空飛ぶにわとり番外編   作:甘味RX

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新米レプリカ保護官 vs 譜業博士 vs レプリカンティス

 

 

「ワイヨン鏡窟の調査依頼、ですか?」

 

 告げられた場所の記憶を、あの濃密な旅の思い出から引っ張り出す。

 執務机で書類をめくっていたジェイドさんは、そうです、と肯定して顔を上げた。

 

 こちらを向いた赤い瞳を見返しつつ、俺は首を傾げる。

 

「あそこってキムラスカ領ですよねぇ。どうしてジェイドさんが、っていうかマルクトがやることになったんですか?」

 

「平和条約を締結したとはいえ、向こうがわざわざ依頼してくるような案件は今ひとつしかないでしょう」

 

「あ、レプリカ関係ですか」

 

「ええ。まぁこの件に関わっている張本人の身柄がこちらにあるから、というのもありますが」

 

 目的地の名を考えても確実に張本人でしかないサフィール・ワイヨン・ネイスこと

ディストの身柄は先日、正式にダアトからマルクトに移された。

 いや、本体はずっとグランコクマにいるし、不本意にもちょくちょく顔を合わせているのでとても今更感があるが、書面の上での手続きもようやく終わったのだ。

 

「シェリダンで開発中のレプリカ探索機が、ワイヨン鏡窟の方角から大規模なレプリカとフォミクリー反応を捉えました」

 

 装置はまだ未完成なので誤作動の可能性が高いけれど、下手に放置して何かあったら大変だし、念のため調べておきたいということらしい。

 

「我々はその先遣隊といったところです」

 

「なるほ……我々?」

 

「おや、自分の肩書を忘れましたか?」

 

「わ、忘れてません!」

 

 俺はジェイドさんの直属部下で、レプリカ保護官だ。

 『ジェイドさんが』『レプリカの反応を』調べにいくというならば、それはもうついて行くしかないだろう。

 

 しかし何かこう、デジャブ感溢れるやりとりである。

 具体的に言うと、ぜんぜん平和じゃなかった平和条約を巡る旅に行く前にも、こんなやりとりをした気がする。ちょっと不安になってきた。

 

「……これは、平和な任務なん……ですよね?」

 

「今回のところは調査だけですからねぇ。平和なんじゃないですか?」

 

「そ、そうですよね! 調査ですもんね!」

 

 ほっとして喜ぶ俺を見るジェイドさんが、どこか生ぬるい笑みを浮かべていたことには気づかぬまま。

 

 

 迎えた調査当日。

 

 

 俺はキラービーを噛み潰したような顔をして、隣で同じような表情をしている男とともに、ワイヨン鏡窟の中を進んでいた。

 

「まったく、どうして私がこんな場所まで来なきゃならないんです」

 

「その“こんな場所”に研究施設作ったの誰だよ」

 

「しかもジェイドとならいざ知らず、まさか、こんなノミの心臓レプリカとだなんて」

 

「ジェイドさんは別の仕事で遅れてくるって何回も言っただろ!」

 

 ただでさえ忙しいジェイドさんが、わざわざワイヨン鏡窟のあるラーデシア大陸まで調査に来れたのは、そもそもこちらで別件の任務があったからだ。

 キムラスカ側もそれを承知の上で、ならついでに、と依頼をしたというのが事の次第である。

 

 かくいう俺もこちらでレプリカ保護官としての仕事があったのだが、それが思いのほか早く済んだため、一足先にワイヨン鏡窟へやって来たのだ。

 

 出来れば、いや心の底からジェイドさんと一緒に来たかったのだが、極めて合理主義である上司が、暇な部下をそのままにするわけもなく。

 全力でごねる俺達を輝く笑顔で黙らせて、ジェイドさんは俺に先行調査を任せ、“重要参考人”とともに蹴り出し……送り出した。

 

「ノミレプリカ!」

 

「バカディスト!」

 

 ワイヨン鏡窟の調査における重要参考人、またの名をディスト。

 

 どうしてこの男が調査に同行しているのかといえば、事前に聴取して、現地に行って調査して、疑問点を持ち帰ってまた聴取して、結果を基にまた調査して……というお決まりの手順を「時間の無駄です」の一言で切って捨てた、やはりジェイドさんの合理主義ゆえである。

 

 まぁディストが相変わらずジェイドさんからの聴取にしか応じない以上、正規のやり方では何度も顔をつき合わせる羽目になるので、まとめて一気に終わらそうという事だったのかもしれないが。

 

 ただしディストはれっきとした囚人だ。その両手には縄が掛かっており、そこから延びる紐の先は俺がしっかりと握っている。もっとちゃんとした譜業式の手枷もあるんだけど、相手が譜業博士なことを考えると、縄のほうが安心だろう。絵面はひどいが。

 

 

 ジェイドさんが見ていたら呆れかえること間違いなしの口喧嘩をしながらたどり着いたのは、ワイヨン鏡窟の深部。スターと会ったあの場所だ。

 

 そこにドンと鎮座している音機関を前に、俺はここへ来る前にジェイドさんから叩き込まれた知識を引っ張り出しつつ、諸々の確認作業をこなす。

 

 ざっと見たかぎり前と変わった様子はないが、“大規模なレプリカとフォミクリー反応”の正体は何なのだろう。

 内心首を傾げていると、俺の手元を見ていたディストがバカにするように息を吐いた。

 

「手際が悪いですねぇ」

 

「……しょうがないだろ」

 

 イエモンさん達のおかげで音機関の扱いはそれなりになったと思うが、こんなでもやっぱり譜業博士であるディストと比べたら、俺の技術なんてそりゃオタオタレベルにしか見えないだろう。

 

「ふふん、せいぜい頑張って調べなさい。どうせ無駄でしょうがね」

 

 縛られてなかったら腰に手を当ててふんぞり返っていそうな調子でディストが言う。

 

 成果が出ないことを知ってるかのような口ぶりに何か引っかかるものを感じたが、装置の操作方法でいっぱいの頭ではうまく追求出来そうにない。

 悔しさに唸りつつも、とにかく今は任務を遂行しようと装置に向き直った。

 

 けれど、その後もディストが何かと茶々を入れてくる。

 遅いだのジェイドさんがいないことへの文句だのを告げてくるディストのそれは、ジェイドさんの嫌味の鋭さと比べれば、チュンチュンのさえずりにも等しいはずのものだった。しかし。

 

「あーもーうるっさいなぁ! そんなのオレだって! ジェイドさんと一緒がよかった!!!」

 

 そう。俺の怒りの沸点は対ディストの場合のみ、異様なほど低かった。

 

 怒鳴り返した勢いのまま、装置に拳を振り下ろす。

 もちろん操作盤のある箇所などではなく、ただの金属部に向かって、だが。

 

 何もない、何もないはずの場所に拳を叩きつけたその瞬間。

 

 どこかでカチリと音がした。

 

「え?」

 

「ちょっ、ばっ……!!」

 

 妙に焦ったディストの声が耳に届くが早いか、体が一気に浮遊感に見舞われる。

 気づけば俺達の足下にあったはずの地面が、円形にきれいさっぱりと無くなっていた。

 

 …………ジェ、

 

「ジェイドさぁああぁああんんー!!!」

 

「じぇいどぉぉお~!!!」

 

 悲鳴だけを地上に残して、俺達の体は、真っ暗な円の中へと落ちていった。

 

 

 

 拝啓、ジェイドさん。

 

 同行者がめちゃくちゃ気に入らないやつであること以外、わりと平和な任務であったはずの俺の前には今。

 

「なんって余計なことしてくれたんですか! このヘタレプリカ!」

 

「オレがいらんことしいなのはジェイドさんのお墨付きだから認めるけど! お前にだけは! 言われたくない!! ……なんなんだよアレ!!」

 

 ――――魔物図鑑には確実に載っていなかった、なんか、ものすごい大きくて怖くて強そうなモンスターがいます。

 無性にグランコクマに帰りたいです。

 

 突如として開いた穴から、何やら暗いダクトのようなところをオールドラント童話にあったおにぎりのごとく、すってんころりんころころりんと(実際はもっと悲惨な効果音だったが)転がり落ちた俺達が吐き出されたのは、ワイヨン鏡窟の地下空間だった。

 

 ここそのものは自然の地形なのだろうけど、周囲にはダクトや謎の装置などがあり、人の手が加えられたことは明らかだ。しかし以前の調査書にこんな場所の記録はない。

 

 それらをディストに問いただそうとしたその時、岩陰からのっそりと姿を現したのが、あのモンスターだった。

 

 でもレプリカらしき気配を感じるし、もしかしたら友好的なモンスターかもしれない。

 出会い頭で抱いた希望は、しかし一瞬で叩き潰された。むしろ俺達が叩き潰されかけた。

 

 だから今、こうして必死に逃げ回っているというわけである。

 

「出口とかないのかよ!」

 

「ありますがっ、外側から一定の手順を踏んで解除しないと開きませんよ! 私が作った隔離システムは、完璧です!」

 

「直通ダクト作っといて何言ってんだ!!」

 

「アレは、いざというときのっ……隠しギミッ……ああもう私は頭脳派なんですよ! いつまでっ、走り回らせるつもりですか! あなた剣士でしょう何とかしなさい!!」

 

 息も絶え絶えに無茶ぶりしてきたディストの言葉に、なんとかったって、と背後に迫るモンスターをチラ見した。

 

 うん。

 

「ムリだよ! どう考えても瞬殺だよ! オレが!!!」

 

「当たり前です! ノミレプリカにっ、そこまで期待してませんよ! 時間を……稼げと、言っているんですっ!!」

 

 そう言われて思わず目を丸くする。譜業博士にはどうやら何か策があるらしい。

 

 少し迷ったが、さしものディストも自分の命が掛かっている状況で下手なことはしないだろう。

 ひとつ息を吐いて腹をくくり、剣を抜いた。

 

「……三十秒。それ以上は保証しないからな!」

 

「ふん、私の手にかかれば五秒で完了ですよ!」

 

 ディストの両手に掛かった縄を斬り、お互いの顔は見ないままに吐き捨てる。

 どこかへ向かって駆けだしたディストの足音を聞きながら、俺はその場で体の向きを変えた。

 

 そうすれば、先ほどまで背にしていたモンスターの姿が、目の前へと現れる。

 冷や汗で滑りそうな剣の束を思いきり握りしめて、その巨大な体躯を見上げた。

 

 いや、しかし、これは。

 

「持つかな……三十秒……」

 

 先ほど切った啖呵の、舌の根も乾かないうちに零れた弱音を、ジェイドさんが聞いていたら鼻で笑ったに違いない。

 隙あらばひきつりそうな口元をそんな想像で無理やり笑みの形の変えて、俺は地を蹴った。

 

 でも別に倒すわけじゃないし、ただ気を逸らすだけなら何とかなるんじゃないか、なんて。

 

 そんな前向きなことを考えていた時が俺にもありました三秒くらい。

 

「ひぃ!!? ちょっ、でぃっ、ディストぉ!! まだ!? まだなのか!?」

 

「今やってます! というか十秒しかたってませんよ! 三十秒保証すると言ったのはどこのレプリカです!?」

 

「じゃあ五秒で完了って言ったのどこの譜業博士だよ!!! って、うわあ!」

 

 モンスターの腹から発射されたレーザーをかろうじて避ける。

 

 向かい合ったときの圧迫感で言えば、ネビリムよりはずっと軽い。

 けれどそのへんのモンスターとは全く比べものにならない迫力で、火炎弾やら氷結ブレスやらを飛ばしてくる謎のモンスターとの攻防は、三秒間に五回くらい命の危機を感じるものだった。

 

 そういう意味では遊ぶようにじわじわとこちらを痛めつけていたネビリムと比べ、純粋な殺意のみで仕留めに来ているあのモンスターのほうが、一瞬一瞬の緊迫感は上かもしれない。ていうかどっちも怖いムリ。

 

 とにかくディストのほうに攻撃が行かないようにと、胃に穴が開きそうな気分で、涙目になりながら逃げ回ること十数秒。

 

 広大な地下空間に、「なーっはっは!」とディストの笑い声が響きわたった。

 五秒はさすがに無理だったが、譜業博士はそれでも三十秒以内で作業を終えたらしい。

 

 ディストが操作していた装置から、何かの音が流れてくる。

 耳障りな雑音のようにも、美しい音楽のようにも聞こえる不思議な音色だった。

 

 するとモンスターが、突如として苦しげな唸り声を上げつつその場に倒れ込む。

 それを見届けて、「どうです!」とディストが得意げに胸を張った。

 

「こんなこともあろうかと用意しておいた、体内の第七音素に感応する特殊な振動数を発生させる装置!」

 

 そして指揮者のように両手を広げて、高々と己の発明品について語り始める。

 

「直接的なダメージは一切与えませんが、レプリカは全身に走る激痛で身じろぎもままならなくなります! つまり損傷を与えることなく、かつ安全に! レプリカを捕獲できるというわけです! まぁ第七音譜術士やその素養のある人間にも少々影響が出たりとまだ改良の余地はありますが、何にしてもレプリカへの効果は桁外れ! 絶大です!!」

 

「おまえはブウサギに蹴られて全治三週間の怪我をすればいい」

 

「だからそこまで言うならいっそ死ねと言えと前にも言ったでしょう! 貴方のそういう中途半端な温情が逆に怖いんですよ! 大体なんで責められなきゃいけないんですか、私はちゃんとレプリカを無力化し……あっ」

 

 ようやく気づいたらしいディストが、俺のほうを見て笑みをひきつらせる。だがすぐに開き直ったように胸を張った。

 

「そ、そういえばレプリカでしたねぇ!」

 

「ほんと覚えてろよ!!! いぃ、っ~~~~……!」

 

 モンスターともども地面に突っ伏したまま恨み言を絞り出すと、自分の怒鳴り声が体に反響してさらに悶絶する。

 

 しかし痛い。尋常じゃなく痛い。

 確かにこれなら、痛みで暴れるなんてレベルを通り越して動くことも出来ないだろうが、このままだと俺も逃げられない。

 

 動けるのがディストだけじゃ、とそこまで考えたところで はっとする。

 同時に同じ結論に行き着いたらしいディストが、装置の前で首を傾げた。

 

「これはもしや、脱獄する絶好の機会なのでは……?」

 

 何ちょっと悩んでんだジェイドさんに言いつけるぞ。

 

 痛む体に鞭打ってまた怒鳴りつけたようとしたとき、装置から流れる音の調子が、急に変わった。

 ガガッ、ザザザ、ピー、と歪んだ異音が混じり始めたかと思えば、やがて装置そのものが白煙を上げ始める。

 

 そして最後にボン!と軽快な爆発音を立てて装置は完全に沈黙した。

 

「……………………おい、譜業博士」

 

「……外殻降下時の衝撃! 障気の侵入! メンテナンスをせず長期に渡る放置! 故障の要因になる事なんていくらでもありますよバカじゃないですか!!?」

 

「逆ギレすんな!!」

 

 装置の停止。

 

 それすなわち、レプリカを無力化する音も止まった、というわけで。

 

 見ればあのモンスターがゆるゆると体を起こし始めていて、自分も慌てて立ち上がろうとするが、痛みの余韻で体がうまく動かない。

 

 それはモンスターも同様らしく先ほどより動きは鈍くなっているけれど、そもそも基礎能力が桁違いであるからか、向こうのほうが一足早く体勢を立て直した。

 

 ディストが必死に装置を再起動させようとしているのが視界の端に写ったが、さしもの譜業博士もあと数秒足らずでの復旧は難しいだろう。

 剣はかろうじて握れるが、受け流すにしろ逃げるにしろ、こんな状態でどうにか出来る相手じゃない。

 

 恐ろしいモンスターが、ひたりと俺に狙いを定めた。

 

 間に合わない。

 どうするにも、明らかに、間に合わない。

 

 それでも。

 

 “生きて守る”のだと、あの雪の街で誓ったのだから。

 

「あきらめて、たまるか……!」

 

 手持ちの譜術の中では最速で発動することが出来て、なおかつ逃げる時間を稼げる可能性のある、唯一の術式を展開する。

 

 別の生き物の頭のような形をした片腕を、モンスターがこちらへ向けた。

 先ほどそこから放たれたのは強力な火炎弾だった。直撃すれば、確実に終わる。

 

「…………っ!」

 

 諦めてはいない。けれど。どうしても間に合わない。

 抗いようのない現実が、目に痛いほど光り輝く炎の塊が、今まさに放たれようとした。

 

 そのとき。

 

「―――― サンダーブレード!」

 

 泣きたくなるほど大好きな声が、耳に届いた。

 

 鋭い雷にうたれたモンスターの腕から、放たれる直前だった火炎弾が、そのまま手元で暴発して弾ける。

 痛みにか、獲物をしとめ損ねた怒りにか、モンスターは腹の底まで響くようなびりびりとした雄叫びを上げた。声量と迫力に、圧倒されそうになる。

 

「ぼさっとしない!」 

 

 けれどその一喝にハッとして、構築の途中だった術式を一気に組み上げた。

 

 それが今まで“彼”にしか成功したことのない術だとか、確率の低さとか、失敗したらこの後どうするかとか。

 そんなことを考えてる暇もなく、ただ大好きな声に背中を蹴飛ばされるようにして、俺はその譜術を放つ。

 

「ピコハンッ!!!」

 

 それはモンスターの頭に落下して、ぴこっ、と緊迫感のない音を立てた。

 

 だがその平和な音に反して、効果は絶大である。

 急にふらふらと足下を覚束なくさせ始めたモンスターに、俺は術の成功を悟った。

 

「やっ、ぐえ」

 

 やった!と喜びの声を上げかけた喉から、なぜかゲコゲコの潰れたような音がこぼれる。いや、原因は分かっているので、なぜかも何もないのだが。

 

 俺の首根っこを掴んでずるずると引きずりながら、かの人は足早にどこかへ進む。

 少し離れたところから、ディストのものらしい足音が慌ただしくこちらに向かってくるのも聞こえた。

 

 やがて首根っこが解放されて、俺がぼたりと地面に落ちたのは、俺達が落ちてきたあのダクトのところだった。

 見ればそのときには無かった一本のロープが、ダクトの奥に続いているのが分かる。

 

 追いついたディストが、それを見て口元を引きつらせた。

 

「わ、私は頭脳派なんですよ? なのに、まさか、これで上まで登れというんですか!?」

 

「あ、あの……オレもまだちょっと、体がうまく動かないんです……けど……」

 

「おや。ではもうしばらく此処でアレと戯れて行きますか? 私は構いませんが」

 

「「全力で登らせて頂きます」」

 

 三秒間に五回のペースで訪れる命の危機はもうイヤです。

 

 奇跡的に成功したピコハンが効いているうちに、悲鳴を上げる体に鞭打って、ロープ伝いにダクトを上がっていく。

 その途中で疲労を紛らわすついでに、俺はふと気になったことをディストに尋ねた。

 

「ていうか、こんな技術あるなら……言いたかないけど何でヴァンに教えなかったんだよ」

 

 レプリカを無力化する装置。しかも効果は絶大。

 こんなものを使われたら、俺達はひとたまりもなかっただろう。

 

「私のっ、天才的発明を、どうしてわざわざ、あの男に貸し出してやらなきゃっ、ならないんです、か!」

 

「これこそ心底言いたくないけどお前がそう言う奴でよかったよ」

 

「はぁ? なんです、それは! というか今っ、話しかけないでくださいよ!」

 

 ぜぇはぁ言いながら怒鳴り返してくるディストに小さく肩をすくめて、あとは黙々と、暗くて狭いダクトの中をのぼり続けた。

 

 

 そしてようやく戻ることの出来た地上――といっても鏡窟の中だが――にて、かの人は「さて」とこちらを振り返り、優雅な動きでスッと眼鏡を押し上げた。

 

「現状に至るまでの詳細な報告をお願いします、リック軍曹殿」

 

「……ハイ、…………ジェイドさん」

 

 なんとも輝かしい笑顔を浮かべた上司を前に、俺はあの装置の余韻のせいばかりでなくぴるぴると体を震わせながら、涙目で頷く。

 

 とはいっても俺自身ほとんど訳の分からないままに落ちて、ああなってこうなって今に至っている。

 怖いモンスターが、変な装置が、といった程度のことしか言えないわけだけど、ジェイドさんはそんな俺の足りない説明であらかたの事情を察したらしい。呆れたようなため息をひとつ吐いた。

 

「いらないことをする男と空気の読めない男のコンビですから、どうせ平穏無事には行かないだろうとは思いましたが。相変わらず予想の斜め上にやらかしますねぇ貴方は」

 

「返す言葉もございません……」

 

「まぁ今回に限っては相応の収穫もありましたから、良しとしましょうか」

 

「え?」

 

 収穫。そんなものあっただろうかと首を傾げていると、ジェイドさんがおもむろにディストのほうを振り返った。

 

「ディ~スト?」

 

 そして弾むような声色で、その名を呼ぶ。

 

 こちら側からは青い軍服の背中しか見えないが、その対面でどんどん顔色を悪くしていくディストの様子からして、ああ、たぶん、とびっきり輝く笑顔を浮かべているんだろうなぁ。

 

「では、あの地下空間について、洗いざらい吐いて貰いましょうか」

 

 その言葉を合図に俺はそっと目を閉じて、耳をふさいだ。

 頭の中にきれいなお花畑を思い浮かべ、僅かに聞こえてくる断末魔から意識をそらす。

 

 きっと帰りは縄で拘束するまでもなく、逃亡する元気なんか残っていないに違いなかった。

 

 

 

 

 ディストへの聞き取り(?)の結果、あの地下空間は思ったよりずっと広大な造りであるらしい事が分かった。

 それにレプリカ探索機の反応からして、ほかにも複数のレプリカがいる可能性が高いという。

 

 別の場所にちゃんとした入り口があるそうなのだが、そちらはどうも厳重に細工してあるようで、それを突破しつつ、本格的に調べようと思ったらかなり掛かるだろうとの事だった。何がってお金が。

 

 結論から言うと、マルクトによるワイヨン鏡窟の調査は“保留”になった。

 

 今回の調査はキムラスカ側の依頼であるため報告は上げるけれど、レプリカ問題やらなにやらで人員も資金もすでにいっぱいいっぱいだ。

 差し迫った問題がないならば、まず間違いなくキムラスカでも“保留”になるだろうとのことだった。

 

「あとは潤沢に予算のある暇な方が、個人的に何とかしてくれる事を期待するしかないでしょうねぇ」

 

「そ、そんな人いますかね……」

 

「さあ?」

 

 帰りの船の中、ジェイドさんはそう言って肩をすくめた。

 

 

 それから報告書の作成に取り掛かったジェイドさんの邪魔をしないように、俺はベッドに腰を下ろして、おとなしく趣味に没頭している。

 

 少しすると、隣のベッドで屍のように転がっていたディストが、俺の手元をちらりと見て眉根を寄せた。

 

「……何ですかソレは」

 

「音機関」

 

 一から自分で作っているお手製品である。

 まぁただ前へ歩くだけの、ほとんどオモチャに近いものだが。

 

 手のひらサイズのそれをこね回す俺を、ディストは少しの間 黙って眺めていたけれど、やがて渋い顔でおもむろに手を差し出してきた。

 

「貸しなさい」

 

 そう言われて、俺もまた渋い顔になりつつも、「ん」と音機関をその掌へ乗せる。

 ベッドの上に身を起こしたディストは、俺の音機関をざっと眺めて、息を吐いた。

 

「……この回路は余分です、音素伝導率が悪くなる。こちらももっと簡略化して、摩擦を減らしなさい」

 

 ぽつぽつと上げられていく問題点はすべて納得のいくもので、なるほど譜業博士は伊達じゃないらしい、と俺もこればかりは素直に感心する。

 

 ディストにいつもの調子で口喧嘩をするだけの体力が残っていないこと、俺は報告書制作中のジェイドさんの邪魔をしたくないこと、そして音機関の話題であることなどの理由で、俺達の会話はかつてない程まともに進行していた。

 

「なんです? この薄汚れた歯車は」

 

 その途中、一番重要な位置に組み込んである煤けた歯車を見たディストが、怪訝そうに片眉を上げる。

 

「動作的には問題なさそうですが、わざわざこんなものを使わずともいいでしょうに」

 

 煤けた歯車。

 書類を書くジェイドさんの背中。

 目の前の、気にくわない男。

 

 すべてを順繰りに見やってから俺はふいとそっぽを向き、「いいんだよ、それで」と何食わぬ調子で吐き捨てた。

 

 






>新米レプリカ保護官vs譜業博士vs…
&でも+でもなくvs
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