空飛ぶにわとり番外編   作:甘味RX

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ピオニー視点


エピローグ後
新米レプリカ保護官とカレーの現状


 

「実際、リックの立場ってどうなんです?」

 

 エルドラントを巡る一連の騒動の後始末で、雪だるま式に増えていく執務地獄の中、自主的に休憩をもぎとってジェイドの執務室に転がり込んでいたピオニーは、ガイの言葉にひとつ目を瞬かせた。

 

「どうっつーと」

 

「傍仕えだった兵士が実はレプリカで、しかも突然マルクト軍大佐の息子。それに事実上の地位は無いに等しいですが、レプリカ保護官への抜擢……風当たりは強いのでは?」

 

 心配げに眉をひそめて言う青年に、ピオニーは肩をすくめて返す。

 

「まぁそりゃ、何も無しってわけにはいかないわな」

 

「大丈夫なんですか?」

 

 ピオニーは、こちらの会話に我関せずで仕事を続けている執務室の主をちらりと見やり、それから目の前で怪訝そうに首を傾げるガイにまた視線を戻した。

 

「あー、そうだな。例えばこの間の会議なんだが、頭の固い年寄りがいらんことを言ったんだ」

 

 ――大分 数が減ったとはいえ、レプリカ問題は未だ深刻です。聞けばリック殿はレプリカであるとか。それでは苦労も多いでしょうなあ。

 

 ――何せレプリカは気味の悪い人間もどきだと……ああこれはもちろん私の意見ではありませんよ。一般的な認識の話です。

 

 ――ただ私は、レプリカ保護官といった立場の中でそういった偏見や蔑視を受けたリック殿が、我々人間に対して不信感を抱くというような事がなければ良いのですがと、ご心配申し上げているのです。

 

「……リックがレプリカ達を率いて反乱を起こす可能性があると?」

 

「えらく回りくどい言い方だったが、そういう事だな」

 

「あるわけ無いでしょう! 大体あいつがそんな奴だったらとっくに反乱してますよ! ジェイドの部下をやってた段階で!!!」

 

「まあまあ落ち着けガイラルディア」

 

 今後もレプリカのレプリカ保護官として活動するなら、この手の揶揄はくさるほど受けることになる。

 あまり酷ければ多少諫めるくらいはしたかもしれないが、それでもピオニーもジェイドも、リックが挑むべき新たな戦場に、口を挟むつもりはなかった。

 

「それでも俺だって多少は心配してたんだ。腹芸だの舌戦だの、どう考えても向いてないからな。だが、俺は忘れていた。あいつが誰のもとで数年働き続けてきたのかを」

 

「……というと」

 

「ジェイドの嫌味に慣れすぎてて並大抵の嫌味は笑えるほど通じない」

 

 ド直球なものから真綿で首を絞めるようなものまで、ありとあらゆるパターンの巧みな嫌味をその身に受けながら生きてきたリックに、生半可な嫌味など、そよ風に等しかった……のかもしれない。

 

 ――お気遣いありがとうございます! 大丈夫です! これから精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!

 

 会議の場に緊張しつつも元気いっぱい答えていたリックを見ながら、慣れって怖い、とピオニーは思った。

 

「あれだけ手応えが無いと、いっそ毒気を抜かれるかもなぁ」

 

「あぁー……」

 

 ガイが何とも言えない表情で、しかしどこか納得したように唸っていると、扉が数回ノックされる音が部屋に響く。

 失礼します、と言って中に入ってきたのは、大きめの皿が二枚乗ったトレイを持ったリックだった。

 

「ジェイドさーん、ピオニーさーん。出来まし……あれ、ガイだ! いらっしゃい!」

 

 執務室の中にガイを姿を見つけたリックが家族を見つけた犬のごとくパッと目を輝かせると、ガイも思わずと言ったように小さく笑って、気安い調子で片手を上げた。

 

「ガイもカレー食べる?」

 

「ん? ああ、それカレーか。どうりで何か良い匂いがすると」

 

 トレイの上を見て納得したように言ったガイに、リックは「へへー」と締まりのない顔で笑ってから、カレーが盛られた皿の一つをまず真っ先にジェイドのところへ持って行く。

 

「ジェイドさんどうぞ!」

 

「ありがとうございます。……そこに」

 

「はい!」

 

 机上の開いた一角にてきぱきと食事の準備を整え、満足げに頷いたリックが今度はピオニーのほうへとやってきてカレーの皿を差し出した。

 

「ピオニーさんもどうぞ!」

 

「おー。しかし迷わず皇帝を後回しとは相変わらず歪み無いなお前」

 

 皿とスプーンを受け取りつつ、ピオニーは改めてガイに、お前も食べていったらどうだ、と勧めた。

 

 すると大臣に泣きつかれて脱走した皇帝を回収にきたお人好しの青年は、こちらが食べ終わるまで戻る気がないことを悟ったようで、ひとつ溜息をついてリックに苦笑を向ける。

 

「……そうだな、頼めるか?」

 

「了解! ちょっと待ってて!」

 

 それに元気よく敬礼を返したリックがまた執務室から飛び出していくのを見送って、ピオニーはカレーをひとくち頬張った。

 視界の端では、書類を脇によけたジェイドも同じようにカレーを食べ始めている。

 

「お前どんなに忙しくてもリックのカレーは食うよな」

 

「まあ、これに関してだけはあの子のことを心から評価してますよ」

 

「正直スパイスの調合からやり出すようになるとは思わなかった」

 

「そのうち野菜も自分で育てたいって言ってましたねぇ」

 

「どこまで行く気だアイツ」

 

 “親”に似たのか何なのか、あの子供はことのほか凝り性であったらしい。

 一連の旅の中でカレー作りの技術をやたらと上げて帰ってきたリックは、どこかの誰かに最高のカレーを食べさせるために、現在も日々邁進中である。

 

 めずらしく素直に褒めるジェイドの言葉を聞いたガイが、感慨深そうに目を細めた。

 

「一部の試作品はともかくとして、本当に上手くなったよな。最初のころは何というか、まずくはないけど、って感じだったが」

 

「まぁ今もカレー以外はその味ですけどね」

 

「カ、カレーの付け合わせに作ってるサラダだってわりと上達しただろ! ……盛りつけとか!」

 

 なぜかガイが必死にフォローしてやっている姿を見ながら、ピオニーはリックの料理がずっと半端な味だった理由を考える。

 

 それはきっと、あの子供に“好み”が無かったせいだ。

 好きも嫌いも“誰か”に由来していて、自分で選んだ味がなかった。

 

 逆にジェイドは何でもそれなりに美味しく作る。

 だけどレシピに忠実に作りすぎるから、何も特徴がなくなる。

 

 正反対のようでいて、やはりどこか似ているものだと思った。

 

 またひとくち、ばくりとカレーを放り込む。

 口の中に広がる温かな風味に、ピオニーはひとつ頷いて、満足げに口の端を上げた。

 

 

 




副題 『ぶっちゃけ休憩とかしてる場合じゃないくらいクッソ忙しい男達による束の間の現実逃避』

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