空飛ぶにわとり番外編   作:甘味RX

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アビス18周年!!!!!


レプリカ保護官と彼の推論

 

 セレニアの花が咲き乱れる渓谷に歌が響く。

 祈るように、願うように、絶え間なく紡がれていたその歌声がやがて静かに途切れたところで、「よろしかったの?」とナタリアがいたわしげに歌声の持ち主へと問いかけた。

 

 今日は、ファブレ侯爵家で成人の儀が行われている。

 その場へ招待されていたうちの一人であるティアは、ルークの墓前で行われる儀式に興味はない、と小さく(かぶり)を振った。

 

 いや、ティアだけではない。皆同じように考えたからこそ自分達はここにいるのだろう。

 空に浮かぶ月を見上げて目を細めたジェイドの横で、ガイが力強く言葉を続ける。

 

「あいつは戻ってくるって言ったんだ。墓前に語りかけるなんてお断りってことさ」

 

「まぁリックはその墓前に語りかける儀式に参加していていないんですけどね」

 

「う~わ~~この大事なとこで決まらない感じリックらし~~~」

 

「すっぽかす覚悟が決まらなかったみたいですよ。ビビリなので」

 

「侯爵家から名指しで来た招待状とか断れないよねぇ。ビビリだもん」

 

「そ、そう言ってやるなよ……あいつだってギリギリまで悩んでたんだし……最後もう色々板挟みで半泣きだったし……」

 

「いやですねぇ。最初に言ったのはガイじゃないですか、あんな儀式に参加するやつの気が知れないと」

 

「そこまで言ってないし俺はそんな欠席裁判みたいにするつもりで言ったわけじゃないんだが!!?」

 

 冗談はさておき、ルークの成人の儀への参加も一応レプリカ保護官としての仕事のうちだ。

 まだまだ不安定な“レプリカのレプリカ保護官”としての立場を固めるためには、時折この手の式典や儀式への招待に応じて、地道に顔を売っていくことも必要である。

 

 まぁ、あの子供はおそらくそんなことまでは考えていないと思うが。

 おそらく侯爵家からの招待を蹴るのが畏れ多いが六割、あれ以来気落ちして体調を崩しがちだというシュザンヌのことが気がかりなのが三割、あとの一割は……あの子供なりに真剣に悩んで、考えて、選んだ結果なのだろう。

 

「……そろそろ帰りましょう。夜の渓谷は危険です」

 

 しばらくしてジェイドが促せば、彼らは後ろ髪を引かれるようにしながらも月に背を向ける。

 しかしその後に続こうとしていたティアの足音が、ふいに止まった。

 前を歩いていた仲間達もそれに気づいて立ち止まり、振り返る。

 

 その先に。

 ──揺れる、緋色の髪。

 

「ここからなら、ホドを見渡せる。それに……約束してたからな」

 

 知っている。ジェイド・カーティスは知っている。

 あれが、“誰”であるのかを。“誰”でないのかを。

 

 ひとり、またひとりとその緋色に駆け寄っていく。

 彼らの背中を眺めながら、ジェイドは静かに、目を伏せた。

 

 

***

 

 

「えっ、あれ? なんでみんなエンゲーブに……あとそちらのフードの方は……?」

 

 エンゲーブ、ローズ夫人邸にて。

 扉を開けたポーズのままぽかんと立ち尽くすリックに、ジェイドはにこりと笑みを向けた。

 

「さて、何ででしょうねぇ」

 

「ももももしかしてオレだけ仲間外れ……」

 

「──に、するつもりだったらここで集まってませんよ」

 

「で、ですよね」

 

 ルークの成人の議に出席した後はその足でエンゲーブに仕事をしにいくと、出立前の本人から聞かされたのはジェイドである。避けるつもりがあるなら、こんなところでわざわざ集合するはずもない。

 

「とりあえずさっさと扉を閉めて、あなたもこっちに座ってください」

 

「はい……あの、ローズさんは?」

 

「少しブウサギの様子を見てくる、と。気を使って席を外してくれたようです。あなたの仕事が始まるころには戻ると仰っていましたよ」

 

「はあ……」

 

「リックのお仕事というと、やっぱりレプリカ関連なのですか?」

 

「あ、うん……エンゲーブでもレプリカを保護してくれてるから、その定期検診とか、面談とか……」

 

「手紙で近況聞いてるけど、ほんとリックめちゃくちゃ忙しそうだよね」

 

「いや、みんなほどでは……」

 

「事実上の責任者といえば聞こえはいいですが、要するにあちこちから面倒事を押しつけられてるんですよ。レプリカに関わる仕事を進んでやりたがる人材はそう多くありませんから」

 

 ジェイドが淡々と吐いた言葉を聞いたリックは、一瞬きょとりと目を丸くしたあと、何かに気づいたように柔らかく表情を緩めた。

 

「オレなら平気ですよジェイドさん。少しずつですけど彼らを受け入れ始めてくれてる人たちもいますし……何より、この仕事はオレがやりたかったことですから!」

 

 めずらしく迷いのない、まっすぐな声でそう言い切った子供に、ジェイドは言葉は返さずにひとつ肩をすくめる。

 そんなジェイドの反応から何を受け取ったのかは知らないが、リックはことさら嬉しそうに「へへ」と笑った。

 

「──お前がそんなアホ面してるってことは、やはりヴァンとの決着はついたんだな」

 

 そんなところへ静かに響いてきた声に、リックがぴたと動きを止める。

 それを発したのは、リックから見て一番奥の椅子に腰を下ろしたフードの人物だ。

 

「え……」

 

 半ば呆然とそちらに視線を向けたリックの前で、その人物がフードを払い落とす。

 

 緋色の髪。翠の瞳。

 

 ジェイドのように知識からの推測ではなく、その動物的な直感をもって、リックは気づいたことだろう。

 目の前にいるが“どちら”なのかを。

 

「ア、ッシュ……?」

 

 その名を呟いたきり凝視したまま動かないリックの視線の圧に耐えかねたのか、緋色の青年はどこか気まずそうに眉根を寄せた。

 

「……悪かったな、“ルーク”じゃなくて」

 

 あの戦いの結末については、まだ詳しく伝えていない。

 だがタタル渓谷での短い会話や反応の中で、おそらく察しはついているはずだ。

 ならばどこか純粋な喜びに徹しきれないこちらの空気に、気づいていないわけもないだろう。

 

 おそらく彼自身の中でもまだ何ひとつ整理がついていないであろう感情が、今の今まで重なり続けていたそれが思わず零れたようなその言葉に、ナタリアがとっさに声をかけようとした瞬間。

 

 ぼすっ、と軽快な音がした。

 

 見れば戦闘中にもめったにお目にかかれないような俊敏さを見せたリックが、どこからか取り出した青い塊を見事にアッシュの顔面にヒットさせている光景があった。

 

「~~~あほ! あほアッシュ! 嬉しいに決まってるだろ! アッシュが帰ってきたことが嬉しいし、ルークがいないことはすごく悲しいし、でもアッシュが生きててくれてほんと、めちゃくちゃ嬉しいし……どっちの気持ちも同じくらいあって、ぐちゃぐちゃで、なんかっ、だから、ああもう、悟れよ!!!」

 

 「お前なんかもうアホッシュだ!」とリックが勢い任せに怒鳴ると、アッシュの顔面に張り付いたミュウが「そうですの!」と追従する。リックが投げたのはミュウだったらしい。

 タタル渓谷に集まったのは各々の判断であり、特に示し合わせたわけではないので移動手段や戦闘力に乏しいミュウはあの場にいなかったのだが、どうせならとエンゲーブに来るついでにミュウも拾い、ついでにあまり目立つわけにいかないジェイド達に代わり、先ほどリックを呼びに行かせた次第である。

 

 普段あまり会話しないわりにこういうときは妙に息の合う一人と一匹から突如ミュウアタックを受けたアッシュは、顔面にひっついていたミュウを引きはがしてから、微妙にバツが悪そうな顔で「繋げるんじゃねぇよ滓」と呟く。

 しかしどこか張りつめていた気が抜けたようなその表情に、リックもまた肩の力を抜いて、笑った。

 

「……おかえり、アッシュ!」

 

「…………ああ」

 

 しかし本当に、良くも悪くも空気をぶち壊すのが得意な子供である。

 予想だにしなかったあまりにも突然の再会にどこか距離感を計りかねていた面々もつられるようにその空気を和らげて、会話に加わる。

 

「まぁ何の説明もなくここまで連れてこられたんだ。そりゃアッシュだって戸惑うだろ」

 

「説明っていうか、え、そういえば本当にこれどういう状況なんですか? なんでアッシュが? みんなどうしてここに?」

 

「リックの疑問が一周してる。だからぁ、それを今から色々すり合わせるために集まったんだって。ですよね~大佐」

 

「こんなどこに出しても面倒くさい人、いきなりバチカルにもグランコクマにもダアトにもつれていけませんよ。ひとまず話し合って方針を固めなくては。で、それならいちいち説明するより全員集まってから一度に話すほうが楽じゃないですか」

 

「それで何を聞いても『あとで』の一点張りだったわけか……」

 

「よ、よく分からないけどお疲れさまアッシュ」

 

 会話の合間に、リックがティアのほうへちらりと視線を向ける。

 声をかけるか迷った様子を見せ、しかし今は“いつも通り”を続けることにしたらしいリックの代わりとでもいうように、ミュウが俯きがちに口を閉ざす彼女へ寄り添うように膝の上へ降りた。

 

 確かに今は、そっとしておくしかないだろう。

 ジェイドはひとつ息を吐き、アッシュに向き直る。

 

「ところでアッシュ。最初に少し聞いておきたいことがあるのですが」

 

「あ?」

 

「あなたはヴァンとの決着について“知らなかった”のですね?」

 

「お前が説明しなかったからな。だが、あの景色を見れば……聞かずとも想像はついた」

 

「なるほど。ではもうひとつ」

 

 ジェイドもまた“いつもの笑顔”で人差し指を立てれば、アッシュは怪訝そうに顔をしかめる。

 

「────あなたが最後にリックとかわした約束は?」

 

「こいつと?」

 

「ええ」

 

 アッシュは記憶を辿るようにしばし目をすがめたあと、「カレー」と小さく呟いた。

 突然の料理名に首を傾げる皆をよそに、アッシュはリックを睨みつける。

 

「おまえの作ったカレーを、一緒に食うと」

 

「! 約束! 覚えててくれたんだ!!」

 

「…………忘れてなかっただけだ」

 

「いいよ食べよう! いつ食べる? 今作ろうか? オレあれからもずっと色々チャレンジしてて、あっ台所借りていいかローズさんに聞いて、」

 

「落ち着け」

 

 はしゃぐリックと呆れるアッシュの姿を見ながら、ジェイドは思考する。

 今の問答で何がとは分からずとも、ジェイドが“何か”を確認していたことは分かったのだろう。ガイやアニスがこちらに探るような視線を向けていたが、答えようもない。

 

 もしかしたら、なんて。

 

 脳裏を過ぎるそれが、果たして科学者としての結論なのか、それともジェイド自身の希望的観測に過ぎないのか。

 己でも区別のつかないその可能性に、今はまだ、口を閉ざすしかなかった。

 

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