空飛ぶにわとり番外編   作:甘味RX

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ジェイドの誕生日について(後)

 

 

【 あなたの生まれた日(後編) 】

 

 

 

 

 

 とぼとぼと長い廊下を歩きながら、フリングス少将に言われた言葉を考える。

 

 自分の気持ち。ジェイドさんの誕生日をお祝いしたい。

 相手の気持ち。……たぶん、祝われたくはない、んだと思う。

 

 間逆の答えが出て来て、規則的に前後する自分のつま先を見ながら、うう、と唸る。

 ああそういえば下ばっかり向いて歩くなっていつも教官にも大佐にも陛下にも言われてたっけ。

 

 現実逃避のようにそんなたわいない記憶を引っ張り出して、しかし思い出したからにはと顔を上げた。

 

 ええと、あと何て言ってもらったんだっけ。

 俺が―――。

 

 その場に足を止める。

 

「俺が、どうしたいか……」

 

 瞬間。頭の中でみっつの問いが重なって、光る。

 思わぬ場所からころんと転がりでたキレイな硝子玉を見つけたような気分で、ぱあっと表情を輝かせた。

 

「そうだっ!!」

 

 拳を握って思わず叫べば、偶然通りかかった兵士仲間が驚いてびくりと肩をすくませたのを見て、俺は慌てて謝りながら、それでも口元を緩ませた。

 

 

 

 

 そして、時はシルフリデーカン22の日。場所は大佐の執務室。

 

 黙々と仕事をするジェイドさん、やっぱりサボりに来てる陛下。

 昼下がり、手元の仕事に一区切りついた俺。

 

 よし、と声には出さずに頷いて、高鳴る心臓をひた隠し、限りなく自然に席を立つ。

 

「よおし仕事も切りがいいところまで出来たしお茶淹れに行こうかなー、あはははー」

 

 今にも浮足立ちそうな歩調もどうにかこうにか押し込め、いつもどおりに部屋を出て行こうとすると、ひょいと片手を上げて俺を呼びとめた陛下は、何やら笑い転げる寸前みたいな表情だった。

 大佐が書類から顔を上げないまま無言で眉根を寄せる。

 

 今一瞬のすきに陛下が大爆笑するような事件があったとも思えないので、大佐の反応と合わせ、また何か(陛下的に)楽しいイタズラでも思いついたのだろうかと、毎度それに巻き込まれる身としてはどうにもぞっとしない可能性に寸の間笑顔がひきつる。

 

 だがありがたい事に予想は外れ、陛下は「茶」と言って、笑いを堪えるためか一度短く言葉を切った。

 

「リック、茶……俺の分も、頼む」

 

「? ハイよろこんでー!」

 

 結局なにがそんなに陛下のツボにはまったのかは分からなかったが、元より一緒に淹れてくるつもりだった俺はほっとしながら笑って敬礼をする。

 

 緊張が解ければ、先ほどまで考えていた“いつもどおり”の自戒もすっかり忘れて、俺はるんるんと足取り軽く部屋を出た。

 廊下を進む途中で背後から全力の爆笑が響いてきたのに、陛下は今日も陛下だなぁと楽しげな日常を噛み締めた。

 

 

 

 

 軍内の、ちょっと無骨な見慣れた炊事室。今日は誰もいなかったから、火は道具でつけた。

 よし、と今度は声に出して気合いをいれて、軍服の袖をまくる。

 

 贈りものって形にとらわれすぎず、俺は祝いたい、ジェイドさんは祝われたくない(おそらく)。

 

 それなら、要するに、誕生日プレゼントだと気付かれなければいいのだ。

 

 にんまりと堪え切れない笑みを浮かべて、だけどちょっとどきどきしながら紅茶を淹れる。

 いつもよりずっとずっと丁寧に、時間を計って、お湯の温度を調節する。

 

 今日のために何度か自分で練習した成果も加わって、温めたカップの中に揺れるきれいな琥珀色の出来に、俺は安堵の息をついた。

 

 そしてソーサーの上に慎重にカップを移した後、その脇にそっと、宮殿のメイドさんに教えてもらった美味しいと評判らしいお店で買ってきたお菓子を添えた。

 

 最後に、俺はほかほかと湯気を立てる紅茶に向かって、軍仕込みの角度でふかく頭を下げる。

 

「……お誕生日!おめでとうございます!」

 

 面と向かってはいえない、だけど言いたい祝福の言葉を、目の前の紅茶とお菓子に託す。

 一度また深く下げた頭をその勢いで起こして、ふ、と短く息をついた。

 

 準備は上々。さて後は。

 

「受け取ってもらえるか、だよなぁ」

 

 最後にして最大の難問に、紅茶の乗ったトレイを手に取りながら、情けなく肩を下げた。

 

 

 

 

 扉の前で一度大きく深呼吸をしてから、二回、扉をノックして開けた。

 

「ただいま戻りましたー」

 

 なるたけいつもの顔でへらりと笑ったつもりで、しかし心臓は冷や汗が出そうな程ばくばくと弾んだまま、部屋に入る。

 

「どうぞ、陛下」

 

「おう」

 

 笑いの波は一応過ぎ去ったらしく、陛下はいつもの気軽な笑みでカップを受け取った。

 

 ここまではいつもどおりだ。後は、ここから。

 我知らず詰めていた息を細く吐きだしながら、トレイを持つ指先に力を込める。ファイト俺。

 

「ジェイド、さん」

 

「何ですか」

 

 淡々と書類の文字を追う硝子越しの赤。

 その動作を邪魔しない位置へ、零さないように音が立たないように、俺は渾身の注意を払ってカップを置いた。

 

「おつかれさまです」

 

 それだけ言うのが精一杯で、どうぞ、とも言葉を継げなかった俺は、キッチンに運ばれていくニワトリがごとく、ただ訪れるであろう判決を待った。

 

 思わずトレイを胸に抱きこんで固まる俺を余所に、ジェイドさんは傍らに置かれた紅茶をちらりと一瞥して、また書類に視線を戻す。

 

 う……や、やっぱりダメ、だったか……、

 

「――――ありがとうございます」

 

 一拍置いて、返されたことばに、ぽかんと目を丸くした。

 

 変わらず黙々と仕事をさばいていく大佐をどこか呆然と見つめながら、しかしじわじわと脳内に浸透してきた現実。

 

「~~~っ!」

 

 そして、サンダーブレードに撃たれたような衝撃と共に一気に顔が熱くなるのを感じた。

 

 いらないとか、何のつもりですかコレは、なんて突っ返されるかも、とか、最上級の明るい想像として、無言で受け取ってくれたりすれば嬉しすぎると思っていた、のに。

 

 ありがとうございます。その低い落ち着いた声を反芻する。

 なんだこれ、夢じゃないのか。

 

「……いつまでそこに突っ立っているつもりですか?」

 

「っうあ!ハイ!すみません!」

 

「つかお前、自分の分はどうしたんだ?」

 

 ふいに聞こえた陛下の問いに、俺は「へ」と間抜けな声を上げて、胸に抱きこんでいたトレイを改めて見やる。

 ……まあ、何も乗っていないから抱きこめていたわけで。

 

「わ、忘れてた! ええと、淹れたときはちゃんとカップみっつだったから……」

 

 炊事室でひとつ悲しく置き去りにされた紅茶の図が脳裏をよぎる。

 

 慌てて、取りに行ってきます、と声を上げて再度 部屋を飛び出した。

 転ぶなよ、と背に掛かる笑い混じりの声にハイと返事をしながら、廊下を突っ走る。

 

 なんにしたって受け取ってもらえたんだ。

 俺の“誕生日プレゼント”は。

 

 込み上げる笑みを抑えきれずに零しながら、よぉしっ、と高らかに拳を握った。

 

 

 

***

 

 

 

 賑やかに飛び出していった子供を見送って、大人ふたりが残された部屋には しんと沈黙が落ちる。

 

 あいつは時たま、予想の嬉しい斜め上をいってくれるものだと、いつもより風味の良い紅茶を口に運ぶふりをして、ピオニーは口元を隠した。

 

 何をやってくれるだろうかと思っていた。

 

 見当違いの誕生日観にいきついて大騒ぎになっても面白いし、やっぱり見当違いの贈りものをしてジェイドを怒らせても楽しいもんだ。

 

 八割方しくじるのを前提に、しかしどれにしてもあの子供は、この性質の悪い幼馴染に、ごまかしようもない(そもそもごまかす気もない)駄々漏れの好意でもって祝福を告げるのだろうと思っていたのに。

 

 あれでいて、中々どうして、日々成長し、色々と考えているらしい。

 いつもの全身で表わす全力の「大好き」ではなく、たどたどしくも相手を思いやるような、静かな「大好き」。

 

 軍でどれだけしごかれても変化のない臆病で後ろ向きな性根が、ジェイドが関わるだけでこうも変わるのだから、まったく愉快なものだ。

 

 まったく、どういう結果であれ盛大にジェイドをからかってやろうと思っていたのに、こんなやりかたをされては、それも出来ないではないか。

 

 ただどうにも緩みかける口角を、中身はすでに飲みきろうかというカップで必死に隠しながら幼馴染の様子を窺い見る。

 

 何がしかの表情を作りかけて失敗したような中途半端な顔つきの、それでも無理やり顰めたらしい表情のまま、普段とくらべると随分と雑な所作で、奴は添えられていた菓子をひとつ、口の中へ放り込んだ。

 

 





陛下は、幼馴染が今日も変わらず好かれているのを確認するのがちょっと趣味です。
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