「お菓子の作り方を教えてほしい~?」
今しがた口にしたばかりの頼みごとを怪訝そうな表情で繰り返したアニスさんに、俺はハイと力強くうなずいた。
現在、俺達は惑星譜術の触媒探しの真っ最中。
みっつめの触媒(+全く無関係の怖い剣)を手に入れて、セントビナーからシェリダンに向かうところだった。
「お菓子って、何そのざっくりした話」
アルビオール内、通路の途中で俺に呼びとめられたアニスさんは眉間にしわを寄せてそう言いつつも、色々あるよ、と指折り「お菓子」に分類されるものを上げていってくれる。
ケーキにタルトに、マフィンにムース。
ひとつひとつメモを取る俺を見て、アニスさんは小首を傾げた。
「ていうか、セントビナーでティアにアップルパイの作り方教えて貰ってなかったっけ? 結局トウフカレーパイになってたけど」
「あ、ハイ。でもそれとはまた別に、なんていうか、……紅茶にちょっと添えられるようなものが良くて」
照れ隠しに頭をかきながら笑うと、彼女は一瞬だけお姉さんみたいな顔で笑って、それからすぐ呆れたような半眼になった。
「リックのことだからどーせ大佐絡みなんでしょ。まぁいいけどね、アニス先生のレクチャー代は高いよ~?」
「よろしくお願いします! ……ぶ、分割でもいいですか」
「そーだなぁ。ほんとに薄給みたいだし~、現物支給とか、あとは体で返してくれてもいいけど」
「体で、ですか?」
「そ!」
きょとりと眼を丸くした俺に、アニスさんはぱちんと片目を瞑って笑って見せた。
「ガイド・リックのグランコクマ無料 観光案内、とかね」
*
(-Anise)
よく話を聞けばお菓子が必要なのはかなり近日中らしく、それじゃ練習もろくに出来ないじゃないかと溜息をつけば、眼前の見た目だけは良い(中身は十歳児)男が心底申し訳無さそうに眉尻を下げるものだから、さらにと吐き出しかけた毒も引っ込めざるを得なかった。
「今の備蓄にお菓子の材料なんてないし、ともするとぶっつけ本番だよ?」
「ハイ……」
しょぼんとうな垂れたリックの頭頂部を眺めながら、少し考える。
いきなり突拍子もない事を思いついて実行に移そうとしている時も確かになくはなかったが、話が大佐関連だというのなら、何につけても大佐まず大佐ひたすら大佐という男がこんな手抜かりを……いや、まあ、するか。リックだし。
「ねえねえ、なんでこんなギリギリでお菓子教えてほしいって言いだしたわけ?」
「……最初は、普通に美味しそうなお店で買おうと思ってたんですけど」
そうぽつりと言葉を零したリックは、温かいものを丁寧になぞるように微笑んだ。
いつのまにかこういう顔も出来るようになったんだなと、妙に感慨深い驚きと共に、次の言葉を待つ。
「皆さんと旅をして、ごはん作ったり、作ってもらったり、カレー作るの楽しくなったりしてるうちに、なんか、良いなって」
そういうのも、いいかなって。
面映ゆそうに目を細めた、おおきなこども。
そこに、ほんのちょっとだけ、緑色の目を細めて嬉しそうに笑う彼を映し見る。
温かく思い出すにはまだ時の経っていない、未だ苦みの走る、だけど柔らかな記憶を想い、釣られるように微笑んだ。
「――……練習出来ないんだから、いつも以上にビシビシ厳しく教えるからね!」
ちゃんとメモ取ってよ、と形ばかりきつく眉を吊り上げて指差すと、褒められた犬みたいにパッと表情を明るくしたリックがハイと元気よく返事をした。
今度はこちらが、腰に手を当てて「よろしい」と偉そうに頷いてみせる。
それから顔を見合わせ、二人で小さく噴きだして笑った。
そして、練習不足で例えどんなものが仕上がったとしても、あの人は渋い顔しつつ嫌味言いつつ何のかんのと食べてあげるんだろうなぁと思うアニスさん。