元夜間パイロットの白昼期   作:ことり

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第十二話

 その人形を見てバッヘムはわかりやすく顔をしかめた。

 長い黒髪をなびかせ、ストライカーユニットを履きこなす。凛とした意志の強い顔立ちの人形は、彼にかつての上官を思い出させる。

 

「話聞いてますかバッヘムさん……バッヘムさん!」

「あぁ、申し訳ありません」

「このお人形そんなに気になるんですか?」

「えっバッヘムさんてお人形好きだったんですか!」

「違います。その人形が知り合いに似ていたのでつい。それよりも私にお話って何ですか。あまり女性の部屋に立ち入らないようにしたいので手短にお願いします」

 

 宮藤はバッヘムとすれ違いざまに、廊下では少し話しにくいから部屋に来るようにお願いをした。普段であれば断っていたバッヘムだが、彼にはその話の心当たりがあった。というのも彼は宮藤と入れ違いで格納庫にいたのだ。そのため普段から交友のある整備士から、先ほどの出来事を聞き及んでいたからだ。そういう話を廊下で大きな声で話さなくなっただけでも成長かと、バッヘムは彼女らについていくことにした。

 

「バッヘムさんはあのルールおかしいと思いませんか」

「芳佳ちゃん、あのじゃわかんないと思うよ」

「あっ、ウィッチと男の人が基地内でお話もダメっているルールなんですけど」

「いえ別に。ここほど厳格にしているところも珍しいですが、ウィッチの性質を考えると理解できます。というか最前線まで来てそんなことをいちいち聞かないでください」

 

 宮藤とビショップは固まった。それ以上何も言わず一方的に話を切り上げたバッヘムは足早に部屋を出ると、執務室から戻ってきた坂本とちょうど出くわした。

 

「バッヘムが人の部屋にいたなんて珍しいな」

「少し懐かしいものを見てしまったので」

「懐かしいもの?」

「宮藤さんが持っていた扶桑人形が穴拭さんに似ていまして。あの人、扶桑だと大英雄だって話本当だったんですね」

「あぁそういうことか……それで今思い出したが、お前そのころから同じ部隊の仲間に何も言わずに移籍してたんだな。昔聞いた灰色で無口で物音すら立てないカールスラントの女の子。特徴としては当てはまる。というか一緒の基地にいて自分が男だって言ってなかったのか」

「言いました。でも穴拭さんは人の話を聞かない人でした。その証拠に穴拭さん以外はみんな知ってますよ」

 

 バッヘムがウンザリ気味に言うと坂本も納得したように声を漏らした。

 

「それはそうと部隊で一番というか唯一というか、真面目に訓練に取り組んでいたとも言っていたな」

「ほかに真面目に付き合う人がいなかったからで、そうしないと機嫌悪くなるし」

 

 坂本は乾いた笑いを漏らした。

 

「その頃の仲間とは今でも連絡を取り合っているのか?」

「数名、今でも手紙をくれる方はいますが、基本的にはいいえです。それにせっかく退役して戦場から遠のいたのに、最前線の軍人の近況なんて聞きたいわけがありません」

「私はこの先、退役した後でも、お前たちから手紙が来たらうれしいぞ」

 

 バッヘムは曖昧に頷くのみで、納得していないことは、坂本の目から見れば一目瞭然である。その態度に対して坂本は「楽しみにしてる」という言葉と一緒に数度頭を軽く叩いた。

 その晩、バッヘムは書き物机に向かっていた。机の上には、便箋と万年筆が置かれている。彼が便箋に向き合ってからすでに二時間が経過しているが、便箋には宛名だけしか綴られていない。

 あまりに筆が進まないものだから、彼は食堂でお茶をお呑んで帰ってくるまでに書き出しが思いつかなければ、諦めることにした。

 そういった理由で食堂へ行くと、そこにはすでに夜間紹介へ出かけたはずのユーティライネンが、落ち込んだ雰囲気で座っていた。

 

「なんだ、お前かよ」

「マシントラブルですか」

「そう。出る直前になって見つかったんだ。おかげで今日はサーニャ一人で夜間哨戒やってる。そっちはどうしたんだよ」

「……まぁ、少し」

「バッヘムって、思ったよりよく悩むよな」

「お恥ずかしい限りです」

「いやいいんだけどさ。でもねーちゃんに聞いてた話と違うから」

「……ユーティライネン大尉ですか」

「私もユーティライネンだぞ」

 

 数秒の沈黙の後、バッヘムは「アウロラ大尉」と言い直した。

 

「そういうとこは聞いたまんまだな」

「そうですか」

 

 バッヘムは二人分の紅茶をいれて、卓についく。

 

「私もユーティライネン少尉のことは大尉から時々伺っていました」

「ねーちゃんに付き合わされたんだな」

「写真も見していただきました」

「サルミアッキをやるからその写真のことは忘れてくれ頼む」

「ではアウロラさんから聞いたと思しき私の失態についても口外無用でお願いします」

 

 二人は静かに握手を交わした。

 結局、お茶を飲み干し部屋に戻るも、何も思い浮かばなかったため、バッヘムはひとまず諦め、床に就いた。

 翌日。最近でははずされることが増えた襲撃予想は珍しく的中したため、ためバッヘムはヴィルケと小隊を組んで出撃した。背後には直掩につく坂本・宮藤小隊がいる。バッヘムは宮藤に背中を撃たれないかどうか不安である。

 やがて坂本が敵機を補足すると、パターン通りのフォーメーションへと展開される。しかし突如として、六面体のネウロイが小さく分裂し、広範囲に散開した。それぞれの眼前には夥しい量のネウロイが散らばるも、コアはその数多いネウロイたちの中のどれか一機である。

 

「総勢二百十機か。勲章の大盤振る舞いになるな」

 

 坂本が茶化したすぐ後、ヴィルケから作戦の変更が言い渡される。各方面へ散らばった内、最も敵の数の多い正面へバルクホルン隊、その次に多い右方面へクロステルマン隊がそれぞれ割り当てられる。続いて坂本はコアの捜索に専念し、ヴィルケと宮藤はそれの援護へと回る。バッヘムはヴィルケらよりもさらに一回り前方で、なるべく坂本らの方へ照準が向かないよう、敵を引き付けながら戦うことが命じられた。

 命令通り、単騎で敵機十数機を引き付けるバッヘムは、囲まれないよう、また背後を取られ続けないよう立ち回りながら、時折弾丸を敵を見もせず弾丸をばらまいていた。にもかかわらず弾丸が、彼自身のストライカーにかすりもせず、だが吸い込まれるようにネウロイに命中する光景は、坂本の「あれが曲射か」という言葉を聞くまでは宮藤には理解できないものであった。

 坂本がコアを補足し、撃破されたのは、戦場が大陸に到達するころ、バッヘムは弾切れを起こし、ヴィルケらと合流を果たしていた。その際彼についていたネウロイたちは一掃されている。

 

「バッヘム、まだ行けるか」

「このマガジンを撃ち切れば、後は拳銃とナイフしかありません」

「早い所見つけないとね」

「コアの気配はあるんだが、あの群れの中には見つからないんだ」

「上ッ!」

 

 宮藤がとっさに数機を撃墜した。撃ち漏らした内の数機にコア持ちが発見されると、バッヘムはそれを追う彼女らの露払いを任せられた。

 コア持ちが見つかってからの決着はそれまでの苦戦に比べると早く、また撃ち落とした者も大方の予想に反して宮藤であった。

 コアが破壊されたネウロイたちは真っ白に爆散た。ウィッチたちは慣れた様子でシールドを展開し、それぞれで対処する。その後、カレー港に極めて嫌な記憶があるバッヘムは、ヴィルケがそちらへ近づくよりも前から、努めて視界に入れず、団体行動の中で許される限り距離を取った。

 帰投後は、ヴィルケのコンサートのために準備へと駆り出された。式典用のマイクを引っ張り出し、通信所との話をつけたりと、隊員たちや基地の職員はせわしない。そんな準備も終わり、食事当番のバッヘムはそのまま食糧庫へ向かおうとしたが、艦隊の見送りから戻った坂本らによって行く手を阻まれた。

 

「なんですか」

「なんですかも何も、これからミーナのコンサートだぞ」

「はい、知ってます」

「バッヘムさんも行きましょうよ」

「そろそろ夕食を作らないと夜間班の夕食に間に合いませんので。それに歌なら館内放送でも聞けますし」

「でも絶対直接聞いた方がいいですよ。お夕飯つくりなら私も手伝います!」

「宮藤の言うとおりだ。きっとミーナもその方が喜ぶ」

「喜ぶとかそういう雰囲気じゃないように見えましたけど」

「つべこべ言うな」

 

 結局バッヘムは坂本らに連れられて直接ヴィルケの歌を聴くことになった。

 ミーティングルームで、バッヘムは一瞬ヴィルケのドレス姿に固まったものの、それ以降取り立てる反応は何も起こさず、コンサートが終わればだれよりも早く部屋を飛び出して夕食づくりに取り掛かった。宮藤が厨房へやってきたのはその約三十分後のことだ。

 

「わっすごいほとんど終わってる」

「お手伝いなら結構です。皆さんと待っていてください」

「……バッヘムさん、どうして何も言わずに出て行っちゃったんですか」

「私は語彙が薄いので。それに水を差すのも気が引けました」

「そんなこと──」

「宮藤さん、さっきの言葉は取り消します。配膳のお手伝いをお願いしてもいいですか」

 

 バッヘムの有無を言わせない雰囲気に宮藤は言葉を飲み込んで頷くだけだった。

 消灯後、バッヘムは昨晩に続き今晩も照明の落とされたダイニングで頭を悩ませていた。テーブルの上には沸かしただけのお湯が入ったティーカップが一組あるのみで、香りも何もない。そんな折にヴィルケは現れた。

 足音で誰かが来ることを察していたバッヘムに対して、誰もいないと思っていた彼女は、バッヘムを見つけるなりわずかに肩を震わせた。

 

「こんな時間に珍しいわね」

「申し訳ありません。すぐに片づけます」

「大丈夫よ。それに私も人のことは言えないもの」

 

 バッヘムがお茶を用意しようと立ち上がるのを手で止めると、慣れた手つきでお湯を沸かし始めた。夕方に来ていたドレスから普段着に戻った彼女はそのままお茶を淹れてバッヘムの正面へと座った。

 

「それで、何か悩み事?」

「いいえ。ただ、少し慣れないことをしようとしていて」

「じゃあ私と同じね。といっても私は久しぶりすぎるだけだけど」

「はい、左様ですか」

「……あなたは何も言ってくれないのね」

「私はどうやら語彙が薄いらしいので、なんとお伝えすればよいのかわかりませんでした」

「本当にそれだけ?」

 

 彼女の覗き込むような言葉にバッヘムは悩まし気に顔をしかめた。

 それからバッヘムが返答したのは数分後のことだ。

 

「あの歌もドレス姿も響きも、血と泥と腐臭の戦争しか知らない私がふれてよいものではないと思いました。戦争以外の人生を本気で生きていた人にしか歌えないと思いました。人さまには言えないようなことまでした私が、なんと言葉を尽くせばいいかわからない。本当にそれだけです」

「とても尊んでくれたのね。でも私には、戦争で知り合ったあなたも歌やドレスや思い出や他の隊員と同じ大切な家族よ。だから、高価な言葉なんて探さなくても、思ったままでいいの」

「それは、手紙も同じですか?」

「慣れない事ってそれだったのね。そうよ、思っていることや伝えたいことをそのまま書けばいいの」

「……そっか」

 

 納得したようにつぶやいた。カップに残っていたお湯を一息で飲み干したバッヘムはそのままの勢いで立ち上がり、改めてヴィルケの方へと姿勢を正す。

 

「ありがとうございました、おかげで手紙が書けそうです」

「お役に立ててうれしいわ」

「それと、とても綺麗でした。また聴ける日を、今度はどこかの劇場で、その日を楽しみにしてます」

 

 立て続けに言うだけ言ったバッヘムは、その返答も待たずして自室へと早足で戻った。

 バッヘムは書き物机の前に一瞬だけ立つと、簡単な一言だけを記してそれを封筒へと納めた。

 後日、手紙が送られてきた穴拭は「元気です」の簡素すぎる近況報告と、もう一枚の便箋をビューリングに届けてほしいというお願いに苦笑いで悪態をついた。

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