結束力強化訓練の終了後。
懐刀選抜の本陣にて、俺はぼろぼろのガイの隣で、大佐に深く頭を下げる。
「すみません大佐! 巧妙な罠に、引っかかってしまいました……!」
「……巧妙……。……まあ、いいでしょう」
「いいのかよ! なんかアンタ最近リックに甘くないか!? 見ろ! この打撲痕!!」
ガイの前面には地面に打ち付けた痕と汚れが付着していた。本当にごめん。
でも俺に大佐とパフェなんて、猫にマタタビ、犬にウオントジャーキー。
これに引っかからずしてどうする、という組み合わせなのだ。
「ガイ、リック。しばらくは休んでいなさい。貴方たちには最後のリレ……団結力強化訓練に出てもらいます」
リレーなんですね。
*
リレー……団結力強化訓練に参加する他の師団員たちと一緒にくじ引きで決めたところ、ガイは第三走者、そして俺がまさかのアンカーという、まさに貧乏くじな結果になってしまった。
中身が十歳でも一応 体は成人男子かつ軍人なのでそれなりには走れるが、スピードのほうはあまり自信がない。
でもこれが最終種目。ここでの勝敗が結果を分けるかもしれないのだ。
走者に決まった以上、何がなんでも勝たないと、今度こそ大佐にタービュランスのひとつも貰ってしまう。
がんばろう、と気を引き締めて己の立ち位置についたところで、俺は はたと隣のレーンに目をやって、固まった。
「……え、なん、あっ……。……出るん、ですね……こういうの……」
「皇帝勅命なんだ」
俺の問いに苦々しい表情を見せたグレン将軍は、いつもの鎧を脱いだ軽い軍服姿でそこに立っていた。
ここにいるということは、当然ながら彼が皇帝連合のアンカーなのだろう。
しかしセントビナー駐留の彼までここにいるとは、いや、というか、軍人全員参加ってことは、今現在マルクトの警備ってどうなってる?とちょっと無粋な考えが頭に浮かんだ。
いやいや、今は目の前のレースに集中するんだリック。
思考を打ち消すようにかぶりを振った俺を、グレン将軍がちらりと見る。
「……このようなわけの分からない催しでも任務は任務だ。それにお前に負けるのも癪に触る。本気で行かせてもらうぞ、リック一等兵」
貴方、本当に真面目ですね、と感心しそうになる心を叱咤して、俺もきりっと彼を睨み付けた。
「望むところです」
そう返すが早いかスタート合図となる譜術が弾けて鳴る。
俺とグレン将軍は、さっとレーンの先に視線をやった。
第一走者、第二走者はほぼ互角。
さほどの差もなく渡されてきたバトンが、やがて第三走者――こちらはガイだ――にまわる。
「ガイーッ! がんばれ!」
「ッ、リック!」
ガイは身が軽い。相手に体ふたつ分ほどの差をつけて、俺のところまで走ってきたガイに、ぐっと手を伸ばす。
「頼んだ!」
「ああ!」
バトンを受け取り、地面を蹴り上げた。
グレン将軍が小さく舌打ちして、間もなくバトンを受け取って走り出した気配がする。
さすがお父上の背を見てずっと軍人として育ってきた方だけあり、その身体能力も半端じゃない。
背後に勢いよく迫ってくる足音を感じて、俺も歯を食いしばり何とかスピードを上げる。
視界の端に走る人影が見える距離の中、前だけを睨んで走った。
あと十メートル。
五メートル。
三。
二。
「まけるか……っ!」
そして、ゴールテープが宙に舞った。
「おっ、ぐっ、あっ」
しかし止まりきれずにつんのめり、そのまま二転三転とボールのように転がって、二メートル先でようやく止まる。
逆さまに広がる世界の向こうから、汗を滴らせたグレン将軍が呆れ顔で近づいてくるのが見えた。
「何をやってるんだ」
「どっ、どっちが勝ちましたか!?」
体を起こしながら問いかけると、彼も分からなかったのか本部席のほうを顧みる。
なにやら話し込んでいた様子の実行委員の人たちの内、やがて一人がトラックのほうに出てきた。
参加者もお客さんもみんなでそれを見守る。
実行委員の人は、すいと左手を掲げた。
「勝者、皇帝連合!」
わっと観客席から歓声が上がる。
俺は肩で息をする合間に、ひとつ大きく息を吐いた。
かてなかった、なぁ。
なぜか当初考えていた、大佐に怒られる、ということよりも、純粋でどこかさっぱりした悔しさが頭を占めていた。
なんだろう。悔しいけど、辛くない。
不思議な感じだ。
むしろ、
「いい試合だった」
思考とかぶるように響いた声に、え、と目を丸くしながら隣を見上げる。
するとあさってのほうを見ていたグレン将軍がちらりと俺を一瞥した。
いつものように顔を顰めているけど、そこに険しさがない事にむしろ驚く。
だから、すいと目の前に伸びてきた手に、すぐ反応することが出来なかった。
「あ……」
何か言わなくては、と思ってすぐに止め、俺は曖昧な苦笑でその手をつかんだ。
*
「すみませんジェイドさん~」
「よくやったほうでしょう」
タービュランスを覚悟して戻った本部にて、大佐がものすごく暖かい言葉で迎えてくれた。
嬉しさにほろりと涙しながら「はいぃ」と情けない返事をする。
「ほんとがんばったよ、おまえ!」
「ガイー!」
こちらもまた暖かい笑顔で迎えてくれたガイや他の仲間たち。
とりあえずガイにタックルの勢いで抱きつきながら咽び泣いた。
ああ、勝てなかったことは申し訳ないけど、俺は今とても幸せだ。
「ところで点数はどうなったんですか?」
鼻をすすりながら問いかけると、大佐もわずかに首をかしげて「そういえば通達がありませんね」と言った。
さっきのが最終訓練だったはずなのに、いつまで経っても本部に動きがない。
今度はみんなで首をかしげて顔を見合わせたとき、突然向こう側の陛下がぽてぽてと中心へ歩いていくのが見えた。
ちょうど中間地点についたところで、陛下が「あ~」と曖昧な声を出す。
そして少しの間 雑に頭をかいていたと思うと、彼は一度俯いた後、カラッとした笑顔を浮かべて、衝撃の事実を言い放った。
「すまん! だれも採点してなかったらしい! どっち勝ったか分からんな! ハハハ!」
ひゅう、と冷たい木枯らしが吹きぬけた宮殿前。
一筋の電撃が陛下の足元に落ちた。
「おわっ!? な、なにしやがるジェイド!」
「それはこっちの台詞ですよ」
これだけ離れた場所から見事にサンダーブレード(縮小版)を陛下すれすれのところに落とした大佐が貼り付けた笑みを浮かべて右手を掲げる。
危険を本能で察した周囲の兵士たちがじりじりと距離をとっていく。
俺とガイも、体の向きはそのままに足だけで後ろに下がった。
「き、きっと誰かが取ってると思ったんだよ!」
「こんなアホみたいなことやらせるんです。せめて言いだした者がちゃんとセッティングするべきでしょう。ええするべきです」
「だから悪かったって、うぉあっ!!」
今度はロックブレイク(ミニ)。
それを皮切りに次々と襲い来る譜術を持ち前の運動神経でなんとか避けながら、陛下が怒鳴る。
「おまっ、皇帝を襲う臣下があるか! 不敬罪だ!!」
「いえ~、私は陛下を狙っているわけじゃありませんよ。単なる試し撃ちです。ただ
軽い笑い声を上げながら譜術を持って皇帝を追い回す大佐と、さすがに怖いのか軽く涙目になりながら逃げ回る陛下の姿をぼんやりと眺める。
するといつのまにか隣に来ていたグレン将軍に、ぽんと肩を叩かれた。
「…………なんだ、その……お前も、苦労しているのだな」
「……貴方にそんな真剣に労わられるのも切ないです」
そんないささか無礼な言葉に怒ることもなく、だろうな、と静かに肯定されてしまえば、俺はもう爆音響き渡るこの場にて途方にくれるしかなかった。
最後は、一般市民のおばさん達が作ってくれたおでんをみんなで食べました。
とてもおいしかったです。