空飛ぶにわとり番外編   作:甘味RX

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ジェイド視点


ルークとリックが子供の姿に

 

 

【 こそだて日誌ND2018 】

 

 

 

 

 

 ジェイド・カーティス三十五歳独身。

 彼は今、なんの因果かこの歳にして、子育てをしている。

 

 いや、正直幼い子供の一人や二人抱えていてもおかしくない年齢なのだから別に歳は関係ない。

 どちらかといえば、独身であり内縁の妻やら隠し子やらがいるでもないのに、というほうが正しいのかもしれないが、なんにしても今、ジェイドは子育てをしていた。

 

「うー、あ?」

 

「じぇーど! じぇーど!」

 

 訳が分からない。いや違う目の前の現実を理解したくない。

 そう心は望むものの、この頭は残酷なほど的確に答えをはじき出す。

 

「……ルーク、それは食べ物ではありません。リック、服を引っ張るのは止めなさい」

 

 ティアの薬を調達する為に立ち寄ったベルケンド。

 その宿の一室、目の前には寝台のシーツを口に運ぼうとする赤毛の子供と、きらきらとアホみたいに笑顔を浮かべて軍服のすそを引っ張る子供。

 

 “こども”と、普段なら外見と中身が一致することのない者たちへと、比喩的に口にする呼称だが、今回ばかりは違う。

 

 それは言葉どおりの意味を持って、二人の子供に向けられていた。

 

「七歳と……十歳程度。実際に生きた年数と比例したサイズということですか」

 

 

 

 

 事の起こりは数十分前。

 

 各々が用事を済ませるために街へ出る中、資料や施設のそろった場所にいる内に試したい研究があったので、ジェイドは宿に残っていた。

 

「ジェイドさんが残るなら俺も残りますー」

 

「あ、じゃあ俺も特に用事ないからさ、二人でカードかなんかで遊ばねぇ?」

 

 そう言ってリックとルークも宿に残り、まあ邪魔さえしなければ構わないかとジェイドも何も言わなかった。

 それが間違いといえば間違いだったのかもしれないが、今更なにを言っても後の祭りだ。

 

 資金面を考えてやはり一纏めの男部屋。

 ひとつしかない机はジェイドが作業に使っているため、窓際にある寝台の上で、二人はカードを広げていた。

 

「三のワンペア!」

 

「四のワンペア!」

 

 なんとも地味だ。

 

 先ほどから繰り広げられているある意味の接戦を遠くに聞きながら、研究に没頭していく。

 集中すると周囲を省みなくなる。それもまた、今思えばこの失敗の要因だったかもしれない。

 

「ジェイド、さっきから何やってんだ?」

 

「何かやりたい研究があったみたいだよ」

 

「へーえ。にしてもすげぇ熱中してんな。今ならジェイドのこと、驚かせられるんじゃねーの?」

 

「へ?」

 

 不覚なことに、このときジェイドは少し油断していた。

 

「なあルーク、本当にやるの?」

 

「シーッ。……いっつも俺達がからかわれてるんだからさ、たまにはこういうのもいいだろ?」

 

 いつもならいくら研究中でも人の気配がすればすぐ分かるのに、同じ部屋にいるのがこの二人だからと気を抜いていたなどと、本当に、本当に、不覚だった。

 

「わっ!!」

「わ、わーっ!」

 

 背後から大声を上げられ、ジェイドの試験管を持つ手が思わず、緩んだ。

 

 

 

 

 そして試験管が薬品ごと頭上に舞い上がり、後ろにいたリックとルークにふりかかって、現在に至る。

 ああまったく今思い出しても不覚だ。

 

 レプリカ体との間にどういう反応を起こしたのか知らないが、中に入っていた薬品は至って無害なものだった。

 おそらくそうかからず元に戻ると思うのだが、問題はその間彼らの面倒を誰が見るのかということだ。

 

 適役であろうガイは譜業さがしに街へ繰り出してしまったし、他の女性陣もまだ戻っていない。

 そんなこんなでこうして何とか子守りをしているのだが、そうするうちにいくつか気づいたことがある。

 

「ああう? リックー?」

 

 ひとつは、体が小さくなっただけならさておき、勢いあまって中身まで退行してしまっていること。

 

「はぁい。どーしたのー、るく」

 

 しかし完全に幼児化してしまったわけではなく、若干ながら元の記憶も残っているらしいということ。

 

 リックがジェイドのことを「じぇーど」と呼んでいたのは、確か生まれて一、二年のうちだ。

 当然ながらそのころのリックはルークを知らないはずだが、お互いのことはちゃんと覚えている様子だった。

 

「半端なものですねぇ」

 

 しっかりと記憶があれば、ただコンパクトになっただけでむしろ幅を取らずにすっきりするものを。

 こちらがこぼした声に反応して、リックがひょいとこちらを振り向いた。

 

「じぇーど?」

 

「なんでもありませんよ。ところでお二方、そろそろお昼寝の時間ですよ」

 

 リックの後方でルークが舟をこいでいるのを見つけて、これ幸いと話を切り出す。

 このまま寝かせてしまえばこちらのものだ。その間に元に戻るだろう。

 

「るく、ねむい?」

 

「んん~……ぅ」

 

 こしこしと目をこするルークの顔を覗き込むリック。こうしているとルークの兄かなにかのようだ。

 リック本人も少々そのつもりらしく、精一杯年上らしく振舞っている雰囲気がある。

 

 そのまま見守っていれば、リックはルークの手を引いてゆっくりと立たせ、寝台に横にさせてやっていた。

 もしかするとあのビビリは元に戻らないほうがしっかりしていて便利かもしれない。

 

「ねーむれっ、ねーむれっ、ゆーりーあーのー、むねーでーぇ」

 

「あなたもですよ、リック」

 

 ルークの胸をぽんぽんとたたきながら、おそらく子守唄らしいものを歌い始めたリックに内心少しだけ焦りつつ、立ち上がってリックの隣に並んだ。

 

 子を寝かしつける定番の童謡のはずだが、あの外れ調子ではせっかく寝付いたルークが起きてしまう。

 相変わらず究極に幼稚な歌い方だ。こればかりは大きくても小さくても変わらないらしい。

 

 シーツをめくり、ルークの隣に入るよう促すと、リックはちょっとだけ考えるようにした後すぐ寝台にもぐりこんだ。

 寝台の脇にある椅子に腰を下ろして、完全に寝入ったルークと、うとうとし始めたリックをぼんやりと眺める。

 

 この調子ならもう眠るだろうと胸をなでおろしたとき、リックが今にも瞑りそうな目をこちらに向けているのに気がついた。

 

「なんですか」

 

 寝入るのを妨げないよう、静かな声で聞き返す。

 すると、またふいに軍服の一部を引っ張られた。みればシーツの下から出たリックの手に握り締められている。

 

「おこってないよ」

 

「誰がです?」

 

 半分眠っている子供の言葉と軽く相槌をうつが、リックは真剣な目でジェイドを捉えていた。

 

「ぜんぜんおこってないし、こわくないよ。だから、いいんだよ」

 

「……何がです?」

 

 なにか頭の端にひっかかるものを感じながら、再度聞き返す。

 

「しあわせだから、そんなに……なくても」

 

 すると子供は、ひどく嬉しそうに笑った。

 

 

「――いいんですよ、ジェイドさん」

 

 

 まもなく聞こえてきた寝息。

 寝台で身を寄せ合って幸せそうに眠る子供二人を見下ろし、ジェイドはひとつ息をついて、目を伏せる。

 

 そこには暖かな闇が、広がっていた。

 

 

 

 

「へぇ~! なになに、二人いっしょに寝てるわけ?」

 

「ふふ、まるで子供のようですわね」

 

 陽が暮れて戻ってきた仲間たちが、ひとつの寝台を覗き込んでいる。

 

「上にミュウも寝てるのね……かわいい」

 

「そろそろ夕飯だし、起こすか? 旦那」

 

 こちらを見た空色の目に、にっこりと笑みを返した。瞬間全員が顔をひきつらせる。

 

「寝かせておきなさい」

 

 それで食いはぐれたら仕方がない。

 自業自得、人を驚かそうとした報いだろう。

 

 抗わないに越したことはないと判断したのか、それならと皆そそくさと部屋を出て行く中、ジェイドも椅子を立ちそれに続く。

 

 

 扉を閉める間際、一度だけ部屋の中を顧みた。

 

 窓際にある寝台に並んで眠る二十五歳軍人と十七歳青年という中々に苦い光景を確認して、ジェイドは楽しげに口元を緩め、静かに扉を閉めた。

 

 

 

 

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