空飛ぶにわとり番外編   作:甘味RX

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シェリダンで迷子、シンクと遭遇

 

 

【 迷子の迷子のレプリカくん - さんばん 】

 

 

 

 

 

 

「もう絶対に休憩おわったよな……」

 

 シェリダンの片隅、赤いレンガで出来た低い塀に腰掛けた俺は、頬杖をついてぼんやりと呟いた。その隣には食材が中身いっぱいに入った大きな紙袋がふたつおいてある。

 

 ちょっと心の整理をつけたくて、ここシェリダンに一人残ってから四日。

 忙しいみんなにカレーを作ろうと思い立ち、休憩時間を利用して買い物に出たのは三十分前。

 

「イエモンさん怒ってるかなぁ」

 

 はあ、と小さく溜息をついた。

 

 意気揚々と買い物を済ませたのはいいのだが、ここシェリダンは職人の街というだけあり、町全体がからくり箱のような構造をしている。

 変なところに秘密の小道があったり、何が起こるかも分からないボタンが複数あったり。

 

 そんな街において、俺はものの見事に、迷子になってしまった。

 

 安くて良い食材を求めてあちこち歩き回ったのがいけなかったのか。

 実は休憩を取るのももどかしいほど忙しい現場をほったらかして、迷子。ジェイドさんがいたなら「またですか」と心底呆れられたに違いない。

 

 しかもこういう時に限って人の姿は一向に見当たらず、道を尋ねる事すらままならなかった。

 

「ジェイドさん達、どうしてるかなー」

 

 ナタリアはちゃんとインゴベルト陛下…おとうさんと仲直りが出来たのだろうか。

 和平の話し合いは上手くいっているだろうか。みんな、怪我はしてないだろうか。

 

 もわもわと胸の中に立ち込める思いに、またも情けない顔で溜息をつく。

 

 そのとき、すっと視界の端を影が通った。

 反射的に顔を上げた先で、見つけた姿に目を丸くする。

 

「あー!」

 

「…………あ」

 

 指をさして声を上げると、向こうは正直「ゲ」と言いたそうな声で口元を歪めてみせる。

 

 一瞬顔を見合わせたまま時間が止まり、直後すばやく身をひるがえそうとした彼の右腕を、俺は走りよってガシリと掴んだ。

 

「なんで逃げるんだよシンク!」

 

「……なんでアンタはこんなとこにいるのさ」

 

 顔の大部分を覆い隠す特徴的な面をつけた緑の髪の少年は、そう言って口をひきつらせる。

 

「あいつらはバチカルに行ったんじゃなかったの」

 

「俺はちょっと、ここで留守番なんだ」

 

「あっそ」

 

 早々に会話を切り上げて一刻も早く逃げたそうなシンクの肩を、俺はさらにしっかりと掴んだ。

 戦ったら十中二十くらい勝ち目はないけど、単純な体格だけでいえば俺のほうがでかい。

 

 どうも今戦う気はないらしいシンクが疲れたように溜息をはいたのは、そのまま十五秒くらい経ったときのことだった。

 

「……なに」

 

 いささか肩を落としてそう呟いた彼に、俺は「あは、あはは」と気まずい笑みを浮かべたまま、言った。

 

「道を教えてください」

 

「……は? なに、あんた、まさか」

 

 迷子、という単語が空気にさらりと溶ける。

 あらためて他人の口から聞く、己の状況のいたたまれなさに、赤面しつつ小さく頷いた。

 

 シンクが「わかった、分かったから」と色々諦めた顔で片手を上げたのは、それからまた三十秒ほど経過したころのこと。

 

 

 

 

 やはりひと気のない街中。

 大きな紙袋をふたつ抱えて、シンクの後ろを歩きながら、俺はちまちまと話しかける。

 

「いやぁ良かった。このまま帰れないかと思ったけど、一緒なら大丈夫だよな!」

 

「何その根拠。僕だってこのへんの地理は詳しくないよ」

 

 さっきもただうろうろしていただけだと言うシンクに、目を丸くする。

 

「え、じゃあシンクも迷子 」

 

「ちがう」

 

 光の速さで否定された。

 

 シンクいわく、確かに帰り道を知ってるわけではないが、こんなもの適当に歩いていけばどこかには出る、らしい。

 

「勘か、すごいな」

 

「行き会った敵に案内させるアンタも十分すごいよ」

 

 言っとくけど僕ら敵同士なんだけど分かってる、と心底疲れた声で早口に言われると、なんだか謝りたくなった。

 ごめん。でも、迷子って本当に心細くて。

 

 しかし俺としてはどうも、シンクが敵という感じがしない。

 むしろ傍にいると落ち着くというか、なんというか。

 

「あ、そういえば袋ひとつ持ってほしいんだけ、」

 

「ねえ、ひとの話きいてる?」

 

 ごめんなさい。

 

 えー敵同士、敵同士、と自分に言い聞かせていると、ふいに左手が軽くなる。

 見れば俺が持っていた袋のひとつを、軽々と片手に持つシンクがいた。けっこう重いのに。さすが六神将。

 

 そんなことで感心されても相手は一個も嬉しくないという事実に気付かない俺は、満面の笑みでシンクの隣に並んだ。

 

「あんたの知ってる道に出るまでだよ」

 

「わかった」

 

 にこにこと笑いながらシンクを見やっていると、彼はやっぱり訳が分からないというように顔をゆがめる。

 そんな姿が何だか幼く映って、俺はまた笑う。

 

 なんか、やっぱり、悪いやつじゃない気がするなあ。

 

 

 

 

「あれ、ドックに行く路地だ!」

 

 連れ立って数分ほど歩いたところで、見慣れた地形に行き会えた。

 そう俺が声を上げるが早いか、シンクは持っていた紙袋を俺に押し付ける。

 

「じゃあここまでだ。さっさと行きなよ。次は本当に敵同士だからね」

 

「あ、……うん」

 

 言うが早いか身をひるがえすシンク。

 俺はちょっと考えて、紙袋をひとつ地面に置き、その中を探った。

 

「シンク!」

 

 そして目当てのものを探り当ててから、彼の背中に駆け寄る。

 訝しげに振り返ったシンクに真っ赤なリンゴをひとつ、手渡した。

 

「なに、これ」

 

「リンゴ。カレーに入れると美味しいってタマラさんに教わったから」

 

 一個おすそわけだと言えば、彼はちらりと後方に置いてきた紙袋のほうを見た。そしてどことなく困惑げに首をかしげる。

 

「こういうの、隠し味ってやつじゃないの?」

 

「え、そうなんだ?」

 

 紙袋いっぱいに買ってきたリンゴを思って俺も首をかしげた。

 たくさん入れたら美味しいんじゃないの?

 

「にしても、今日はありがとうな。助かった!」

 

「あぁ、そう」

 

 手の中のリンゴを見つめていたシンクが静かに呟いて、今度こそ身をひるがえし歩き出してしまう。

 

 その背に大きく手をふりながら、もう一回声を上げた。

 

「ほんとー、あーりーがーとー!」

 

 手を上げも、振り返りもしなかったけど、俺はそこでシンクの姿が見えなくなるまで見送ってから、おいてきた袋を抱え直し、よし、と気合を入れる。

 

 無断遅刻をイエモンさんに怒られたら、そのあとは、がんばって美味しいカレーを作ろう。

 

 最後に一度だけ、シンクが立ち去った方向を眺めて笑みを浮かべ、そのあと、元気よく地面を蹴りあげて走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もいない路地の途中、少年はぴたりと足を止める。

 手にした真っ赤な果物を少しの間ながめて、彼はそれを一口かじった。

 

 かし、と軽い音がする。

 

「……甘」

 

 そう言った後、彼はまた果物を一口かじりながら、再び静かな路地を歩いていった。

 

 




シンクは情報収集とかでシェリダン駐留してた。
それでもってリックが戦闘要員としての印象が薄すぎて、微妙に図りかねた距離感。
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