「ご苦労様です。メモに無いものとか買いませんでしたか?」
「おいおい何で真っ先に俺を見るんだジェイド」
心外だと言わんばかりの芝居がかった動きでピオニーは首を横に振ったが、明確な否定を口にしなかったあたり怪しいものだ。
すると予想外のところで、びくりと肩を跳ねあげさせた人物がいた。
何となく衝動買いの類とは無縁そうな男だと思っていたので、ユーリは少々驚いて、慌てるリックの横顔を見つめた。
「あの、オレがちょっと……あっ、いや!? ちゃんと自分のお金で買いましたよ!?」
「……別に個人的な買い物まで制限した覚えはありませんから落ち着きなさい」
ジェイドの言葉にぴたりと動きを止めたリックが、へへへ、と気の抜ける笑みをと共に頭をかいた。
それから改めてこちらに向き直ったかと思うと、今度は言葉を探す子供のように視線を漂わせた。
「ユーリ。えーと、それでさ」
「ん?」
すると今度は慌ただしく、物理的に何かを探し始めたが、両手いっぱいに増えた荷物がどうにもそれをやりづらくしていた。
あのまま転げるのではないかと内心はらはらしつつも、とりあえずそのまま見守ってみることにする。まぁ最終的には見かねたピオニーが荷物を受け取ってやっていたが。
そしてようやく目当てのものを見つけたらしいリックが、表情を明るくしてユーリに向き直った。
「これ、おみやげ!」
下町の子供が貰った菓子を内緒だと笑って分けるときのように、手の平から手の平へ、丁寧に移された何か。
「あ、でもお店で扱ってるやつだから、響律符っていってもお守りみたいなものなんだけど」
一度そっと握り締めてから、ユーリはその手を開いた。
星が彫り込まれた小さなモチーフがついた、細い飾り紐。
不思議な雰囲気を持った造形に見入りながら、響律符、と聞き慣れない音を一度だけ口の中で転がした。
「エステル達によろしく」
「おう。さんきゅ」
「そういえばグランコクマ団子もあるんだけど持ってく?」
「……や、大丈夫だよ」
どれだけの時間を掛ければ仲間達のもとへ戻れるのかさえ分からない以上、受け取ったところで、土産としての役割を果たす前にユーリの腹に入る可能性が高い。
先ほど食べた団子の味に思いをはせ一瞬ぐらついた理性を立て直し、「こいつがある」と受け取ったばかりの“お守り”を軽く揺らしてみせた。
リックはそれを見て嬉しげに破顔した後、ふいに口を閉ざし、今度は静かに、ゆるりと微笑んだ。
そんな大人びた仕草にユーリが目を見張ったのも束の間、先ほどの表情が幻だったように、一転して落ち着きなく視線を泳がせ始めたリックに半眼を送る。
「なんだよ」
「いや、なんていうか……」
何が恥ずかしいのか唐突に顔を赤くしたリックはちらりと後方に並び立つジェイドとピオニーを窺った。
どうにも照れくさそうに視線だけで空を仰いだあと、短く息をつく。
すると小さく手招きをするリックに促されるまま顔を寄せた。ピオニーの名を聞く時にしたのと同じ、内緒話の形。
となるとその時と同じく多少は彼らにも届いてしまうかもしれないが、そのことに気付いているのかいないのか、ただ先ほどより幾分ひそめられた声が耳に届く。
「オレにも理由、あるよ」
リックは自らの腰元に掛かる剣の柄へ、丁寧に触れた。
澄んだ金属音が微かに空気を揺らす。
初めて出会った森の中で、交わした言葉が脳裏をよぎった。
あの時。
それは自分のためだと、ユーリは言った。
あの時。
目の前にいるこの男は奥底にある“何か”を確かに感じていたようだった。
そう、あの時。ユーリがその答えを聞くことはなかったが、今 彼が言わんとしているのは、そのことではないだろう。あの森でリックが見つけたものは“術を使う理由”だ。
「まだ言葉にする勇気はないけど」
音にする事さえ、たやすくはない。
しかしはっきりと胸の奥に根付いた。
それは。
「――がんばってるよ」
己が剣を握る、理由。
面映ゆそうに、しかしどこか晴れ晴れと笑ったリックの胸元に、前はつけていなかった歯車の首飾りが揺れているのに気付く。
装飾品のたぐいではない。
オレンジのリボンと、すすけた歯車。
「……ああ」
そっと目を細めて、口の端を上げた。
尋ねはしない。リックにはリックの物語があるのだ。
ユーリにはユーリの、生きる世界があるように。
それから身を離し、二人で顔を見合わせて笑い合う。
ずっと黙ったまま様子を見ていたジェイドが、小さく息をついて眼鏡を押し上げた。
そしてピオニーが持っていた例のオタオタぬいぐるみをおもむろに取り上げると、手慣れた動きでそれをリックの後頭部に投げつける。
「ぅえっ」
突然の衝撃に締まりのない悲鳴を上げたリックは、バウンドして上空から目の前に落ちてきたその青いかたまりを慌てて受けとめ、何を言われたでもないのに「はい!」と妙に良い返事をしながらジェイドを振り返った。
その先で悠然と腕を組んだジェイドがまたひとつ息をつく。
「そろそろ行きますよ。私達は宿へ戻る前にこの脱走中年を送り届けて来ないといけないんですから」
「なんだ、機嫌悪いなジェイド」
「ええ。どこかの誰かが余計な手間を増やしてくれたもので。そんなわけでおウチの人への言い訳は自分でしてくださいねぇ?」
「マジか!?」
「マジです」
焦り顔で詰め寄ったピオニーに返される、何も知らなければさわやかな笑顔。
そんなやり取りにも慣れたように苦笑を零したリックは、しかしどこか微笑ましげな色を浮かべた瞳で空を仰いだ。
そのまま大切なものを噛みしめるように、ゆっくりと息をはく。
潮時か。
ユーリが頭の端でそれを感じたのと同じくして、彼がこちらに向き直る。
「……ユーリ」
「おう」
「オレ、」
ふと、つぐまれた音。
視線だけが思案げに左上を仰いだと思った、次の瞬間。
にっと笑みを浮かべたリックが、右手を掲げる。
それに思わず目を丸くすれば、殊更楽しげなものになった笑顔を見返して、ユーリもにやりと口の端を上げた。上等だ。
掲げられた相手の掌へ、思いきり自分の手を打ち付ける。
ぱちんと軽快な音があたりに響いた。
「またな、リック」
「~~っうん!」
少し力を込めすぎたか、冷ますように右手を振る涙目のリックがそれでも嬉しそうに頷いたのに、ユーリは小さく声を上げて笑った。
偽スキット『でも結局こうなる』
リック「ユーリー! またねー! 絶対また会おうなーっ!!」
ジェイド「はいはい。ちゃっちゃと行きましょうね」
リック「うわあんユーリーーー!!」
ユーリ「………………」
とことん締まらない。
ジェイドさんと一緒だと色んなタガが緩みっぱなしのチーグル男。