空飛ぶにわとり番外編   作:甘味RX

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TOVクロスオーバーⅣ

 

 

 あれから、みんなが教えてくれたことを胸に何度も術に挑戦したけど、結局一度も成功することはなかった。

 

 しかし音素を構築する負担は発動した時と変わらず体に蓄積する。

 肩で息をしながら落とした視線の先で、会った時から比べてほんの少し色を濃くし始めた森の影に気づく。

 

「あー、ちょっと疲れてきたんで休憩するわ」

 

 ふいに自然な調子でそう言いながら、ユーリが伸びをした。

 そのまま地面の上にごろんと転がった彼の姿や、それに同意して各々休息を取り始めたみんなを見て、苦笑する。

 

 一度思い切り吸った息を吐いて額に浮かんでいた汗をぬぐい、足を進めた先で、隣をいいかと聞けば好きにしろと小さく呟いたユーリの脇に腰を下ろす。

 

「ありがとう」

 

「なんの話だよ」

 

 そしてぽつりと口に乗せれば、ユーリが目を伏せたまま片眉を上げた。

 

「みんな優しいね」

 

「わけわかんねぇな。オレは自分が休みたかっただけだ」

 

 呆れたように言うけれど、駄目だよユーリ、騙されない。

 俺はそういう嘘つきをたくさん知ってるんだ。

 

「オレの好きなひと達も、みんな優しいんだ」

 

 考えるだけでこみ上げる温かな感情に、へへ、と緩みきった顔で笑うと、そこでユーリがようやく瞼を持ち上げて俺を見た。

 

 真っ黒なその目を見返して、笑みを深める。

 

「だからもう大丈夫だよ」

 

 込めた意図を瞬時に読み取った黒がかすかに見開かれたのに、これだけ長々と教えてもらっておいて何も習得出来なかった身として、申し訳ない思いで苦笑しながら頬をかいた。

 

「こんなに親切に付き合ってもらって嬉しかった、本当にありがとう」

 

「……諦めんのか?」

 

 上半身を起こしたユーリが真っ直ぐにこちらを見据える。

 俺はすぐに「いや」と首を横振った。

 

「練習は続ける。でもまたひとりでやるよ」

 

「今更一時間も二時間も変わらないだろ。第一ほかの奴らだって事を途中でほうり出したりしねえよ」

 

「平気平気。みんなに教えてもらったコツもあるし!」

 

 それに、と一度言葉を区切って、ユーリに向け微笑んだ。

 

「そんな優しいひと達に迷惑かけてまでやることじゃないって、オレの大好きな人なら絶対怒るし」

 

 彼らがどういう目的でここにいたのかは分からないけど、これ以上付き合わせてしまうのはきっと良くないことだ。

 

 協力してもらった。親切にしてもらった。

 これだけ嬉しい思いをさせてもらえば、もう十分。

 

「だから行くよ」

 

 しっかりと言いきってみせると、ユーリは小さく息をついて口の端を上げた。

 肩をすくめ、再度隣に寝転ぶ。

 

「分かった。でもこの休憩ぐらい付き合えよな」

 

「……うん!」

 

 ああ言ったもののやっぱり別れが寂しかった俺は、ユーリの言葉に大きく頷いた。

 もうちょっと、あと少しだけ、彼らと一緒にいさせてもらうことにしよう。

 

 するとこちらの会話がひと段落したのを見計らったように、大きな犬さんが俺たちに近寄ってきた。

 彼は確かラピードという名前だと、最初に教えてもらっただろうか。

 

 ラピードは、ユーリと俺の間ですとんと腰を落とした。そのつややかな毛並みをしばしまじまじと眺める。

 

 口にくわえられた煙管がなんだかニヒルで格好いい。

 もしかして吸うのだろうか。いやさすがにそれはないか。

 

 一定間隔で揺れる尻尾や、風格のある落ち着いた雰囲気に心惹かれ、おそるおそる手を伸ばしてみるが、こっちが臆病なのを察するのか犬や猫にはわりと怒られることのほうが多いので緊張する。

 

 やがて、ぽん、とその背中に俺の手が触れた。

 

 触れた瞬間だけラピードはちらりとこちらを見たが、怒ったり嫌がる様子はない。

 俺はほっと息をついて、しかし丁重に毛並みをまた何度か撫でた。

 

 そんなラピードを見てユーリが口元を緩める。

 

「めずらしいなラピード。おとなしく撫でられてるのか」

 

「この子ひとみしりなのか?」

 

「人見知り……っつーのは何か違う気がするが……。ま、わりと気難しい奴だからな」

 

 気安く触ってもらっちゃ困るって事なのか。

 なんだかそれはそれで彼のイメージに合ってて格好いいが、とりあえず今は機嫌が悪くないようでよかった。

 

「ラピードが嫌がらないのは犬好きの子供くらいだろ」

 

 撫でる手がぎくりと固まる。

 

「へ、へぇ~……」

 

 返す声がほんのちょっぴり震えた。

 まさか中身が十歳児ですとも言えない。というかさすが野生動物の勘だ。

 

 え、ていうか何、本当に?

 

 横目で窺ったラピードの青い瞳が思いがけずしっかりとこちらをとらえていて、俺は背に浮かぶ冷や汗を感じながら口の前に人差し指を立てた。

 

 ……な、内密に、お願いします。

 

 仕方がない黙っておいてやるぜと言わんばかりの大きな欠伸に苦笑していると、ユーリがふいに「なあ」と呼びかけてくる。

 

「ん?」

 

「術のことだけどな、リック」

 

「うん」

 

「エステルの言ってた事、案外 的外れでもないと思うぜ」

 

 突然の言葉に目を瞬かせて相手を見返した。

 エステルの言ってた術のことというと。

 

「……愛?」

 

「悪い、正直それはオレにもよく分かんないわ」

 

 そう苦笑するユーリに、そうだろうなぁと呟きかけて、それも失礼かと直前で飲み込む。

 しかし彼が愛や情を大っぴらに主張するタイプには思えなかったのだ。

 

 そう、簡単に表にこそ出さないけど、でもきっと、すごく優しい。

 

 それでもって面倒見が良いのも明らかだろう。

 こうして見ず知らずの俺にこれほど親身に付き合ってくれた彼らなのだから。

 

「そっちじゃなくて、もうひとつ言ってたのあったろ」

 

「もうひとつ……」

 

 

 『このひとを助けたい……救いたいって強く願ううちに、それがいつのまにか術になってるんです』

 

 

 ようやく思い当たり、ああ、と声を零した俺から目をそらしたユーリが、寝転んだ格好のまま、脇に置いてあった剣の中ほどを掴んで持ち上げた。

 

 その腕が空に向けて伸ばされる。

 

「オレが剣を振るうのはオレのためだ」

 

 零された音には何の気負いも、固さもなかった。

 森を吹き抜ける風みたいに自然な響きが、俺の中にすとんと落ちてくる。

 

「オレが生きるために、オレが勝つために、オレが守りたいって思ったもんを守るために、こいつを握ってる」

 

 途中でほんの僅かに混じった迷いさえひっくるめて、それでも真っ直ぐに吐き出される確かな意思を持った言葉。

 垣間見えるのは、臆病な俺にとって震えが走るほどの、強い“覚悟”だった。

 

「リック」

 

 ユーリの真っ黒な目が俺を見据える。

 

 ずっと目をそらしていた何かひどく恐ろしいものと向かい合わせにされたような錯覚に、ぞくりと背筋を伝うものを感じて拳を握り締めた瞬間、その黒がふいに緩む。

 

「お前はなんで術を覚えたいと思った?」

 

 持ち上げられた口の端、柔らかな声に、それまで体を覆っていた緊張が一気に霧散するのが分かった。

 代わりに自分を包んだのは、温かな何かと、大切な何かを忘れているような喪失感。

 

 なんで。

 なんで、術を?

 

「オレ……えっと、オレは、だから……」

 

 軽く混乱しながら意味をなさない呟きを繰り返す俺を、上半身を起こして隣に座ったユーリは我慢強く待っていてくれる。

 そんな姿にちょっと泣きそうになって、ふと答えに手が届きそうな気がした、そのとき。

 

 丸くなっていたラピードが起き上がり、はっと目つきを厳しくしたユーリが剣を掴み直す。

 

「エステル! 後ろだ!!」

 

 叫ばれた言葉に俺も反射的に視線を巡らせた。

 

 するとみんなから少し離れたところで咲いている花を前にしゃがみこんでいたエステルが、ユーリの声に「え?」と目を丸くする。

 

 その背後で生い茂る背の高い樹木が揺れたように見えた次の瞬間、大きな影がそこから這い出てくるのが見えた。

 

 巨大な熊型の魔物。

 

 俺がそう認識したのと、その魔物が体躯に見合った大きさの爪が付いた腕を振り上げたのは同時だった。

 

「エステル!」

 

 カロルが叫ぶ。

 

 全てがスローモーションのように見えた。

 

 みんながすぐ武器を構える姿。しかしこの距離では間に合わない。

 

 術ならば。視線をすべらせ歯噛みする。場所が悪い。リタがいるのはもう少し離れたところにある木の根もとだ。

 

 あそこからエステルの姿は見えない。視認できなければ味方識別は意味を成さない。当てずっぽうで撃つのは危険すぎる。 

 

 今この状況でエステルを助けられるとすればそれは。

 

 ざわりと首筋の産毛が逆立った。

 いつかの光景が脳裏をよぎる。

 

 アブソーブゲート。

 青い瞳。きらめく銀。震える手。動かない足。

 

 そして。

 

「っ!」

 

 その瞬間、弾かれたように体が動いた。

 

 腕を掲げる。フォンスロットを開く。

 周囲の音素をかき集めた。

 

 『どうしたんです? こんな森の奥で』

 

 困ってるみたいだとそれだけで俺に手を差し伸べてくれたエステル。

 優しい女の子。やさしくて温かい女の子。

 

 『お前はなんで術を覚えたいと思った?』

 

 思い出せ。思い出せ。

 オレはなんで譜術を使いたかった?

 

(イオンさま、アニスさんのお母さん、名前も知らないアクゼリュスの男の子)

 

 俺。そう俺は。

 みんなを。

 

(ヘンケンさん、キャシーさん、イエモンさん、タマラさん)

 

 大好きなひと達を。

 

(ジェイド、さん)

 

「狂乱せし地霊の宴よ!」

 

 “ 守りたい ”

 

「――ロック、ブレイクッ!!」

 

 ぱっと鮮やかな黄色の譜陣が広がる。

 

 しかし発動の反動で掲げていた腕が上に弾かれ、そのままバランスを崩して後ろに倒れこんだ。

 そこで後頭部を打ちつけてちょっと涙目になりながらも、すぐに起き上がって状況をみる。

 

 奇跡的なことに術は発動したようだが、大急ぎで作り上げたせいで標準は甘くなったらしい。先ほど振りあげられた腕を払いのけるに留まったようだった。

 

 あれではすぐ立て直されると気づき、ひやりと心臓が冷える。

 

「エス……!」

 

「よくやった」

 

 慌てて立ち上がろうとした俺の隣を そんな声とかすかな風の流れが過ぎて行った。

 

 目を見開いて顔を上げれば、そこに黒が見える。

 強くて真っ直ぐな背中が、あった。

 

「後はオレ達に任せとけ」

 

 こちらを振り返ることはせずに、ユーリは抜き身の剣の峰をトンと肩に当ててそう言った。

 

 オレ達、という言葉にほうけた頭で周囲に意識を向ければ、他のみんなも各々の武器を手にしっかりと戦闘体勢をとっている。

 

 さっきの一瞬の隙に立て直したらしいエステルも、細身の剣をぴしりと伸びた背で構えていた。

 

 

 そこで俺は、あれ、と思う。

 

 そして直後に始まった戦闘を見て、俺はようやく、自分の早とちりのようなものを、悟った。

 

 

 

 

 恥ずかしい。

 

 本当にいつになく恥ずかしい。

 グランコクマでルークを慰めたいと思って からぶったとき以来の恥ずかしさだ。

 

「まったくただのエッグベアのくせに驚かせないでよねー」

 

「ねー。おっさんもちょこっとびっくりしたわよ」

 

 あっさりと魔物を倒して会話を交わすみんなを少し離れたところに見て、俺はさっき譜術の反動で倒れこんだきり抜けた腰のまま地面に座り込んでいた。

 

 ついでに今は蒸気さえ出てきそうな顔を手のひらで覆っていたら、ふいに自分に影が差したのに気づいて、指の隙間からそろっと様子をうかがう。

 

「おう、大丈夫か?」

 

「ユーリ……」

 

「術のことはよく分からねえけど、さっき結構 無茶苦茶なやり方してたろ。平気か?」

 

 再度こちらを気遣う台詞を口にしてくれるユーリに感動しつつも、それ以上の困惑と恥ずかしさで俺は涙目だった。

 

「……なんていうか、うん、その……みんな強いんだなあ~って……」

 

 膝を抱えて縮こまり、消え入りそうな声で呟く。

 そうだ、あのコツ指南を受けた段階で俺は分かってたじゃないか。

 

 しかしそれをすっかり忘れて一人で大慌てしたのが自分なだけに、このこそばゆさをどこに向けるわけにも行かずはたはたと涙を滴らせる。

 というかちゃんと見ればあの魔物がさほど強くないのだって気づけたはずなのに。

 

 そんな俺の奇行にユーリは不思議そうに首を傾げたが、すぐ気を取り直したように笑みを浮かべる。

 

「リック」

 

 名を呼ばれて見れば、ユーリがひょいと片手を上げた。

 

「え? なに……」

 

「リック、こうですよっ」

 

 意図が汲み取れずに目を白黒させていると、いつのまにか後ろにいたエステルが楽しげに俺の手を掴んで引っ張る。

 エステルはされるがままに立った俺の手首に手を添えて、ユーリがしたのと同じように、肩ほどまで持ち上げて見せた。

 

 そして、それを見て喉の奥で笑ったユーリの手と、エステルに動かされた俺の手が、双方の中間でぱちんと音を立てて、当たる。

 

「やったな」

 

「助けてくれて、ありがとうございました!」

 

 俺の手を離し、くるんと愛らしく身をひるがえしてユーリの隣に並んだエステル。

 

 

 浮かべられた二人の笑顔に俺の顔はさっきとは違う意味で熱くなったが、今度は俯けることはせずに、へへ、と小さく笑みを零した。

 

 

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