空飛ぶにわとり番外編   作:甘味RX

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ピオニー視点


ピオニーとジェイドとリックの日常

 

 

【 それが僕らの日常 】

 

 

 

 

 私室から伸びる抜け道を通って、ジェイドの執務室へと顔を出したピオニーは、その光景に目を丸くした。

 

 デスクに座ったまま最上級に輝く笑顔を浮かべるジェイドと、その前に青い顔で正座するリック。

 

 今の状況をひとことで表すとして、

 何も知らない者が見れば「混沌」

 マルクト軍の者が見れば「地獄」

 

 そしてピオニーからみれば、「日常」に他ならなかった。

 

 だがジェイドの笑顔がここまで強烈なのは珍しい。

 よほどのことをやらかしたのかと思いつつ、おもむろに場に割り込んだ。

 

「よっ、今日はどうした?」

 

 すぐに二対の目がこちらを捉えるも、もはやそこに驚きはない。

 ピオニーがジェイドの執務室に転がり込む、これもまた日常だ。

 

 その代わり下のほうからは救いを求める視線が、正面からはさも鬱陶しそうな赤が一身に注がれている。

 だがジェイドはまたすぐに笑顔を浮かべてピオニーを見た。関係ないのに背筋に寒気が走る。

 

「ええ、どこかのバカが馬鹿なタイミングで バカなことをやらかしただけです。ええもう、どこかの大馬鹿者が」

 

「……ごめんなさぁい……」

 

 おそらく大分前から説教され続けていたのだろうリックが少々燃え尽き気味に謝罪を口にする。

 とにかく謝る事にかけてはエキスパートと呼んで過言でないこの子供がここまで力尽きているのもまためずらしい。

 

「なんだ? そんなにまずいことやったのか?」

 

「……はいぃ」

 

 

 

 

 町に程近い場所に現れる魔物の討伐に、ジェイド率いる第三師団が向かった。

 

 この手の任務に第三師団が当てられることはまず無いのだが、今回は数が多い上に、一体一体がそれなりの強さを備えた群れだったゆえに保険の意味も込めて白羽の矢が立てられたらしい。

 ジェイド直属であるリックも当然その任務に同行した。

 

 討伐は、思った以上にてこずったという。

 決して負ける戦いではないものの、全員の生還は少し危ぶまれる。そんな状況において、ジェイドは威力の強さゆえに普段あまり使わない譜術を放とうとした。

 

 その狙い定めていた領域に、ぽっと出てきたリックが入り込んでしまったらしい。

 リックの言い分としては戦闘のさなかに偶然押し出されてしまったのだという。

 

 ピオニーは、不器用な幼馴染があの子供に味方識別(マーキング)をつけていないときがあることを知っている。

 

 とはいえリック自身が、味方識別の有無までは分からないにしても、もろとも吹っ飛ばされる時があるということは承知しているから普段は上手く避けているのだが、今回はどうも間が悪かったらしい。

 

 

 

 

 結果的にジェイドがなんとか効果範囲をずらして事なきを得たものの、任務完了後の現在、ジェイドの執務室にて懇々と説教中。

 聞いた話を纏めるとこんなところだった。

 

「まったく新兵じゃないんですから、音素の動きと規模くらい察しなさい」

 

「はい……」

 

 説明の合間にも怒られているリックを見ながら、ピオニーは室内の大きなソファにどかりと腰を下ろして笑った。

 

「別に何もなかったんだろ? いいじゃねぇか、腕がもげたで無し、丸焦げになったでなし、ハゲたで無し」

 

「ハゲませんよ!!」

 

 頭を押さえながら最後の一文に過剰反応するリックの向こうで、ジェイドは深く溜息を吐いていた。

 細められた眼鏡越しの赤い目がピオニーを捉える。

 

「陛下がそうやって甘やかすから、いつまで経ってもリックがヘタレなんじゃないですか? まぁ八割方 生来のものですが」

 

「バカ言え、叱ってばっかじゃビビリになるぞ。まぁもうだいぶ手遅れだが」

 

 赤と青の瞳が交差して、きしりと空気にヒビが入る。

 仁王立ちの皇帝陛下と、笑顔を捨てたマルクト軍大佐がデスク越しに睨みあった。

 

「大体、陛下は物の教え方がおおざっぱすぎるんですよ。もっとしっかり説明してやらないとダメじゃないですかバカなんだから」

 

「なんだと!? お前のマニュアルみたいな説明のほうが分かりづらいだろうが! かいつまんで教えてやらんと理解出来んだろうがアホなんだから!」

 

「もう全部俺が悪かったってことでいいですからケンカしないでくださいぃー!!」

 

 割り込んできたリックの声に はたと気付いてそちらを見やると、しゃくりあげながら ぼろぼろと泣く子供の姿に、頭の冷えた大人二人、バツが悪そうに顔を見合わせた。

 

 やがてジェイドは眼鏡を押し上げながら息をついた。

 

「二十代男の図体で泣かないでください、みっともない」

 

「はいぃ~」

 

 情けない声で返事をするリックに、ジェイドはもう一度溜息をついて額を押さえた。

 

「お説教はここまでにしますよ。その代わり、次の無いようにしてください。……直撃を喰ったら怪我じゃ済まないんですから」

 

 息と共に静かに押し出された言葉。

 やはり涙声で返事をするリックの声を耳の端に聞きながら、ピオニーは少し目を見開いた。

 

 事が仕事となると厳しい奴だからと思っていたが。

 ああこれは、と二人に気付かれない程度に口元に手を当てる。

 

(なんだ、こいつ)

 

 説教はここまでと言いながら、さらに注意点を言い聞かせるジェイドと、がっくり肩を落として開始した説教に涙するリックを見比べて、込み上げた笑いを手の平で覆い隠した。

 

 

(心配してんじゃん)

 

 分かりづらい幼馴染の分かりづらい動揺。

 

 それを微笑ましいと言ったら今度はあの説教が己に向くだろうことを察して、ピオニーはその光景を楽しく見守らせていただく事にした。

 

 

 

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