元夜間パイロットの白昼期   作:ことり

11 / 13
第十話

 雲の上と下では空気も光景も宮藤の様子も文字通り天と地ほどの差があった。

 慣れている者でも容易に前後不覚へと陥ってしまう雲の下と、月や星の存在で上下がハッキリし比較的明るい雲の上では飛行難度も段違いだった。

 雲の下ではリトヴャクとユーティライネンの手を握りしめて震えていた宮藤も、雲の上に出ると景色に感動し縦横無尽に飛び回る。その変貌ぶりにユーティライネンは呆れたように笑った。

 

「宮藤さん、気持ちはわかりますが落ち着いてください。銃を振り回すように飛ばれると気が気でありません」

 

 雲の上までは先導して飛んでいたバッヘムは、宮藤が落ち着いたのを見計らって小隊を組み直し、宮藤の長機位置に着いた。

 

「ほんとうに全然反応違うよな。地上にいた時はあんなにブルブルして怖がってたくせにさ」

 

 ユーティライネンがからかうに言った。

 

「エイラさんだって初めての時は怖かったはずだよ!」

「そんな昔のことは忘れたな」

「バッヘムさん!」

「私の時は暗闇よりもそれに紛れてるネウロイの方が恐ろしかったです」

「ダメだ、住んでる世界が違いすぎる」

「私は覚えてる……。初めて夜空を飛んだ時は、高く昇れば昇るほど色んなものが見えて、聞こえてすごくびっくりしたの」

 

 ようやく出た彼女と同じような感想だったが、宮藤はそれでも自分の見えてるものとは段違いなことを想像すると、その事を素直に口に出してリトヴャクを褒めそやした。褒め言葉に反応し誇らしげにしたのはユーティライネンだった。

 続けてリトヴャクは、自分の力がウィッチになって初めて何のためにあるかに気づき、今のストライカーの開発者である宮藤博士には感謝していると述べた。自分が褒められた訳でもないのに照れている宮藤にユーティライネンがその旨を伝えるとバッヘムは小さく「どの口が」と呟いた。

 宮藤は数秒ほど黙り込むと何かを決意したような表情で三人の前に踊り出た。

 

「あのね、今日は私の誕生日なの」

「……そう」

「おめでとうございます」

「何で黙ってたんだよ!」

 

 三者三様の反応だが、宮藤には少し怒った風なユーティライネンと、興味なさげに祝福するバッヘムは予想の内。ただ一人、目を丸くするリトヴャクの反応だけは彼女にとっても意外なものだった。

 

「私の誕生日はお父さんの命日でもあるの。だからなんかややこしくて言いそびれちゃった。それにバッヘムさんはこういう話は好きじゃなさそうだし」

「バカだなぁお前。こういう時は楽しいことを優先にしたっていいんだよ。バッヘムなんかに気を使わなくていいんだよ」

「えー、そういうものかな」

「そうだよ」

「あと勘違いされてるみたいですけど、私が嫌なのは自分の誕生日であって他人の誕生日にまでとやかく言いません」

「だってあの時すごく怖かったし」

「バッヘムが怖いって……ないない!」

 

 ユーティライネンが大笑いするなかリトヴャクが宮藤に耳を澄ます様に指示した。直後彼女の魔導針の輝きが変化し、インカムから音楽が流れ始めた。

 先程のリトヴャクのように、今度は宮藤が目を丸くして驚いた。

 

「ラジオの音だ」

 

 ユーティライネンがリトヴャクの代わりに答える。どことなく不機嫌を孕んだ声色。その声でぶっきらぼうにラジオの発信源がその辺ではなく、地球の裏側程の遠くから届いてるのだと、自慢するように言った。

 

「夜は飛ぶ時はいつも聞いてるの」

「地球の裏側から……想像もつかないや」

 

 ユーティライネンがリトヴャクにこっそりと耳打ちをした。

 

「二人だけの秘密じゃなかったのかよ」

「ごめんね、今日だけは特別」

 

 不機嫌だったユーティライネンも、リトヴャクの無邪気な微笑みを見ると気をそがれたように大きな声で「じゃーしょーがないなぁ」と叫んだ。

 二人のやり取りがよく分からず怖くする宮藤にリトヴャクが何かを伝えようとしたその最中、リトヴャクとバッヘムの魔導針にネウロイの反応が現れた。いつの間にかインカムからの音はラジオの代わりにネウロイの音に切り替わっていた。

 歪んで歪むその音は通常のランダムなものではなく、その場にいる人や司令室でインカムの通信を聞いていた坂本とヴィルケにとって聞き覚えのあるメロディを歪に奏でている。

 

「リトヴャク中尉、撤退です。あいつは明らかにリトヴャク中尉を狙ってます。中尉聞いてますか、中尉……中尉!」

「はっ、みんなは避難して!」

「いやだから──クソが」

 

 顔を青ざめさせたリトヴャクは我に返ると、有無を言わさぬスピードで上空へと駆けて行った。遅れてバッヘムも上昇を開始するも、彼女の元へたどりよりも早くネウロイのビームが彼女へぶつかった。反応が遅れた二人ではそれを躱すことも防ぎきることも出来ず、リトヴャクだけを狙った光線は彼女の左足のストライカーを壊した。

 すぐ下にいたバッヘムはリトヴャクを抱き抱え昇ってくるユーティライネンらと高度を下げながら合流した。

 

「サーニャちゃん!」

「サーニャ! バカ! 一人でどうするつもりなんだよ!」

「敵が狙ってるのは私なの……間違いないわ。私から離れて、一緒にいたら──」

 

 ネウロイの二回目の攻撃を躱し距離を置くと話を再開した。

 基地とは連絡が取れず、一面の雲海のどこかには今もリトヴャクを目掛けて高速で接近する敵機が存在する。

 そこで彼女ら四人の内に出た二つの案は完璧に割れた。

 バッヘムは撤退を提案し、ユーティライネン他は撃墜を目指すとした。

 

「本気ですか? この面子には今使える人が私とユーティライネン少尉しか居ないんですよ。中尉は片足を失って、宮藤はシールドだけが取り柄の素人。本当に倒せると本気で思ってるんですか?」

「倒せる」

 

 ユーティライネンは続けて言う。

 

「サーニャは私に敵の位置を教えてくれ。大丈夫、私は敵の動きを先読みできるから、やられたりしないよ」

「そのリトヴャク中尉が位置を間違えたらどうするつもりですか。わざわざ危険な手段に出なくても──」

「うっさい、サーニャは間違えないんだよ。もし間違ってもサーニャなら文句ない!」

「リトヴャク中尉も同じですか?」

 

 リトヴャクはバッヘムの腕の中で黙りこくった。深刻な顔をするリトヴャクに何か声をかけようと宮藤は言葉を探す素振りを見せるも、見つからずに俯く。

 そんな中言葉を発したのはユーティライネンだった。

 

「あいつはサーニャじゃない。あいつはひとりぼっちだけど、サーニャは一人じゃないだろ? 私たちは絶対に負けないよ」

「リトヴャク中尉、撤退しましょう」

「……ううん。今ここで倒す」

 

 ユーティライネンと宮藤が嬉しそうにリトヴャクの名前を呼んだ。しかしバッヘムはそれでも撤退するべきだと強く彼女に言った。

 

「上官命令。バッヘムさんは軍人?」

「……分かりましたよ、やはりあなたもウィッチでしたね。宮藤さん、リトヴャク中尉を代わってください」

「えっあっはい!」

 

 指針が固まるとバッヘムはリトヴャクを宮藤の背中へと移し替えた。その流れでユーティライネンがリトヴャクのフリーガーハマーを受け取り、戦闘が再開された。

 リトヴャクの指示の下、ユーティライネンが雲の中へフリーガーハマーを撃ち込んだ。少しずつ位置をずらして斉射されたロケット弾は雲を広範囲で吹き飛ばした。

 僅かに見えたネウロイはそのスピード落としながらも再度雲へと隠れる間際、バッヘムの射撃が僅かにネウロイの装甲を削った。

 ダメージの証拠のようにネウロイの放つビームは的外れな雲を蒸発させる。

 高速で接近するネウロイに対してフリーガーハマーを撃ち尽くしたユーティライネンは、使い慣れたMG42を構え発砲した。

 四人に肉迫するネウロイから放たれるビームを宮藤のシールドがひたすら防ぎ、その内側で残りの弾丸三人の努力が功を奏し、無事にネウロイを撃破した。

 砕け散るネウロイの破片がそれまでの運動エネルギーに任せて遅い来るも、それを防ぎ切ると、先程までの出来事がうそのように静まり、代わりインカムからはリトヴャクの歌のメロディが鳴り出した。

 

「これはお父様のピアノ……」

 

 リトヴャクが飛び立ちゆっくりと上昇する下ではユーティライネンと宮藤が和気藹々とリトヴャクの誕生日の話で盛り上がっていた。そのどちらにも興味なさげなバッヘムは無線が回復したことを確認して基地と連絡を取っている。

 

「私だ、坂本だ! 聞こえるか?」

「こちらバッヘム、良好です」

「やっと繋がった。状況を教えてくれ」

「たった今敵機の撃墜を肉眼で確認、レーダーに他敵反応ありません。出血等の負傷者はいませんが、リトヴャク中尉が右足のストライカーを吹き飛ばされています。我々だけでも充分連れて帰れるものと推察します」

「そうか」

「すぐ……もう少ししたら帰投を開始しようと思いますがいかがでしょうか」

「あぁ問題ない、そうだなミーナ」

「えぇ良くやってくれたわね。帰ったらデブリーフィングをするから出来るだけまとめておいてちょうだい」

「了解。交信終了します」

 

 基地との交信を打ち切り空を見上げると、月を背景に片足で器用に飛ぶリトヴャクが彼の目に映った。彼女自身も僅かに上を向き、目尻に涙を堪えながらも口角をほのかに上げて笑みを浮かべている。魔女と言うよりは妖精やその類のものに思えた。

 少しするとユーティライネンと宮藤が迎えに近寄った。帰投の準備をするのだろうと、バッヘムも集合した。

 

「誕生日おめでとう、サーニャちゃん」

「あなたもでしょ、芳佳ちゃん」

「えっ?」

「誕生日おめでとな」

「おめでとうございます」

「なんかバッヘムのは嘘くさいな」

「ハイハイ、帰りますよ。中尉、掴まって下さい。それじゃもう飛べないですよね」

 

 バッヘムが右手を差し出した。三人はありえないものを見たように固まるものの、ユーティライネンがいち早く動き出しリトヴャクを背負った。

 

「お前は宮藤の手でも握ってるんだな」

「私の手でもってどういう意味」

「じゃあいいです」

「ちょっと二人とも酷い!」

「行きと同様に私が先導しますのでついてきてください」

 

 その後、雲の下をバッヘムの手を握りしめ震えながら飛ぶ宮藤の姿が、緊急発信していた隊員によって確認された。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。