空飛ぶにわとり番外編   作:甘味RX

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TOVクロスオーバーⅥ

 

「なんですか」

 

 耳に届いた淡々とした声に、ぱちりと目を瞬かせる。

 

 視界に映るのは鬱そうとした緑ではなく、屋内の、なんとなく見慣れた天井。

 二度三度と瞬きを繰り返してもそれは変わらなかった。

 

「……はれ?」

 

 半端に裏返った情けない声が喉から絞り出された。

 なんだか号泣していたらしく湿った顔を袖で拭いながら、自分の置かれた状況を確認しようと思考を巡らせる。

 

 ゆっくりと身を起こせば、申し訳程度にかぶせられた毛布がはらりと落ちた。

 それを拾い上げる俺が横になっていたのは、ふかふかのソファ。

 

 見慣れた窓と、本棚。

 そして、さっきの、声。

 

 恐る恐る背後を振り返る。

 

「ジェイド、さん?」

 

 執務机に座る上司は、頭痛を堪えるようにこめかみに指を置いていた。

 深いため息が零れる。

 

「寝ててもやかましいですねぇ。森が森が、愛が愛が、あげくの果てに人の名前を大音量で」

 

「あ、あの、ジェイドさん。 オレなんでここで……?」

 

 毛布を軽く掴みあげながら聞くと、彼は「何で?」と俺の問いを復唱して、眉間の皺をぐんと深めた。

 自分がソファの上と知りながらも気持ち的に後ずさろうと体を傾がせる。

 

 ジェイドさんは書類を書いていた万年筆を置くと、机の上に肘を立て、組んだ手の上に顎を乗せるように体勢を整えた。

 あれは俺が幾度となく見た怒られる時の構えだと気づき血の気が引ける。しかも今日はまた一段と機嫌が悪い。

 

「貴方はテオルの森で倒れていたのを、たまたま見回りに行った衛兵に発見、回収されたそうです」

 

「テオルの森……」

 

「そこから医務室に回されたわけですが」

 

 話を聞きながら、ようやく脳に血液が回って頭が働くようになってくるも、この状況を打破する名案は浮かんでこない。というか今回は俺が全面的に悪い。

 

 そこで大佐が今までの顔つきを一転、きらっきらの笑顔を浮かべた。

 

「へっぽこ兵士が執務をサボるとは良い度胸ですねぇ」

 

 一言一句……!

 

 いつかの予想がそのまま現実になった言葉に、二の句も継げずソファの上に正座して縮こまる。

 

 しかし医務室に運ばれたはずの自分がどうして大佐の執務室で寝ていたのだろう。

 そんな疑問を俺が口に出すよりも早く、大佐が肩をすくめた。

 

「怪我の治療が済んだ以上、ただ寝ているだけの人間に貸してやる寝台は無いそうで」

 

 医務室から強制退去させられた俺を、他の兵士たちがそんな医務室長の言伝と共に運んできたのだという。

 

 ハハハお断りしたのですがねぇと笑う大佐。冗談でなく本当に断ったんだろう。うん、そういう人だ。

 しかし受け取り拒否されたはずの俺が今ここにいる事も、またひとつの答えであるに違いない。

 

 うへ、と締まりなく笑った俺を見て呆れたように目を細めた大佐だったが、ふいにまた視線を厳しくして眼鏡を押し上げた。

 

「譜術の練習をしていたそうですね」

 

「え!? あ、いやぁ……」

 

 単なる練習ならさておき失敗しかしてない練習なんて、譜術を教えてくれた人の目を見て言えるわけもない。

 

「おおかた練習中に音素の調節に失敗したんでしょう。 周囲に極めて小規模な爆発の跡があったと聞きましたが?」

 

 もごもごと言葉を濁すも、大佐はすでにお見通しだったらしい。

 

 ここのところ休憩のたびに抜け出す俺や、俺を回収してくれた兵士と医務室からの報告も合わせて、たぶん当事者である俺が話すより真実に近い結論を弾き出していたようだ。

 

 そうか。

 あの時、テオルの森で術に失敗したんだ。

 

 でも、それじゃあ――。

 

(まさか、夢?)

 

 いくつかの顔が脳裏に浮かんで消える。

 知っているはずの森の見知らぬ場所で会った、優しいひと達。

 

 全部夢だったのだろうか。

 ほうけた気持ちで視線を膝の上に落とした俺は、そこに乗る自分の手を見た。

 

 緩く握り締めた手のひら。

 

 その奥に残る、人のぬくもり。

 

 じわりと浮かんできた温かい気持ちに目を細めたとき、ふいに物音が聞こえて顔を上げた。

 そこにはいつの間にか近くまで来ていた大佐。

 

 ソファに正座しているせいで自然と見上げる体勢になる中、その手がゆっくりと持ち上げられて、俺のほうに伸ばされる。

 

 大佐が静かに眉をひそめた。

 

「まったく、貴方は……」

 

 言いながら、そっと頬に添えられた右手。

 本当に心配してくれてたんだと目頭を熱くしたのも束の間、今度はその手が、全力で俺の頬を引っ張りあげた。

 

「ういひひは!!」

 

「集める音素の量とフォンスロットの調節は慎重にしなさいとあれほど言ったでしょう?」

 

「ちひれる! 皮がちひれますジェイドさん!!」

 

 顔は笑顔で声も穏やかなのにこの指先に込められた力と言ったらない。

 本当に俺のほっぺたが顔とさよならしそうですジェイドさん。

 

 泣いて騒いでギブギブと地面の代わりにソファを叩いて、ようやく手を離してくれた。

 ひりひりと痛む頬を涙目でさすっていると、ため息と言うには少し軽いものが耳に届く。

 

「譜術のことで行き詰まっていたのならそう言えばいいんですよ」

 

 颯爽と俺に背を向けてまた執務机についた大佐は、万年筆を手に取りながら片眉を上げる。

 

「私だって鬼じゃありません、教えを請う相手のために一時仕事の手を止めるくらいします。まあ最高に面倒くさいには変わりありませんが」

 

 そんな貴方が大好きです。

 

 赤の目は言葉通りめんどくさそうだった。

 でもそらすことなく向けられた視線に、俺は口がまたもにょりと緩みかけるのを感じて、顔を俯ける。

 

 まずい、早くひっこめないと何笑ってるんですかとまた怒られてしまう。というかそろそろ仕事に戻らないと。

 

 立ち上がり、掛かっていた毛布を畳んでいる途中にふと思いついて、俺は毛布を左腕にかけたまま執務机に歩み寄った。

 

「ジェイドさん、ちょっと手あげてみてもらってもいいですか?」

 

 怪訝そうに目だけでこちらを見上げながらも、おもむろに掲げられたその手に、俺はぺちんと自分の手を打ちつける。

 

「……何なんです?」

 

「へへー」

 

 唐突な事にジェイドさんは少しの間 眉をひそめていたけれど、おそらく締まりない顔で笑っているのだろう俺を見て、やがて小さく息をついて、苦笑した。

 

 

 




きらきらひかる終幕。

がむしゃらにやってた時には出来たことが、少し周りが見えるようになってくると出来なくなったりする。
理屈で考えすぎて譜術が使えなくなってたリックの話。
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