俺を含めた総勢七名と一匹は、深い森の中にあるほんの少しだけ開けた場所で、円を描くように座っていた。
「ま、話は分かった」
黒髪の人、ユーリと名乗った青年がそう言って息をつく。
彼をさっき遠目に見ていたとき、実は女の人かと思ったのだということは、怒られそうだから黙っておこう。
ユーリの頷きに続くように、人好きのする感じの少年カロルが苦笑を零す。
「術の練習したいけどあんまり下手なんで人前でするのが恥ずかしい、かぁ。それ、ボクもなんとなく分かる気がするな……」
「んで、森で一人ひっそり寂~しくやってたわけね」
それに紫の着物をきた男性、レイヴンが軽い調子で肩をすくめた。
出来ればあんまり“寂しい”のところを強調しないでほしいのだが。
正直本当に寂しかった自分が浮き彫りにされてしまって余計さびしくなってくる。
「ついでに迷子なんて、なかなか刺激的じゃない?」
ジュディスという青い髪の女の人が、ふふ、と綺麗に微笑んでそう続けるも、しかしどうして自分がこんな森の奥にいるのか分からない今、反論の言葉もなく眉尻を下げた。
グランコクマのほうがどうなってるのか考えるのも恐ろしい。もう休憩時間終わってるよなぁ。ジェイドさん怒ってるかなぁ。
「……リックは、術のことで困っていたんです?」
「え? あ、う、うん」
ちょっとの間なにか考えるように空を仰いでいた桃色の髪の女の子――エステルが、ふいに視線を戻したと思うと、彼女はきらきらと輝く目で拳を握った。
「術のことならリタにおまかせ、ですっ!」
「ぶっ!!」
先ほどからずっと興味なさそうに傍観していた小柄な少女リタは、突然の指名を聞いて盛大に噴き出した。
目を丸くしてはくはくと空気をはむリタに気づかず、エステルはなおも俺相手に嬉しそうに言葉を続ける。
「リタはすごいんですよ! 自分でたくさん研究をしているから、術のことにもすごく詳しいですし」
「ちょ、あの、エス、エステル……!」
「リタなら何か分かるかもしれませんよ」
「エ、エステル、だからね……!」
「ね、リタ!」
ひとかけらの曇りもない真っ直ぐな笑顔でした。
それを真っ向から受けたリタが、ぎしりと固まるのが見え、その頬が徐々に赤くなっていく。
どこかイオンさまと似た雰囲気をかもし出すエステルに思わず笑みを浮かべた。
ああなんだか、守ってあげたい感じだなぁ。
きらめくエステルの笑顔と、赤い顔のまま固まるリタ。
それから数秒経ってようやく動いたリタは、明らかに照れた顔のまま腕を組んで顔をそむけ、少しくらいなら付き合ってもいいけど、と裏返る声で告げたのだった。
*
他のみんなが少し離れたところから見守る中、俺とリタは生徒と教師のように向かい合っていた。
「じゃ、とりあえずやってみせてくれる?」
基本的な知識はあると伝えると、リタはおもむろに俺の横に移動してそう言った。
なんだかいつかの大佐を彷彿とさせる台詞だ。
リタは研究をしている、ってさっきエステルが言っていたことを考えると、彼女も天才というやつなのかもしれない。そんな天才仕様のスパルタ特訓を思い出して肝を冷やしつつ、腕を掲げて目を閉じた。
フォンスロット、良し。 術式、良し。
音素の収集、構築……よし。
俺は短く息を吸った。
「狂乱せし地霊の宴よ、ロックブレイク!」
ぽしゅん。
情けない音を立てて、集めた音素が霧散する。
数度やり直してみたが、やはり結果は変わらなかった。
「……この通りで……」
もう泣くほど見た譜術の失敗例に、肩を落として涙を滴らせる。
ジェイドさんのスパルタ訓練を受けていたときは、それでもちゃんと成功していたんだけどなぁ。
一向に上手くいかなくなったのは、ひとりで特訓するようになってからだろうか。
「
大きなカバンを抱えて地面に座っていたカロルの問いかけに、隣で顎に手を当てて何やら考え込んでいたリタが首を横に振った。
「ないわね。現に術の発動は出来てるわけだし」
ボーディ、なんとかと言うのが何かは分からなかったが、『誰にでも出来るやさしい譜術(中級編)』には載っていないような専門用語なのかもしれない。
「発動できてるって? 術にはなってないよね」
一人で納得していると、俺の代わりにカロルがそう不思議そうに聞き返してくれた。
そうだ、あのとおり音素は綺麗さっぱり散ってしまったのに、発動できてるっていうのはどういう訳なんだろう。
リタがひょいと肩をすくめる。
「術式は合ってるわ。でもエアルの調節で失敗してる。燃えくさがあるのに火種がないって感じかしら」
火種、燃えくさ……エアルっていうのが音素のことをいう専門用語でいいなら、俺はやっぱり音素のコントロールに問題があるようだ。
でも音素の纏め方というのはすごく抽象的なものらしく、各自でイメージしやすい形が違うとかで本にはあまり詳しいことは書いていなかった。
イメージと言われても俺にはさっぱり分からない。
どうすればいいんだろう。
「……ふむ」
考え込んでいると隣から小さな呟きが聞こえてきた。
そちらに視線をすべらせると、猫のようなリタの目と交差する。
でも彼女はすぐに俺から視線をそらし、見物をしていたみんなに顔をやった。
「アンタたち、魔導器を使うときのコツとか教えてやってみてくれない?」
草原に寝そべっていたユーリがひらひらと手を振る。
「オレは術なんて使えないぜ」
「いいわよ。だってコイツがつまずいてるのは術がどうとかのレベルじゃなくて、もっともっと根本的なところなんだもの」
言いきられた言葉に、他の誰より俺が目を丸くした。
「根本っつーと?」ユーリと同じく寝転がっていたレイヴンが勢いをつけて体を起こし、聞き返す。
その問いにリタは若干言い辛そうに頭をかいた。
「研究者のあたしが、あんまりこういう漠然としたこと言いたくないんだけど……要するにアンタに足りないのは気持ちなのよ」
「きもち?」
ぴしりと突きつけられた人差し指にいくらか身をのけぞらせながら首を傾げる。
確実に技術的な問題だと思っていたのに、気持ちで術が失敗するっていうのはどういうことなんだろう。
「術式は合ってる。詠唱にも問題はない。エアルの調節だって出来てるのよ」
「え、でもさっきは調節で失敗してるって……」
「そこよ!」
さらに突き出された人差し指。
バランスを崩して倒れこんだ俺を半眼で覗きこんだリタが眉間にしわを寄せる。
「アンタはせっかく一度 安定させたエアルを、なんっでか発動の直前になってわざわざ乱してるの!」
「し、知らない知らない! オレそんなつもりはこれっぽっちも!!」
苛立たしげに拳を握るリタに、ぶんぶんと首を横に振った。
慌てる俺を見て彼女もひとつ息をつき、腕を組み直す。
「わざとじゃないって事は見れば分かるわよ。ただアンタは無意識に術を抑制してる、それは確かね」
「抑制って……なんで?」
「あたしが聞きたいわ。何? ホントは成功したくないわけ?」
成功したいに決まっている、はずなのだが、専門家らしいリタにそう言い切られてしまうと自信がなくなってきた。
彼女のいう“気持ち”というやつが、ジェイドさんと訓練しているときは出来た譜術を出来なくさせている原因なのだろうか。
それが分かれば、成功するようになるだろうか。
「ふふふふ」
そのとき、リタがふいに口の端を上げて笑った。
それがどことなくお金のことを考えているアニスさんの様子とかぶって、半歩あとずさる。
「この際乗りかかった船よ……見てなさい。あたしの前でそんな半端な術使って、ただじゃおかないんだから……」
「リ、リタ? リタっ!?」
静かな声色が逆に怖い。
背後に青色の炎が見えた気がした。リタが拳を握る。
「絶対アンタに術の使い方を覚えさせてみせるわ!!」
「アスピオの天才魔導少女の名にかけてッ!」
いつのまに傍に来ていたのか、可愛い風なポーズ付きで続けたレイヴンが、見事なグーパンチでもってリタに殴り倒されていた。
「頼む相手を間違ったかもなぁ」
「…………が、がんばるよ!」
ユーリがどこか面白がるような含み笑いで言う。
背中に浮かぶ冷や汗を感じつつ、俺もゆるゆると拳を握った。
ジェイドさん、そちらはもうとっくに休憩時間が終わっているころでしょうか。
あなたはきっと「へっぽこ兵士が執務をサボるとは良い度胸ですねぇ」とぴかぴかの笑顔を浮かべているものと存じます。俺も出来るだけ早く戻るつもりです。
でもその前に、偶然会った親切な彼らの手を借りて、行き止まりだった譜術練習について何かしらの突破口を得られたらと考えていますが、
……なんだか、スパルタ訓練 再来の予感です。
女の子女の子と言うけれど、エステルがティアより年上なことには気づいてないリック。
いろんな意味で年齢詐称なアビス陣。筆頭は上司です。