【 このひと時に あなたを想う 】
俺がまだ幼児同然だったころ。世界みたいな赤色が俺を迎えに来てくれた。
彼はときどき俺の様子を見に来てくれていたけど、どうも忙しくなってしまったようで、ドアの向こうから金茶の髪が覗く事がめっきり少なくなった。
ノブが回る音に目を輝かせては、肩を落とす日々。
どんどん落ち込んでいく俺を見て、暇を見つけて(仕事をサボって)は顔を見せにきてくれていたピオニーさんが、ふと良い事を思いついたように笑顔を浮かべた。
『リック、ジェイドのこと色々ききたいか?』
『じぇーどさん?』
『ああ。聞くなら任せとけよ。あいつに関しちゃ、俺のほうが大先輩なんだからな』
ずっと、くもりみたいだった気持ちの中に、晴れ間が見えた気分だった。
それから陛下はジェイドさんのことをたくさん俺に話してくれた。
その大半は子供のころの話、時折混ざる最近の話、そしてよく脱線する話の流れ。
すべてが新鮮で楽しかった。
「兵士学校のころ、ですか?」
ティーポッドを手に、俺はカップに半分紅茶を注いだところで動きを止めた。
皇帝仕様のきらびやかな椅子にだらしなく座った陛下が、手をひらひらと軽く横に振る。
「あー、つうかアレだな、ジェイドの直属になる前。表立った会話できなかっただろ? お前らなんかコミュニケーションとか取れてたのか?」
コミュニケーション。
俺と大佐の間で使われるには違和感のありすぎる単語に引っ掛かりを覚えつつも、過去の記憶をさらった。
兵士を目指して人の世に出てからは、外向きの関係は常に「大佐と兵士」。
レプリカだと感づかれないために、間違っても自分とのつながりを見せるなとジェイドさん直々のお達しだったので、俺に逆らう理由はなかった。
「でも他に人がいないときは声かけてくれましたよ」
「へぇ、なんて」
「何か入り用なものはあるかとか、あるならジェイドさんの自宅のほうにその旨書いた手紙を送るようにとか」
「……それ会話か? それで満足だったわけか?」
「もちろん」
そのためにこの職を選んだようなものだし。
兵士になる。
それはたぶん俺が生まれて初めて言ったわがままだ。
頼んだ時、大佐は少し眉を顰めたけど、何も言わなかった。
その後はとんとん拍子に事が進み、気づいた時には兵士学校への入学手続きを終えていた。掛かった費用はすべてジェイドさんが負担してくれたらしい、と俺は陛下から聞いた。
兵士見習い生活が始まってからも、生活必需品やら必要経費やらは大佐が出してくれていた。
直接大佐からの援助だと悟られないように、ちょっとアレなルートとか裏工作とかがあったらしいという事はこの際目を瞑っておこう。
まあ色々あって大佐直属になれてからは、大っぴらにジェイドさんの後をついて回れるから俺は今すごく幸せだ。
「そう例え仕事の六割が陛下のお世話だったり、研究の実験台にされたり実戦でオトリにされてもろとも吹っ飛ばされたりしても」
「ティーポッドが小刻みに震えてるぞ」
いやいや俺は幸せです。
不満があるとすれば、そうだ。
大佐の色んな話を俺は知っているけれど、そのどれもが大佐から直接聞いたわけじゃないということ。
それはジェイドさんの事を何一つしらないのと同じことなんだと思う。
「いいなぁ、陛下は。ジェイドさんと一緒にいた時間が長くて」
「そりゃ稼働年数からして俺のほうが断然長いんだから当然だろ。後はアレだ、最近のあいつに関してならお前の方がよく見てんだろうが」
確かに直属になれてからはそうかもしれないが、それはほんの一、二年の話だ。まだ分からない事も多い。
だけど陛下の言葉をつっかえ棒にして、ヘコみかけた気持ちを何とか留める。
「……よし! 大佐の譜術のキレについてなら俺以上に詳しい奴はいないと思います!」
「あー、まあ そうだろうなぁ。毎日なにかしらくらってんもんなぁ オマエ」
「はい!」
ちなみに今朝はとびきり活きの良いロックブレイクをいただきました。
陛下は拳を握った俺を見てからりと笑ったあと、
ふいに静かな表情を浮かべて机の上に手を組んだ。
「なぁ、リック」
「はい?」
そのめずらしい顔つきに内心首をかしげつつ、青い瞳を見返す。
海のような深い青。
「お前、ジェイドのこと好きか?」
「大好きです」
間髪いれず答えを返せば陛下はきょとんと目を丸くした。
俺はその問いにすらならない問いに、いよいよ首を傾げる。
だって、ローレライといえば第七音素、ユリアといえばジュエ、ジェイドさんといえば大好き、だ。
「そっか」
だけどそう囁いた陛下がとても柔らかく目を細めて笑っていたから、俺もその意図を察して、苦笑した。
それはまさに無用の心配だろう。俺は、何があったって。
「あいつのこと頼むぜ、リック」
「はい、もちろん」
まだまだ頼りないかもしれないけど。
あの人の背中には、追いつけていないけれど。
「俺は諦めませんから」
ジェイドさんの口から、ジェイドさんの言葉で、ジェイドさんのことを聞きたい。
その思いは変わらず胸にある。
でもそれにはもう少し、蓋をしておこう。
今は傍にいられるだけで幸せだから。
……だ、だけど、いつかは……お願いしますジェイドさん。