「あー、完全に電源オフってるな」
「えっ?」
昼下がりのミーティングルームにて、困り果てていた宮藤にイェーガーが遠巻きに言った。二人の視線の先には縦に折れた新聞を持ってどこかを一心に見つめるバッヘムの姿があった。
椅子から立ち上がり、バッヘムの頭に手を置くと、少し乱暴に頭を前後左右へ揺さぶり始める。バッヘムの頭はイェーガーから加えられる力に全く抵抗する素振りを見せず、イェーガーが右と思えば右、左と思えば左へ行った。
「普段ユニヴェルは頭に絶対に触らせないけど、こんなふうに電源がオフになってるとある程度なすがままになる」
「そうなんですか。ビックリしましたよ、無表情で床を眺めてるから体調でも悪いのかと」
「そんなことないから安心しろって、警報がなるか夕方になったら元に戻るよ。気になるんだったらシーツでもかけてやってくれ」
「バッヘムさんはいる──けど、まさか?」
ストライカーユニットの発注書を片手にやってきたヴィルケは、バッヘムの姿を見るなり真顔になった。早足で歩み寄り、頬を数度突っついて確信すると、膝から崩れ落ちた。
「ユニヴェルに何か用ですか中佐」
「シャーリーさん……えぇ、ようやく新しいストライカーユニットのお金が下りたから彼に希望を取りに来たのだけのだけど、まさか今日に限って」
「前と一緒じゃダメなんですか?」
「これまで使っていた機体はどちらかと言うと夜間戦闘向きのBf110だったから、これを機に昼戦闘に向いているBf109かFw190にに履き替えてもらうつもりだったの」
あまり兵器に詳しくない宮藤はついていけず、話の途中でシーツを取りに医務室へと向かった。
「まぁ機体は本人の好みもあるので勝手には決めれないですもんね」
「そうなの、だから話をしに来たのに……起きて、起きなさいバッヘム曹長!」
「いっ……たい」
ヴィルケが少し強めに頬を叩くと、バッヘムの目に生気が戻るも、一瞬で消え失せ元に戻った。続けて二発浴びせるも、今度はなんの反応も見せなかった。
諦めかけていたヴィルケと場所を入れ替わったイェーガーは、バッヘムの右手を掴みあげると手袋に手をかけた。その瞬間、イェーガーの手はバチッと乾いた音を立てて弾かれた。
バッヘムが先程までどれだけ叩かれても無反応だった者とは思えないような機敏な反応を見せたのだ。
「お前が寝てて起きないから起こそうと思って」
目で抗議するバッヘムにイェーガーが手を摩りながら弁明する。
「すみませんでした」
「あれ、起きたんですか?」
宮藤は抱えたシーツをどうしたものかと、困った顔をした。それをイェーガーが受け取り、バッヘムに投げつけると、その足で宮藤と部屋を後にした。
「ユニットがなくて飛べないし、他の訓練もないからある程度ぼさっとするのも仕方ないけど、人の話も聞こえないのはどうかと思うわよ」
「申し訳ありません」
「まぁいいわ。それより新しいストライカーユニットの事なのだけど、これを機に履き替えてみるのはどうかしら?」
「前と同じものをお願いします」
「そう言うと思った。今更履き替えて欲しい理由を説明する必要も無いでしょうから、お願いだけするわ。これ、書き終わったら私のところまで持ってきて」
ヴィルケが出ていったのを確認すると、バッヘムは書類を机に投げ出して乱暴にソファーに横たわった。シーツを被ると背もたれ側に顔を向け大きくため息をついた。
約三十分経過した頃、リトヴャクが少し眠たげに姿を現した。リトヴャクは興味本位でバッヘムの顔を覗き込むと、バッチリと目が合って仰け反ってしまった。
「何か用ですか?」
「いやっ、違います」
「……そうですか」
バッヘムは体を起こして伸びをすると、白紙の書類を手に取り、忌々しげに睨みつけた。そんな様子が以前、手紙を持ってきた彼を思い出させたためか、リトヴャクは少し面白くてちいさく笑った。
「そういえばこんな時間に起きてるなんて珍しいですね」
「エイラが、最近休んでないだろって、夜間哨戒を代ってくれたので」
「あぁそういう」
「……前からお聞きしたかったんですけどいいですか?」
「なんですか?」
「どうして夜間哨戒に行きたがるんですか?」
「夜間飛行が好きだからです。リトヴャク中尉はお嫌いですか?」
リトヴャクは食い気味に否定した。しかし二の句がなかなか出てこず、うつむき加減で誰が見ても困ってますと感じるようなオーラを発している。
バッヘムは次の言葉を書類を作りながら待った。機体に関しては決めかねているが、その他のところは埋めれるので、先にそれを埋めてしまう算段だ。
「どっどうしたら皆さんと生活リズムが違っても親しくなれますか?」
「知りません。私が夜間専従だった時はそんなこと考えたこともありませんので」
バッヘムは溜息を吐くと、注文品の欄にBf109と書き込んだ。なるべく同じ装備で揃えた方が良い事と、これからは昼の戦闘が多いこと、より向いた性能で得られる安全から元々使っていた機材を諦めた。
「そもそも私はこれまで友人なんていた事がありません。もし先日の手紙のことを仰ってるのであれば勘違いです。あれは……嫌がらせとかに類するものですから」
「あんなに心配してもらってるのに嫌がらせなの?」
「嫌がらせは言い過ぎでした。けどリトヴャク中尉が思うほど良いものではありません。そういう訳なので申し訳ありません」
バッヘムが完成した書類を片手に部屋から出ようとしたその時、リトヴャクが袖を掴んで引き止めた。
「まだ何か?」
「一緒に頑張ろうね」
「はぁ……はい。では私はこれを出しに行くので」
「うん、またね」
腑に落ちないバッヘムだったが、分からない物は分からないと切り捨てて執務室を訪れた。
「えぇ問題ないわね、受け取ったわ」
「ではこれで」
「その前に、どうして履き替える気になったか教えてくれないかしら?」
「いや……」
満足気にサインをするヴィルケの質問に一瞬口を濁そうとしたが、相手が上官だということを思い出して思いとどまった。
「ここにはリトヴャク中尉がいらっしゃるので、私が意地を張る必要は無いと判断しました」
「無理矢理でごめんなさい」
「軍人ですので慣れてます。ではこれで」
「ご苦労さま」
数日後、届いた機材を見たバッヘムが本格的に昼に転向した実感が湧いてきたために心底落ち込む姿が確認された。
四話の後日談になります。そのためかなり短めです。
今月から忙しくなるので投稿頻度が著しく遅くなりますが、ちびちび続けていくつもりなのでよろしくお願いします。