空飛ぶにわとり番外編   作:甘味RX

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幼少あの人とリック。たとえばのもしも。



さいしょのレプリカ編
少年と雪


 

 

 ケテルブルクの街並みを肺が熱くなるまで全力で駆け抜けて、辿り着いた広場には、時間が時間だからか人影はまるで無かった。

 それを幸いと俺はそのど真ん中に両手で顔を押さえてしゃがみ込む。ああもう顔が熱い。

 

 頼ってほしくて、力になりたくて、認めてほしくて、それで相談までしてほしいなんて。

 

「よ、欲張りにも程がある、だろ、オレ……」

 

 ついでにそれをルークにまで愚痴ってしまった辺りがまた恥ずかしい。言語中枢に至ってもホント最近 正直になり過ぎだ。駄々漏れにも程がある。

 

 勢い余って涙ぐみながら膝に額を押しつけた俺の耳に、ごうと強まる風の音が届く。

 同時に頬を打つ雪の感触に、吹雪いてきてるぞ、という別れ際のルークの言葉を今更ながらに実感した。

 

 ……ケテルブルクで遭難、っていうのはさすがに情けなさすぎるかもしれない。

 そんな事になろうものなら大佐に失笑されること必至だ。ていうか失笑で済めばいいが。

 

 あの勢いで飛び出した手前の戻りづらさはあるけど、仕方ない、と顔を上げた。

 

 瞬間。

 後頭部に鈍い衝撃。

 

 顔面から地面に為すすべなく突っ伏した。

 幸い降り積もった雪のおかげで激突の痛みこそ無かったが、代わりに露出した皮膚がもれなく冷たすぎて痛い。

 

 涙目で後頭部をさすりながら体を起こす。

 すると頭からほろほろと雪の粒が落ちてきて、ぶつかったのはどうやら雪の塊だったらしいと気付いたとき。

 

「おっ、人間だったか!」

 

 夜の静けさを弾くように響いた軽快な声に、目を丸くして振り返る。

 慣れた調子で雪を踏みしめながらこっちに駆け寄ってきたのは、金の髪をした少年。

 

「悪い悪い。あんまり動かないから新手の雪だるまかと思って確かめてみたんだ」

 

「え、あ、いえ……ど、どうも……?」

 

 それなら雪玉をぶつける、の何手順も前に、声を掛けるとか肩をたたくとかあるんじゃないかという疑問は、色々と突然すぎて混乱した頭には残念ながら浮かんで来なかった。

 

 すぐ隣にやってきたその少年が、座り込んだままの俺の頭に残る雪を軽く払う。

 

 その後に差し出された手。

 お礼を言ってそれを掴み、あまり体重を掛けないように立ち上がる。

 

「それでお前はこんなとこで、雪だるまの真似で何してたんだ?」

 

「別に真似してたわけじゃ……君は?」

 

 先ほどまでの自分の状況について一口には答えかねて問い返したが、彼は特に気を悪くした様子もなく、にかりと笑った。

 

「俺はここで待ち合わせしてんだよ」

 

「もうだいぶ時間が遅いけど」

 

「バカ言うなよ、これからが子供の時間ってやつだ」

 

 真顔で言うものだからうっかりそんなものかと納得しかけてしまう。

 何だか持論に妙に力がある子だなぁ。でもここまで言うんだから物凄く近所の子なんだろう。よそから来た俺なんかよりずっとケテルブルクには詳しいはずだし、大丈夫か。

 

「お前さ、雪だるまやってるくらいだしヒマだろ」

 

「断定?」

 

 しかし否定できないところが哀しい。

 

「あいつら来るまで暇つぶしに付き合えよ。俺はフランツ、お前は?」

 

「……リック」

 

 俺が答えたときにはすでに小さなベンチがあるほうへ歩き出していた少年――フランツは、その途中で肩越しに俺を振り返り、青い目を細めて「良い名前だな」と笑った。

 

 

 

 

「で、リックはここで何してたんだ」

 

 うう。忘れてなかったか。

 

 上に積もった雪を払って座ったベンチはそれでも水がしみて冷たかったが、今はそれより俺の肝のほうがよっぽど冷えている。

 

 別に秘密にしなきゃいけない事じゃないけど、どこからどこまで話したらいいのかがさっぱりだ。

 だが隣から突き刺さり続ける視線。弱ったなぁと眉尻を下げて笑った。

 

「そうだなぁ、例えば」

 

 ぼやかすつもりなのが丸わかりの切り出しにちょっと片眉をはねさせたフランツだったが、ごめんと言う代わりに苦笑を返せばひとつ息をついて続きを促してくれた。

 

「例えばフランツの友達……大切な友達が自分の知らない事で悩んでて、だけど自分には何も言ってくれなかったときにさ」

 

 ふと、揺らぐ赤色の瞳が脳裏をよぎる。

 我知らず目を眇めた。

 

「自分がその“知らない事”を知っていれば、何か違ったのかなって思うだろ」

 

 “ネビリムさん”の事を、俺がもっと知っていたならば。

 あのひとは俺に辛さを見せてくれるだろうか。

 

「思わない」

 

「な? だからさ、――……へ?」

 

 当たり前のように零された言葉を思わず流しかけて、目を丸くした。

 するとフランツは何を驚くのかと不思議そうに首を傾げる。

 

「誰にでも言いたくない事の百や二百は余裕であるだろ」

 

「いやそれは多い……」

 

「いくら仲よくしてたって、どうしても開けられない蓋はある。何でも話せなきゃ友達じゃないってのはハナから無茶な話だよ」

 

 ぴしりと人差し指を俺に向けたフランツは、俺よりずっと大人の顔をしていた。

 

「ただなぁリック。すごいこと教えてやろうか」

 

 真っ直ぐにこちらを捉える青に俺が息をのんだ瞬間、その表情が明るく崩れる。

 

「なんにも知らなくてもな、俺達は友達になれるんだ!」

 

 したり顔で笑うフランツを見て、肩の力が抜けた。

 同時に気も抜けたついでの笑いがこみ上げてくる。また俺は焦りすぎだったみたいだ。

 

「……あー、そうだ……そうだった」

 

 自分は何も知らないから相談に乗ってあげられない、なんて、とんだ言い訳。

 

「癖って中々直んないものなんだなぁフランツ」

 

「何だいきなり」

 

「誰かに責任を押しつけて逃げるのは、止めたはずだったんだけど。まったくオレは油断するとすぐこれだ」

 

 嘆くように片手で額を押さえながらも口元を緩めた俺を、少しの間まじまじと眺めたフランツも肩をすくめて、また笑った。

 

「よく分からんがお前の知り合いにも随分面倒くさいのがいるんだな」

 

 言って、少年は軽い掛け声をかけながら勢いよくベンチを立つ。

 

「俺の友達にもそんな奴がいるぞ。無愛想で仏頂面で、辛いだとかなんだとか何も言わん」

 

 冷たいとか性格悪いとか優しさ生産工場が建設放棄されてるとか、立て板に水のごとく罵倒しつつも、それを口にするフランツの横顔がすごく楽しげだったから。

 彼と顔も知らない彼の友人はきっと、年を重ねて、大人になっても、変わらず友であるのだろうと、何の根拠もないのにふとそう思った。

 

「にしても、すごい友達だなぁ」

 

「だろ。とにかく無駄に頭はいいヤツだから、自分の考えを他人なんかに話しても仕方ないっつーところだろうが……」

 

 ちょっと不満げにがしがしと頭をかいたフランツは広場の中心に向かって数歩進んで、雪に刻まれた己の軌跡を振り返るようにこちらを見た。

 

「ただ、ここが少し面倒なところで、本当にたまに、稀に、極稀に、億に一くらいの確率の、例外なんだが」

 

 今度はどこか愉快そうに緩められた青。

 

「心配させたくないから言わない、ってのもある」

 

 周囲で風が鳴る音が聞こえた。

 吹き付ける雪の多さに、思わず目を細める。

 

 さすが雪国育ちで慣れているのか、この吹雪にもちっとも動じない様子で、フランツが腰に手を当てて胸を張った。

 

「まぁ兆に一だがな!」

 

「さっきから聞いてると関係ないはずのオレが何故か泣きたくなるくらい確率低そうなんだけど」

 

「そういう事もあるってのだけ覚えときゃいいんだよ。……おっ、あいつらやっと来やがった」

 

 弾んだ声でそう言ったフランツに自分も同じ方向へ目を凝らす。

 降りしきる白の向こう側、僅かな人影がふたつばかり窺えた。だけど吹雪は性別すら分からないほど強まってきている。

 

「後は、そうだな」

 

 眼を開いている事も困難になってきた世界を、彼はまるで気付いてもいないような軽い足取りで、また数歩先に進む。

 

「相手が話してくるまで待ってやれ。それが出来るのが男ってもんだぞ」

 

 なあリック、と昔からの友人みたいに俺を呼んだフランツが、ふと真剣な顔つきになったのがかろうじて見えた。風がさらに強くなる。

 

「あのなリック」

 

「え?」

 

「俺の名前さ、ほんとは」

 

「ごめん、ちょっと風の音で聞こえづらくて……フランツ?」

 

 真っ直ぐに俺を捉えた青い目。

 風になびく金色の髪が、少しずつ白にまぎれていく。

 

「リック、あのな、俺の本当の名前は……――――」

 

 ごう、と渦を巻くような風の音が響いた。

 視界が真っ白に埋まり、俺は思わず目を瞑る。

 

 そして。

 

「――…………」

 

 次に開いた視界に映ったのは、静かに舞い散る雪。

 

「あれ?」

 

 今の今まであれだけ吹雪いていたのに。

 

 きょろきょろと辺りを見回す。

 分かるのは、誰もいない広場のベンチにひとりで腰を下ろした俺がいること。

 

「……フラン、ぁいてっ」

 

 つい先ほどまで傍にいた唯一の人間の名を呼ぼうとした瞬間、ごつりという鈍い音と共に後頭部へ走った衝撃。

 僅かに前へ傾いだ頭を引き戻す勢いで真上に顔を向ける。

 

「あ、ジェイドさん!」

 

 するとそこには、拳をグーの形で持ち上げたままの大佐がいた。

 さっきのは大佐の裏拳だったらしい。彼の人はそっと溜息をついた。

 

「何をやってるんですか貴方は、とケテルブルクに来るたび私にこれを言わせるつもりですか」

 

「ネフリーさんとお食事に行ってたんじゃ……」

 

「とっくに行ってきました」

 

 それでケテルブルクホテルに戻ろうとしたところで、広場の片隅にあるベンチでぼけっとしている俺を見つけたのだという。

 

「さて、風邪を引かないバカでも凍死なら出来るかもしれませんよ?」

 

「帰ります帰ります!! 一緒に帰らせて下さい!」

 

 にっこりと笑顔で告げられた言葉に慌てて立ち上がった。大佐と一緒に帰れる、なんていう機会を逃してなるものか。

 言うが早いかさっさと身をひるがえして帰路についた大佐を追いかける。

 

 その途中で俺は一度だけ足をとめて、広場を振り返った。

 

 ベンチに積もった雪に残る一人分の痕跡。

 体に残った不思議な感覚。

 

「…………」

 

 そんな空気を断ちきるように顔を戻すと、少し先で足をとめて、肩越しにこちらを見る赤色の瞳とかちあった。

 

 それはすぐにそらされてしまったけれど。

 歩みを再開した後ろ姿を見ながら、俺はこの上なく幸せな思いで苦笑した。

 

「待って下さいよ、ジェイドさーん!」

 

 





「お前の名前はリックだ」


(良い名前だろう?)
そう言って彼は、青い目を細めて笑った。
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