空飛ぶにわとり番外編   作:甘味RX

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ジェイドの誕生日について(前)

 

 

【 あなたの生まれた日(前編) 】

 

 

 

 

 いつもと変わりない執務室での仕事風景。

 

 黙々と、かつ迅速に仕事を片付けて行く大佐。

 

 気付けば当たり前のようにソファでくつろぎつつも、時折雑談のついでみたいに、何だ要領悪いな、それよりこっちだろ、なんてそれとなく俺の仕事を後押ししてくれている陛下。

 

 さすがに執務慣れしている相手のてきぱきとした助言に、己の処理能力をフル回転させてなお追いつかずに慌てる俺は、机を挟んでその向かいのソファに座っている。

 

 しかしピオニーさんが直々に手伝ってくれるというのは本当に恐れ多くありがたい事だと思うが、その労力を今まさに執務のほうへ割きにいけば、大臣さんたちの胃痛は大分ましになるんじゃないかと限界を超えた頭のはしっこでちょっと考えた。今ごろみんな頭抱えてるんだろうなぁ。

 

「ま、こんなもんだろ」

 

「はいぃいい……」

 

 どうにか及第点を頂いた書類たちをまとめ、机にかるく打ち付けて角を揃えながら、使いすぎで頭痛がしかけていた脳を開放する。するとついでに肩からも力が抜けた。

 

 でもおかげで仕事はいつもよりずっと早く片付いたから、休憩と陛下へのお礼も兼ねてお茶を淹れようと席を立つ。

 

「あ、大佐は、」

 

「今は結構です」

 

 さらっとした返事が戻ってきて、それに分かりましたと頷いたものの、俺はちょいと頬をかいた。

 

 ジェイドさんは仕事に没頭すると寝食を忘れがちで少し心配なのだが、いるときはいるって言ってくれるし、先に仕事を終わらせたいのかもしれない。

 なんにせよ大佐が今はいらないと言うのなら、俺にはそれ以上食い下がるだけの技術も度胸もなかった。

 

 炊事室に行こうと部屋を出たところでふと思い出して、閉めかけだった扉から上半身だけを戻してのぞかせた。

 

「そういえば宮殿のメイドさんからもらったお菓子もあるんですけど、食べますか?」

 

「食う食う。にしてもお前そういうのよく貰ってるよな、リックのくせに」

 

 え、何ですかそれ。

 

 なんか褒められてない事はわかるが、それ以上の意味を理解しかねていたら、書類から目を離さぬままの大佐が「職場に居ついた動物に なにくれとなくエサをやる感覚ですよ」と補足する。

 

 「ああ……」と妙に納得した様子でぽつりと呟きながら頭の後ろで手を組んだ陛下に、俺はやっぱりわけの分からないまま、とりあえずそっと目頭を押さえてみせた。

 

 

 

 

 ティーポットとカップふたつを乗せたトレイを片手に持ち替えて、小さく二回ノックした後、お待たせしました、と声を掛けながら執務室へ戻る。

 

 扉に背を向ける位置のソファに座る陛下が肩越しに振り返って笑った。

 

「おう。なんだ早かったな」

 

「炊事室で同僚と出くわしたんで火付けてもらったんですよ~」

 

 水をお湯にするためには知ってのごとく火が必要で、そこで普通は、薪をくべて道具で火種を起こしたりするわけだけど。

 

 なにせここは天下の譜術大国マルクト軍部。

 軍内で譜術士としての立場になくとも譜術を齧っている人が大多数だ。

 

 特に第五音素の素養がある人は多いので、みんな大体 譜術でポンの一発着火なのだが、マルクト軍において非常に肩身のせまい極少数層“譜術まったく使えない派”である俺は、同じ派閥である兵士トニーと肩を寄せ合いながら、いつも道具を使って着火している。

 

 それでまあ、火がつくっていう結果は同じだけど、当然 譜術でつけるほうがその結果に辿りつくまでの時間も早いわけで。

 

 机の上に広がっていた書類を安全なところに避け、置いたカップに紅茶をそそぎながら、ふと、つい先ほど炊事室で同僚とかわした会話を思い出す。

 

「そうだ陛下、教えてほしいことがあるんですけど」

 

「ん。……なんだ?」

 

 淹れたての紅茶が入ったカップを慣れた手つきで口元に運んだ陛下が、その青い目をまっすぐにこちらに向けた。

 

 生活の中で分からないことがあると、俺はたまにこうして陛下や大佐に訊ねる。

 そうすると何だかんだ言いつつも、ふたりは大概ちゃんと答えてくれた。

 

 煙にまかれたり嘘を教えられたりすることも無いではなかったけど、すごく些細でつまらないような質問にも、とても真剣な答えを返してくれた事だって、無いではなかったから。

 

 思い出して口元を緩めつつ、俺はほぼ空になったポットをトレイの上に戻してから、首を傾げた。

 

「誕生日って、なんですか?」

 

「はあ?」

 

 するとピオニーさんが呆気にとられたように目を丸くして、書類書きの合間、大佐もちらりとこちらを見たのに、何かまずい事を言っただろうかと思わず姿勢を正す。

 

 カップを机に戻した陛下が、ひとつ息を吐いて髪をかきあげた。

 

「なんだ。いきなりどうした?」

 

「あ、いえ、深い意味はないんですけど。さっき行き会った同僚が、ようやく彼女の誕生日に休暇がとれたんだってそれはもう喜んでたから……そういえばたまに聞くけどどういうものなんだろうと……」

 

 思いまして。

 

 後半に向かうにつれてどんどん声が小さくなっていくのを自覚しながら、やや早口にどうにか言い切って視線を泳がせる。

 

 陛下は短く口を閉ざしたあと、いつものようにニッと笑って「そうだな」と明るく話を切り出した。

 

「とりあえず誕生日ってのは、そいつが生まれた日のことだ」

 

「生まれた日ですか?」

 

「おう。……というかお前、マルクト軍でも毎年参加してるだろう。ユリア聖誕祭とか俺の生誕式典とか。あれ、なんだと思ってたんだ?」

 

「ユリアさまのお祭りと、陛下主催のお祭りかと……」

 

 あれがそうだったのか。誕生日って随分華やかな行事なんだなぁ。

 

 しみじみと考えていると、執務がひと段落ついたのか、ふいに顔を上げたジェイドさんがぽつりと呟く。

 

「誕生日なら貴方にもありますよ」

 

「えぇ! 俺もあんなお祭りを!?」

 

「そこに至るまでの思考パターンが透けて見えますねえ。とりあえず貴方が思うところの祭りと誕生日の関連性は一旦切り離して下さい」

 

「は、はい」

 

 言われるままに、ひとまず誕生日イコール生まれた日という情報だけを頭に残したところで、ひとつ気になって首を傾げる。大佐は俺にも誕生日がある、と言った。

 

「被験者の誕生日じゃなくて、ですか?」

 

「あくまでその個体が生まれた日を指すわけですから、まぁ貴方は貴方で誕生日があることになりますね」

 

「しかしお前の言い方には情緒ってもんがないな」

 

「おやおや心外ですねぇ。こんなに情緒溢れる美中年をつかまえて」

 

 大佐が輝かしい笑顔を浮かべてゆったりと首を横に振る。

 

 それに半眼で肩をすくめた陛下が、結局こいつの誕生日はいつなのかと問うと、丁寧に眼鏡を押し上げた大佐は「把握はしてませんが」と目を伏せた。

 

「要するに作成日ですから昔のデータをあされば何処かには、」

 

「ジェーーーイド」

 

「なんですか?」

 

「お前そりゃ……さすがに身も蓋もなさすぎるぞ」

 

「本人はちっとも気にしてないみたいですが」

 

「あ?」

 

 そんな会話をぼんやりと意識の端に引っかけつつ、俺はぽかぽかと温まる頬で瞳を輝かせた。

 

 誕生日。

 そんなすごいものが俺なんかにもあるだなんて。

 

 思わず拳を握って喜んでから、はたと思い至る。

 

「あれ、じゃあもしかしてジェイドさんにも誕生日ってあるんですか?」

 

「あなた正直私を何だと思ってます?」

 

 それはそれは綺麗な微笑みを向けられて、びくりと肩を震わせた。

 

 そんなやりとりに慣れた苦笑を浮かべてカップの紅茶を飲みきった陛下が、「あ」とふいに何か思いついたような声を上げて、青の目を細めた。

 

「そういやジェイド、お前の誕生日もうすぐだろ。シルフリデーカン22の日」

 

 突然話を向けられた大佐は、なぜか一瞬不愉快そうに眉を顰めたあと、ちっとも興味無さそうな相槌をひとつ打って、書き終えた書類をまとめながら会話を繋ぐ。

 

「……そうでしたか? まあ三十路過ぎた男が今更、誕生日も無いでしょう」

 

「なんだ、毎年格式ばった面倒くさい誕生式典をこなさにゃいかん俺へのあてつけか」

 

「いやですねぇ、年を取るとひがみっぽくなって。ところでリック。いつまで休憩してる気ですか?」

 

「――えっ、あ、ハイ! スミマセン!」

 

 慌てて自分のカップに残ったお茶を飲みきって、避けていた書類をもとに戻しながらも、俺の頭は違うことでいっぱいだった。

 

 ジェイドさんの、誕生日。

 

 思わぬところで手に入った情報に弾む気持ちを抑えようと小さく息をついたが、やはり緩もうとする口元を隠そうと、書類内容を考えるふりで手をそえる。

 

 向かいに座る陛下がそんな俺を見て、なんだか楽しげな笑みを浮かべていた。

 

 





思考するお子様とたきつける大人と不本意な大人。

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