空飛ぶにわとり番外編   作:甘味RX

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なにかの任務で遠目に見るのがせいぜいで、大佐とも陛下ともほとんど会える機会が無かったころ。ビビリの頑張ってた時代。


本編前
グランコクマで迷子


 

 

【 迷子の迷子のレプリカくん 】

 

 

 

 こんばんは。

 マルクト軍入隊三ヶ月の二等兵リックです。

 

 俺は現在、真夜中のグランコクマ市民街にいます。

 

 

 先輩方に「アンパン買ってこいや」と宿舎を送り出されたのは三十分前のこと。

 でも当然というかなんというか この時間に開いてるお店なんて早々なくて、あちこち渡り歩き、ようやく見つけた露店でなんとかパンを買うことが出来ました。

 

 よかった買えたと安堵の息をつきながら、引き返そうと道を振り返り、固まった。

 ザァッと頭から血が下がっていく。

 

 背後から、たった今アンパンを買った店のシャッターが閉まる音がした。

 それがぴしゃんと閉じきれば、あたりはほんの少しの街頭の明かりを残しに真っ暗になる。

 

 額から冷や汗が噴出すのを感じながら、俺は呆然とあたりを見渡した。

 

「……ここ、どこ?」

 

 人々のざわめきがなくなった町は、見慣れたグランコクマとは思えないくらい無機質に目に映る。

 

 そういえば、俺、市民街の奥まで来たのはじめてだ。

 生まれてしばらくは宮殿内のごく一部しか歩けなかったし、兵士研修のときも兵士になってからも寮生活で無断外出禁止だし、昼間は訓練だし……。

 

 高まる恐怖にアンパンの袋を持つ手に力を込めると、紙袋のガシャリという音がやけに大きく響いて思わず飛び上がる。ここここ、こわ……っ!

 

 

 そして、帰らなくては、と本能に急かされて歩き出すも、どちらから来たのかすらもうすっかり分からなくなっていた。

 暗い道を恐る恐る進むうち、目にどんどん涙が溜まってくる。

 

(ま、真っ暗だ)

 

 取り巻く闇から逃げるようにスピードが上がっていき、最終的には全力疾走になっていた。

 

(怖い、怖い、怖い。……こーわーいーッ!!)

 

 走り出してそうしないうちに、涙目から号泣になる。

 滲んで揺れる視界の中、俺はとにかくがむしゃらに走った。

 

 怖い。怖い。怖いよ。ここどこなんだよ。怖い。アンパン冷めるよ。怖いってば。

 

「~~ジェイドさぁん……っ!」

 

 迫り来る恐怖感に耐えかねて、強く目を瞑った。

 

 そのとき。

 

 

 がつん、と右足の先が何かにつっかかる。

 へ、と声を上げる間もなく、俺の体は前方に大きく吹っ飛んで、顔面スライディングで地面につっこんだ。

 

「こんなところで何やってるんですか」

 

 顔を押さえてもだえていると、耳に届いた低いけど よくとおる声に、俺は勢いよく体を起こして、後ろを振り返った。

 

 そこには、薄い硝子越しに俺を見る、呆れたような真っ赤な目。

 

「じぇっ……!」

 

 スライディングのせいだけでなく、確実に顔が紅潮している気がする。

 その顔面スライディングをするはめになった原因が、何食わぬ顔でちょっと突き出された彼の右足だとかそんな事はもうどうでも良かった。

 

「ジェイドさんんん!!」

 

 抱きつこうとした俺の額を彼がガシッと掴んで止める。だけどここでめげるような余裕は、今の俺にはなかった。

 額を押さえられたまま、腕を伸ばしてジェイドさんの軍服の端を両手で力いっぱい握る。

 

「ジェイドさんジェイドさんジェイドさんー……!」

 

 そのまま、またべそべそと泣き出した俺を見て、彼が溜息をついた。

 そして額に掛かる圧力が少し減る。

 

「一般兵の夜間外出は禁じられているはずですが?」

 

「アンパン……アンパンを……うう、アンパンさぁん……」

 

 ああ、なんか今 ジェイドさんと混ざった。

 

 軍服を掴む手の片方を離して、すっかりしわくちゃになったパンの袋を掲げてみせる。

 するとジェイドさんは訝しげに眉間に皺を寄せたあとに、得心したというように肩をすくめた。

 

「またパシリにされてたんですか」

 

「ただの買い物係ですよぅ」

 

「……それをパシリというんです」

 

 言いながら、ジェイドさんが頭痛を堪えるように額に手を当てた。

 そ、そうなのか。覚えとこう。

 

 赤い目はもう一度こちらを映して、すぐにそれた。

 軍服の端を掴んでいた俺の手を払って、さっと身をひるがえし夜のグランコクマを歩き始めたジェイドさんの背中を目で追う。

 

「ジェイドさん?」

 

「大佐と呼びなさい、リック二等兵」

 

「え、あ、はいっ……大佐」

 

 そうだ。軍に入ったんだから、俺とジェイドさんはもう上司と部下なんだ。

 

 兵士になる。

 それは自分で望んだことであるにも関わらず、少し寂しく思った。なにより、“ジェイドさん”と大好きな名前を呼べないことを。

 

「しかし、私の軍人としての仕事は先ほど終わりました」

 

 聞こえてきた言葉に顔を上げて、先で立ち止まった背中を見つめる。

 

「となると今ここにいるのは大佐でなくて ただの三十路男です。夜間の無断外出についての責任を問える立場にもありません」

 

 すると彼はすこし、少しだけ、こちらを振り返った。

 赤い目がまた俺を捕らえる。

 

「……帰りますよ、リック」

 

 それは本当に一瞬で、言い終えるよりも先にそらされてしまったけれど。

 俺は頬がだんだん緩んでいくのを感じながら、その背中を追った。

 

「はい、ジェイドさん!」

 

 

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