元夜間パイロットの白昼期   作:ことり

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第十一話

 宮藤から見てバッヘムはほかの隊員とは違った理由ですごい人物であった。理由はいろいろあるが決め手はバッヘムがたった数日で体重を数十パーセントもそぎ落としたことだ。彼女にはいったいどんな日々を送ればそんなことになるのか皆目見当もつかないが、それが体にとても悪いことは医療の知識を使うまでもなく分かった。さらにはそれを目撃した翌日には普段通りの生活に復帰しているのだからますますわからない。飛行に関してもバルクホルンのような力強さもハルトマンのような鋭さも及びはしないが、どこまでも理詰めかつ冷静で理性的な飛行は彼女らとは違った凄みを帯びている。着々と劣勢に追い込まれて狙われる感覚が付きまとう飛び方はネウロイとは別種の恐怖を与えるため宮藤は特に苦手と沿ていた。

 また家事も万能である。料理は上手だし部屋は常に清潔、勤務日に服装が乱れているところは緊急時を除けば目にしたことがない。501の面々は彼女からして、どうすればそうなるのかと思わせるものぞろいではあるが、バッヘムは特に宮藤にそう思わせる存在だった。

 

「宮藤がこんなになるなんて久しぶりだな」

「シャーリーさん……今日の訓練、バッヘムさんとだったんです」

「あーあいつは体力馬鹿だから。この間のでだいぶ消耗したみたいだけど戻ったみたいで安心したよ」

「ほんとすごいです」

「確かここに来たばっかの時も三時間くらいダッシュさせられてたな。わけわかんないだろ」

「三時間……」

「それに宮藤だってよくやってるよ、来た時に比べたらずいぶんたくましく育ったじゃないか。まぁここ以外だけど」

 

 イェーガーはいたずらっぽく笑い宮藤の胸を一突きすると、見せつけるように胸を張り高笑いしながら食堂を出た。胸を抑えていた宮藤も一度ため息をつくと気を取り直して夕食の準備を再開した。件のバッヘムはというと、失った体力を作り直すためのトレーニング後のシャワーを浴び終えたばかりだった。

 訓練を終え残すところは消灯時間までの便宜上の待機という名の自由時間。バッヘムはようやく最終章まで読み進めたオラーシャの本を片手にミーティングルームのソファーに腰かけていた。明確な趣味を持たない隊員は待機時間中、存外暇を持て余すことが多い。

 

「相変わらず難しい顔をして本を読んでいるな」

 

 同様に暇を持て余したバルクホルンは、部屋にバッヘムを見つけると話しかけた。普段はあまり会話をすることがないためぎこちなさがある第一声にバッヘムは返答に困ったのか「あっはい」とだけしか返事ができなかった。お互い見つめあったまま無言の時間が数秒が流れるとバルクホルンははじかれたように顔を背け少し離れたところに座った。

 

「そっそんなに難しい本なのか?」

「いえ、いや、内容はそれなりに複雑ですけどそれ以上にオラーシャ語を読むのが大変でして」

「そういえば前はオラーシャにいたと言ってたな」

「はい。向こうの上官に習ってある程度の読み書きと会話はできるようになったんですが、やはり母語に比べると難しいです」

「そうか……」

 

 再度立ち込める沈黙に先にあきらめたのはバッヘムの方だった。先ほどまでは何か用事があるのかと手を止めていたが、何もないと見るや否や再び読書を再開した。

 彼女たちの初対面はバッヘムとヴィルケの初対面の時期と大きくに変わらないものの、その当時は別の部隊だったことやバッヘムの社交性がまだ皆無だったこともあり、ちゃんと交流するようになったのはこの基地に配属されてからだった。それまではお互いがお互いの事を人伝にしか知らなかった。バルクホルンは言わずと知れたスーパーエースで、バッヘムは世にも珍しいウィザードかつ世界初の大型撃墜例となった戦闘に参加しているため、知らないことの方がありえなかった。

 

「ところでバッヘム」

「はい」

「あぁ……そう、体調はもういいのか?」

「ずいぶんと良くなりました。後はスタミナと体重だけです」

「何このぎこちない会話」

 

 ハルトマンは入室するなり面倒くさそうな声色で二人に聞こえるようつぶやくと開いているソファーを一つ丸ごと占領する用に寝転がった。

 

「二人ともあってから結構経つのにほとんど話したことないよね」

「誰かさんと違っていちいち注意しなくてもいいからな」

「ハルトマン中尉、部屋片づけましたか、あれは人の住む環境ではありませんよ」

「そうだぞハルトマン。いい加減あの足の踏み場もない部屋をどうにかするんだ」

「なんでこんなときばっかりいきぴったなのさ!」

 

 この時のバッヘムはまだハルトマンの部屋掃除を手伝わされることなど知る由もなかった。ハルトマンもまた、それが理由で大いに恥をかくのだが、やはり想像もしていない。

 やがて夕食を迎え、それも済ませるとそれぞれは夜間哨戒担当のリトヴャクに仕事を引き継いで就寝準備へと入った。食事中に翌日はハルトマンの叙勲式があると改めて業務連絡がなされたが、そういうことになれていない新人の二人以外は特に気にした素振りもなかった。

 翌朝、一番からバッヘムはイェーガーと共にヴィルケのお叱りを受けた。

 しばらくやめていた朝練を最近再開したバッヘムはその日も軽いランニングを終えて食堂へ向かう途中だった。バッヘムの部屋は寮の最奥にあるため、食堂へ行くには数名の部屋の前を通る必要があった。そのうちの一人がイェーガーである。部屋で制服に着替えたバッヘムがイェーガーの部屋の前を通りかかると、そこには部屋の扉を全開にして歯を磨く下着姿のイェーガーが立っていたのだ。

 数秒間視線が交錯するも、バッヘムは何事もなかったかのように挨拶だけをして通り過ぎようとした。イェーガーはイェーガーで小さく返事するだけで特に気にする様子もなかった。

た。

 

「待ちなさい二人とも、というかシャーリーさんは早く服を着てきなさい」

「おはようございますヴィルケ中佐」

「えぇおはようバッヘムさん。ところであなたなにもおかしいとは思わないのかしら」

「……さすがに下着姿で扉を開けっぱなしにするのは常識を疑います」

「そうだけどそうれだけじゃないわよね」

「おはようございます中佐。で、あたしになにか用ですか?」

 

 おおよそ自分の常識とは合わない反応にヴィルケは頭を押さえてうなだれた。

 

「シャーリーさん、あなた今男性に下着姿を見られたのよ。少しは恥ずかしいとかないのかしら」

「まぁユニヴェルだし」

「バッヘムさんはそれでいいの⁉」

「言われようが少し遺憾ではありますが、働きやすいのでかまいません」

「……そう。とにかく二人とももう少し危機感を持つこと」

 

 疲れた様子のヴィルケをしり目に二人は朝食のため食堂へ向かうのだった。その道中、ハルトマンをたたき起こすバルクホルンの怒号が鳴り響いたが、この基地ではいつもの事なので誰も気に留めない。食堂には大量の蒸かし芋が用意してあり、しかしそれもあまり料理をしない人が集まったこの基地ではよくある光景だった。

 後から来たバルクホルンとイェーガーにも加わることなく食べ進めていると、クロステルマンが扶桑の女子制服である水着を片手に食堂へ飛び込んできた。バッヘムは口にこそ出さなかったが、とうとう坂本少佐のものに手を付けたかと内心でつぶやいた。しかしそんな思考もクロステルマンの悲鳴でかき消された。

 

「あっあなた、こっちを見ないで!」

「おいおいいきなりどうしたんだよペリーヌ」

「いいから早くバッヘムさんを別室へ!」

「わかりました。自室に戻ってますので理由は後でお願いします」

 

 自らの服の裾を引っ張りながら尋常じゃない焦り方を見せるクロステルマンにバッヘムは深い追及はせずおとなしく退室した。廊下に出ると、ばったりと出くわした宮藤が同じような反応をしたのでバッヘムは急ぎ足になって自室へと帰った。

 叙勲式を目の前に何のトラブルを起こしたのか、バッヘムは自分だけが離されることや、宮藤とクロステルマンの反応からズボンがなくなったのだろうとあたりを付けた。それゆえに内線電話で事情の説明も求めないし、呼ばれるまで、それこそネウロイが来るか火事にでもならない限り部屋を出るつもりはなかった。ネウロイに関しては事前の予報でないと割り切っているため実質火事のみだった。

 そうタカをくくりうとうととしていると、彼の耳に予想外の警報が届いた。反射でアンテナを出すもネウロイの反応はなかった。それがなおさら彼を焦らせた。観測所のレーダーに映るのに自分の物には映らないことは初めてだったからだ。とっさに新品の長ズボンを何本か握りしめて先に来ていた隊員たちが何やらもめていた。

 

「待てバッヘム、まだ来るな」

 

 バッヘムにいち早く気付いたバルクホルンはバッヘムを止めに駆け寄った。

 

「これを何も身に着けてない人に渡してください。新品ですので安心してください」

「気づいてたのか」

「そんな気がしただけです。それより早く出ないと」

「そうだな、すぐ配ってくる」

 

 一悶着はあったものの全員が履き終えるとようやく出撃準備が完了した。ストライカーを装着し出撃するため滑走路に出ようとしたその時、駆け付けたヴィルケによって出撃に待ったがかけられた。

 

「敵はいません、警報は間違いです」

「道理で反応がないわけだ」

 

 自分の不調ではなかったことに胸をなでおろした。事の次第を聞くとさらにため息が出た。

 

「バッヘムさんもこれありがとうございます」

「いえ、宮藤さんから皆さんに、それはもういらないので焼くなり捨てるなり各自で処分するよう言っておいてもらえますか」

「え、捨てちゃうんですか?」

「ここは補給も良好ですからね、ズボンくらいすぐに新しいのを送ってもらえます。それに人の身につけたものはあまり着たくないです」

 

 バッヘムは言うだけ言うと、叙勲式のための設営を手伝いに向かった。

 そもそもルッキーニのズボンはなぜ脱衣所で消えたのか、その疑問が解消され、さらにはそれが原因でハルトマンの部屋掃除が始まったのはすべて叙勲式の後の話である。

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