空飛ぶにわとり番外編   作:甘味RX

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アスラン・フリングス視点


フリングス将軍とリック

 

 

【 言葉の意味 】

 

 

 

 マルクト軍本部。

 渡された書類の中身を確認して、フリングスは傍で控えている青年に視線を移した。

 

「ありがとう、リック」

 

「とんでもないです」

 

 ジェイド大佐の直属部下である彼は、そう言って嬉しげに笑う。

 

 立場上よく大佐や陛下と顔をあわせる関係で、彼とも顔見知りではあったが、こんなふうに緊張を解いてくれるまでには随分かかった。

 特に嫌われていたわけではないと思うのだが、彼はどうも気が弱いというか、弱すぎるというか。

 

「大佐にもお礼を伝えてもらえるかい」

 

「はい、もちろん」

 

 そして小さく頷いたリックを見たところで、ふと気付いた。

 

「なんだか元気がないな。何かあったんですか?」

 

 問うと彼は、いえそんなことは、と少し言葉を濁しながら目を泳がせる。

 どう考えても何も無かったことは無いような仕草だ。

 

 彼と自分、そう年齢は変わらないはずなのに、どうも小さな子と話をしているような印象を受けて、さらにそのことに違和感を覚えないことがなんだかおかしかった。

 

「じゃあ悩みでも?」

 

 持ったままだった書類を自分のデスクの上に置きながら問い直すと、迷うように唸っていた彼がおそるおそる口を開く。

 

「少将、大好きより大好きって、なんて言ったらいいんですか?」

 

 突然の質問返しとその内容に、聞いておきながら何だが一瞬固まってしまった。

 慌てて脳の活動を再開させて、問いの理解とそれに対する返事を考える。

 

「そうだな……愛してる、かな?」

 

 するとリックは確認するように何度か言葉を口の中で繰り返し、納得がいったのかぐっと拳を握った。

 

「愛してるか……よし! ありがとうございます!」

 

「いや、力になれて良かったよ」

 

 それにしても大好きより大好きだなんて、好きな女性でも出来たのだろうか、と微笑ましい気持ちで目を細めた。

 

「さっそくジェイドさんに言ってきます!」

 

「ちょっと待った!」

 

 すぐさま出て行こうとするリックの両肩を掴んで止める。

 

「えっと、それは、どういう?」

 

 問いの意味を急いで再構築しながら聞いたところによると、何度大好きだといっても大佐が全く信じてくれないから、彼は「大好き」より強い言葉をさがしていたのだという。

 

 なるほどそれで、と納得すると同時に込み上げる苦笑。

 臆病さと合わせて、彼の大佐への懐きようも内部でわりと知れたところだ。

 

 ジェイド大佐はその能力の高さやクセのある人柄から、おおむね人には疎まれるか怖がられるか、もしくは宗教的なまでに祭り上げられるか、の三つに分かれる。

 

 皮肉や倦厭する言葉もよく聞こえたが、最後のパターンに当たる者達が口にする大佐についての様々な賛辞も耳にした。

 

 だけど、「大好き」という言葉を使ったのは自分が知る限り彼だけだったように思う。

 それこそ子供のように真っ直ぐに口にするから、見ているほうとしても毒気を抜かれるようだった。

 

「でも大佐にということなら……さっきのは止めたほうがいいですね」

 

「ぇえ、何でですか? 大好きより上級の言葉なら大佐も何か反応してくれるかもしれないのに」

 

 そうですね上級の譜術を返してくれると思いますよ、とは言わずに、そこは曖昧な笑みでごまかした。

 ずっと軍属で来た者は多少なりと色恋沙汰にうとい場合があるが、彼はもっと根本的なところから拙い気がする。

 

「いや……なんというか、“愛してる”は主に男性から女性へ使うものなんだ。だからジェイド大佐に言うにはちょっと、どうだろう」

 

「そうなんですか」

 

 少しがっかりしたように言う姿に、さっき止めることが出来て本当に良かったと思った。あのまま行かせていたらまず間違いなく宮殿のどこかが壊れただろう。

 

 じゃあどうしよう、とリックが難しい顔で独りごちる。

 それを見て、フリングスはふと笑みを零した。

 

「言葉は、単なる記号です」

 

 山のような意味を持った音、それは突き詰めれば伝達手段のひとつに過ぎない。

 忘れてはいけないのは、この言葉というものが“気持ち”を伝えるために作られたのだということ。

 

「大好きだという気持ちがたくさん詰まった『大好き』は、時に『愛してる』に勝ると俺は思いますよ、リック」

 

 薄っぺらな愛してるも、うわべだけの大好きも、その逆もある。

 要はただの音の羅列にどれだけの思いを込めるかだ。

 

 それに彼は考え込むように真剣な顔で俯いたが、すぐにパッと頭を上げた。

 

「……ありがとうございます、フリングス少将!」

 

 そして軍隊仕様の見事な礼をしたかと思うと、こちらの顔を見返して明るく笑う。

 なんだかこの間 町で見かけた懐っこい大きな犬のようだとぼんやり考えた。

 

 「それでは失礼しました!」とやっぱり軍隊仕様のかちっとした敬礼を残して、今度こそ部屋から出て行ったリックが消えた扉を少しの間 眺めたあと、ぶっと噴き出した。

 

 込み上げる笑いを喉の奥に留めようとしながら、デスクに手をつく。

 そこには先ほど渡されたばかりの書類がおいてあった。

 

 

 首を傾げるほど臆病で、ジェイド大佐が“大好き”で、普通の軍人のような、子供のような、まったく訳の分からない男。

 あれでは大佐は大佐でさぞ扱いに苦労していることだろう。

 

「ははっ」

 

 そしてフリングスはあの変な青年を、中々どうして気に入っている。

 

 

 




ほぼ軍内育ちのリックは、軍で生きる上の知識はあっても一般常識には少しうとい。
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