空飛ぶにわとり番外編   作:甘味RX

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れぷりかのしあわせなゆめ

 

「うわ~! 遅刻遅刻!!」

 

 これはまずい。絶対に怒られる。ていうかたぶんもう怒ってるだろうなぁ。

 その光景を一足早く脳裏に描いて苦笑しつつ、グランコクマの街中を走る。

 

 そして待ち合わせ場所である噴水の前にたたずむ少年の姿を見つけた俺は、大きくを手を振りながらそちらへ駆け寄った。

 

「ごめーんシンクー! 待ったー!?」

 

「えぇまぁ待ちましたけどそれが?」

 

「うわ敬語だ。すごい怒ってるときのやつだ。あの、遅れてすみませんでした」

 

 思わず上官にするように敬礼しつつ謝れば、シンクはじとりと俺を睨みあげてくる。

 

「届け物するのに一人じゃ心細いから一緒に来てくれって、頼んできたのそっちだよね」

 

「本当にすみませんでした!!!」

 

 謝罪を重ねた俺に、シンクはひとつ深々と溜息をついてから気を取り直すように話を進めた。

 

「で、届け物って何なの」

 

「これなんだけど」

 

「なにそれ。手紙?」

 

「招待状だって」

 

「何の」

 

「さぁ」

 

「……まぁいいけど。誰に届けるわけ?」

 

「さぁ?」

 

「ふざけてるなら帰るよ」

 

「本当にオレ知らないんだって!」

 

「誰に届けるかも分からないものを届けに行くって? そんなの、適当なやつに押しつけるか捨てるかしなよ」

 

「そ、そうもいかないだろ。あとその……どうせだからみんなの顔見てこいって休暇貰っちゃったし、おみやげ買ってくるってアスランさんとも約束したし……」

 

「…………ハァ」

 

 シンクは今一度深い溜息を零すと、頭痛をこらえるように額に手をやりながら、くるりと身を翻した。待たせた上に目的もはっきりしないときては、さすがに呆れられてしまったのかもしれない。

 どれもこれも俺の落ち度とあっては引き留める言葉もなく、これは一人旅に決まりかと肩を落としてうなだれていたら、ふと視線を感じて顔を上げる。

 

 するとそこには、とっくに行ってしまったかと思っていたシンクが、こちらを振り向いたまま立ち止まっていた。

 

「……なにしてんの?」

 

「え」

 

「アンタが目的地決めてくれないと、こっちはどうしようもないんだけど」

 

 淡々と告げられた言葉が、ゆっくりと頭に染み込んでくる。

 一拍おいてその意味を理解した途端、俺の両目からブワッと涙があふれ出た。

 

「シ、シンクぅ~~~!!!!」

 

「ウザ」

 

 

 

 

 というわけで最初に訪ねたのは、ケテルブルクのとあるお宅。

 

 ノッカーを鳴らすと間もなく扉を開けてくれたその女性は、唐突な訪問にも関わらず「あら」と笑って俺たちを家にあげてくれた。

 

「久しぶりねリック。シンクも」

 

「はい! お久しぶりです、ネビリムさん!」

 

「……ふん」

 

 ゲルダ・ネビリムさん。言わずと知れたジェイドさん達の先生だ。

 この街でずっと私塾の先生をしているそうで、俺も一度譜術とかを習いに来たいのだが、今のところ忙しくて実現できていない。

 

「それで、今日はどうしたの?」

 

「あ。えーと、この招待状なんですけど……あの……。これ……どこに届ければいいか知りませんか?」

 

 隣に座るシンクのじと目が痛い。

 うん分かる。言いたいことは分かる。わけのわからない質問をしている自覚は大いにあるから許してほしい。

 

 ネビリムさんは手渡された招待状をじっくり眺めると、小さく笑って首を横に振った。

 

「少なくとも私宛てではないわね」

 

「ですよねぇ……」

 

「当たり前だろ。ほら、とっとと次行くよ」

 

「ま、待ってよシンク!」

 

 さっさと先に行ってしまったシンクを追いかけようと慌てて立ち上がったところで、ネビリムさんに呼び止められた。

 

「よければこれを持っていって」

 

「……レシピ、ですか?」

 

 渡されたのは手書きのレシピ。しかもカレーだ。

 けれど普通のカレーではなくて、ところどころ見たことのないアレンジが加わっている。

 

「私特製カレーのレシピ。自分で言うのもなんだけど、おいしいんだから」

 

「へー、こういう調理法もあるんですねぇ! しかも隠し味が……」

 

 思わずカレー談義に入りそうになったところで、玄関のほうから苛立たしげなシンクの声に呼ばれてはっと我に返る。

 

「す、すみませんネビリムさんお邪魔しました。また今度ゆっくり、」

 

「リック」

 

「はい?」

 

「ジェイド達のこと、よろしくね」

 

「……はい!」

 

 力強い俺の返事を聞いて、ネビリムさんはとても満足そうに、そして嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

「閣下ならば所用で外出中だ」

 

「そ、そうですか……」

 

「何か用事か? 急ぎの案件ならばお戻り頂けるよう連絡を取るが」

 

「いえ!!!!! ぜんぜん!! ほんと!!! 大丈夫なんで!!!!!」

 

 ユリアシティに入ってからここまでシンクの背に隠れつつ進んできた俺は、リグレットの言葉を聞いてようやくホッと力を抜く。

 あんた本当にヴァン苦手だよね、とずっと盾にされていたシンクが呆れたように呟いた。

 

「あの、ところでリグレット……さん。これについて何か分かることありますか?」

 

「招待状? いや、身に覚えはないな」

 

 何となく予想していたが、やっぱりかぁと苦笑する。

 

 本当にこれ何なんだろう。

 同じものを、どこかで見た気もするんだけど。

 

「それはそうとシンク。たまにはダアトに戻ったらどうだ」

 

「何いきなり」

 

「最近マルクトに入り浸っているだろう。友人と遊ぶのが楽しいのは分かるが、兄弟のところにもちゃんと顔を出してやれ」

 

「ゆ、」

 

「それなら大丈夫です! 招待状の件がどうあれ、どのみち会いに行くつもりだったんで!」

 

「そうか。導師によろしく伝えておいてくれ」

 

「分かりました!」

 

「そういえば閣下とティアがセレニアの花を使ったサシェ……匂い袋を作ったのだが、数があるからひとつ貰ってくれないか」

 

「めずらしいですねぇ、あの二人がこういうの」

 

「先日ホドに戻られた際にガルディオス家にも顔を出したそうなのだが、そこでマリィ様に捕まって色々やることになったらしい」

 

「ガイのお姉さんほんと強い……あっ、じゃあひとつ頂きますね」

 

「ああ。シンクはどうする?」

 

「…………………………何でもいいよ、もう」

 

 なぜか疲れ切った顔のシンクに首を傾げつつ、淡い香りを放つそのサシェを、ネビリムさんのレシピと同じところへしまった。

 

 

 

 

 そのあとも色んなところに行って、招待状のことを聞き歩いた。

 

 チーグルの森の、アリエッタやライガクイーン。

 住処にしていた森が火事で焼けてしまったと聞いたときは心配したけど、今はチーグル達とも仲良くやれているようで安心した。

 

 アクゼリュスではレプリカと街の人達が力を合わせて働いている。

 父ちゃん早く、と手を振って笑う元気そうな男の子とすれ違った。

 

 ケセドニアで会ったラルゴは奥さんに買っていくお土産で悩んでいたので、一緒に露天を見て回った。

 だいぶ時間をかけてようやく決まったかと思うと、今度はナタリアへのお土産で悩み始めたため、シンクが俺を引きずってその場を離脱した。

 

 シェリダンではイエモンさん達や、ヘンケンさん達と会った。

 調子はどうだ、音機関は触っとるか、と返事をする暇もないくらい、口々に言葉をかけてくれた。

 がんばれよリック。そう言って背を叩いてくれた手が、温かかった。

 

 

 でも、この招待状についてはやっぱり何も分からないままだった。

 

 

 

「え、シンク行かないの?」

 

 そして俺たちが最後に向かったのはダアト。

 けれど教会の前まで来たところで、シンクは突然、俺ひとりで行けと言った。

 

「ちゃんと元気なところ見せていこうよ。リグレット……さんにも言われてたじゃないか」

 

「あぁ、ハイハイ。後で顔出しとくから」

 

「ほんとかなぁ」

 

 おざなりな返事に苦笑すれば、シンクはひょいと肩をすくめてみせる。

 

「ここまで付き合ってやっただけでも有り難いと思いなよね」

 

「うん、ありがとう。シンクがいてくれてよかった」

 

「…………、モースに見つからないうちに早く行けば。苦手なんでしょ」

 

「あ、そうだった!!」

 

 ダアトに来るたび何やかんやで怒られるから、嫌いではないが出来れば会いたくない相手である。

 それじゃあ、と急いで教会前の階段を上がろうとしたところで、ふいに呼び止められた。

 

「リック」

 

「何、ぅわっと」

 

 放物線を描いて降ってきた赤い物体。

 とっさにキャッチしてから見れば、それは赤々としたおいしそうなリンゴだった。

 

「せいぜい、がんばりなよね」

 

「? うん……ってあれ!? シンクいまオレの名前!」

 

「ほらモース来るよ」

 

「ぅわぁ!!」

 

 全速力で教会に向かって走り出した俺の後ろから、小さな笑い声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 礼拝堂で祈りを捧げるそのひとの背中を見つけて、ぱっと表情を輝かせる。

 

「イオンさま!」

 

「……久しぶりですね、リック」

 

 ゆっくりとこちらを振り返った彼は、あの優しい笑みで俺を迎えてくれた。

 胸の中から溢れ出るうれしさを堪えきれずに、その勢いのまま話し始める。

 

 みんなに会ったこと。みんなと喋ったこと。

 みんなみんな、幸せそうだったこと。

 

 イオン様は静かに微笑んで、ずっと俺の話を聞いてくれていた。

 

「だからシンクも顔見せたらって言ったんですけど、あっそうだ、シンクがオレの名前呼んでくれたんですよ!」

 

「ふふ、そうなんですか」

 

「はい! あとリンゴもくれて……、あれ」

 

 手に持っていたリンゴを見せようとして、そこに何もないことに気づいた。

 今の今までここにあったはずなのに。

 

 慌てて自分のポケットやらを探ってみれば、リグレットから貰ったサシェまで無くなっていることが分かった。

 

「なんで……だって、さっきまでは、」

 

「リック」

 

 俺の名を呼ぶ優しい声が、鼓膜を揺らす。

 

「あなたは知っているはずです。この“招待状”が誰のものかを」

 

 招待状は、いつの間にかイオン様の手にあった。

 

 すると今まで何もなかった表面に、じわりと文字が浮かび上がる。

 そこに書かれた宛名は――――リック・カーティス。

 

 ……ああ、そうだ。思い出した。

 あの手紙は。

 

 

「ルークの、成人の儀への……招待状だ」

 

 

 瞬間、世界が硝子のように割れてはじける。

 気付けば何もない真っ白な空間に、俺と彼だけが残っていた。

 

「イオンさま……」

 

「リック。あなたがシンクと見て回った世界はどうでしたか」

 

 みんなが生きていて、みんなが笑っていて。

 本当にこんな未来があったらって、泣きたくなるほど幸福な、この世界は。

 

「……イオンさま。オレ、これでもね、前よりは強くなれたと思うんです」

 

 ほんの一歩かも、その半分かもしれないけど。

 あなたが強いと信じてくれた俺に、あのころより少しは近づいてると思うんだ。

 

「ここは俺にとって、とてもとても、幸せな“夢”でした」

 

 どれだけ辛いことがあっても、苦しい思いをしても。

 あなた達を失ってしまった哀しい世界だとしても。

 

 俺たちが出会い、懸命に生きたあの時間を、無かったことにはしたくない。

 

「だから帰ります」

 

 そう言った俺を見て、イオン様は嬉しそうに目を細めて笑った。

 

 白い世界が、ふいに光を放って膨れ上がる。

 イオン様の姿が見えなくなり、すぐに自分の姿さえあやふやになった。

 

 けれどすべてが白に飲まれる直前、声だけがひとつ耳に届く。

 

「――――もうすぐですよ」

 

 何がもうすぐなのかと尋ねる間もなく、意識はそのまま、白い光に融けていった。

 

 

 

 

 目が覚めた、ということを自覚して数秒。

 あれ、俺はどこで何をしていたんだっけ、と疑問を覚えて、寝起きの脳みそをじわじわ回転させていく作業にまた数秒。

 

 ここは? ……執務室。

 何をしてた? ……ええと、そうだ、仕事。

 

 少しずつ現状に理解が追いついていく。

 

 俺はジェイドさんの執務室で山のようにある仕事を必死に処理していて、でも途中で、逆に効率悪いって少し休憩するように勧められて、ソファに腰を下ろして、それで、それ、で……。

 

「ぅわああ寝てましたすみませんっ!!!」

 

 座った直後からもう記憶がないので、その一瞬で寝たらしい。

 一気に覚醒してソファから立ち上がり、書類をまとめてジェイドさんのところへ持って行く。

 

 そしてタービュランスを覚悟しながら書類を差し出すが、何故かいっこうに受け取ってもらえる気配がない。

 

 不思議に思って首を傾げていると、ジェイドさんはなぜか顔をしかめていた。

 何だかめずらしい、困惑したようなその表情に目を丸くする。

 

「ジェイドさん? どうしました?」

 

「……それはこちらの台詞なんですがねぇ」

 

「え?」

 

 ひとつ瞬きをした瞬間に、自分の目からぼろりと何かが零れる。

 

「え、え? ちょっ、」

 

 ほろり、ほろりと顔を伝って落ちていくそれは、後から後から、とどまることなく溢れてきた。

 

「うわ、書類が……」

 

「おやおや、先に書類の心配ですか。軍人の鑑ですねぇ」

 

「ぐ、軍人関係ありますかね……あと、あの……オレなんで泣いてるんでしょうか」

 

 寝過ごしたのに焦りはしたけど、いくら俺でも泣くほどの事じゃないだろう。ジェイドさんのお仕置きタービュランスはまぁ怖いが、それもまだ喰らってないし。

 

 勝手に出てくる涙をどうすることも出来ずに立ち尽くしていると、ひとつ溜息をついたジェイドさんが席を立ち、わざわざ執務机を挟んで反対側にいる俺の隣まできてくれる。

 

 じっとこちらを見下ろすジェイドさんに向き直り、なんだろう、壊れかけた音機関みたいに殴って直されるんだろうか、とちょっとびくびくしつつも黙って見上げた。

 

 ジェイドさんの瞳が、すいと細められる。

 その硝子越しの赤を見て、ああやっぱりキレイだな、なんて思ったところで。

 

 ぽん、と頭に乗った重み。

 

「どうせ怖い夢でも見たのでしょう。まったく、ビビリですねぇ」

 

 口調はいつものままなのに、ぽん、ぽん、と宥めるみたいに頭の上で動く手のひらが優しくて、今度は意識的に涙が出そうになった。

 

「何かの夢を……見た感じはするんですけど、あんまり覚えてなくて」

 

 ただなぜか唐突に、この間届いた手紙のことを思い出す。

 一度開封したきり、しまうことも捨てることも出来ず、所在なげに自室の机に置きっぱなしにしている、あの招待状。

 

 それと。

 

 (――――もうすぐですよ)

 

 記憶の底から、誰かのやさしい声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

「あ、でも、何かちょっと思い出せそうな……。えーと……たまねぎ、にんじん、じゃがいも……あと隠し味がたしか……」

 

「…………。タマネギが目にしみた夢でも見たんじゃないですか」

 

「あっなるほど!!?」

 

 納得した勢いで涙が止まって、ジェイドさんに心底呆れた顔をされた。

 

 





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