元夜間パイロットの白昼期   作:ことり

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第四話

 数日前、初装備、初飛行、初戦闘で大立ち回りを見せた宮藤の才気は、その訓練の姿からは微塵も感じさせなかった。

 地上から見上げる坂本とヴィルケとバッヘムは三者三様の表情で同じ感想を共有していた。

 

「本当にここに置いておくおつもりですか?」

「もう少し様子を見ようと思う。素質は十分なんだ、きっと戦力になってくれる」

 

 宮藤は偶にあっと言わせるような動きをしたかと思えば、次の瞬間にはそれを帳消しにしてあまりある失態を犯す。昨日は近くの村の牛舎に墜落し、その応急修繕にバッヘムが駆り出された。それと対照的にビショップは書面にするような問題を起こさない代わりに、とりたてて褒めるような動きも見せない。

 

「ところでバッヘム曹長、502のポクルイーシキン大尉からあなたの安否確認が届いたのだけど、どういうことか説明してくれるかしら」

「あー、手紙返してなかったかもです」

「手紙は生存確認も兼ねてるんだからちゃんと返さないとダメだぞ」

「少佐の言う通りよ。ただでさえ私たちは最前線にいるのだから、あまり相手を不安にさせちゃダメよ」

「ここに来るまでは返してたんですよ。でも送る度に文法や綴りが違うと添削が入って写しが返ってくるのが辛くて」

 

 ゲンナリと言うバッヘムに坂本とヴィルケは疑問符を浮かべた。それを見て取ったバッヘムは補足的に説明をし始めた。

 

「本が好きなのにオラーシャの文学に触れられないのは不憫だとかなんとかで、大尉にはオラーシャ語の授業を受けさせられてたんですよ。手紙はその延長です」

「それがどうしてここに来たら返さなくなったの?」

「補給とか作戦の打ち合わせで時々私のいた基地にいらっしゃってたんですが、返さないとすごく怒られます。ここならば顔を合わせることも無いので」

「とにかく取り急ぎ返事を書いて来なさい」

「了解」

 

 バッヘムは踵を返すと、一直線に自室へと向かった。自室の机の引き出しから未開封の封筒を新しい方から三通引き出すと、併せて白紙の便箋と万年筆を持って控え室へ向かった。

 控え室ではハルトマンがソファーに横たわって眠っていた。

 テーブルの一角を陣取ると徐に手紙を取り出し読み始めた。

 

「やっぱり怒ってるよ」

 

 短期間に何通も送ってくることから察しを付けていたバッヘムだったが、その怒りっぷりはその予想を超えていた。三通目に至っては流暢すぎる筆記体で、バッヘムには解読すら不可能だった。

 

「なにこれ、落書き?」

「オラーシャ語です……多分。というか人の手紙を勝手に見るのはどうかと思いますよ、ルッキーニ少尉」

「どうせ見たってわかんないし。というか見られたくないなら部屋でやればいいじゃん」

「どうしてもしたくないことは人前でしないと雑にしてしまうので」

「したくないことなら別に良くない?」

「かなり怒らせてしまってるので」

「でもこれ読めるの?」

「……無理」

「だよねー、まぁ頑張ってね」

 

 来た時と同様に駆け足で出ていくルッキーニに疑問を残しつつ、バッヘムは再度読めない手紙に目を落とした。手紙と同じように字をなぞったりと工夫をしたものの、結局読めなかった。

 

「どうしたものか……リトヴャク中尉に頼むか? いやでもこれ見せるのはなぁ。これじゃ謝罪しようにもどれに重点を置いていいかわからん」

 

 手紙を放り出してお手上げと言わんばかりに勢いよく背もたれに体を預けた。

 窓の外へ目を向けると既に日が暮れており、ブリタニアにしては珍しく晴れており、月や星が輝々としている。

 体を起こし「仕方ないか」と呟いてバッヘムはリトヴャクの部屋を目指した。

 リトヴャクの部屋の戸をノックすると、仲から真っ先に姿を現したのはユーティライネンだった。

 

「サーニャになんか用か?」

「リトヴャク中尉にオラーシャ語の翻訳をお願い出来ないかと思いまして」

「サーニャは今起きたばかりなんだ、また後に──」

「ダメよエイラ、そんなに無碍にしたら。あの、私でよければ翻訳します」

「お願いします」

「暗いところですけどどうぞ入ってください」

「男を部屋に入れるのか!? もっとちゃんと警戒しないと危ないだろ」

「バッヘムさんは同じ隊の仲間よ。それにそんな言い方したら彼に失礼だわ」

 

 リトヴャクに誘われるまま部屋に入ったバッヘムは、居場所がわからずリトヴャクが机で手紙を読む斜め後ろに控えるように待機した。そんなバッヘムにユーティライネンが「何かしたらただじゃおかない」と睨みを利かせている。

 

「これ本当に私が読んでしまってもいいんですか?」

「人にお見せするような物じゃないのは分かるんですが、内容まではどうしても分からなくて、申し訳ありませんがお願いします」

「分かりました、多分すぐにできるので待っててください」

「よろしくお願いします」

 

 十分ほどで翻訳が終わると、リトヴャクはなんとも言えない顔でブリタニア語に翻訳された手紙をバッヘムに差し出した。するとバッヘムが受け取るよりもはやくユーティライネンがそれを引ったくり、内容を読むと「子どもかよ」と笑い始めた。

 

「やっぱりエイラもそう思う?」

「だってこれ要約したら、出かける時は行き先と帰ってくる時間を教えなさいってことだろ。こんなの子どもしか言われないって。あっ、ていうかサーニャ」

「うん、少し羨ましいかも。差出人はご両親……バッヘムさんってたしかカールスラント出身でしたよね」

「オラーシャにいた頃の上官からです。縁あって目をかけて頂いてたんですが、何も言わず出てきてしまったので怒らせたみたいです」

 

 バッヘムは手紙を読み進めていく。口語的な書き口は普段の手紙とは大きく違っていた。読み終えるとバッヘムは改めて、頼まず適当に返事すれば良かったと後悔した。

 

「翻訳ありがとうございます。それと変なものを読ませてしまって申し訳ありません。そろそろ夕食の時間なのでお先に失礼します」

 

 手紙を小さく折り畳み上着のポケットに突っ込むとバッヘムは早足でその場をあとにした。

 宮藤が来てからバッヘムが料理をする機会はほとんど無くなった。この日も夕食を作ったのは宮藤だった。彼女の腕前は個人的な因縁により不服そうなクロステルマンを除けば、隊員達は概ね満足と言った腕前だった。

 夕食を終えるとバッヘムは真っ直ぐに自室へと戻った。手紙の返事の内容は既に出来上がっていたので、人前で律する必要もなかったためだ。

 なれない言語で手紙を書く作業は明け頃まで続き、描き終える頃には既に水平線の向こうから太陽が姿を見せ始めていた。

 二時間くらい寝ようと、ベッドに転んだその瞬間、敵襲の警報が鳴らされた。

 のそのそと起き上がり、ハンガーにつく頃には既にほかの隊員は勢揃いしていた。

 

「遅い!」

「すみません」

「全員揃ったことだし、監視所からの報告を伝えます。敵、グリッド東、114地区に侵入。いつもより高度が高いのでフォーメーションを変えます」

 

 ヴィルケが坂本に目配せをすると間髪入れず坂本が出撃メンバーとフォーメーションを発表した。

 数人と基地に残ったバッヘムは飛び立つ隊員らを見送ると、直ぐに控え室に向かった。一緒に部屋に入ったユーティライネンは、眠そうなバッヘムを見ると、ポーチからサルミアッキを取り出してバッヘムの口に放り込んだ。

 

「まっ!」

「まってなんだよ。寝てたら怒られると思って食べさせてやったのに。美味しいだろ?」

「……はい」

「あら、随分と仲が良くなったのね」

「そんなんじゃねーって」

 

 登場と同時にからかうようなことを言ったヴィルケに、ユーティライネンは頭の後ろで手を組み思い切り背もたれに倒れながら軽口を返した。サルミアッキの独特な味に四苦八苦するバッヘムはようやくそれを飲み込んだ。

 

「ところでバッヘムさん、手紙はもう書けたの?」

「えぇはい、あとは投函するだけです」

「わかってるとは思うけど、任務に関することなどは検閲が入るから気をつけてね」

「て言うか今度の手紙には、ちゃんと読める字で書けって書いたのか?」

「どういうことかしら?」

「それがさぁミーナ中佐、昨日バッヘムのやつ、手紙が読めないってサーニャに翻訳頼みに来たんだよ」

「相当怒らせてたみたいで、それはもう見事なオラーシャ文字の羅列で読めませんでした」

「これに懲りたらちゃんと返す事ね」

「はい、ご迷惑おかけしました」

 

 そろそろかと時計を確認したバッヘムの予想とは反して、再度敵襲警報が鳴り響いた。それと同時に管制から内線電話がヴィルケを呼びたてる。短く言葉を交わしたヴィルケは先程までの柔和な表情を一変させ状況の説明を始めた。

 

「坂本少佐らが落としたネウロイが陽動であることが判明しました。出られるのは私たち3人だけ……サーニャさんは?」

「夜間哨戒で魔力を使い果たしてる。無理だな」

「仕方ありません、では三人で──」

「私も行きます!」

「先に出撃準備をしてきます」

 

 バッヘムは何事も無かったように言うと、宮藤の横を通り過ぎハンガーに逆戻りした。彼がユニットを装着し終える頃、宮藤とビショップを連れたヴィルケとユーティライネンがハンガーに到着した。

 

「本気ですか?」

「本気よ」

「私たち、足を引っ張らないように頑張ります」

 

 宮藤がビショップの手を握りながらバッヘムの前に躍り出た。既にエンジンを始動させ宙に浮いているバッヘムは宮藤よりもずっと高い所から威圧的に睨む。怖気付く様子は見えなかった。

 

「私は自分の身を守るので限界なので、いざと言う時の助けは期待しないでください」

「はい!」

「お喋りはそこまでよ。隊列は私とエイラさんとバッヘムさんが前衛、宮藤さんとリーネさんには後衛を担当してもらうわ」

 

 基地を発った五人のうち宮藤とビショップはある程度の距離で後方支援のために待機し、先行する三人は向かってくるネウロイを補足するなり攻撃を仕掛けた。しかしそのどれもが通常よりもかなり早いネウロイには有効打にはならない。

 一撃離脱ではダメージを与えられないと悟ると、三人は速度を合わせ攻撃を仕掛けたその刹那、ネウロイは体の一部を切り離し予想を遥かに超える加速で三人を置き去りにした。

 どうにかバッヘムが追いすがるも、速度に魔法力を裂き過ぎて攻撃どころではなかった。加えてビショップが撃った流れ弾を回避したため、ネウロイはバッヘムの射程距離を完全脱した。

 

「クソが」

 

 体を引き起こし毒づく、それが仇となった。

 ネウロイが上方へ回避すると、その影で見えなかった弾丸がバッヘムのユニットに直撃した。

 バッヘムが水面できり揉みしながら跳ねる様子を目撃してしまったヴィルケとユーティライネンは対極的な反応を見せながら、浮かんできたバッヘムに近づいた。

 

「あんなに海面で跳ねる奴初めて見た」

「笑ってあげたら可哀想よ」

「いや、でもミーナ隊長も見ただろ、水切りみたいにポンポン跳ねて」

 

 バッヘムに異常が無さそうだとわかると、結局二人とも同じように笑った。

 その後しばらく、ビショップの撃墜はバッヘムをからかう種として扱われるのだった。

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