空飛ぶにわとり番外編   作:甘味RX

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ジェイドの私物を壊して大慌て?

 

 

【 スペクタクルズ・パニック! 】

 

 

 

 

 窓から差し込むうららかな光。

 絶えることなく響く静かな水音。

 

 換気のために先ほど開けた窓から流れ込む心地良い風と、鳥たちの軽やかな歌声。

 そして目の前に鎮座する物体を前に、立ち尽くす俺。

 

 ……え?

 

 

 

 

「大佐、失礼しまー……あれ」

 

 腕いっぱいに抱えた書類と共に、薄く開いた扉を押し開けて、俺はきょとんと目を丸くした。

 頼まれていたものを持ってきたのだが、その執務室に主の姿がなかったのだ。

 

 忙しい人だからなぁ。また誰かに呼ばれて行ってしまったんだろう。

 でもそう長く持ち場を離れる人でないことも確かなので、すぐに戻ってくるはずだ。

 

 にしても重い。

 へたすると視界すら塞ぎかねないほど大量の紙類を受ける腕が、そろそろ限界を主張しはじめている。

 

 視線を動かして様子をさぐりながら部屋の中へ入った。大佐の机がある位置をすばやく確認する。

 

「あー、重かったぁ」

 

 書類を机の上までもっていき、そこでぱっと手を離した。

 やっぱり二回に分けて運べばよかっ、

 

 ガシャリ

 

 耳に届いた、紙を落としたのとは別の硬質な音。なんだ今の。

 

 数秒間考えた後、窓のほうを向いて背伸びをしようとしていた俺は背後を振り返った。

 あるのはたった今、書類を置いたばかりの執務机。

 

「…………」

 

 静かに体の向きを変えて、無意識に足音をひそめながら机に近寄る。

 書類の山が、なんだか少し傾いでいる気がした。

 

 背中にじわりと汗が滲み出てくるのに気付かないふりをして、俺はおそるおそる、そこに手を伸ばす。

 

 紙の束を今一度、ゆっくり、ゆっくり、そうっ~と、持ち上げた。

 そこには窓辺から差し込む昼下がりの日光を受けて爛々と輝く眼鏡。

 

 ……の、残骸?

 

 たっぷりと考えて、己のやらかしたことを理解した瞬間、声ならぬ悲鳴と電撃が体中を突き抜けていくのを感じた。

 

 ぺしゃんこになった元メガネを摘み上げてみる。

 レンズにヒビ。フレームは歪んで、ツルが今ぽろりと落ちた。

 

「っ、っ、ーーッ!??」

 

 机に突っ伏して、駆け抜ける寒気と怒涛のような冷や汗をそのままに自問自答を始める。

 なんだ。俺は何をしてしまった。

 

「これ、メ、メガネ、だよな」

 

 どこからどう見ても眼鏡だ。元だけど。

 

「……ジェイドさんの、眼鏡、だよな……?」

 

 ジェイドさんの執務室に置いてあるんだから、ジェイドさんの眼鏡に決まってるだろう。

 

 いや、でも待て。考えてみろリック。ジェイドさんはめったなことじゃ眼鏡を外さないじゃないか。

 なんでも譜眼の抑制装置だとかで、俺だって素顔のジェイドさんほとんど見たことないし!

 

 ………………。

 ……いや、自分の言葉にショック受けてる場合じゃない。

 

「でも、そうだよな。はは。ジェイドさんの眼鏡なわけないな」

 

 きっとゼーゼマン参謀総長が忘れた老眼鏡でも預かってたんだろう。

 あ、それならそれで参謀総長に謝んないとなぁ。

 

 でも誠心誠意謝ればあのひとはきっと許してくれるだろう。

 にしても良かった。これが大佐の眼鏡だったら俺、明日の朝日を見られないところだった。

 

 眼鏡を手にホッと息をついたとき、執務室の扉が開く音がした。

 

「ああ。もう来ていたんですか」

 

 それに続いた声に、ぴんと耳を立てる。

 一気に浮上した気持ちを感じつつ、笑顔で振り返った。

 

「大佐! おつかれさまで――…」

 

 そして、ぎしり、と固まる。

 

「所用で少し出ていたんですよ」

 

 言いながら丁寧に扉を閉めた大佐が、またこちらを振り向いた。

 

 俺の大好きな真っ赤な瞳。

 その間をいつもへだたっているはずの薄いガラスは、そこにない。

 

「ところでリック。すみませんがどこかで……」

 

「みてません!!」

 

 ジェイドさんかっこいいと男惚れする余裕もない。

 とっさにメガネを握り締めてそう叫びながら、俺は大佐の横をすり抜けて部屋を飛び出した。

 

 

 

 

「……で?」

 

 謁見の間。

 

 王座で頬杖をつき足を組んだ皇帝陛下は、半眼のまま一言、そう零す。

 床にがくりと膝をついた俺は涙目で陛下を見上げた。

 

「お前の形相に気を効かした憲兵が通したんでなきゃ、皇帝への謁見なんて本当なら三年待ちだぞー。分かってるか?」

 

「三年ってどれだけ謁見希望されてる気ですかぁ。半端な見栄張らないでくださいよぅ」

 

「やかましい! そんなとこばっかりちゃんと拾うな!」

 

 玉座から身を乗り出しながらそう怒鳴り、そのあと気を取り直すようにひとつ咳払いをして、「で?」と会話の続きをうながした陛下。

 

 そこで俺は、先ほど起こったばかりの出来事をしどろもどろに説明する。

 

「ジェイドの眼鏡を壊したぁ?」

 

 全てを聞き終えた陛下が、調子外れな声をあげた。

 

「はい……どうしましょう陛下」

 

「どうもこうもお前、早急に国外逃亡するか、おとなしくインディグネイションの餌食なるか」

 

「うわーーーん!!!」

 

「待て待て。冗談だ、じょうだん」

 

 手をひらひらと振る陛下。

 本当に冗談で済まないからやめてください。

 

「でもなぁ、リック。 そりゃあ……」

 

 ふと静かな顔をした陛下が何か続けようとしたとき、謁見の間の大きな扉の向こうから響いた声があった。

 

「陛下、失礼します」

 

 それに俺はびくっと肩をはねさせる。

 この声は……!

 

 陛下は少し考えるように片眉をあげた後、「入れ」と言った。

 

 扉が開き、向こう側にジェイドさんの姿を確認する。

 次の瞬間には、俺はまた壊れた眼鏡を握り締めて全速力でその脇を通り抜けていた。

 

 

 

 

 トボトボとひと気のない通路を歩く。

 

 また逃げてしまった。

 何やってるんだ俺。こんなことしたって……。

 

「あれ、リックじゃないか」

 

「フリングス、少将?」

 

 顔を上げれば、ほがらかな笑顔を浮かべたフリングス少将の姿。

 俺は彼の顔をしばらく眺めた末、だばっと涙を滴らせた。

 

「うわ」

 

「フリングス少~将ぉ~。ジェイドさんが、ジェイドさんのぉー!」

 

 泣きながら訴えると、彼はそれだけで納得したように「ああ」と笑みを浮かべる。

 

「今度は何があったんだ?」

 

「……ジェイドさんの眼鏡を、壊してしまいました」

 

 一度書類で潰した上に、さっきから幾度となく握り締めていたせいですっかり見る影もなくなった眼鏡を見せると、少将は苦笑をみせた。

 

「これはこれは。かなり盛大に壊しましたね」

 

「なんかもう、俺どうしたらいいのか……」

 

 深く肩を落として溜息をつく。

 そのうえ二回も逃げてしまったし。

 

 するとフリングス少将は俺を見てやわらかく微笑んだ。

 

「本当に?」

 

「え?」

 

 目を丸くして、少将を見返す。

 彼はそっと笑みを深めた。

 

「本当はもう、どうすればいいか分かってるんじゃないのかい?」

 

 優しく告げられた言葉が体に染み渡る。

 

 俺は少し俯き、情けなく眉を下げて、頷いた。

 

 

 

 

 小刻みに震える拳を再度握り締め、俺は目の前の扉を睨む。

 

 いつも見ている大佐の執務室の扉。

 それが今は地獄への扉にも見える。

 

 ああでも、がんばれ俺。

 

 強く目をつむって息を吸い、扉をノックするための手を振り上げ、……からぶった。

 

「ぉうわっ!」

 

 なぜか想定していた位置に扉がなかったがゆえに、思い切り前につんのめってそのまま床に倒れこむ。痛い。

 ぶつけた鼻を押さえながら顔をあげると、そこには真っ赤な瞳があった。

 

「……あれ?」

 

 その赤を覆う、薄いガラス。

 

「あれ、ジェッ、さ、眼鏡、なんで、……あれぇ!?」

 

 大佐は呆れたように溜息をつきながら、眼鏡を押し上げた。

 

「まったく、早とちりもいいところですよ」

 

 床に座り込んだまま目を皿のようにして大佐の顔を凝視する。

 続いて手の中に視線を落としたが、そこには確かにボロボロの眼鏡。

 でもジェイドさんの顔にも眼鏡。

 

「その眼鏡はゼーゼマン参謀総長のものです」

 

「ええぇ!?」

 

 混乱しきりの俺に、大佐は事の顛末を話してくれた。

 

 俺が破壊した眼鏡は参謀総長のもので、会議室に置き忘れていたのを大佐が回収したと。

 だけどそこで、めずらしいことに大佐はそれをどこに置いたか忘れてしまったらしい。

 

「まったく、私も年ですかねぇ」

 

 そう言っていつもの顔で肩をすくめた大佐を呆然と見返す。

 それから手の中の眼鏡を見て、ざっと全身の力が抜けた。

 

 最初の予想通りだったのか……。

 なんでこんなときばっかり勘が当たってるんだ。

 

 さっきまでの緊張がほぐれていくと同時に、俺はそろりとジェイドさんを見上げる。

 

「ジェイドさん、ごめんなさい」

 

 大佐が怪訝そうに首をかしげた。

 

「眼鏡を壊したことですか?」

 

「いやっ、それもそうなんですけど、その……すぐに…謝らなくて……」

 

 すると大佐は得心したというように目を丸くして、ふと表情を緩める。

 そして俺の手から、壊れた眼鏡をひょいと拾い上げた。

 

「そうですね。それではいますぐにこれと美味しいお茶菓子を持って、ゼーゼマン参謀総長に謝りにいきなさい」

 

 ひび割れたレンズを覗きながら、ジェイドさんはそう言って静かに微笑んだ。

 

「それで、ゆるしてあげますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ大佐、戻ってきたときは何で眼鏡してなかったんですか」

 

「最近よく譜術を使うもので、念のため技術部に点検をお願いしていたんです」

 

「そんなに譜術使うような任務ありましたっけ?」

 

「いやですねぇ。あなたが毎日使わせてるんですよ」

 

「……あ」

 

 

 

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