らしからぬ怪力で手を押さえつけていた。
「……離せよ。脱出ならお前もできるだろ。ならこんな無能なんか砕いたっていいだろ」
「私の孔はぁどこへ出るか分かりませんのでぇ……黒霧さんの座標移動はぁ大事なんですよぉ?」
「……チッ! 相変わらずうざい話し方だな」
女は不敵に微笑みながらも、眼帯に覆われてない右目に殺気を宿していた。
「それにお前もだミイラ男。
死柄木は癇癪を起す子供のように首筋を掻きむしっていた。
「いいのか? あれを殺せば我々は物理的に消滅するが」
「……はぁ? 何言ってんだよ」
「あれの親に報復されれば我々は数時間と保たない。それでよければ殺していたが?」
死柄木は包帯の奥の眼光に気圧され、更に首を掻きむしる。
「くそっ! くそっ! 何で上手くいかないっ! ……ラプラス、
「はて、私に聞かれてもぉ分かりませんけどぉ」
「……とぼけるな。先生からお前の眼の事は聞いている」
ラプラスと呼ばれた女は心底いやそうに右目を閉じ、数瞬の後に口を開く。
「遅くとも、10分。それよりは遅くならないはずですよぉ?」
「……ならそれまでに――殺して来いよ、シバ」
包帯の男は僅かに反応する。
「……お前、妙に善人ぶってるけど、その腰の刀は飾りか?」
「………………いいだろう。義に反するが、その要請に応えよう」
シバと呼ばれた男はゲート付近に残された生徒たちを見つめる。
鯉口を切ると、一足で距離を詰め、斬りかかった。
その切っ先は別の刀とぶつかり合って阻まれる。
「! 成程、級友の危機に駆け付けたか」
着物の裾を濡らし、三点防御で競り合っているのは四楓院 旭であった。
「貴様が相手ならば、こちらも相応の覚悟で臨まなければなるまいな」
男は後ろに跳び退き、刀を下段で構えた。
「……“儚め”――朝顔」
先に始解は負けフラグってよく言われてるから。