【 迷子の迷子のレプリカくん - にばん 】
ピオニー陛下、俺、今日は太陽が昇るのと同じ時間に起きました。
寝坊しそうなルークを起こしたし、朝ご飯だって残さず食べたんです。
出発までまだ時間があるっていうから散歩に出たら、迷子の女の子をみつけて、その子のお母さんを一緒に探したりもして、無事に引き合わせてあげることができたんです。
俺、頑張ったんです。
なのに、なんでこんなことになってしまったんでしょう。
現在地はダアトのどこか。
そうです迷子です。迷子の子を送り届けて自分が迷子になったんです。
でもそんなのもうどうでもいいというか、こうなると些細なアクシデントに過ぎない。
今一番の大事件は、俺の前を歩く赤色の存在だった。
「アッシュさん」
「うるさい黙れ」
「……はい」
なんでどうしてこんなことに。
力いっぱい問いかける相手は俺自身。
数十分前、自分が迷子だと気付いた俺は、力いっぱい混乱していた。
迷子という事象よりも、それによって発生するであろう「おいてけぼり」という未来のほうに焦っていた。
だって相手はジェイドさんだ。定時までに帰ってこないとなればイチもニもなく置いていくに決まってる。
「旅に犠牲は付き物ですから」なんてわざとらしく苦しげな顔で言った次の瞬間には笑顔で歩き出す。
言ってて軽く泣きそうだがあの人はそういう人だ。そりゃもう。
考えたらどんどん不安になってきて、早く帰らなくてはと思うも帰り道が分かるようならそもそも迷子になってない。
焦って焦って、半泣きになった俺の視界の端に過ぎったのは赤色。
別に、それが大佐やルークであると思ったわけじゃない。
ただものすごく気が弱っていた俺は、懐かしい色に反射的にすがりついてしまっただけなんだ。
それがどこの誰であるかなんて考えもしなかったんだと、一応言い訳をさせてほしい。
俺だってそれが何者か知ってたら掴みやしなかったんだ。本当に。
アッシュの髪なんて。
*
「ッてぇ!」
「……あっ」
痛がる声が聞こえて、そこで初めて正気に戻った。
見ず知らずの人の髪を掴んでしまうとは俺なんてことを。
慌てて手を離しながらも、綺麗な赤色の髪だなぁと思った。ルークみたいな…いや今はそれどころじゃない。
「す、すみません! 俺ぇうぁアッシュ!?」
「あぁ!?」
「……さん!」
とっさに敬称を付け足すも、頭の中にはちょっとした嵐が訪れていた。
混乱大セールな俺を振り返って睨みつけたアッシュは、一瞬眉を顰めた後、はっとしたように目を丸くする。
それもすぐ睨み顔に変わったけど、とりあえずその反応で一応俺のことも覚えていてくれたらしいことを知った。
「テメェ、こんなとこで何してやがる。屑共はどうした」
「お、俺さんぽしてて……みんなはまだ宿なんだけど」
そこまで言ったところで今度は俺がハッとした。驚愕でぶっ飛んでいた焦りが再び舞い戻ってくる。
「そうだ俺、迷子の女の子でお母さんとちゃんと会えてだけど迷子で宿わかんなくてどうしよう! なあどうしよう!?」
「とりあえず落ち着け! なんだかわからんが俺は知らん!」
すがりつく俺をアッシュが必死に振り払おうとするも、ジェイドさんで鍛えられている俺の手はがっちりとアッシュの服を握っていた。
ここで蹴り飛ばしたりしないあたりアッシュは意外と優しいのかもしれない。彼の人なら問答無用でタービュランスだ。俺泣かない。しかし今は別件で泣きそうだ。
「俺っ、ここどこだかわかんないんだよ! 置いてかないでアッシュ…さんー!!」
恥も外聞もなく正直なところをぶちまければ、アッシュは心底嫌そうな顔をしたものの、考え込むように唸ってから俺の手を振り払った。
そして歩き出してしまったアッシュの姿に、ああやっぱりダメかと肩を落としかけたとき、前方から不機嫌そうな声がかかる。
「……さっさとしろ!」
そう怒鳴ってまた歩き出したアッシュを寸の間ぽかんと眺めたが、俺はすぐにその背を追った。
*
そんなこんなで今に至るわけだが、思えばあのとき俺必死すぎた。
どうしてよりにもよってアッシュに頼ってしまったのだろう、と少し後悔する。
しかし、何で俺がこんなこと…等と先ほどからぶつぶつ言っているアッシュの足取りは確かで、周りの風景も段々賑やかなものに変わってきている。
どうも彼は本当に俺を案内してくれているらしい。
まだ怖いことに違いはないが、馴染みのない街の中で見知った背中は心強く見える。
アッシュと行動を共にしていた期間は短かったが、それでも少しは気付けたこともある。
ルークのオリジナル。六神将。
なんだかいつも不機嫌そうで、怒ってて、ナタリアさんにだけはちょっと優しい。
ずかずかと前を歩いていくアッシュの、揺れる赤を見た。
そういえば“ルークさん”と何となく似てて、怖いけど、悪い人じゃない。
それで、それで。
「アッシュさん」
「あぁ?」
「ありがとう」
アッシュの足並みが一瞬乱れて、すぐ元に戻る。
「……ふん」
やがて返ってきた小さな返事。
彼が前を向いているのをいい事に、俺は少し苦笑した。
やっぱりこの人も不器用な、優しい人?
まだ答えには行き着かないけど、少なくとも怖くはないらしい。
アッシュへの印象を少し改めながら笑みをごまかすために俯けていた顔を上げて、はたと足を止めた。
「……あれ、アッシュ?」
いつのまにか目の前から消えた赤色に、きょろきょろと辺りを見回す。
もしかして笑ってたのがバレて見捨てられたんだろうか。
迷子に逆戻りかと青ざめかけた俺の耳に、聞きなれた声が届いた。
「リック!」
「ルーク!!」
人ごみの向こうから駆けてきたルークが俺の前で止まる。
上がった息を整えながら、良かった見つけた、と零すルークに俺も再び涙ぐむ。
「ルークー! うわあ俺おいてかれちゃうかと思ったー!」
「ああそうそう! 俺も本気でオマエ置いてかれるかもと思った!」
「え?」
「ジェイドが『旅に犠牲は付き物ですから』とか言い出して、不明者の事は早々に忘れて切り替えなさい、なんて すっげぇ笑顔で言われたし」
やっぱり!!!
一気に噴き出した冷や汗を背中に感じつつルークの背後を見ると、他のみんなが徐々に追いついてくるところだった。
ルークだけ全力疾走で見つけに来てくれたようで、早いですわよ、なんてナタリアさんが怒っている声が聞こえる。
偽王女騒動から日も経っていなかったので、その元気な様子にちょっと安心した。
「まったく、迷子になんてなるなよな」
するとひとつ息をつきながら仁王立ちになったルークの言葉に首をかしげる。
「俺、迷子になってたって言ったっけ?」
「いや、ジェイドがきっと迷子だって言うから」
哀しいほどに読まれている自分が哀しい。しかし本当に迷子だっただけに立つ瀬も無く、うう、と呻いた。
それでも、こっちこっち!と元気に手を振っているルークや、人ごみの隙間に見えたジェイドさんの姿に安心して肩の力を抜く。
そして今一度 町並みを見渡してあの不機嫌な赤色を探したが、どこにも映りはしなかった。
なので俺はまた僅かに苦笑して、どこともしれない赤色へ、小さな敬礼を奉げた。
「行くぞー!」
「あっ、はーい!」