元夜間パイロットの白昼期   作:ことり

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第三話

 二ヶ月前、着任したばかりのバッヘムを見てヴィルケは「随分変わった」と呟いた。

 彼女が知っている十三歳バッヘムから約三年の乖離があるとは言え、ここまで変わってしまうものなのかと、ヴィルケは悲観した。

 とくに変わった点は社交性だった。以前は自分から話すことはなく、話しかけられても「はい」と「いいえ」しか答えないような少年だったが、今では冗談や嫌味、買収工作まで覚えている。オラーシャではかなり暗躍したとヴィルケは聞き及んでいた。

 この基地でそんな問題を起こされると軍上層部に付け込まれかねないと判断した彼女は、坂本が扶桑へ経った今、バッヘムに執務の手伝いを命じた。

 

「発注書あがりました、ご確認を」

「問題ないわ。というかあなた……」

 

 ヴィルケは感心したように、むしろ自分で書いたような書類の出来の不気味さを隠すように言った。よく見ないと分からないほど自分の文字と似ているところが特に気味が悪い。

 

「オラーシャに務めていた頃より時々隊長に代わって書類仕事はしていました」

「道理で現場の人間からの評価が高いわけね」

「現場の評価が高いと無茶が効くんです」

「不祥事を揉み消したり?」

「そんなことしませんよ。まぁでも簡単に手放されるあたり、そこまで好かれてはなかったようですが」

「字を真似る訓練もそこで?」

「出来ることは多いに限ります」

「あの消極的だったバッヘム軍曹だったとは思えないわね」

 

 ヴィルケはバッヘムの目から辛うじて「何が言いたいんだ」と、言外の問いかけを読み取った。

 ヴィルケは彼がダイナモ作戦時に墜落した後のことを知らない。一ヶ月間の失踪と帰還については知らされていたものの、彼女らに後方へ療養目的でさげられた者を心配している余裕などなかったためだ。

 そのまま作戦が終了してもヴィルケは新部隊を組織するために奔走していた為、彼のオラーシャ行きが通達されても顔を合わせることは無かった。結局二ヶ月前に至るまで、ヴィルケは彼の足取りを紙の上でしか知らなかった。

 

「前より少し顔に出やすくなったかしら」

「そうですか?」

「えぇ、私は今の方が可愛くて好きよ」

 

 バッヘムの目付きが一層険しくなるのをヴィルケは感じた。少し突っつき過ぎたとも思ったが、あの何を考えてるかまるでわからないバッヘムを把握出来るかもしれないのでよしとした。

 

「気を悪くしたらなら謝るわ、けど私はあなたの事を知りたいの。だって、知り合って三年なのに私は何も知らないわ」

「上官として部下を把握したいのであれば、それこそ保管してある私の資料をお読みになられてはいかがですか?」

「前に坂本少佐も言っていたけど、自分の目と耳で知りたいの。やはり紙から得られるものとは質が違うもの。もちろん根掘り葉掘りあれもこれもというわけじゃないわ」

「中佐、私は軍規上要求された情報はすでに差し出しています。それ以上を対価も払わず何かを得ようというのは些か傲慢が過ぎるかと思います」

「そうね、では何がお望みかしら?」

「夜間任務。継続的なとは言いません、次の新月の日の夜間哨戒任務に就かせてください」

 

 ヴィルケはあえて考える振りをした。要求内容自体は問題なかった。リトヴャクを休ませられるのもヴィルケにとってありがたい話であった。

 

「分かりました、スケジュールの調整はこちらでしておきます」

「それで何を知りたいんですか?」

「あなたが軍人になった本当の理由」

 

 バッヘムは一呼吸入れると、書類作成を続けながら話し始めた。

 

「一言で言えば母の意向です。母には魔力はありましたが飛行適性はありませんでした、故に現役時代は常に空に憧れて過ごしていたそうです。四歳の頃です。私に強い魔力が現れるとそれまで優しかった母は消え去りました」

 

 話さないことには話さないことなりの理由があると、ヴィルケはよく承知している。しかしそれでも彼女は数年来の付き合いで、これからも長く付き合う相手のことは知っておくべきと判断した。

 話の入からはいわゆる国や家、家族や友人を守るためと言った、胸の熱くなるものはまるで感じられなかった。

 

「当時、父は対ネウロイ兵器の開発のため首都にいました。父はブリタニアと開発競争をしていたわけです。そして母はそれを是とし、協力を惜しみませんでした。妻の在り方としては素晴らしいものなのかもしれません」

「それで、魔力を発現したあなたはどうしたの?」

「母は私に箒を寄越すと、飛べるようになったら呼びなさい、と言いました。母はパイロットではないので飛行の感覚やコツは教えられません。しかしパイロットだった友人からどんな訓練をしていたかは聞いていたのでしょう。飛べなければパンもスープも水もありませんでした。自覚している考え方の一つに死にたくなければというものがありますが、これはこの頃に培われたものです」

 

 バッヘムの話を続けるべきか伺うような視線にヴィルケは一瞬躊躇うも、続きを促した。

 

「軍人になった理由は母の意向です。正確には、母の考えを受けて、死にたくなかったからです」

「料理をしたがらないのもその母親のせいなの?」

「はい。軍に入るまでは女の子として育てられていたので、料理も洗濯も針仕事も仕込まれました。歩き方だったり言葉遣いだったりそれはもう徹底的に」

「あなたはもう立派なウィザードだけど、その後母親とはどうなの?」

「母は病気で亡くなりました。ちょうど私が療養で帰国していた頃です」

 

 ヴィルケはもう十分だと言いたげに話を止めた。ヴィルケ自身、バッヘムが何かしら事情を抱えていることは想像していた。でなければあのような異様な雰囲気の子どもが出来上がるはずがないと確信もあった。しかし彼女はここまでとは思ってもみなかった。

 どうしても重なってしまう三年前のバッヘムを見て、ヴィルケの気分は一際沈んだ。

 

「ですので、これからは私のことを可愛いと言うのを控えて貰えませんか?」

「えぇ分かったわ」

「ちなみに書類は作り終えたので私はこれで失礼しようと思います」

 

 我に返ったヴィルケは全く進んでいない手元の仕事を思い出して溜息を着いた。またこのままバッヘムを返したのではわざわざ呼び立てた意味がなくなるので次の理由を探し始めた。その時だった。

 

「マロニーに目をつけられる様な事はしないので安心してください」

 

 心臓が跳ねた。

 

「気づいていたのね」

「中佐が避けたい事態で私がすぐにでも起こしうるものを考えるとこれしかなかったので」

「問題行動の自覚があったとは思わなかったわ」

「この基地ではしません。あんなのに利して初めて尊敬できた人を裏切るくらいなら……」

「くらいなら?」

「死ぬのはさすがに無理なので腕一本で許して貰えませんか?」

 

 ヴィルケはクスクスと笑った。バッヘムが微妙にヘタレた発言を真剣そのものな顔で言うものだからおかしくて仕方なかった。それゆえか、ヴィルケはひとまず信じてみることにした。

 バッヘムが部屋を去るのを見送ると半分ほどまでしか出来上がっていない書類に再度取り掛かった。




以上三話で本作の主人公がどのような人物なのかの説明を終わります。次回からは原作に入っていくつもりなのでよろしくお願いします。
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