空飛ぶにわとり番外編   作:甘味RX

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ユーリ視点


TOVクロスオーバー続編Ⅷ

 

 

 賑やかしいを通り越して嵐のようだった三人の姿が雑踏に消えて、しばらく。

 噴水のへりに腰をおろし、ユーリはぼんやりと流れゆく人波を眺めていた。

 

「これからどーすっかな」

 

 そんな呟きを零して初めて、そういえば肝心のところは何ひとつ進展していなかった事を思い出す。

 

 どうやってここへ来たかすら分からないのでは、どうすれば戻れるか、なんていう自問は哀しい程に無意味だ。

 ジェイドにでももう少し話を聞いておくんだった、と思うも後の祭りだろう。

 

 華やかで快活とした街並みに改めて目を向けて、髪をかきあげる。

 本当に、ここが魔物溢れる洞窟だったなら、むしろこれほど途方に暮れることはなかっただろうが。

 かといって焦燥感を抱くタイミングも何だか逃してしまったし、いよいよもって思考を投げ出しかけたユーリの目の前を、数人の子供たちが駆けていく。

 

 楽しげにはしゃぐ声に少しだけ意識を引き戻された。

 

 とりあえず事の発端を思い起こしてみることにする。

 

「川……、水か?」

 

 少なくともユーリが“きっかけ”であると認識したのは、川に手をついたあの瞬間。

 それで何がどうしてこうなったか、なんて聞かれても困るが、正直オタオタにもすがりたい状況だ。こうなれば片っ端から試していってみるしかない。

 

 ふちに手をついて上半身をよじり、後方にひろがる噴水を見る。

 噴き上がり落ちる水に弾かれ、絶え間なく波紋をえがく溜まり水にそっと手を差し入れた。

 

 ひやりと冷たい水に、指先の体温が心地よく奪われていく。

 

 そのまま五秒。十秒。十五秒。

 二十を数えたところで引きぬいた手を振って水を払い、肩をすくめた。

 

「ま、そう簡単にいくわけねえ――」

 

「待ってよみんなぁ!!」

 

「な」

 

 トン、と背にぶつかった、軽い衝撃。

 

 さっきの子供たちの、遅れた連れが走り抜けていったのだと、ようやく認識できたその時には、ユーリの視界にはすでに一面の水が広がっていた。

 

 なあリック。

 このお守り……水難は管轄外か?

 

 

 

 

 

 

 頬を撫でる涼やかな空気。

 葉擦れと、鈴を転がすような虫のさざめき。

 

 そして。

 

「…………」

 

 いつのまにか詰めていた息を、ゆっくりと吐き出す。

 水面に反射する朝日を眺め、ユーリは大きく見開いた瞳を一度閉じ、また開いた。

 

 冷たい流水の感触に視線をずらせば、右の拳が川べりの浅瀬に浸かっているのが見える。

 それ以外のどこも水に濡れた様子はなく、傍らには自分の剣があった。

 

「戻った、のか」

 

 意識が、己を取り巻く世界から逸れたのは、またほんの一瞬。

 その間にがらりと移り変わった風景はあまりに“元通り”で、己が呟いた言葉にさえ、少々不安を覚えるほどだった。

 

 戻ったのか。

 それとも初めから、すべてが、夢だったのか。

 

 薄く眉根を寄せて身を起こそうとしたユーリは、右の拳にふと違和感を覚える。

 水の中から引っ張り出したその掌をそっと開いて、目を丸くした。

 

「――――……」

 

 緩々と浮かんできた微笑みをそのままに空を仰ぐ。

 

 そこですっかり昇りきろうとしている太陽を見つけ、そろそろ戻らないとまずいか、と身をひるがえしたところで、驚いたような声が掛かった。

 

「ユーリ?」

 

 はたと顔を上げると、水を汲みに来たらしいカロルが、頭の上に抱えあげた鍋と共に首を傾げていた。軽く左手をあげて挨拶する。

 

「よう」

 

「いないと思ったらこんなとこに居たんだ。どうしたの、当番じゃないのに早いね」

 

「目が覚めたんで散歩にな。もう戻ろうと思ってたとこだよ」

 

「あっ、じゃあ一緒に行こうよ!ちょっと待ってて!」

 

 軽い足取りでユーリの横を通り過ぎたカロルが、慣れた手つきで鍋の中に水を汲みはじめる。

 その背を待つ間にと、ユーリは丁寧に右手を開いた。

 

「おまたせ!」

 

「ああ」

 

 少しして、戻ってきた少年の、頭の上に抱えあげられた中身の入った鍋をひょいと取り上げてから歩き出す。ありがとうと笑ったカロルが隣に並んだ。

 

「あれ、ユーリ、そんなのつけてたっけ?」

 

 空いたほうの手にいつもどおりぶら下げていた剣の鞘をまじまじと眺めて首を傾げたカロルを横目でちらりと見て、ユーリは笑いながら軽くそれを揺らす。

 

「まーな」

 

 星のモチーフがついた細い飾り紐が、小さく弾んできらめいた。

 

 

 

 

 お守りというものが、誰かを想う願いであるなら

 お前がそうしてくれたように、俺も願おう。

 

 あの真昼の星のように

 たとえ見えずとも、会えずとも。

 

 願ってるよ

 

 お前の道の先の、光を。

 

 

 

 

 また似合わないと言われそうな話だと口の端を上げながら、ユーリは仲間のもとへ戻る道のりを、しっかりと踏みしめた。

 

 空にはいつも満天の星。

 そして背を押すように響くのは。

 

 

 ――――さらさらゆれる、水の音。

 

 

 




終幕。
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