元夜間パイロットの白昼期   作:ことり

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第一話

 その飛行ぶりにヴィルケは思わず頭を抱え、隣に立つ坂本は眉に皺を寄せた。杖のようにして刀を握る手には見て取れるほどの力が込められている。

 ブリタニアの空はいつも通り灰色をし、青と金色のクロステルマンはそのキャンパスによく映えた。対する少年は灰色の空に同化するようだった。暗緑色のカールスラントの軍服だけが速度も相まって浮かんでるような錯覚を見るものに与えた。

 

「噂は聞いていたがここまで手を抜くとはな」

 

 空戦の専門家とも呼べるウィッチの二人の目には、少年の飛行は手を抜いているように映った。

 訓練所で最初に叩き込まれる基本的な機動をどこまでも突き詰めたような飛び方には、人目を引くような華々しさもなければ、敵を驚かせる意外性も無い。ただただ理詰めに飛ぶ。

 初めこそクロステルマンは「所詮教科書」とせせら笑っていたものの、実際の結果はあまりに一方的で、青かった制服は黄色く染め上げられ、大して青年は汚れは愚か疲れ一つ見せない。淡々と事務処理のような飛び方はおおよそ本気というものを感じさせない。

 

「二人とももういい。降りてきてくれ」

「私はまだやれますわ!」

「もう充分よ、ご苦労様ペリーヌさん。バッヘム曹長は帰投後執務室まで来るように」

 

 バッヘムは短く「了解」とだけ返すと、対戦相手であったクロステルマンを一瞥することも無く速やかに帰投した。

 ハンガーから執務室への道すがら、バルクホルンとすれ違った。お互いにカールスラント軍人であり、過去にホークエッジ基地に詰めていた事から、数年来の知人ではあるものの、お互いに進んで話すことは無かった。

 執務室へ入ると、厳しい雰囲気のヴィルケと坂本がバッヘムを待ち構えていた。

 

「やっと来たわね」

「お待たせしました」

「早速だが、さっきの模擬戦はどういうつもりだ」

「どう言うつもりと聞かれましても……少佐が実力を見せろと仰ったので、実力を見せました」

「それで手を抜くのか」

「手を抜いたつもりはありませんが、だとしても私の実力はお分かりになられたかと」

「坂本少佐、あれは彼の本気よ」

「あれがか?」

 

 バッヘムは顔を顰めた。それに気づいたのか坂本はばつが悪そうに頭をかいた。

 

「最前線に相応しくないと思われるのでしたら遠慮なく送還処置をお取りになってください」

「悪かった、すまない。それで今後についてだが、これまでは夜間を飛んでいたそうだが、ここでは昼間班に入ってもらう」

「私の実力では夜を任せるのが不安ですか。これでも何年間も夜の空を守って来た実績はあるつもりですが」

「そういう事じゃない。あぁ、ミーナ、説明を頼めるか?」

「ここには既にリトヴャク中尉がいるので、不足がちのナイトウィッチを一箇所に二人も、それも屈指の実力を持つ人を置けないのよ」

「だったらなんで呼んだ」

 

 声色や抑揚こそ普段通りだが、確かな怒気があった。ヴィルケはかつての付き合いからバッヘムにこのような側面があることを知っていたが、坂本は初対面でその事を知らされてもいなかったために固まってしまった。

 

「オラーシャで問題ばかり起こすので私の目の届くところに置くことにしました。本当になんど営倉に入れば気が済むのかしら」

「命を賭して戦うほど私は軍にも故国にも人類に対しても思い入れはありませんので」

 

 むしろ、と言った顔を見せたくなかったのか、バッヘムはおもむろに顔を伏せる。坂本は手元の彼の経歴書に目を落とした。

 士官学校を素行不良で中退後、十歳にてスオムスへ義勇兵として派兵。スオムス義勇独立飛行中隊にて初戦闘及び初戦果を上げ、世界初の大型撃墜例でもある爆撃型ネウロイとの戦闘時に負傷。療養のためカールスラントで半年の入院とリハビリを行う。

 退院後、スオムスでの戦果を認められカールスラント空軍第三戦闘航空団に所属。ダイナモ作戦終盤にて被撃墜。約一ヶ月間の消息不明を経て戦地より生還。ブリタニアでの療養後オラーシャ方面へ派兵、そして現在に至る。

 中退を除けば概ね優秀な兵士と呼べなくもない経歴だ。

 

「この物資も何も無い戦地で一ヶ月もどうやって生き延びたんだ?」

「話したくありません。それについてはヴィルケ中佐がよくご存知かと」

「気持ちのいい話じゃないし、バッヘム曹長が嫌なら話すべきじゃないことよ」

 

 察しが付いたのか坂本はそれについて深く聞き出さず質疑応答を続けた。その結果、特に問題視するようなものは無かった。命は賭けないと言っていたが、死にたくないのは坂本自身も変わらないし、彼が命令違反した結果誰かが危機に晒されたという事もない。むしろ彼が頻繁に命令違反をするようになったのは、撤退戦にて無茶な戦いを強いられてからだ。

 

「私はなぜ面接のようなことをされてるのですか。その手元の資料にも記されてますし、中佐がいらっしゃるのであれば私の軍に入ってからの事は私に聞くまでもないと思われますが」

「私の目と耳で本人から確かめたかったんだ。気を悪くしないで欲しい」

「話はこれでおしまいよ。坂本少佐もいいわね」

 

 坂本は頷いた。

 

「それと最後に、今晩の夕食なのだけど、あなたにお願いしてもいいかしら」

「来た時に受けとった資料では、今日の当番は私ではありませんでしたが」

「あなたの得意料理を振る舞えばすぐに隊に溶け込めると思ったのだけど」

「どちらにせよ、上官としてご命令されるのであれば料理します」

「これは私からの提案──」

「でしたらお断りします。失礼します」

 

 返答も待たずして出ていくバッヘムに二人は各々の顔をした。苦笑いのヴィルケは持っていたバインダーを机の引き出しにしまうと大きく伸びをし、坂本の方へと向き直った。

 

「どういう子か、だいたい分かったでしょ」

「特に最後のでな。実力はまぁ申し分ない。百十三機の撃墜数も偶然できるものじゃない。ただ……」

 

 ヴィルケはその先が言わずとも分かったのか、頭を抱えた。

 501統合戦闘航空団は比較的新しい部隊である。出会って間もなく、それぞれの背景も大きく違うため一丸からは程遠い。それに加えて初対面のクロステルマンに色合い含めてハリネズミのようだと思わせるバッヘムが来てしまった。

 ヴィルケの予定では、バッヘムを近々創設されるオラーシャ方面の部隊に渡す代わりにほかの優秀なウィッチを、という物だった。バッヘムは貴重なナイトウィッチであり、素行こそ問題はあるが優秀でもある。絶対に上からの待ったがかかると踏んでいた。

 しかしバッヘムの悪評はそちらでも広く知れ渡っていため、要請したら本当に来てしまったと言うのが彼女の本音だ。

 バッヘムの部屋は宿舎の最奥にある。普段の業務との兼ね合いから整備隊員と同じ宿舎にすると不都合が多いため、特例的に許された。バッヘムは女絡みの問題に疎く、噂すらなかったのも一因である。

 そんなバッヘムの部屋の前には黒髪にやけた肌のルッキーニが立っていた。バッヘムを見るなり「待ってました」と言わんばかりに駆け寄った。

 

「今日もですか?」

「うん、飴ちょうだい」

「分かりました、部屋には入らずそこで待っていてください」

 

 バッヘムは部屋に備えつけられた棚から細長い瓶に入った大玉の飴を一粒取り出した。彼の部屋には飴の他にもチョコレートや煙草や酒のような嗜好品が多くある。少し融通を効かせて貰うためのもので、彼には酒とタバコの趣味はない。

 

「どうぞ」

「ありがと」

「その代わりではありませんが、これを中佐に渡して頂けませんか?」

 

 飴と一緒に取りだしていたコーヒー豆の袋をルッキーニに手渡した。ここへ来る際、軍の高官からウィッチの写真と交換で譲り受けた物だ。ヴィルケとの折衝に使う予定だったが、高官の保存が杜撰だったため、劣化する前に処分することになった。

 

「中佐ならご存知でしょうが、あまり長持ちしないことを一緒にお伝えください」

「ユニヴェルって思ってたよりいい人なんだね」

 

 幼さと性格から察したのか、バッヘムは言葉通りに受け取った。

 

「ペリーヌはすっごい怒ってたけど」

「あれは模擬戦なので仕方ないんですけどね」

「そうだ、ユニヴェルもシャーリーに紹介してあげる!」

「いや、昨日全員から紹介は──」

「いいからいいから付いてきて」

 

 飴を口に放り込むと空いた手でバッヘムの手を握りしめ走り出した。性差や体格差から振り払うことは容易だが、バッヘムは大人しく付いていくことにした。

 バッヘムを連れたルッキーニが向かった場所はハンガーだった。そこでイェーガーは自分のユニットを開きパーツを弄り回していた。

 

「シャーリー」

「おぉルッキーニ……とユニヴェルか。珍しい組み合わせだな。まぁまだ来て一日目だけど」

「うん、さっきね、ユニヴェルに飴貰ったんだ」

「そうか良かったな。それで何か用か?」

「ううんー、別に。あっ、これミーナ中佐に渡してくるから待ってて」

 

 コーヒー豆の袋を片手に駆けっていくルッキーニを見送った二人は初対面特有の気まずさに居心地が悪そうにしていた。

 

「そう言えばさっきの模擬戦見たぞ。何となく学校を思い出した」

「基本通りに飛びましたので。それよりも、ユニットを改造してるんですか?」

「もっとスピードが出せるように弄ってるんだよ。ユニヴェルはこっち系に詳しかったりするのか?」

「基本的な知識しかありません」

「だよなー。それにしても、ルッキーニに気に入られるなんて、ユニヴェルを少し誤解してたみたいだ。改めてよろしくな」

 

 イェーガーが突き出した右手を少し間を開けてバッヘムが握り返した。するとイェーガーは苦笑い気味に「握手する時は手袋は外すもんだぞ」と言った。

 

「お見せできるような手ではありませんので」

「あたしは軍人なんだから気にしないって」

「……でもやはりやめておきます。申し訳ありません」

「そう言えばさ、独房とか営倉とか慣れてるんだろ。今度私が入った時用に何か楽しみ方でも教えてくれよ」

「簡単ですよ」

「ホントか?」

「独房の監視兵にタバコを渡すと、本を持って来てくれます」

「それは買収っていうんじゃ」

「常套手段です」

 

 バッヘムは上着のポケットからシガーケースが取り出すと、それをイェーガーに勧めた。イェーガーは「なるほどなぁ」と呟きながら断った。他にも彼の上着のポケットには飴が三個忍ばされている。

 

「にしても見ればを見るほど男とは思えないよな」

 

 ニヤニヤとしながらバッヘムを上から下まで見回した。

 

「中佐に聞いたけど料理なんかも得意なんだろ?」

「えぇまぁ母に仕込まれましたので」

「今度なんか作ってくれよ」

「上官としてご命令されるのであればいつでもしますが、それ以外ではあんな事したくありません」

「そっそうか」

「ではこれで失礼します」

「おいルッキーニはどうするんだ」

「お任せします」

 

 バッヘムはルッキーニとすれ違わないよう反対方向から自室へと戻った。数分もしないうちに戻ってきたルッキーニは、バッヘムが既に居ないことにおもむろに肩を落とした。

 

「せっかくパスタ作れるか聞こうと思ったのに」

「まぁまぁ、それくらいならあたしが作ってやるから」

「ほんと!?」

「あぁ本当だとも」

「ありがとうシャーリー!」

 

 日が沈み切ろうという頃、バッヘムはリトヴャクと鉢合わせたその瞬間、二人の魔導針に反応が現れた。間髪入れず二人はハンガーへと走り出した。

 ネウロイ接近のアラームが鳴り響く中、いち早く駆けつけた二人に続いて他の隊員も集まると、ヴィルケが指示を出し始めた。

 まず敵の位置情報と数を伝え。そのどれもが隊員たちにとって概ね予想通りだったためか慌てた様子はない。

 次に出撃するメンバーを発表した。

 

「会敵時刻には既に日が暮れている事が予想されます。目が順応していない状態での夜間戦闘は危険と判断し、夜間哨戒に備えていたリトヴャク中尉に出撃を要請します。やってくれるかしら」

「はい」

「一人で行かせるのですか」

「そうだ、サーニャが行くなら私も行くぞ」

 

 バッヘムの指摘に乗りかかる形でユーティライネンが不満を口にした。ヴィルケが鋭い目付きでキッと睨むと、ユーティライネンは少しだけたじろいだ。バッヘムは怖気付くどころか一歩前へ歩み出た。

 

「私も行きます」

「許可できません。それに今回の敵戦力的にサーニャさん一人で十分すぎるわ」

「万が一リトヴャク中尉が撃墜された場合、基地から再発進していたのでは間に合いません」

「あなたがその使える戦力と言いたいのかしら」

「サーニャがそんな簡単に堕とされるわけないだろ。というかそれなら私の方がやれる!」

「とにかく二人の出撃は許可できません。サーニャさん、出撃準備」

「はっはい!」

「他の皆は戦闘待機。少佐、あとはお願いするわ」

「あぁ任せておけ」

 

 リトヴャクを見送った後、ヴィルケ以外の隊員はミーティングルームへと移った。

 万が一の戦闘に備え灯りを落とされたミーティングルームで少女らは特に何をすることも無く待つことになった。本を読もうにもあかりが無いので読めず、月明かりに頼ろうにもブリタニアの空は曇っている。

 

「それにしても意外だったなぁ。エイラはともかく、まさかユニヴェルが志願するとは思わなかったよ」

 

 明るい声色でイェーガーは言う。

 

「あぁでも元々ナイトウィッチっていうかナイトウィザードだったか」

「えぇまぁ」

「私はそれ以上に、あなたのような人が他人を心配できることの方が意外でしたわ」

「そんなことないよなー、なっルッキーニ」

「うん、ユニヴェルはいい人だよ。お菓子くれるし」

「まぁお安いこと」

 

 バッヘムの頭の中からネウロイ特有のノイズが消えた。それはリトヴャクがネウロイを全滅させたことを意味し、同時にバッヘムの出撃機会がなくなったということでもある。

 

「少し出てきます」

 

 バッヘムは立ち上がると坂本の方を向いて言った。

 

「どこへ行くんだ?」

「タバコです」

 

 坂本はあまり善い顔をしなかったが、了承した。

 ミーティングルームのすぐ側にある窓から外へ抜け出ると、少し歩き、オープンテラスへ続く石段に座り込んだ。

 上着の胸ポケットからシガーケースとマッチを取り出し、ぎこちない手つきで火をつける。タバコを咥え、息を吸い込むと同時に噎せてしまった。

 

「やっぱタバコなんて吸うものじゃない」

 

 タバコは安くないため捨てるのが勿体なかったのか、噎せながら吸いきることを決めた。

 インカムから伝えられる作戦終了の旨も噎せて聞き逃せそうだった。

 

「いつから愛煙家になったのかしら」

 

 ついさっきまで管制にいたはずのヴィルケの声にバッヘムは驚いてタバコの灰を膝にこぼした。熱さによろめくようにして立ち上がると、クスクスと笑う声が彼の耳に届いた。

 

「タバコなんて嫌いです」

「なら吸わなければいいのに」

「……何か私にご用ですか?」

「さっきコーヒーのお礼を言いそびれたから」

「どうせ頂き物でしたので構いませんよ。傷んでしまっても勿体ないですし」

 

 そう言いつつやはり吸いきれないと判断したバッヘムは携帯灰皿でタバコを押し潰した。

 

「吸わないのにどうして身につけてるの?」

「前の基地は喫煙者が多かったので、かなり便利なんです。立地的に酒かタバコしか娯楽がないせいなんでしょうね」

 

 先程とは違い慣れた手つきでヴィルケにタバコを勧める。それをあっさり断られるが、バッヘムも承知の上だった。

 

「私は酒もタバコも嗜みません」

「というかまだ十五でしょ」

「えぇ、はい」

「……噂には聞いていたけど、本当にナイトウィッチになったのね。急にどうして目指したの?」

「ネウロイの支配地域に一ヶ月間ホームステイした時に沢山星を見たんです。毎晩ではありません、曇ってて見えない日もありました。どうにかなってしまいそうな所を沢山助けてもらいました。その恩返しに夜空を守ることにしたんです」

 

 普段のバッヘムからは想像出来ないような答えだったらしく、ヴィルケは思わず吹き出してしまった。バッヘムの真剣な眼差しを思い出して笑いを飲み込むと、軽く謝罪をして、痛ましいものを見るような目でバッヘムを眺める。

 彼女の目に重なって見える十一歳のバッヘム。それは不自然に少女然としたウィザードと出会った頃のことを思い出させる。

 決して扱いやすい部下ではなかった。命令は聞くが、何を考えているのか要領が掴めない、十一歳の子どもとは思えない仮面を身につけていたからだ。また彼自身も積極的に自らの事を語ろうとしなかった。

 そんな不気味な少年の秘密を知ってしまった時は出処不明の罪悪感に胸を締め付けられたことも、彼女はしっかりと覚えている。

 

「あの戦闘が終わるたびに隠れて泣いていたあなたが志願するなんて信じられなかったけど、そういう事だったのね」

「わがままを言って申し訳ありませんでした」

「これからは昼を飛んでもらうことになるけど、やっていけそうかしら」

「仕事なら仕方ありません。今更そこに文句なんて言いません」

「これからよろしくね」

 

 差し出された手に同じように右手を出そうとした瞬間、バッヘムは少しだけ躊躇うような素振りを見せた。

 

「手袋ならそのままで構わないわよ」

「ありがとうございます」

 

 改めて握手を交わした二人は食堂へと足を向けた。

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